« タイガー&ドラゴン 7話再考 | TOPページへ | 私がブタネコと名乗る理由^^ »

2006年05月24日

● 瑠璃の島 第5話 再考


「瑠璃の島」 第5話を見直した。




画像


2005年5月14日に オンタイムで第5話を見た後に『瑠璃の島 第5話』という記事を書き、その中で


瑠璃の島 第5話を観た。


こんな事を言うと 爺ぃ臭いと言われるんだろうなぁ…と自覚しつつ、あえて言ってみる。


昔、よく「子は鎹(かすがい)」と言われたものだ。


夫婦げんかして 一瞬でも「離婚しよう…」と考える時があったとしても 子供の顔を見て思い直す… 夫婦の絆を結びつける鎹…という意味でもある。


結婚する…とか、子供を作る…って事に関する認識や感覚が大きく変わってしまった…と言ってしまえば それまでなんだけど…


簡単に結婚して 簡単に子供作って 簡単に別れる夫婦が多いけど…


そのわりに 少子化問題は深刻化するばかりだし、母子家庭への福祉費は増加の一途を辿っているのは どういう事だ?


挙げ句の果てには 


「創○○会に入って大○区に住むのが 一番、福祉のお金が多いんだって…」


なんて会話を荒○区の とある公園でヤンママ達が話し合っているのを見かけた時には


「なんだかなぁ…」


と思うしか無かった。


さて、瑠璃の島 第5話だが…


昨夜の『「タイガ-&ドラゴン」第5話』で不意を突かれて泣かされたせいかもしれないが、今夜の「瑠璃の島 第5話」で 私は泣く事が出来なかった。


ただね、「泣く事が出来なかった」から「つまらなかった」という短絡的な意味の感想では無い。


「子供が出来た」という美月(井川遥)に 茂(賀集利樹)の取る態度を見ていて 昔、泥沼の様な離婚騒動を巻き起こし、引っ越して居なくなっちゃった友人の事を思い出す。


「相手が浮気をした」「価値観が違う」「性格の不一致」… いろんな理由を挙げて相手を罵り合う夫婦の様を見て


「アンタ達 愛し合って結婚したんじゃないの?」


という疑問を 常に抱いていた。


同時に、散々 相手を罵って 如何にその離婚が正当なものだったかを主張する その両人の様を見て もう一つ常に疑問に感じたのが 双方とも自分の事を言うばかりで どちらも子供の事を 一言も触れない…その姿勢や考えである。


これは疑問というよりも 最終的には不快感になった。


どちらか片方が「子供の今後に…」と考えた上での結論…という意味で 僅かでも説得力のある考えを披露してくれれば まだマシだったのだが、結局 最後まで 双方とも子供の事は口にしなかった。


この事は 未だに私は不快感の伴う記憶として覚えている。


今日の「瑠璃の島 第5話」を見て そして、今までの「瑠璃の島」のスト-リ-を ずっと見通してきて 「瑠璃の島」の制作者は、そんな私の思いを映像化して 暗に世に問おうとしてるのかな?… そう思ったのだ。


もしかしたら、違うのかもしれないし、勝手に 私が思い込んだだけだから、違うのならそれでも構わない。


私が言いたい事は そう言う風に「心に問いかけるドラマ」の素晴らしさなのである。


たったひとつの問題について「心に問いかけるドラマ」を作る事は もの凄く難しい事だと思う。


脚本・演出・役者・時代背景・状況設定… いろんなものを重ね合わせて、表現しようとしても その悉くは成功に繋がらなず、ともすれば、アレもコレもと いろんな問題をゴチャ混ぜにして 終わってみれば何が問いたいのかすら判らなくなってしまう作品ばかりが増えていく… そんな中にあって 久しぶりに、ドッシリとひとつのテ-マを根底に問いかけていくドラマが「瑠璃の島」なんじゃないか?と 今夜、あらためて感じたのだ。


『瑠璃の島 第4話』でも述べた事だが、ますます、瑠璃が子供っぽく見える様になったと思う。


初回で見た時は ずいぶん、ひねた大人っぽい子だなぁ…と思ったのだが、やっぱ これって演出的表現だったんだなぁ… そして、回を増す事に どんどん、純粋な子供に変わっている。(変えていっている?)


何が 瑠璃をそういう風に映すのか? 初回は都会で 親からも放置されて 愛情とか、優しさなんてものとは無縁だったが、島に来て そういう無縁だった物が満ちあふれてくると 本来の姿に戻っていく… そういう描写が込められているのかなぁ…


もし、そうだとすれば 少なくとも私には成功している。


少なくとも 成海璃子の演技が 賀集利樹や井川遥を はるかに凌駕してる事が判るほど成功している…と、申し上げたい。



と、述べたわけだが…


今回、再見して ふと気づいた事があり、その事について私なりに考察し 一つの推論をまとめようとしているうちに 頭の中がこんがらがって…^^;


この第5話の中には 対照的な話がいくつかある。


画像


まず、美月(井川遥)と奈津美(西山繭子)


画像

妊娠が判り、産みたいんだけど 茂(賀集利樹)が了承せず悩む美月


画像

妊娠したいんだけど 過去の中絶が原因でか、妊娠できない奈津美


画像

子供への責任を回避しようとする茂


画像

妻(奈津美)の秘密を知ってしまう浩二


画像

そして、自分と血はつながっていないけど我が子「いっちゃん」を探し求める照明


いろんな「親になろうとする」「親になるのを拒む」「親になれない」人がいる。


この第5話は 基本的に妊娠した美月と茂の心の葛藤がメインの話となり、最終的には


画像

「アナーキーな島で、アメイジングな子育てしようぜ」


と、もし私が美月の父親だったら 絶対にブン殴るであろう台詞で一件落着し、その流れだけで充分に話は成立しているから あえて、余計な事を言う必要は無い…


そんな風に思っていたんだけど 再見してて、ついつい気になってしまった事がある。


それは この回の冒頭に

画像

画像

山羊に気をひかれた瑠璃は桟橋で シーサーのストラップを落としてしまう。


そう、そのストラップとは


画像

第4話のクソガキが 島を去り際に瑠璃にくれたストラップ。


このストラップに関しては 回のラストで


画像

画像

画像

海の中で抱き合う美月と茂を眺めていた瑠璃が ふと、足元に落ちているストラップに気づき拾う…


と言う事で、なんとなく落として なんとなく元に戻る…


だから、さほど問題にも思わずに ついつい流して見てしまうのだが…


そう、偏屈な私は ここに「うぬ?」と注目させられてしまったんだな。^^;


場所が「桟橋」、落としたのが「シーサー」




で、ここからは ブタネコの妄想である。


勝手な想像の世界なんで「ツマンネ」と思ったら とっとと、読み飛ばすように^^


「桟橋」ってのは島にとって「玄関」みたいな場所


つまり、シーサーを安置するには絶好の場所


シーサーにはいろんな意味や由来があるらしいが そんな中で私が注目したのは


「外から家の中に魔物(悪い事)が進入しないように見張っている」


という由来がシーサーにはあると聞き及んだ事。


これって 言葉を裏返すと


「家の中から 良い事が外に逃げていかない様に見張ってる」


って事にもなる。


つまり、この場合の「良い事」とは「妊娠している美月」


要するにシーサーは瑠璃が落としたんじゃなく、自ら そこにポケットから降りたんじゃないか?…というのが こじつけ的ブタネコ流解釈。


シーサーが桟橋に居座って間も無く、美月の妊娠が発覚する。


その美月が島を出て行くのを茂が止めた直後に シーサーは瑠璃の手に戻る。


そのタイミングに ついつい、そうこじつけてしまいたくなる。


で、そう思いたくなるキーワードが 実は これまでに2つ有る。


ひとつ目は 第3話において 井戸に落ちたクソガキと瑠璃の会話の中に クソガキがストラップを瑠璃に見せて…

画像


「ごめん。俺、なんか、むしゃくしゃしてて…

 俺さ、この島で生まれたんだ。」

「え?」

「でもさ、ここ、不便だろ。

 学校だって いつ潰れるか判らない位だしさ…

 だから、俺が生まれてすぐ、
 じいちゃんだけ残して家族でこの島を出たんだ。

 そのうちじいちゃんが死んじゃって…

 一人で死んじゃって…

 この島が不便じゃなかったら、俺たちずっとここにいられたんだ。

 じいちゃんだって一人で死なずにすんだんだ。

 だから、俺、この島が、嫌いだ。

 嫌い、だった… だから、ごめんな。」

「うん。」

ポケットからキーホルダーを取り出す哲平。

「何それ?」

「シーサー 俺のお守り。

 昔、じいちゃんの家の庭に、これのでかいのがあって…」



という部分。


都会で育った瑠璃には「シーサー」なんて知らない。


しかし、この辺の島では シーサーは ごく当たり前の存在。


クダラナイぐらい細かい事と思うかもしれないけど そんな細かい事を当たり前の様に知ってこそ「島の子」なのである。


そして、「シーサー」は守り神なのだという事。


で、2番目のキーワードは


画像


桟橋で三線を練習している瑠璃が美月と会話するシーンで


画像


「これ(指輪)ね、

 出会ってすぐに、しげちゃんが縁日で買ってくれたの。

 私、男の人に何か買ってもらったの初めてだったんだ…

 しげちゃんだけなの

 私なんか相手にしてくれるの、しげちゃんだけ…」


という美月の台詞。


そう、瑠璃が男の子から 初めて貰ったモノが「シーサーのストラップ」だった…としたら どうだろう?


あのクソガキが だから瑠璃の初恋の相手? とりあえずは、そんな話を私はしたいのでは無い。


かつて、「この島の子」だったクソガキから「島の守り神」を受け継いだ…


それが、瑠璃が本当の島の子へと また一歩進んだ証…


そういう解釈をしてみたいと思ったのだ。


でね、美月は この後、


画像

茂との会話に 一時的に絶望し 

画像

指輪を海に捨てて

画像

海に身を投げようとする。


画像

画像

画像

それを偶然見かけた 瑠璃と川島が止めて


画像

美月は助かるわけだが…


画像

茂と別れて 島を出る美月を

画像

茂に止める気持ちにさせたのは


画像

画像

美月が捨てた(落とした)指輪を探し出した瑠璃だった…


そう、この回には 落とし物と 拾ったモノが二つあるのだ。


その両方とも 中心にいるのは瑠璃なのである。


これって 瑠璃っていう子供の存在が いろんな意味で「島の守り神」という事を暗示してる様な気がしたわけで そう思って見直すと、シーサーのストラップを落として拾う… ただそれだけのシーンがあるだけで キュッと全体のストーリーが締まるように感じもするのだ。


考え過ぎと言われれば それまでなんだけど、なんとなく意図的なモノを感じ、このドラマの演出家は侮れないかもしれない…なんて思った次第なのだ。


で、今後 また、触れる機会があるので 今回はあえて一点だけ強調して指摘しておく。


「シーサーを落とし、再び拾った場所は桟橋だった」


それにしても


画像

瑠璃の この笑顔と


画像

画像

画像

エンディングの このシーンは心温まる素晴らしいシーンだった。(ToT)



お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

 この記事への御駄賃がわりに下のバナ-のいずれかを クリックして頂けると嬉しいです。^^
 (全部、クリックしてくれると もの凄く嬉しいのは事実です。^^)

ブログランキング・にほんブログ村へ Blog Ranking 人気映画・TVBLOG blogram投票ボタン BlogPeople「自分のこと」部門にクリック BlogPeople「テレビ」部門にクリック BlogPeople「映画」部門にクリック

『瑠璃の島』関連の記事

【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。