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2006年05月19日

● 瑠璃の島 第3話 再考


「瑠璃の島」 第3話を見直した。




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2005年4月24日に オンタイムで第3話を見た後に『瑠璃の島 第3話』という記事を書き、その中で


瑠璃の島 第3話を見た。


いやぁ… さすがに第3話と回は進み、今日は 泣いたなぁ… ブワッと泣いた。


「自分が幸せになりたい」


「人生を やり直したい」


そんな理由で子供を捨てる親がいる。


娘を持つ父親として こんな腹立たしい話は信じられない。


けれども、現実に そんな親… そんな奴を親と呼んじゃイケナイな。


そんなバカタレが 現実にいる。


そんなバカタレが 親ぶって


「私は瑠璃を叩いた事が無い…」


と言う。


躾ってさ、叩いちゃ駄目というモノでは無い。


だからと言って 叩いて良いというモノでも無い。


最近、子供を叩かない親が多いという話は聞いた事がある。


叩かずに済めば それはそれで確かに良い事だとは思う。


しかし、なんでもかんでも「暴力」とヒステリックに 全てをドメスティック・バイオレンスの様に解釈する風潮に かねがね疑問を感じている。


まぁ、「叩く」「叩かない」は とりあえず、おいといて…


「西田尚美」は 私の大好きな女優さんの一人である。


この人は 芝居が巧く、いろんな役をこなせる女優さんである。


その「西田尚美」が 娘を捨てる母親役。


あの「西田尚美」が 母親役か… それだけでも感慨深いのに、子供を捨てる母親役だという… 私の心中は複雑である。


そのシ-ンを見てて その母親が実に小憎らしい母親に映る。


古い話で恐縮だが…、昔 「細腕繁盛記」という人気ドラマシリ-ズがあった。


「新珠三千代」が主演で 脚本家:花登筐による その後、独特の関西商人&人情話シリ-ズ「あかんたれ」や「どてらい男」等の 出だしとなった作品である。


伊豆の旅館を舞台に こつこつと頑張っていく嫁の一代記なのだが、その嫁をイビリまくる役をやったのが「富士真奈美」


「加代、おミャ~に 食わす米はニャ-だよ」


この台詞で 世のお茶の間から「最悪の鬼小姑」と呼ばれた。


そのせいか その後、かなりの間「富士真奈美」は悪役専門もしくは 良い役でも悪役に見えてしまう後遺症が生じた。


ただ、今になって思うのは「富士真奈美」という「最悪の鬼小姑」の存在があったからこそ「細腕繁盛記」は面白いドラマで 虐げられながらも健気に頑張る「新珠三千代」に感情移入して 面白いドラマとして成立していたのである。 


ゆえに 私は「富士真奈美」という女優さんを 心の底から高く評価し、感謝する。


こういう役は 演技が巧い人じゃないと難しいと思うからだ。


そういう観点から見て 今夜の「瑠璃の島」の「西田尚美」は秀逸だった。


だからこそ、「縁切り」宣言を受けた瑠璃の姿に 私は滂沱の涙を流す。


「瑠璃」の表情も 素晴らしかった。


第1話の時は 見事に大人びた ひねくれたガキだったが、今夜の第3話では 完全に子供になっていた。


このドラマは とても良い。


倍賞智恵子、緒形拳もいい。


そして、なによりも 小日向文世が良い。



と、述べたわけだが…


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第2話が 突然、瑠璃の母親が島に来てるシーンで終わり、今回の第3話は その続きとなるわけだが…


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この母親は どうしようも無い。


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もっとも良くない点は 自分の考えを正当化するための理論武装には長けていて「なんとなく、ほんの少しだけど言ってる事も判る…」なんて言う人が現れてしまう事。


落ち着いて 言ってる事を分析すれば どうしようもない話の羅列なんだが、話し方とか間の取り方とか 話術でそれを誤魔化す能力に長けている…そこが始末が悪い。


こういう人は 自分が喋っていることを正当化していけばいく程に「私は正しい」みたいなオーラに包まれ そのオーラはどんどん厚みを増していく。


で、今回 西田尚美が演じる このダメ母が効果的に描かれている基は第1話での このダメ母の描き方にある。


一般的に「親に恵まれない子供」と言うと 親がアルコール中毒だったり、生活破綻者であったり、DV(ドメスティックバイオレンス:家庭内暴力)で児童虐待を行う者であったり…


特に、近年はDVにより 死に至らしめられる子供…という事件が多くニュースを賑わせる。


ただね、この場合 子供の身体に傷や痣 極度な栄養失調など他の大人達から「あれ?」と気づかれ救われるケースも少なくない。


それに対してDVとは全く真逆の 子供にとって良くない親…という姿が 実はある。


それが「放任主義」の様で 実は「子供に無責任」な親なのだ。


「私は子供の頃 親に散々に殴られて育った

 それが嫌だったから 私は自分の子供を殴らない」


ポッと聞くと「成る程なぁ…」と言いそうになるが この言葉、考え方には大きな間違いが二つある。


ひとつは 子供が何故 親に殴られたのか判ってない。

ふたつめは 親が子供に殴った意味を理解させて無い。


この ひとつめと ふたつめは同じ事を言ってる様に感じるかもしれないけど違うのだ。


この ひとつめの場合は 子供は「殴られるのが嫌だ」そればかりに考えが固まっていて 何故、殴られたのか?を理解も反省もしていない 挙げ句の果てに「殴る親=最低」という固定概念を勝手に自分の中に築いている。


一番大事な「躾」という意味を まったく考えようとしておらず、「幸せ=嫌な事が無い」と 短絡的に思い込んでいる。


で、ふたつめの場合は「叱れば済む」 親が「躾」を勘違いしている典型的な姿で、「叱る」のではなく、悟らせねばダメなのである。


優しい口調で話して 子供が理解してくれるのなら、なにも殴る必要なんか無い。


でも、時には ビシッとひっぱたいてでも悟らせねば駄目な場合もある。


特に 殴った時は、「何故、殴られるのか?」その意味を子供に判らせないと ただの暴力と変わらない。


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このシーンで ダメ母は勇造に「あの娘(瑠璃)を殴るんですか?」と聞いており、それまでの間にブツブツと 独り言の様な台詞で「私を殴るなら殴れ、子供の頃、散々殴られたから慣れっこだ…」みたいな事を言っている。


要するに「躾」を間違えて育った娘が ダメ母となった… その背景が目に浮かぶ。


この「殴る」というキーワードは 実は次の4話への伏線でもある。


だから、今回はこれ以上触れないが…


この「瑠璃の島」って あらためて見直すとTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」で 森下-堤が見せた伏線ほど数は無いが、違った手法での緻密な伏線が張られている事に気づく。


第1話から 太めのテーマとして 瑠璃が「自分(心)の居場所」を模索する姿が描かれており、その枝となっているのが「親子の絆」だとすれば 第1話での瑠璃は


「私がお母さんを捨てたんだよ」


と、実の母との絆を捨てて 島に渡る決意をする。


しかし、それは子供心に母への情が どこかに捨てきれずにいるのだが、


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逆に ダメ母の方から「縁切り」され 瑠璃のナレーション


「捨てたつもりが 捨て返された」


となる。


ここで、お人好しの視聴者は「ダメ母が瑠璃に 島に定住する決意を植え付ける為に あえて、心を鬼にして悪役を演じたのでは?」なんて 傍目には実に好感溢れるような感想を述べるのだろうけど…


西田尚美の演技の巧みさは この一連のシーンの中での目の動きと 小刻みに表情を変えて 時には暗く、何か思慮深げな表情すら見せるとこ


それにより、上述した「あえて心を鬼に…」なんて脳天気な解釈を誘発させる。


現実において 自分の周りの人々を見回すと良い


いわゆる「小悪魔」とか「狡く立ち回りが巧い」とか言われている人って こんな感じで目や表情の変化を巧く使い分けないか?


その挙げ句、捨てる子供に「おめでとうと言ってよ」なんて 実に自己都合満載の事まで言う始末。


ゆえに


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照明(小日向文世)の乱入で 我に返った瑠璃が「おめでとう」と ニパッと笑う様は 完全にダメ母への決裂であり、瑠璃の居場所が「東京」や「実の母」には無くなった瞬間にもなる。


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泣きながら島を駆け抜ける瑠璃の姿に「偉いぞ」と号泣する私。


しかし、本当に泣かされたのは


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「登校拒否します」という瑠璃に 全てを察した恵が そのまま「はいよ」と聞き流し、学校に電話をし、先生と話すシーン。


そして…

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実母との縁が切れ、心の中の一部を失った瑠璃に 新たな欠片を与えた この二人。


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子亀が産まれて間も無く海へと旅立つ様を見て 自分の新たな旅立ちを重ね映して 目に一杯の涙を溜めて見送る瑠璃


もうね、ダメだ 泣けて泣けて仕方が無い(ToT)


そんな瑠璃と グシャグシャに泣き濡れる私を救ってくれたのは


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勇造の変わらぬ笑顔と懐の深さ


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そして、この二人の男達


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ラストの 瑠璃が海に向かって叫ぶ「ガンバレ~」は 子亀に向けたものでも、子亀に投影した瑠璃自身に向けたものでも無い。


画面を見ながら ズブズブに泣いてる私に向けて 言って貰えた「ガンバレ~」だと 見終えた後に 言い知れぬ温もりを感じた私だった。

(勝手な個人的解釈です^^;)




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コメント

ブタネコ様、

お返事、ありがとうございました。日テレのサイトも読んでみました。DVDのほう、家計簿と相談しながら、前向きに検討してみたいと思います。

レビュー、これからも楽しみにしています!

★ カンザスのオズ さん

私は 最近のドラマの中で、親子の情 特に「父たる者」という部分を 最も、強く考えさせられたのが この「瑠璃の島」と言っても過言ではありません。

たとえば、私には ただのドラマでは無く、人生の教科書とも思っている作品が これまで見た数多の中に ほんの少しだけ、あります。

「北の国から」「男はつらいよ」「世界の中心で愛をさけぶ」「前略、おふくろ様」… この「瑠璃の島」も その中に含まれつつあります。

それは、娘の父として 姪の父親代わりとして子供の親となった時に そして今までの間に まぁ、いろんな事があったわけだけれども、何て言えばいいか判らないほど「親の責任」ってものを忘れた時はありません。

でもね、人生には教科書は無いわけで、こういったドラマの秀逸な作品を 参考書代わりにしてきたのかもしれません。

同時に、今までの人生の中で 実際に知り合った いろんなタイプの「父親」 私なりに目標とすべき父親像の方々がおられます。

私の実父、嫁の親父さん そして友人の親父さんや、喫茶「職安」の常連達… 先に挙げた参考書たるべきドラマに登場する親達には 実際に知る そんな親達を思い起こさせる設定の父親が登場します。

この「瑠璃の島」における勇造(緒形拳)も その時々で いろんな先輩達がダブッて見えて、その方々を知る当時の年齢に 私自身が近づくに連れ あの方々より劣っていないか? 今、前に出て恥ずかしくないか? たまに、この「瑠璃の島」のような作品に出会うと自問自答させられます^^;

まぁ、私如きの記事で 本当に泣く事が出来るのか?は 甚だ疑問ではありますが^^; もし、本当にお泣きになったのだとすれば それだけ、カンザスのオズさんの御尊父が素晴らしい方である証拠なのだと思います。

私としては、今回 頂戴したコメントの様な御言葉を賜れた事に深く感謝申し上げる次第です。^^

今後とも よろしく御願い申し上げます。

> それだけ、カンザスのオズさんの御尊父が素晴らしい方である証拠なのだと思います。

心にしみるお返事、ほんとうにありがとうございました。ブタネコさん・・・一生師と仰がせていただきます。
(弟子入りしてどうするんでしょうか、という疑問は、とりあえずおいといて・・・)

鼻水をずびずびしながら、いっしょうけんめい「泣いてる顔」の顔文字を探したんですが、どうやってだすのかわかりませんでした。インターネット初心者ですが、よろしくお願いします。
(なにをおねがいするんでしょうか、という疑問は、とりあえずおいといて・・・)

★ カンザスのオズ さん

>一生師と仰がせていただきます。

よく、御友人から「人を見る目が無いね」って言われませんか?^^;

>インターネット初心者ですが、よろしくお願いします。

こちらこそ よろしく御願いします^^


【※注意!!】

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