« 水川あさみ in トリビア♪ | TOPページへ | 夕張メロン 初競り »

2006年05月18日

● 禁煙ファシズムと戦う


オカダさんのブログ』の中で紹介されていた本を2冊買って読んだ。

今回は そのうちの一冊である『禁煙ファシズムと戦う』著:小谷野 敦について語る。




画像


最初に断っておくと 私は愛煙家、それも一日最低3箱を吸うヘビースモーカーでもある。


でね、もう一つ付け加えて語っておくと 心臓が壊れ 昨年、三途の川のほとりまでハイキングに行った経験もある。


しかし、タバコを止める気は無い。




さて、この『禁煙ファシズムと戦う』という本は 愛煙家が嫌煙家に対しての「反論の書」である。


だから、愛煙家としては「ガンバレよぉ~」と言いたいところなのだが、この著者である小谷野氏の言いたい事は判るけど 愛煙家の私の言いたい事とは方向が違う。^^;


医学的に論ずるのは 嫌煙家がタバコの害を申し立てる時の多くの根拠が医学的見地からの論であるため 真っ正面から議論するのには必要な事とも思う。


最近は医学も進み 統計分析も進んだ上で喫煙者が病気になる確立、タバコが健康の害になる可能性について 実に詳しく語られている。


まぁ、そういうデータを示されれば それについて現時点では抗おうとは思わないが ひとつだけ、述べさせて貰うと 嫌煙論者が主張する医学的データの用い方、例えば「喫煙者が肺ガンになる確立は」という記述では無く「肺ガン者が喫煙だった割合は…」という記述ばかりで これは、悪く勘ぐれば 最初から「タバコ=悪」と決めつけて論文がまとめられている様にすら思える…という事。


つまり、あくまでも仮に…と言う前提で


1000人の中に 喫煙者が500人いたとし、肺ガンになった人が100人いたとする。

で、その肺ガン100人のうち 喫煙者が70人いたとしよう。


それを文章で表現する場合、


・肺ガンの発生率は全体の10%でした。


という言い方と


・肺ガンになった人の70%は喫煙者でした。


という言い方では どちらも表現は間違っていないが受け取るニュアンスは違うよね?


では


・喫煙者の14%が肺ガンになりました


と、


・肺ガンになった人の70%が喫煙者でした


という言い方の違いなら どうだろう?


そもそも、「タバコは健康の害となる」という主張について 私は抗う気は無い。


言葉のレトリックでは無いが、医学的根拠として 統計データを述べる時に 述べる人の言い方が「タバコ=悪」という前提だと どうしても


「肺ガンになった人の70%が喫煙者でした」


という表現を用いたがり、聞く方も「タバコ=悪」という概念が強いと いつの間にか「喫煙者の70%が癌になる」というイメージで受け止められたり、誤った伝聞で語られている事が多く、不愉快感がある。


それに、「肺ガンを撲滅するには タバコの撲滅」とでも言わんばかりの タバコだけを目の敵にしたかの如き論陣も不愉快


『禁煙ファシズムと戦う』という本の中で小谷野氏が 環境汚染、特に車の排ガスを挙げて述べているのは おそらく、上述した私の考えと似た様な思考で「肺ガンの原因はタバコだけでは無い…」という視点で反論を試みたのだと思う。


けどね、昔の愛煙家達のタバコを吸うマナーの悪さは 大いに反省すべき点が大だったのは認めなくちゃイケナイ。


歩きタバコ、ポイ捨て等は 吸わない人達の不快感は甚だ大であろうし、火をつけたまま灰皿に放置されたタバコの煙は 愛煙家の私ですら不愉快だったのも大いに認める。


ゆえに、我々 愛煙家は猛省すべきだと思うし、過去の悪習が 現在の分煙化を招いたと思えば、不自由を感じながらも「仕方がない」と応ずるものでもある。


で、私が主張したいのは「嫌煙権」として 権利が主張されるのであれば「愛煙権」という権利は 何故、ほんの少しも認められようとしないのか?という事。


権利を主張し、権利で論ずるならば 相対する権利にも配慮が必要


でなければ、権利の濫用にもなりかねない。


悪かった事は反省し、分煙化による限られた範囲内で吸う代わりに「なんでもかんでもタバコが悪」という論陣でヒステリックに騒ぐのは いい加減止めて欲しい… そう願うばかりだ。


と、同時に タバコに対して熱心になる情熱を、タバコと同じ様に健康の害になる他のモノにも応分の情熱をかけて「なんとかしようよ」運動をされては如何?と、思うのだ。


医学的データを持ち出して「肺ガン撲滅」を御題目に唱えるなら タバコだけに目くじら立てるのでは無く他の要因に対しても同等の抗議を行わないのは何故か?と。


で、あらためて 以前、別の記事で述べた事と 同じ様な個人的意見を もう一度、申し上げたいと思う。


タバコは近々20円から30円の値上げになる。


私は 以前、別の記事に 1箱を500円や1000円にしてくれても構わない…と述べ その代わり、「愛煙権」を少しばかりでいいから認めてくれ…と 述べた。


で、値上げの件に関しては 今も気持ちは変わらない 値上げしたけりゃすれば良い。


その代わり、タバコの売り上げに多く含まれる税金の使い途が 環境美化や癌撲滅などに使用されるのならともかく、かつての国鉄の赤字補填に使われたのだけは どうしても許せない。


自分の会社の補填をして貰いながら 喫煙場所の撤廃、喫煙席の廃止などを行った国鉄やJRに対しては 愛煙家の意地として死ぬまで許す気にはなれないのだ。




さて、『禁煙ファシズムと戦う』について話を戻す。


昔、私の友人達の 殆どがタバコを吸っていた。


時期としては バブル前の頃、


「アメリカでは”タバコを吸う奴”と”デブ”は

 自己節制が出来ない奴として出世できないそうだ」


という話がまことしやかに流れ、上昇志向の強い人々に禁煙ブームが始まった。


それは ファシズムと言うより、ファッションの様な考え方だった。^^


結論から先に言うと その時にタバコを止めた多くの友人達は 現在「糖尿病」が発病したか、発病までには至らずとも 健康診断で「要注意」項目に必ず入る様になり、その半分以上がデブか 虫歯で相当悩んだ者ばかり。


二代目開業医に言わせると 医学的統計データでも 喫煙していた者が禁煙した以降のそういう発病件数は それなりの確率の数値となっているそうだ。


しかし、その正確な数値は学会や厚生省から発表される可能性は薄い。


何故なら、今現在「禁煙」に対して懐疑的な発言やデータを発表する事は コペルニクスやガリレオの様な結果を招きやすいと学者や役人は考えているからだ。


糖尿病は 癌と同じ様に遺伝的要素が高い…と言われている。


しかしながら、禁煙行動において 口が寂しくなるのを飴やガムで補い、食生活が変化して糖尿になる… これはあながち否定できない程、該当者が多いのを アナタの周囲を見回して確認してみるといい。


病気になる事を怖れての「嫌煙」なら 嫌煙による病気にも目を向けないと本末転倒じゃなかろうか?


しかしながら「タバコさえ止めれば それで良し」という風潮の方が圧倒的に高い現状の様を見ていると ただ、キャンキャンと「タバコは悪」と言いながら その実、「タバコだけが悪」と叫ぶ人の言う事を素直に聞く気にはなれないのだ。



お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

 この記事への御駄賃がわりに下のバナ-のいずれかを クリックして頂けると嬉しいです。^^
 (全部、クリックしてくれると もの凄く嬉しいのは事実です。^^)

ブログランキング・にほんブログ村へ Blog Ranking 人気映画・TVBLOG blogram投票ボタン BlogPeople「自分のこと」部門にクリック BlogPeople「テレビ」部門にクリック BlogPeople「映画」部門にクリック

『個人的に真面目な話』関連の記事

コメント

ブタネコさんの意見に賛成です。僕自身は数年前にやめましたが、吸う自由もある程度尊重されるべきかと。

私も一日2箱の愛煙家です(^^;。タバコを嫌う人が増えているのは確かな事なので、そんな方が不快に思わないよう気を使う必要はあると思います。でもあまりにも最近は公共の場でタバコを吸える場所が少なすぎです。町中に行くとほんとに吸い場所に困ることが多くて、やっと見つけたコーヒーショップも禁煙だったなんて事も・・・。
たくさん税金取っているのだがら、変な法律で愛煙家の吸い場所をこれ以上減らさないで欲しいです(^^;。

★ オカダ さん

『私の嫌いな10の人びと』 も近日中に読破する予定です。

面白い本を紹介して下さってありがとうございました。^^


★ roadrace さん

私は ルールは守るから、せめて それ以上の文句は言うな…と、言いたいだけですね^^

【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。