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2006年06月01日

● ブタネコの「理想のオッサン像」


「瑠璃の島」というドラマのDVDを再見して 「再考」したモノを全10話分書き終えた。




で、あらためて ふと感じた事を思いのまま語ってみる。^^;

私が子供の頃、家の居間にはテレビがあり、折りたたみの脚がついたテーブルが居間の真ん中に置いてあり、そこで家族が揃って食事をしたものだ。


その頃の光景を思い浮かべると 今はもうこの世にはいない私の両親や妹が その頃の姿のまま、テーブルの4辺それぞれに決まった それぞれの位置に座り、テレビを見ながら晩御飯を食べ、


「箸の持ち方が悪い」


とか、


「テーブルに肘をつくな」


とか、


「肉ばかり食ってないで 野菜を食え」


等と、親父にブツブツ言われながら食べていた光景が目の当たりに浮かぶ。


やがて、親父は風呂に入り 妹と私は宿題と格闘し、母は食事の後片づけ…


で、9時頃には 再び、居間に4人が顔を揃えて テレビドラマを見る


それがその頃の生活サイクルだったのだ。


ドラマは「木下圭介アワー」だったり、ナショナル劇場の「水戸黄門」だったり、当時の典型的なホームドラマだったり、「ザ・ガードマン」や「七人の刑事」や「特別機動捜査隊」だったり…


そんなドラマを見ながら 家族で「あぁでもない、こぅでもない…」と四方山話をしてたのだが、元々DNAという形で 性格もそれなりに遺伝情報があるのだろうけど、そういう何気ないコミュニケーションの中で 少しづつ性格や考え方も親父を吸収していたのかなぁ… ふと、そう思う。




さて、私の両親は というか、私の世代の親にあたる世代は 兄弟が三人や四人いるのが当たり前みたいな世代、だから、私にとって叔父や叔母にあたる人は 父と母双方を合わせると10人以上おり、従軍経験者や戦没者もいる。


すると、当然の如く イトコの数も相当数にのぼり、冠婚葬祭で親戚が集まると凄い数になったものだ。


しかも、我が家は礼儀には厳しい家風だったので 甥である私は、それぞれの叔父さん、叔母さんに「こんにちは」「御無沙汰してます」と先に挨拶をせねばならず、当然の如く顔と名前、長男から末っ子までの序列、それぞれの従姉妹の年齢による序列 全てを把握していなくてはならなかった。


しかも、親父は兄弟間の確執が激しく 顔を合わせれば喧嘩になる叔父がおり、一族の間では その二人が揉め始めるのが冠婚葬祭の恒例とさえ思われており、


「お? もう始まったのか? 今回は早いな」


等と言われる始末。^^;


私が幼かった頃は 私の母が親父を宥め、とめる役だったが、双方の息子が中学生ぐらいになった頃からは 互いの息子が互いの親父達の間に入り「まぁまぁ」と まるで忠臣蔵の吉良上野介と浅野内匠守を「殿中でござる」と押しとどめる様に 「父さん、お祝いの席なんだから…」とやっていた。


そんな親父だったから 一人一人、叔父や叔母の事を 機会がある度に


「アイツはなぁ…」


と、その人となりを 私や妹に語って聞かせ、それは あくまでも陰口では無く、血のつながった一族、親戚として 一族の歴史を話してくれていたのだ。


祖父や祖母が存命の頃は 盆と正月には本家に集まり、相当数の親戚達が一同に会したものだったが、その祖父や祖母が他界してからは 誰かの冠婚葬祭でしか会う機会が無くなった。


私の父は長男では無かったが、私の父よりも上の兄達(私にとっては叔父)は 一人を残して全て戦没しており、その年長の叔父が本家の跡を継いだが、その叔父の子供は女の子ばかりで他家に嫁いでいたので その叔父が他界してからは 本家で守るべき仏壇は我が家が預かっている。


その為、盆の時期になると 親戚達が「先祖に線香を…」と言って我が家に来るのだが、昔の様に一同に会して…という機会は無い。




さて…


最近、我が家に 仏壇を拝みに来る親戚達を眺めていると 私の従姉妹の世代は、ちゃんとお参りに来るのだが、その子供の代になると 親と共に来るのは滅多におらず、来る子は毎年ちゃんと来るんだけど、来ない子は全く来ない。^^;


要するに 親戚のつながりが 誠に希薄化している感が強い…という事。


それを「なんだかなぁ…」と思うのだ。


例えば、自分の祖父が 若い頃から どこで暮らし、どんな仕事をしていたか… ぐらいは知ってるよね?


では、自分の曾祖父の代の事は知ってますか?


これがね、圧倒的に「知らない」人が多いのだという。


先祖代々、その地で家業を営んでます…というケースや 親が早逝したりして親の顔を満足に知らないんです…と言う方には どうか、この話はお許し頂きたい。


私が申し上げたいのは 親がいて、その親が家の事、御先祖様の事を ちゃんと子供に伝えていない… そこを嘆くものなのだ。


要するに、「親と子のつながり」には「先祖代々」とか「子孫永劫」とか そういう部分もある… そこをもう少しお考え頂けませんか?という意味である。


まぁ、我が一族の内情的統計で言えば…の話だが


親戚から結婚式の案内を貰い出席する。


すると、当然の事ながら


「新郎と新婦のなれそめは?」


という話になる。


最近では 結婚式に2回出ると そのうちの1回は「出来ちゃった婚」なのである。


まぁ、長いこと恋愛関係にあって いつ結婚してもおかしくない…みたいな状況の中、子供が出来たので きちんと籍を入れる事にしました…ってのは大いにアリだと思う。


ところが、「つい遊んでたら 出来ちゃいまして」というケースの方が実は多い。


それでもね、「結婚して その子をきちんと育てるんだ」という意思であれば それも良しだと思うのだが…


奇妙な事に「出来ちゃった婚」の「たまたま出来ちゃいました」のケースでは その新郎新婦は「御先祖様を拝みに来ない子孫」である事が圧倒的に多い事に気づいた。


これは、我が一族特有のデータかもしれないので 一般論として語る事は出来ないとは思うけど 如何だろう?




さて、結婚式の席上、新郎新婦に「出来ちゃった婚なんだって?」と聞くのも野暮だから聞かないが、一昨年の結婚式で 私の従兄弟であり、新郎の父でもある男が


「いやぁ… まったくお恥ずかしい限りで」


と、挨拶に来たので 偏屈者の私は


「誰が、何を 恥ずかしいんだ?」


と、聞くと


「いや、ウチの倅がさ 孕ましちゃったばかりに…」


と、新郎の父が言ったので


「オマエの倅は ちゃんと籍入れて頑張ろう…って言ってるのに

 何も恥ずかしがる必要なんか無いだろ」


と、応えた私。


すると 新郎の父は


「アンタがそう言ってくれるなら 俺もホッとする

 いやぁ、そうだよねぇ そうだそうだ…」


なんて脳天気な事を言って笑うので


「オイオイ、オマエは恥ずかしがれよ

 倅が頑張ろうって時に その”倅が恥ずかしい”って言っちゃう様な

 大マヌケなんだから、オマエこそ 恥じ入るべきだよ」


そう言ってあげたら


「コノヤロウ、人が下手(したで)に出たらつけ上がりやがって…」


と、怒り出した。


結婚式の引き出物に喧嘩を売られるとは思わなかったが、売られたら買う主義の私

(先に売ったのは ブタネコだろ…という ツッコミは無しで^^;)


「オマエなぁ 花嫁の父の身になって考えてみろ

 オマエんとこの息子に 孕まされて煮えくり返ってるのを押さえて

 孫の幸せのために…って 顔で笑って心で泣いてるのかもしれないだろ?

 にも関わらず、新郎のバカ親父が

 ”いやぁ… まったくお恥ずかしい限りで”ってヘラヘラ笑いながら

 結婚式の最中に挨拶してまわるってのは どういう了見だ?


 こっちの親戚連中は オマエが大マヌケだって判ってるから

 まだ、笑ってやれるけど、アッチの親戚にしてみたら

 ”なんだ そりゃ?”って怒るぞ」


そう言うと、新郎の父は


「じゃぁ どうしろ…って言うんだ?」


「あんな素敵な女性を 見事に孕ませて嫁にした馬鹿息子を

 よくやったと誉めてやりたい… ぐらいの事を言ってろ」


すると、「う~ん」と唸りながら腕を組んで思案顔の マヌケ親父。^^;


まぁ、そんな話はどうでも良い。^^;




今回、何を言いたいかと言えば…


昔、一族が大家族であればあるほど 名物的存在のオッサンが 一人や二人いたものだ。


とても陽気で誰からも好かれ、そのオッサンがいるだけで 場が賑わう…という存在。


さもなくば、誰に対しても 歯に衣着せぬ言動で


「このバカモンが!!!」と怒るオッサン。


そういう存在がいたのだ。


倉本聰や渥美清のドラマには そういう存在が脇で渋く光っている作品が多く、そういう作品こそ 私は個人的に高く評価している。


そういうオッサンの存在が 一族の孫共をビシッと締めたりしたものだ。


物凄くおっかないんだけど、後から思えば 最も記憶に焼き付いている存在。


そういう存在が子供だけじゃなく、大人をも躾ていたのだ。


ところがねぇ…


最近、そういう味のあるオッサンが見かけられなくなってしまったんだなぁ


だからこそ、私は そういうオッサンになりたいのだ。


なんでもかんでも「なぁなぁ」で 「まぁ、場を丸く収めて」なんて取り繕っておきながら 帰りのタクシーの中で


「今日の披露宴の料理 不味かったねぇ…」


なんて陰口を叩くのは 私の主義じゃ無い。


「もし、離婚する時は この御祝儀、倍にして返せよ」


と言って、お祝いを渡す… 


そんな偏屈親父の私が目指すのは「男はつらいよ」の初期に 妹「さくら」の結婚式で見せた寅さんの生き様であり、「前略、おふくろ様」で室田や川谷が見せた生き様であり、「北の国から」の北村草太であり、「ライスカレー」の三木のり平、「昨日、悲別で…」の大滝秀治…なのだ。


どうも、最近のドラマには 登場人物に憧れを抱くような人物が描かれる事が少ない。


しみじみとしたホームドラマの中に「アンタ、最高!!」と褒めちぎりたくなる様な人物が登場しない。


それが、物凄く寂しく感じる私なのだが、「瑠璃の島」の勇造こと緒形拳は タイプこそ違えど、久しぶりに好感を抱く「生き様」を見せた人物で、であるがゆえに「良いドラマだった」としみじみ思えたんだなぁ…


でね、考えてみると…


私は そういった憧れのドラマのキャラ達に 部分的に自分の親父と共通のモノを感じ、感じるからこそ憧れているのかもしれないなぁ…という気もするのね。


で、それはそれで 他人からどう思われようとも 私としては良い事だと思うんだ。^^


で、もうひとつ重ねて言うと…


良いドラマって 見た後に、こんな感じで 色々と我が身を考え直すキッカケを貰えるんだよね。^^


だからこそ、良いドラマが増えれば 世の中も少しは良い方向になるんじゃないか?と願うのだが、作り手が「話題性」とか「視聴率」ばかりを気にしておきながら芸術家気どってるようじゃ いつまでたってもそうはならないんだけどね。^^;




お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

思いっきり私事ですが数ヶ月ほど前に親戚が一堂に会することがあり、大酒のみのどう考えてみても40代にしか見えない60代の名物おやじと酒を徹底的に酌み交わし「(酒&トークで)お前に負けた!」という有難い(?)言葉をいただきました。

目指せ「名物的存在のオッサン」です^^

さて今回ブタネコさんが書かれた「良いドラマって 見た後に、こんな感じで 色々と我が身を考え直すキッカケを貰えるんだよね。」は大いに納得。

僕の場合、現時点でそういう「良いドラマ」は当然「世界の中心で、愛をさけぶ」。これからの人生、そういうドラマに出会いたいものです。

★ うんぼぼ さん

>目指せ「名物的存在のオッサン」です^^

ガンバレ~^^

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