● 優しい時間 第5話
実は この第5話のメインゲストが「小日向文世」なのである。
小日向文世が扮する男が ある日、喫茶店のそばに現れるのだが…
小日向は登場直後に 雪に滑って転び頭を打つ
頭を打ったせいか 直前までの記憶がトンでしまった小日向は 自分が誰か 何をしようとしてたか覚えていない。
朦朧とした感じで 喫茶店に入ると コーヒーを頼み豆を挽く
気配に不審を感じた従業員が話しかけ…
ポケットの中の所持品を出させると いくばくかの現金と飴と そしてサラ金が配ってるポケットティッシュ… 身許が判る品は無く
従業員達がアレコレと事情聴取するが 小日向は記憶が戻らない。
わりと、滑稽な個性的人物設定の多い小日向だが この作品では完全にシリアスな 普通のその辺のオジサンって感じで 小日向ファンとしては これもまた良いなと思う。^^
さて、私は倉本聰の作品が大好きだが…
この「優しい時間」に関しては 実は あまり面白い作品だったとは思っていない。^^;
どんなに好きな作家の作品でも その作品群の全部が良作、面白い…なんて事は無く、なかには「これは 今ひとつだったな…」と思うモノは たとえば敬愛する横溝作品にだってある。
しかし、そのひとつや二つだけをあげつらって 作家そのものを否定したり、嫌ったりするつもりは毛頭無く、私の「好き嫌い」は 私なりに総合的に判断しているつもりであり、「優しい時間」を「つまらん」と思いつつも だからと言って倉本聰を嫌いになったわけでは無い。
私流に言わせると 倉本作品には 時々、こうした失敗作がある。
で、今まで見続けてきた中で その辺に触れてみたい。
倉本聰は 時々、こういうシリアスな脚本を書くのだが、率直に言って シリアス調の時ほど つまらない、つまり失敗作になり安い傾向がある。
それは 倉本脚本の最も優れた部分が シリアス調には活かされないからだと私は思うわけで、その際たる部分は わき役の活かし方だと思っている。
つまり、倉本作品の真骨頂は 主役がどうこうでは無く、まわりの脇役の設定や台詞が絶妙で それが一人二人ではなく存在し、素晴らしいアンサンブルを醸し出す。
ところが、シリアス調の場合 どうしても主人公だけを中心に据えて物語を展開させようとし過ぎるために わきが活きる場面が極端に減り、アンサンブルとい出汁が利かない味噌汁を飲まされた様な気になってしまうのだ。
で、この「優しい時間」の場合 主である寺尾聡は なかなか良かったと思うが、息子役の役者は 完全に「棒」で 言っちゃぁ悪いが素人の方がマシなぐらい。
ウェイトレス役の二人の女優は たぶん、それなりに経験のある女優さんなんだろうけど 何処かに舞台演劇風のオーバーさがあって落ち着かず、常連客達のオッサンが 渋くまとめて雰囲気を作っていたけど 何かがカチッと納まっていない。
ま、私の場合は 本放送を
ってな感じで「長澤まさみPV」として切り換えて見ていたから どうでもいい話として受け止めていたのだけど…
先日、再放送を見ていて この「小日向」出演を目にし
「お、だったら 腰を据えて見なければ…」
と、姿勢を正したわけだが…
あらためて きちんと見た結果
「倉本先生… ヤッちゃいましたねぇ…^^;」
と呟くほどの ズッコケ感だった。
つまり、
この小日向が扮する男は 借金の取り立て人で 彼が取り立てていた相手が前回の第4話に 借金を苦に自殺した
布施博。
その葬儀に出ようと この街に来てたのを頭をぶつけて判らなくなってしまったいた…という話なのだが 物語の後半、他の客や従業員の話を聞いているうちに記憶を取り戻した小日向は 葬儀場に向かい この第五話のエンディングとなる。
で、葬儀場についた小日向が…
コートを脱ぎ、マフラーを取ったら 喪服(黒ネクタイで^^;)でした…
って オイ!!!
普通、喫茶店に入ったら コート脱ぐぞ?
ここで「あら? この人 今日、お葬式?」って 誰でも想うカッコだぞ?
しかも、所持品出して…の筈なのに 胸の内ポケットから不祝儀(香典袋)を出すって…orz
倉本センセともあろう御方が そんな…(ToT)
だから、「優しい時間」は 違った意味では「オモシロイ」作品なのである。^^;
追記:5月25日
samurai-kyousukeさんから頂戴したコメントを基にエンドロールを確認しました。^^
