« 相武紗季 納涼CMヒャッホイ♪ | TOPページへ | キッズ・リターン »

2006年08月17日

● うちのホンカン


倉本聰の原点のひとつと言える名作シリーズの第1話




倉本聰が描いた「うちのホンカン」シリーズ全6話 これは私の記憶する数多のドラマの中にあって 実にいろんな意味で秀でて記憶に残った作品だと思っている。


今回、その全6話すべての貴重なVTRを入手できたので 順次、記事に残そうと思う。


この第1話が放送されたのは資料によると1975年5月18日


この回で舞台となったのは

北海道茅部郡森町字砂原 (Sorry, this address cannot be resolved.)

 北海道茅部郡森町字砂原


この「ホンカン・シリーズ」とは… 


画像画像

頑固一徹の警察官 「ホンカン」(大滝秀治)


画像

その妻(八千草薫)


画像

その娘(仁科明子)


この親娘3人が 田舎町の駐在所に住み込み、そこで巻き起こる物語。


この第1話の話の主は…


画像

駐在として 一人で町の安全を背負い


画像

日々の業務をこなす中


画像画像

管轄内での交通事故死「0」の連続日数が 間も無く新記録を迎えようとしている事と…


画像画像

「UFOを見た」と町の多くの住人が目撃し騒ぎになった事…


画像

その二つの事が同時に起き、町中が騒がしくなり それに振り回されるホンカン


しかし、ホンカンの 本当の苦労とは…


年頃に成長した一人娘に


画像

こんなのとか…「藤岡弘」


画像

あんなのとか…「蟹江敬三」


そんな馬の骨達が言い寄ってくる事を 娘の父親として 常にハラハラして過ごしている事で…。


そんな ある時、娘が夕食の席で


画像

「私もUFOを見た…」と言いだしたものだから


画像

仕事柄、事情聴取を始めるホンカン


ところが、いろいろと話を聞いているうちに その時、娘は男と二人きりで車に乗り 人気のないところに車を停めていた最中と知る。




さて、このドラマが放送された時 私はまだ高校生だった。


だから、その当時 ドラマが面白かった事ばかり記憶に残り、いくつかの点で疑問に思った事はあったけど 判らぬまま今に至る。


しかし、今回 全6話をあらためて見直して


「あぁ… そうだったのか…」


と、判り 胸が締め付けられるような(けっして心臓が壊れてるせいでは無く^^;)思いに襲われた。


このドラマは単発で 全6話と言っても年1作ペースで制作され 当時、TBS系の日曜東芝劇場の枠の中で放送されたもの。


で、印象に強く残っているのは 当時、壮健だった私の父が このドラマを一言も口を開かず、あぐらを組んだまま微動だにせず ジッと見つめていた事。


基本的には倉本聰独特の喜劇タッチだから 途中では 私や妹、それに母などは笑い声をあげるのに 親父はジッと黙って見ていた。


普段なら「ケケケ」と笑う親父なのに なぜか笑わず、ともすれば不機嫌そうにも見えるので


「どうしたの? 父さん つまんないの?」


と、聞くと


「五月蠅い」


と、一喝。


なのに、翌朝 朝食を食べてると


「夕べの”ホンカン” ありゃ良いドラマだなぁ… 続きが見たいなぁ…」


そう、ポソッと呟いていた。


その頃は全く判らなかったけど…


今なら 物凄く判るんだ その時の親父の気持ちがね(ToT)


ま、その事は 次回以降に追々と…




お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

 この記事への御駄賃がわりに下のバナ-のいずれかを クリックして頂けると嬉しいです。^^
 (全部、クリックしてくれると もの凄く嬉しいのは事実です。^^)

ブログランキング・にほんブログ村へ Blog Ranking 人気映画・TVBLOG blogram投票ボタン BlogPeople「自分のこと」部門にクリック BlogPeople「テレビ」部門にクリック BlogPeople「映画」部門にクリック

『うちのホンカン』関連の記事

【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。