● 靖国問題と昭和天皇メモ
このところの報道に触れて 思ったままを語ってみる。
今回、元:宮内庁長官であった富田朝彦氏による 昭和天皇の発言・会話メモにより、昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感をもっていた…という報道がなされたのは周知の事実。
それにより、政治屋やメディアは「靖国参拝」を どう考える?という部分にのみガヤガヤと騒いでいる。
元々、A級戦犯の合祀もさる事ながら 政教分離の精神に反する…とか、様々な論議をひっくるめて「靖国問題」と称され 中国や韓国のバカタレ共が なにかにつけて外交カードに利用してきたのが「靖国問題」であり、日本の戦後である。
この問題は 他国にどうこう言われて…というのでは無く、本来 国内の問題としてきちんと整理・解決すべき問題であるにも関わらず 何故、今まで放っておかれたのか?
まず、そこを日本人は反省し 理解した上で、解決しなくちゃいけない…と こんな私ですら思う。
では、何故 放っておかれたのか?
その原因は 色々とある。
私の個人的解釈を申し上げるなら まず、戦後の日本人には「戦争に対する いろんな意味でのアレルギー」が強すぎたのであろう…という事。
戦時中、戦死者は「軍神」等と崇められ 靖国神社に祀られる(戦死する)事は 御国のために働いた名誉の証…であったのが、敗戦により価値観がガラリと変わり ともすれば、戦争に対する負の象徴のひとつとまで認識された感がある。
それに合わせて、戦勝国に対する配慮という部分に関して 率直に言って「卑屈」とさえ思える外交姿勢や 国民それぞれが異なる宗教観においてバラバラになってしまった事や 政教分離と言いながら創価学会に支配された様な公明党という政党が 今や与党として連立の一角にあるなど 宗教に対して政治や行政が踏み込むのはある種のタブーとされているのも要因だし、そもそも多くの日本人が 諸外国の人々に比べ宗教意識が低いと思える。
ただ、宗教意識が低い…とはいっても 私は個人的にそれはそれでいいと思う。
なぜなら、戦争や紛争、内戦の原因の多くが宗教だという現実を考えれば 宗教に染まりすぎるのも如何なモノか?と思うから。
で、私が思うに もし、日本がちゃんとした独立国家なのであれば 日本という国の歴史はきちんとしてるのか? という点に どうしても疑問を抱く。
特に、戦後のGHQ統治に関してだって 当時は敗戦後で言えなかった事が 今では時代も変わって自由に発言できるはずなのに 妙に口を開こうとせず、歴史の流れの中で 放ったらかしのまま消してしまおうとしている感すらある。
中でも、東京裁判と称して 戦争犯罪人の裁判が行われ、今 A級戦犯と呼ばれている方々が A級戦犯として審理の末、判決を受けた経緯について 多くの識者が疑問を呈しているという事実もある。
こう言ってはナンだが、戦後 GHQの統治下で 一方的とも言える名前だけは「裁判」だが、実際にはロクな審理や弁護も与えぬまま 諸外国の判断による判決が下された…という事は 受刑者にはまったくもって申し訳無いけど 時勢柄、致し方の無い事だったとも思える。
けれども、それから今日に至るまでの間に 日本は独立国家として主権回復したのだから、日本なりの戦争犯罪に関する戦後処理をきちんとすべきだったのだが、そこをおざなりにしてしまうどころか 諸外国の歴史観に関する内政干渉にまで振り回された経緯を 真剣に糾そうとしなかった政治屋共の罪は大きいと思う。
今回、昭和天皇のメモの中に「松岡、白鳥」という名前があったという。
この二人は 松岡洋右元外務大臣と白鳥敏夫元駐イタリア大使を指すのであろう。
この二人の他に A級戦犯とされた者は12名(二人を含めて全部で14名)
その中には ずいぶん前から「@@@は 戦犯では無い」と 冤罪を言われてきた人が数人いる。
しかしながら、その東京裁判の検証は 個人的レベルの研究は色々とされてるけれど メディア等では「ドラマのネタ」にはされても ドキュメンタリーとしての検証、特に 右寄り、左寄り関係無く 無色透明の思想姿勢での検証など 少なくとも私の記憶には無い。
今回、名前が挙げられた事で 松岡、白鳥両名に関しては ワイドショーのゴシップ扱いのように「~だったらしいよ」という話で盛り上がるのかもしれないが、そんなのを検証と受け止めるのは あまりにも情けない。
近年になって、「靖国問題」として 時に話題に上がるのは小泉総理が 中国や韓国との外交関係を逆撫でするように靖国神社参拝を行ったからでもある。
私としては 小泉が良い首相なのか否かは、さておき、放置されていた問題に火をつけた…と言う意味では 個人的に好意的に評価したいと感じている。
それは「ネコの首に鈴をつけるのは?」的扱いで 今まで、放置してきた政治屋共に対して 「どうにかしなきゃいけない」という意識を植え付けた…という一点のみだけでも評価できる…という意味でだ。
で、次期総裁をにらみ 総理候補者達に挙げられた政治屋共は 少しづつではあるが、それぞれの意見を表明し始めたわけだが「アジア重視として 参拝はしない」等と発言する腰抜けが やはり、今でも存在するところが 実に日本らしいと苦笑せざるを得ない。^^;
結局、「昭和天皇はA級戦犯の合祀には反対だった」という事をキッカケに「靖国神社に変わる 新しい慰霊施設を建立しましょう」とか、「いったんA級戦犯の方々は分祀させて頂き、慰霊施設として元に戻しましょう」とか「ネコの首に鈴を昭和天皇がつけた」という事にして 話を始めたいのであろうか? なんか、そんな気がしてならない。
私が思うに そもそも「靖国神社」を宗教施設として扱う事が間違いだと思うのね。
言葉遊びと思われるかもしれないが 死者を祀る…という意味で どうしても宗教観が入り混じるのは判らなくも無いけど、この際 宗教観は棚に上げ どうして純粋の意味での「慰霊施設」と受け止める事が出来ないのか? それが甚だ不思議なのである。
例えば、靖国神社に祀られた方々とは 戦争により、戦死、戦傷死、戦病死した軍人・軍属だけと思われがちだが、
・軍の要請に基づいて戦闘に参加し、当該戦闘に基づく負傷または疾病により死亡した者。
(満州開拓団員・満州開拓青年義勇隊員・沖縄県一般邦人・南方および満州開発要員・洋上魚漁監視員)
・特別未帰還者の死没者。(ソビエト連邦・樺太・満州・中国に抑留中、死亡した者・戦時死亡宣告により死亡とみなされた者)
・国家総動員法に基づく徴用または協力者中の死没者。(学徒・徴用工・女子挺身隊員・報国隊員・日本赤十字社救護看護婦)
・船舶運営会の運航する船舶の乗務員で死亡した者。
・国民義勇隊員で、その業務に従事中に死亡した者。(学域組織隊・地域組織隊・職域組織隊)
・旧防空法により防空従事中の警防団員。
・交換船沈没により死亡した乗員。
・沖縄の疎開学童死没者。
・外務省等職員。(関東局職員・朝鮮総督府職員・台湾総督府職員・樺太庁職員。)
といった民間人も多く祀られており、戊辰戦争から太平洋戦争まで245万人強の数にのぼる戦没者が祀られている。
ちなみに、「吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作」は 明治維新における新政府発足への過程の中での殉難者として祀られており、「西郷隆盛」は祀られていない。
また、「乃木希典、東郷平八郎」は戦死ではないため祀られていない。
要するに、これって言い換えれば 国家(朝廷)・政府における「殉職者」という意味でしょ?
( 一部は朝廷の側に立って没した者という解釈の者も含まれるけど)
重ねて言えば 今現在の世相・風潮ではなく、没した方々が 没した時の世相・風潮から言えば 総理や天皇が靖国神社に参拝に行くのは 祀られている方々にとって 至極、当たり前の事であって 問題視される方が問題とも言える部分が大なのだ。
( なんで、そんな簡単な事が判らないのかね? )
で、今や「靖国問題」と言えば「A級戦犯の合祀」という問題ばかり話題になるけど
では、国家の許で殉職した者達への慰霊は どうなってるの?
私は そこをまず最優先で考えろ!!!と、かねてから このブログで申し上げてきた経緯がある。
その最たる例が PKO従事中にカンボジアで死亡した警察官や イラク戦争中に死亡した2名の外交官を 日本政府は どのように扱ったのか? そこをあらためて思い出して(知って欲しい)と願う。
諸外国においても イラクで戦火に巻き込まれ死亡した外交官達は数多いるが、その殆どが政府専用機、もしくは その国の軍の輸送機で丁重に亡骸を母国へと運び 国葬もしくは 国葬に準ずる葬儀を国家が執り行い、その国の多くの国民が皆 慰霊の祈りを捧げたものだが、日本は どうだったのか?
外国の飛行機会社に貨物と同様の扱いで空輸を依頼した。
それが、この日本という国の 国のために殉職した者への扱いだったのだ。
文字通り、国家のために命懸けで働いた結果が
貨物扱いで輸送ですか?
これって それで良い事なのか?
私は 絶対に違うと思う。
いろんな何かが 大きく間違ってる。
けど、それを糾そうとしない政治屋や官僚、それにメディアを私が信用できないのは 私の思う「常識」と 彼らの「常識」は異質なものだからなのであろう。
で、もしかしたら 私の「常識」は 一般的に「非常識」であって正しくないのかもしれない。
だとすれば、この記事を読まれた方々の多くが
「また、ブタネコのアホが 訳の判らない事をほざいてやがる」
と、思われるのであろう…
まぁ、それならそれでもいいや^^;
ただ、どうか冷静に考えてみて頂きたい。
私は その「亡くなられた警察官や外交官を(今の様な状態の)靖国神社に祀れ」と安易に主張する気は無い。
その上で尋ねたいのは
「私が もし、国民の一人としてその方々に感謝の意を捧げたいと思った時、いったい 何処に行けばいいの?」
って事。 ( 「その方々の墓」なんて回答を寄せないでね。^^; )
靖国神社は基本的に戦没者を祀る場所だから、意味合いは違うかもしれない。
しかし、では殉職・殉難した方々に対して 国として感謝を捧げる慰霊施設ってどうなってるのだろう?
そこを考えた事がありますか?
それと…、
今回の「元:宮内庁長官であった富田朝彦氏による昭和天皇の発言・会話メモ」について
例えば
・本当に 富田氏が書いたモノなのか?
・本当に 昭和天皇が メモの通りの発言をされたのか?
この2点についてまだ、きちんと確認・証明されていないという事。
にも関わらず、「たぶん、本物」「きっと間違い無い」という状況の現在のはずなのに メディアや政治屋が「昭和天皇の御意志はそうだった」と決めつけて報道され、「靖国問題」への発言を政治屋が行ったりしてるのは 現時点では時期尚早なんじゃないのか?
近い将来、きっと「メモは正しい」と証明されるんだろうなぁ…とは思うけど 今の時点で「絶対に正しい」と決めつけて行動・発言するのは 絶対に間違いだと思うんだ私は。
でも、それを指摘するメディアや識者が 随分、少ない。
そんなんで 本当に正しいのかな?
しかも、そのメモにまつわる報道を見たり聞いたりする日本国民のどれだけが 戦後史をきちんと踏まえて(認識して)いるのか?
まずは、予備知識から ちゃんと学ばなきゃダメじゃん…
と、申し上げたい今日この頃だ。


