● ギミー・ヘブン
2006年公開の映画「ギミー・ヘブン」を見た

前評判及び 前宣伝を一切知らずにパッケージに書かれたら出演者を眺めて「へぇ」と思い見たわけだが…
出演者は

江口洋介

安藤政信

宮崎あおい

石田ゆり子

松田龍平

小島聖

鳥肌実 等々…
私としては なかなか良い顔ぶれだなぁ…と興味深く もうひとつ目を惹かれたのが
「脚本:坂元裕二」
だから
「こりゃ、面白そうだ」
と、早速 見たわけだが…
役者達の演技は 全然、悪くない。
物語の冒頭に殺人事件が発生し、

石田ゆり子が「警部」役で登場する。



「へぇ、こういう役柄の石田ゆり子も悪くないな…」
素直にそう感じる。
また、『タナカヒロシのすべて』で意表を突かれた 鳥肌実が




なかなか味のあるヤクザ役で

私が大好きだった往年の名優、故:成田三樹夫になんとなく風貌が似ており、性格俳優的個性も似ており… ちょっと、目が離せなくなってきた^^






「宮崎あおい」は暗く、不幸オーラ出しまくりの女の子を好演し…




江口洋介は 江口洋介のまんま「らしい」演技を見せているし…




久しぶりに まともな青年役の安藤政信を見る事が出来、嬉しい。
でもね、ハッキリ言って この映画は駄作だな。^^
その理由とも思えるのは 物語の根幹には「共感覚」というものがある。
「共感覚」とは、何かの刺激を受けた時に得る感覚に他の感覚が混ざって生ずる現象で、文字や言葉や数字が色となって感じられたり、香りが形を伴ったり、話し言葉が虹色に見えたりする。
共感覚者(共感覚を有する人)にとって、新聞はただのモノクロではなく、全面に赤や青や緑などの色がカラフルに散りばめられた様に見える…という話もある。
これを 一口に、「異常」とか「障害」と呼ぶべきか否かはともかく 近年、そういう特殊な感覚を有している人がいる…という事が研究・発表されたのだそうだ。
で、この映画では その「共感覚者」と一般の感覚者とのズレから事件が…みたいな物語風でもあるのだが、その「共感覚」というものを視聴者に判らせる事に失敗している。
だから、根幹が理解出来ぬまま 話の全体を理解しろ…というのは無理な相談であり、私には この作品の制作者も きちんと「共感覚」を理解して描いたとは思えない。
「大粒の雨はガーベラの花の様に感じる(見える)」
からと言って

この様なシーンを描いたのであろうけど、私も まだ「共感覚」というものを理解出来ていないので安易な質問で恐縮だが、「大粒の雨」が「ガーベラ」なのは判った、でも、同時に足元の「緑の芝」や 着ている「白い服」や 名前は判らないけど右上に映っている黄色い花なんかも それぞれ、何かに置き換わった様に、もしくは違う色に見えたりするんでしょ? だから「大粒の雨」だけを「ガーベラ」にしただけで 判れ…って言われても如何なもんか?と思うのね。
で、根幹が そんな具合だから 冒頭に起きた殺人事件が 誰によって、どんな理由で生じたのか?は 解明されたようで まったく説得力を感じさせて無いし、一歩間違えると「共感覚」=「精神障害」の様な認識・偏見を助長する事にも繋がりかねない、そんな危険性を感じ この作品の監督には猛省を求めたい気分すら生じる。
ついでに言えば、ミステリアスな男の役の

松田龍平
おそらく本人にとっては好まない言われ方と思うけど

在りし日の 父親「松田優作」に良く似て 時折、見せる表情は その松田優作が狂人を好演した表情と良く似ており、「ミステリアス」という雰囲気は醸してる。
でもね、松田優作は狂人だけじゃなく 時にはコミカルに 時には熱い男をも好演したのだ。
けど、松田龍平は このままだと「ミステリアス」しか出来ない、使って貰えない役者で終わるぞ… そこを 今回は制作者達に 良いように利用されただけで残念だったな…と。

で、最初は よく判らなかったんだけど…





この少女
「福田麻由子」なんだな^^
というわけで、良い役者を使い、その役者達が最低限の結果を出してるにも関わらず この作品が駄作としか評せないのが 物凄く悲しいね。
それは未知なる「トム・ヤム・クン」というスープを自作しようとして
・ヘッドファーン
・バイ・マクルー
・レモン汁
・ナムプリック・パオ
・牛乳
・ココナッツミルク
・海老
・プリッキーヌー
・レモングラス
・パクチー
と言った食材を 限りなく最高のモノばかりを集めたにも関わらず、出来上がったものを食べてみたら それぞれの具は良い味なのに 全然、美味く無い。
(ToT)
「どうしてなんだろう…?」
と、考えてみたら 根本的な部分、ベースとなる鶏ガラスープが入って無かった… そんなオチだと言えば 私の言いたい事を御理解頂けるだろうか?


