● 突入せよ! あさま山荘事件
2002年に公開された『突入せよ! あさま山荘事件』について語ってみる。
この作品の原作は
連合赤軍「あさま山荘」事件 著者:佐々淳行
この著者は元・内閣安全保障室長にまでなった人。
この頃、よくTVでコメンテ-タ-を努める事が多いので 御承知の方も多いはず。
元警察官僚なのに「良いモノ。悪いモノ」のメリハリがハッキリしていて 歯に衣着せぬ言動は聞いていて爽快である。
最近の北朝鮮問題 特に日本人拉致事件に関して 10数年前の まだ、事件じたいが一般に知られる前から 今に至るまで終始一貫して主張する内容を変えず、その事件性や危険性 そして問題提起をしてきた人で 今となっては「ほら、見た事か」と胸を張って言える唯一の人だと信じる。
最近、イラクにおける戦争や ブッシュのテロ対策に見せかけた傲慢な世界政治への批判に便乗して 元・学生運動家や 何かを勘違いしてる左翼系活動家や 相変わらず偏った内容を報道するマスコミ等にミスリ-ドされないようにするためには この佐々氏の言動に耳を傾けるべきであると思うので 推薦する。
で、この本を元に『突入せよ! あさま山荘事件』として映画化されたわけだが、この事件が実際に起きた当時を知る者でさえ、事件に至るまでの経緯を知っているか?と 問われて答えられる人がどれだけいるか?
それを考えるだけでも 日本人の認識不足、無責任さ、そして物事に対する無関心さを如実に表していると言える。
ゆえに、映像化された作品も あさま山荘に過激派が立て籠もるまでの経緯は
という漠然とした数分でしか表されておらず、事件後に生まれた世代の多くが 観客として この映画を見た場合、単なる
「テロリストが山荘に人質と立て籠もった アクション映画」
としてしか、受け止めておらず
「なんか、これって実話だったらしいよ」
なんて呑気に言う者までいる始末^^;
つまり、この時代に「学生運動」が盛んに行われ 主に大学生達が国や大学や警察を相手に ともすれば、「革命」を夢見て争った時代が この日本の つい、40年弱前に現実にあった訳で…
この時に大学生として 運動に参加した連中の多くが 今でも下手すれば身近に沢山、生きて生活してるのである。
この時の学生運動が いかなるものだったかは多種多様なので ひと口に語るのは無理だが、そんな運動の最たるものが「連合赤軍」であり、その象徴的事件が この「あさま山荘事件」となる。
ゆえに、この「あさま山荘事件」に至るまでの紆余曲折の せめて断片だけでも知った上で 今の世の中を眺めてみるのも 高校生や大学生の諸君には一興だと勧めたい。
で、そんな紆余曲折の中でも この「あさま山荘事件」に至る予備知識を得るのに 私が最も適切と思う本が

「東大落城」 著者:佐々淳行
私なりの認識を申し上げれば 第二次大戦後、世界中で新たな国家独立が行われた時に その国としての理想的主義主張の範として「社会主義」とか「共産主義」というものが多く援用されたが その基本となったのはマルクスの「資本論」
たしかに「資本論」で語られている内容は 経済論が主だけど、ひとつの理想国家の形を唱えているとは思う。
しかし、結論から言えば これで語られているのは あくまでも「理想」であって、現実には権力者によるエゴにより、「理想」はあくまでもタテマエで 実際には支配者と労働者間に貧富の差が大きくなったり、権力の傘のもと自由の制限が大きくなり ソ連や東ドイツなど破綻した原因の根本ともなる。
日本の戦後、GHQ統治とは言え 結果的にアメリカ色の主義主張を「押しつけられている」と感じた学生達が 大学で「資本論」を学び その「理想の姿」こそが日本の向かうべき姿だ…と純粋に考えた者が少なくなかったのだが…
これも結論から言うと「資本論」は なかなか難解な書物で これを理解するには それなりの知能が必要… つまり、「資本論を賛美する」=「頭が良い」という 変なファッションみたいな風潮と相俟って 数多の大学でも 特に今風に言えば偏差値の高い大学の学生ほど「共産主義」にかぶれていった。(自分が利口者の証みたいな感じだけで)
その結果、当時の日本の国家体制を改めるには「革命しかない」と デモや集会に留まらず、銃や爆弾など武装化するグループまで表れるに至る。
俗に「東大紛争」と呼ばれる学生運動は 昭和43年に 東大医学部の学生達がインターン制度に代わる登録医制度に反対し、無期限ストを始めた事がキッカケで その後、学生達が 安田講堂での卒業式実力阻止を図った為、大学側は卒業式を中止に追い込まれ、警察の機動隊に出動要請を行った事から 東大の学生だけの問題では無く、他大学からの応援が入り込み問題は泥沼化し 最終的には機動隊の実力行使によるバリケード排除・立て籠もり学生の大量検挙へと至る。
なんて感じの予備知識を 上記2冊の本を主に自分が実際に見たり聞いたりした話と共に 私は私なりに認識しているが…
で、原作となった『連合赤軍「あさま山荘」事件』に関して その本の中で述べられている事の内容については あさま山荘に5人の赤軍メンバーが立て籠もり…という事件の顛末だけでは無く…
私なりの解釈では 著者である佐々氏は この事件での顛末の中に危惧すべき問題点の いくつかに焦点を当てて問題提起をしており、単なる「あさま山荘事件」記を述べているわけでは無い。
例えば、現地である長野県警と 各県警を掌握する警察庁との関係、特に県警の縄張り意識と つまらない部分へのプライド意識…という部分は 映像でもコミカルに描かれているが、長野県警だけがオカシイのでは無く、
警察庁もオカシイ…という部分を記述では示しているにも関わらず、視聴者には それを判りやすくは与えていない。
取材記者の取材姿勢や 報道関係者としてのモラルなど、そこについても苦言を呈しているが、映像内では やはりコミカルなネタにしか描ききれていない。
内容的に 機動隊の突入シーンに耳目が集まるのも仕方が無いとは思うけど…
最も大事な部分が アッサリと片付けられているところに 私は個人的に腹が立つ。
それは… 例えば
このシーンの意味。
判らなかった人に解説しておくと 新聞に責任者として現場指揮官の氏名や写真を掲載したが為に活動家連中から その人物の自宅に爆発物を仕掛けられたり、嫌がらせをされて 家族が死傷した事例が少なくない…という事。
そして、
このシーンに どういう意味があるのか?って事。
この左側の豊原功補が演じた人物は 機動隊長として事に当たり、
頭部に銃撃を受けて殉職したのである。
他にも死傷した隊員は多い。
この方々の話は 原作では篤く描かれ、涙無くしては読めない。
映画では ほんの一瞬だけど、回想シーンの様に数秒間で片付けられてしまったが、現場警察官の苦労は忘れちゃいけない問題なのだが、そこに触れようとする意識が足りない。
この大事な部分をおざなりにされては この映画は単なる事実を利用した商業映画であって、「あさま山荘事件」の教訓も そこに秘められた諸問題への問題提起など無く、ドキュメントっぽさを利用しているだけのシロモノでしか無いとさえ言える。
事件直後、隊長の死亡を聞き 解決の喜びよりも 隊長に対する涙に暮れる隊員達…
原作のキモとも言うべき そのシーンがカットで 酒を渡すシーンだけ描く…
それで判る人は判るだろ… もし、そういうつもりだったのなら アホかと思う。
で、最後に余計ではあるが 言い添えておきたい事がある。
学生運度の際に 運動家として熱心に活動した大学生が多かったが、まるで流行にのっかただけの様に「東大紛争」と「あさま山荘」事件を ひとつの境に潮が引くように静かになったが、その後も成田空港の三里塚闘争や 米軍基地問題などに、活動家として反対運動に参加している者も少なく無い。
で、私が言いたいのは この学生運動花盛りの頃に 中途半端に参加して、「共産革命だ」なんてほざいていたクセに いつの間にか運動から姿を隠して
「僕は真面目な学生です」
等と宣い、逃げ隠れる様に 表面上はごく普通の就職…なんてアホが 実はマスコミ系のTV局や新聞社や出版社に多いのだ。
だから、日頃 私がマスコミ批判を繰り返す理由のひとつなのでもある。
「論説委員」とか「編集主幹」とか「編集長」なんて肩書きつけた奴が 実はそんな奴なんです…って言ったら いかに信用がおけないか…という意味でもだ。


