● ピクニックの準備
9月30日に公開される映画「夜のピクニック」と言う作品の 外伝的冒頭部「ピクニックの準備」というDVDがYahoo!動画で配信され、レンタル店にもDVDが置いてある店がある。
参考URL:『Yahoo!動画』(10月31日迄)
最近、新作映画が公開される時 番宣としてメイキング映像や、ちょっとした物語仕立ての映像を 事前に無料配布したり、ネットで動画配信するケースが増えている。
大抵の場合、本編のダイジェスト版で 完全ネタバレ・テンコ盛り仕様のため、基本的にネタバレ嫌いの私は見ないのだが、この「ピクニックの準備」については そういうモノとは違うだろうと 最初から想像していたので レンタル店に置いてあったのを借りて見た。
この上の画は 左が「夜のピクニック」の原作(文庫版 新潮社)
右が 本のタイトルは「図書室の海(文庫版 新潮社)」となっているが、中身は10編の短編集であり、どちらも著者は『六番目の小夜子の』原作者でもある「恩田陸」。
この「図書室の海」の中に「ピクニックの準備」と言うタイトルで僅か12頁の一文が「夜のピクニック」の前日の話として掲載されている。
ちなみに本のタイトルにもなっている「図書室の海」という短編は 『六番目小夜子』の番外編で 関根夏(関根秋の姉)の話。
簡単にあらすじを述べると…
ある高校で毎年の恒例行事として まる一日(24時間)かけて80kmを歩く「鍛錬歩行祭」というものがあり、全校生徒約1000人が参加する。
これは、ただ80kmの道のりをひたすら歩くだけの話なのだが、ヘトヘトになりながら歩く間に 友人達といろんな事を喋ったり、好きな相手に告白するキッカケになったり 特に3年生は この行事が終わると 後は受験勉強の後、卒業となるため 高校生活最期の思い出作りの場ともなる。
主人公は そんな3年生の中の男の子(石田卓也)と 女の子(多部未華子)の2人。
この2人は 実は異母兄妹、つまり 男の子が正妻の一人息子で 女の子は不倫で出来た子供。
高校入学直前に 二人の父親は胃ガンで急逝し、葬儀の席で初めて互いの存在を知り、偶然同じ高校に進学したが、互いに相手の事を兄妹だと友人達に言わず、それぞれ複雑な感情のまま 一言も話を出来ずにいる。
そんな男の子の親友や
女の子の二人の親友(杏奈役:加藤ローサ、美和子役:西原亜希)をはじめ、
梨佳役:貫地谷しほり、千秋役:松田まどか 等との絡みの中で 24時間、80km踏破における間のストーリー
で、実は 私は既にこの原作を読んでしまっている。^^;
しかも「ピクニックの準備」の原作も読んでしまっている。^^;
だからこそ「ピクニックの準備」というDVDが ネタバレでは無く、実に巧く描かれた「前フリ」である事を知っていたから 迷わず借りて見たわけだ。
この原作の「夜のピクニック」は 個人的に とても気に入っている作品で、これを私に勧めてくれたのは 実はウチの娘。
なんか、高校時代の甘酸っぱい思い出が蘇る様な そんな作品なのだ。
で、それが映画化され 9月末に公開だそうで…
実を言うと 今、私が観るのを楽しみにしている1本でもある。
その最大の理由は 監督が「長澤雅彦」である事。
この監督を 私は密かに高く評価しているのだ。
「はつ恋」「卒業」「青空のゆくえ」 どれも、なかなか雰囲気があり ちょっとキュンとさせられる物語を実に巧く描いただけに この「夜のピクニック」を担当するには うってつけの監督と思っているからだ。
で、
「ピクニックの準備」を観た。
このDVDは9本の短編で構成されており、主要なキャストの前日の話が描かれている。
といった感じ。
「ピクニックの準備」の原作は 先にも述べたように12頁の話で… あとがきによると「夜のピクニック」が雑誌に掲載される時、その予告編として書かれたが 短すぎるのでボツになっていたのだそうだ。^^
で、ウチの娘が この本を私に勧めた時に ある事を言った。
それは「ピクニックの準備」のラストに 偶然、甲田貴子と西脇融の間の秘密を知ってしまった「私」として登場する人物がいる。
その「私」が 本編「夜のピクニック」で登場する誰なのか 娘と友人達が議論になっており、その「私」が誰かを 一読の上、この父の意見を聞かせろ…と言うのだった。
もし、アナタが興味を持って「夜のピクニック」と「ピクニックの準備」を読まれるなら その点に関する御意見をうかがえれば幸いである。
ちなみに、私の出した答えは… これは、今は言わないでおく。
というのは、その時 この父が娘に告げた答えは 娘や友人達には とても意外な人物だったそうだが… 同時に述べた理由は なかなか説得力があったらしい。^^
で、なんとなくなのだがDVDの「ピクニックの準備」を見る限り、「長澤雅彦」は 私(ブタネコ)とは違う「私」を描いている様な気がしてならない。
もちろん 長澤の描く「私」は 娘や友人達が当初想い描いた「私」とも もちろん違う。
なんか、そんな気がしてならないのだ。
だから、映画を観るのが とても楽しみなのだ。


