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2006年04月12日

● 仮面舞踏会(古谷版)


古谷一行が金田一役の78年版「仮面舞踏会」を語ってみる。




仮面舞踏会

仮面舞踏会


私の個人的趣味を込めて申し上げるが「仮面舞踏会」の原作は 横溝正史の中期における傑作で 著作全体の中でも傑作の一つだと思っている。


しかしながら、この作品がきちんとした形で映像化されたのは 私の知る限り、この作品の他に知らない。


この作品にも 現在では差別的表現が物語の根幹にあり、今後 映像化される機会があっても原作固有の雰囲気を醸し出されるかは不安であり、「獄門島」と同様 傑作でありながら映像化では その秀逸さが表現できない作品となってしまった様だ。


誤解の無い様に申し添えるが 原作者:横溝正史には 悪意も差別的意図も全く無い。


それは原作を読めば 間違いなく、誰もが理解出来る。


しかし、原作を知らない者には あらすじの中に感に触ってしまう事があり、それで全てを悪と決めつけてしまう… それが、現在の タテマエ的人道主義なのだ。


さて、主な出演者は


仮面舞踏会

草笛光子


仮面舞踏会

乙羽信子


仮面舞踏会

村地弘美


仮面舞踏会

木村功


仮面舞踏会

光速エスパー… あ、失礼 三ツ木清隆


仮面舞踏会

佐原健二


仮面舞踏会

仮面舞踏会


等々で 金田一耕助にしては珍しく、舞台は軽井沢。


次々と結婚・離婚を繰り返した大女優の旦那が次々と死んでいく…という話。


先にも述べたように この物語に関しては あらすじを述べる事は辞める。


で、金田一ファンの為に ひとつだけ、申し上げておくべき事は


仮面舞踏会

仮面舞踏会

仮面舞踏会

仮面舞踏会

仮面舞踏会


という風に 「あの金田一耕助がゴルフ?!」というシーンと


仮面舞踏会

このシーンが 映像内にちゃんとある…という事


ゆえに、このTV版「仮面舞踏会」は なかなか、原作に忠実で良くできている。


この作品に関しては「よくぞ映像化してくれた」と TV版の制作者達に感謝の言葉を贈りたい… 私は そう感じた次第だ。



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コメント

原作はお気に入りです(^^)

>この作品がきちんとした形で映像化されたのは 私の知る限り、この作品の他に知らない。
 確かに映像化として話題にのぼらない作品ですよね。決して映像作品として作りにくい内容ではないはずだし、タイトルからして映像向きなのに。なので、なんでかなあ?と思ってました。
で、そこはさすがブタネコさん。

>この作品にも 現在では差別的表現が物語の根幹にあり、今後 映像化される機会があっても原作固有の雰囲気を醸し出されるかは不安であり、「獄門島」と同様 傑作でありながら映像化では その秀逸さが表現できない作品となってしまった様だ。
 納得です。確かTV中居版『砂の器』もライ病は出てこなかったですね。そうなるだろうことは解っていたので、果たしてどんな作りにしたのだろう、どういう繋げ方をしたのだろう?それだけが気になったものでした。

『仮面舞踏会』の場合はトリックに関わることなので、それが映像化を難しくさせているのかもしれませんね。

ところでこの古谷版のキャスティングですが、画像を拝見した限り、悪くはなさそう、と思いました。
乙羽信子は、笛小路篤子にしてはちょっと まろやか~にも思えますが・・・
村地弘美という女優は知らないのですが、美沙と言われれば見えなくもない(個人的には、美沙には、もちょっと少女少女したイメージがあるのですが)。
でも草笛光子=鳳千代子というのは、千代子としての貫禄は出てると思いました。

ゴルフ・シーンはいいですね!
原作では金田一はプレーしませんが、この演出は面白かったと思います。
しかし長門 勇は確かに絶対に、等々力警部ではない!
原作での等々力警部はどこまでも紳士であり、ことにこの『仮面舞踏会』における彼はオトナの男として実にカッコいいんです。
たとえば、私の想像を大いに刺激してくれた描写があります。

【等々力警部は一メートル七十四、男振りも悪くなく、堂々たる風采は一見紳士ふうである。ちかごろ とみに白さをくわえてきた頭髪も、きちんと左分けにして身だしなみもよく、ちょっとした会社の重役ぐらいにはみえる貫禄である。】(『仮面舞踏会』横溝正史 角川文庫)

174センチという細かい設定に驚き、「男振りも悪くなく」にトーゼン!と思い、「一見紳士ふう」じゃなくて ほんまに紳士なんだよとつぶやき、「白さをくわえてきた頭髪」は、いわゆるロマンスグレーじゃん!と思いました。
「左分け」にはあまりピンとこないんだけど、“身だしなみがよくて重役の貫禄”というところは大いに納得。そうそう、等々力警部ってこんな感じの人よ~とニヤけてしまったものです(だからあんたはミーハーだっつーのっ)。

マッチ棒のシーン、これを映像で見せてくれたところは良かったですね。
差別表現というものには、まことにしんどい思いがします。
この作品に使われたトリックは決してこの『仮面舞踏会』が最初ではなく、海外の古典ミステリにも確か例はあったと思います。
ミステリ作家が謎解きものを書く上で興味をそそられたとしても不思議ではなく、そこに差別意識など毛頭なかったということは、ミステリ・ファンなら誰しも理解していることと思います。

さて、この『仮面舞踏会』。
トリックや犯人の意外性、ならびに殺人が起きた背景のリアリティ、痛ましさの描出に、横溝の本領発揮を見た思いでした。

『悪魔の手毬唄』が地方における殺人の哀しみを描いていたとすれば、『仮面舞踏会』は都会におけるそれを描いていたと思います。

たとえば同じ都会ものでも『白と黒』とはまったく趣きを異にした作品です。『仮面舞踏会』には戦争の影が色濃く差していたからです。

【「おお、おお、あの時分はたくさんの人が死んだ。東京でも横浜でも名古屋でも、大阪、神戸、岡山、広島・・・・・・どこへいっても死びとの山だった。そしてたくさんの孤児(みなしご)があとに残った。」】(『仮面舞踏会』横溝正史 角川文庫)

あの戦争を肌で知る横溝でなければ書けなかった文章だと思います。

ところで、この『仮面舞踏会』。
私が気に入っているのは登場人物に生彩があるからです。モダンなんですね、出てくる人物一人一人が。
特に好きになったキャラクターが村上一彦です。金田一と火花を散らすシーンなど、気に入ってます。

【(一彦)「先生は凄いんですねえ」
 (金田一)「凄いとはなにが・・・・・・?」
「あまり なんでもかんでも知りすぎていらっしゃる。怖いみたいですねえ」
「一彦君、そういう場合には こういうもんだ。先生は博覧強記でいらっしゃるとね。いまどきの若い人は日本語をしらなくて困る。いや、失礼」】(『仮面舞踏会』横溝正史 角川文庫)

このときの金田一も なかなかカッコよくてステキです。彼にこんなふうに言われたら、ひゃあ~!すぃません!と恥じ入るばかりですが、この金田一のセリフには横溝自身の気持ちも込められていたように思えます。

だけど一彦は、好青年という表現がピッタリの実に素敵な若者で、彼の描写には横溝の愛情も感じられ、それが個人的にとても嬉しかったです。

>「よくぞ映像化してくれた」と TV版の制作者達に感謝の言葉を贈りたい… 私は そう感じた次第だ。
 ほかならぬブタネコさんがそのようにおっしゃってくれたことを、原作『仮面舞踏会』お気に入りの私としてはとても嬉しく思いました。

鳳千代子、笛小路篤子、美沙と、映像化にはとても“おいしい”キャラクターのはずだから、今後も取り上げられて不思議はないはずなんだけれど、制作サイドとしては“例のコト”で二の足を踏んでしまう作品なのだとしたら、原作ファンとしてはフクザツな思いです。

“例のコト”に不安を覚えるのなら、確かに活字の世界だけで そっとしておいてほしいと思いますし、だけど映像で観てみたいなあとも思いますから。

『仮面舞踏会』は、映像化する難しさを教える作品の一例となってしまったのかもしれませんね。
そんな時代に、私たちは生きているのですね。

★ HAZUKI さん

>村地弘美

当時としては アイドル系の女優として売り出し中だったのを覚えております。

しかし、その後 消えてしまった事を思うと もったいないキャストだった様な気が…^^;


>長門勇が日和警部な事

結論的に言えば 等々力警部を名乗らせなかったのは ある意味、正解かもしれません。

本来の等々力警部のキャラじゃないのでね^^;

だから、心情的には理解も出来るんだけど 横溝ファンには「等々力ファン」もいる事を古谷版の制作者は理解出来ていない証とも言えて 私は絶賛できないんですね。^^;


ただ、ところどころに挟みましたが この映像が作られた時代で 出来るだけ、原作の時代の雰囲気を出そうとした努力は買えるのが SLだったり、民家だったり そういう背景映像ですね。 

これは原作を読む上でのイメージ作りに それなりに役に立つので評価したいと思いました。


>海外の古典ミステリにも確か例はあったと思います。

記憶違いじゃ無ければ、A・A・ミルンの「赤い部屋の秘密」がそうだったような…

A・A・ミルンって「熊のプーさん」という童話の作者でもあるんですよね 童話とミステリーを別個に書いたというのは非情に興味深かったので…


>そんな時代に、私たちは生きているのですね。

どうも、そうらしいですね^^;

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