● 最後のナイチンゲール
8月22日の夜 日テレ系で放送された「終戦記念特別番組 ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録 最後のナイチンゲール」という番組について語る。
まず、冒頭でお断り申し上げておくが 正直言って、私はこの番組を ひとつのドラマとして語るのは嫌だ。
で、それは この番組が物凄く素晴らしかったから…なんて意味では全く無い。
私の感想は その逆で、よくもこんな内容で「終戦記念特別番組」と銘打ったものだと 日テレに対して腹立たしい思いで一杯だからだ。
普通であれば ドラマはドラマ、史実は史実…とわけて見たり、分別する度量はあるつもりだが、この番組は そんな尺度を用いる必要など感じない。
だから、ホントは語りたくないのだが 数人の方より、それも断りにくい方より「感想を言え」との御要望があったので 仕方無く語る。
さて、今ではすっかり観光地として 本州から若者達が出かけていく沖縄県だが…
その若者達のどれだけが 戦後からしばらく、沖縄の県民の方々が苦労されたかを どの程度知っているのだろう?
沖縄に出かけるたびに 明らかに本州からの観光客と判る若者達が、全く そんなものを考慮もせず、戦跡や祈念碑などを蔑ろにしてる様を見かけ 腹立たしく思うものだ。
以前、このブログに掲示した
という記事を未読の方は どうか御一読頂けるとありがたい。
さて、沖縄に実際に行き 沖縄の本屋に行くと、たいていの本屋には 他府県では見られない書籍コーナーがあるのに気づく。
それは「沖縄戦」にまつわる戦史や体験談など その多くが自費出版だったり、地元の新聞社が発行したりしている書籍が並んでいる。
こんな言い方をすると 多くの沖縄県人が怒るかもしれないが、あえて言わせて頂くと 私は一時期、沖縄で過ごした時期があり、その時に よく、それらの郷土史を購入して読んだのだが 正直言って、その多くは被害者意識が強く前面に出過ぎている感がどうしても拭えない内容のものが多く、全ての記述を そのまま鵜呑みに出来無さそうなものも多く感じた。
けどね、内容の程度や表現はともかく 沖縄戦の最中に、本土から送り込まれた日本軍兵士から 沢山の悲しい思いや、腹立たしい思いをしたのは事実なんだろうと推察するし、戦後から今日までを省みても けっして報われたとは思えない状況を考えると それを全面否定するつもりは全く無い。
むしろ、それらの本を読み 沖縄の書店には そういう類の本がひとつのコーナーに多く置かれている実状を見て思ったのはそういう事実を本土の連中の多くは知らないという事の問題の大きさだ。
つまり、戦中を生き抜いた沖縄の人々の 本当の労苦を知らずして、沖縄を語っちゃイケナイ…という事の重要性すら 本土の連中には判ってないし、判ろうともしていないという事。
中国や韓国のグダグダを いちいち真に受ける暇や金があるなら沖縄にやれ…というのが私の持論なので どうか御容赦願いたい。
で、「最後のナイチンゲール」なんだが…
植木等扮する老人の怪我より 兵隊の怪我の治療を優先させろ…
確かに実話では こういう場面が多かったのだろう…と推察する。
「言葉や歌や踊りを取り上げられ…」
台詞の中に島人の苦衷も含ませるのは理解が出来る。
「言われた通りに…」と促す老人に「必ず戻ってくるからね」と約束するが…
再び戻ってみると 既に息絶えた老人…
この辺は 植木等と成海璃子の演技が秀逸で感ずるモノが多かった。(ToT)
成海璃子が移動の途中に実家に立ち寄ってみると 両親と兄弟、それに祖母は自害しており… という実例も枚挙に暇が無いと聞く。(ToT)
動けなくなった負傷兵も 青酸カリや手榴弾で自害…
空襲や艦砲射撃から身を隠したくても 防空壕が満員で入れず…
ようやく落ち着けた洞穴も 軍の兵士達に取り上げられて追い出され…
崖から身を投げる民間人…
もしも、この番組が 沖縄の島人達が戦中に味わった苦衷を 今の平和ボケした本土の幻想平和主義者達や 綺麗事ばかりを言うクセに 実際にどんなものだったのかを知ろうともしない無関心な無責任野郎共を啓蒙するために作ったのだとしたら 以上の様なシーンは もっと悲惨に、もっと濃く、しかももっとリアルに当分忘れる事が出来ないぐらいの深い映像であればあるほど良かった…
とさえ、私は思う。 (けっして悪くは無かったけどね)
にも関わらず、この記事の冒頭で
私の感想は その逆で、よくもこんな内容で「終戦記念特別番組」と銘打ったものだと 日テレに対して腹立たしい思いで一杯だからだ。
と述べたのは、そんな島人の苦衷を…なんてのが この作品の根底だったとは 物語が進んでラストにいけばいくほど、感じられない演出・構成の場面が増えるから。
その最たるモノが
「長谷川京子」と「椎名桔平」の濡れ場
判る人には判るのだろうけど、申し訳無いが私には このシーンが盛り込まれる意味が全く理解出来ない。
好きな人を最期に 交わる事で子種を宿し… なんて意味なんだろうけど、そのシーンを盛り込んで制作者は何を視聴者に問いかける?、もしくは感じさせたかったのだろう?
どう見ても、現地のロケの様だが 私は、これがセットの撮影だったと思いたい。
もし、これが現地で その場が実際に、島人や兵士達が隠れた洞窟だったとしたら…
そんな場所で こんな不可思議なシーンを撮影するのは冒涜とすら思わざるを得ないからだ。
ま、たったひとつの このシ-ンだけに目くじらをたてるのは如何なものか?…と 私も自分で自分を思う部分もあるけれど…
「沖縄戦」と聞くと 「悲惨だぁ…」と言う人は多いけど、どの様に「悲惨」だったのか?を きちんと教える番組が必要なんじゃないのか?
「ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録」
なんてサブタイトルもいいけれど わざわざ「ひめゆり隊」の名前を持ち出す必要は無い。
「若き看護婦長の姿を描き…」
と言う理由で
成海璃子や長谷川京子をキャスティングするのもいいけれど…
結局、最後に 台詞として視聴者に訴えようとした言葉は
「女が世界を変えてやるんだ」
なのだと、私は感じた。
話によると 長谷川京子が演じた婦長役は 陸軍病院の上原婦長の実話をモデルにした…という話を聞いたし、番組を見ていて そんな話を否定出来ないなぁ…とは思ったが、「女が世界を変えてやるんだ」なんて台詞は 田島陽子や辻元清美の様なアホ共が喜ぶだけの台詞でしか無い。
もしも実話を基に描きたかったのだとするならば 邪な演出や脚色なんかを加えずに、純粋に上原婦長の逸話を映像化すれば良い。
モデルにしたのかしないのかも あやふやなまま、都合の良いエッセンスだけを利用しよう… そういう制作者の魂胆が見え隠れするから 私は腹が立つのだ。
去年の「ヒロシマ」、そして「男たちの大和」 それらの感想でも常に私が拘るのは きちんとした慰霊をするための事実の確認が まず、先だ…という事。
濡れ場みたいなものを わざわざ持ち込んで脚色して いったい何が言いたいのか? それをこの番組の制作者達に問い詰めたい…
というのが、私の この番組を見た感想です。
