● 白夜行 最終回(普段編)
「普段のブタネコ」編 TV版「白夜行」を最終回まで見終えて思ったのは…
結局、「風と共に去りぬ」は何だったんだろう? という事を まず思った。。
いつの間にか 放映開始時に「原作を台無しにする」みたいな意見で不満を言ってた連中は 回を重ねる毎にトーンダウンするかの如く、「白夜行」をレビューする いろんなブログへのコメントを書かずに消えて行ったのを見ていて 私が疑問に思ったのは「風と共に去りぬ」に言及する人が ごく限られた少数でしか無かった事である。
まぁ、60年も前の映画であり、それの原作だから「知らね」って若者も多いのだろうとは思うけど、「東野の原作がぁ~」と文句を言うのと同じぐらいに 「風と共に去りぬが台無しだぁから」って騒ぐ人がいないもんかと楽しみにしてたんだけどね。^^;
「白夜行」の放映前に 「白夜行」の原作を示して「純愛です」って語ったアホプロデュサーにしても「オマエ ちゃんと原作を読んだのか?」と思ったけど、放映前のインタビューでは「白夜行の二人は純愛なんかじゃ無いですよ」と語っておきながら いつの間にか直木賞取って人間が変わってしまったのか「白夜行は 究極の純愛です」なんてぬかす原作者も原作者だな…と呆れるばかりだし…^^;
物語のベースに「風と共に去りぬ」があると知った途端「はるかちゃんのスカーレットと 山田君のバトラー とってもピッタリです」なんてコメントでぬかすアホも出る始末で…^^;
「風と共に去りぬ」の原作をちゃんと読むか せめて映画をレンタルしてきて見てれば 如何に的外れなコメントかが判る様な事を よく言ったもんだと呆れてた。^^;
以前、別の記事で語ったように 私は「風と共に去りぬ」は大嫌いで 特にビビアン・リーが演じたスカーレット・オハラというキャラクターに何の魅力も感じないが、それは原作を読んだし、映画も一度見てるから言える事で、単なる「食わず嫌い」で言った訳では無い。
実際に「スカーレットの生き方はカッコイイ」 そう絶賛する「風と共に去りぬ」のファンが多いのも事実ではある。
(これは、後年になって 独自の解釈や演出を盛り込んだマンガや宝塚の影響とも言えるのだが^^;)
けどね、それらのものに全く触れずにヒャッホイ・コメントを述べられても それには鼻白むしか無い。
でね、私としては 細部には色々と意見もあるけど、総体的に雪穂の設定は なかなか面白い解釈だったと10話目までは思ったのだが、最終回で「あれれ?」となったのが口惜しい。
この亮司が死んだ後の取り調べシーンは 非常に良かった。
咄嗟なのか、あらかじめ用意してたのか判らないが、全ての罪を死んでいった者達におっかぶせて自らを正当化する… それこそ雪穂だし、スカーレットの姿だと思う。
でもね、その後がイケナイ^^;
「これで止めたら何のため?」
「これで良かったんだよね? リョウ」
取り調べを嘘で塗り固めた理由が この「これで良かったんだよね?」なんでしょ?
だったら、
「生きる屍みたいでした…」
「店が潰れちゃって…」ってのは
おいおい、ずいぶん端折った結末だな…と^^;
亮司への「愛」が 亮司を失った途端に崩れてしまって…というのなら この取り調べで「おっかぶせる」のでは無く むしろ「私がやったんだよ」と狂った様に笑って開き直るか、巧く言い逃れた後は がむしゃらな守銭奴に徹する鬼の様な女になるとか、もっと、極端に突っ走るんじゃなからろうか?
スカーレットは全てを失ったラストに「明日は明日の風が吹く」そう言って微笑むのだ。
それなのに、
店が潰れて呆然…
その呆然とした雪穂を見て 私も呆然としたよ。^^;
だから、
このラストシーンに関しては「雪穂は泣いてた」と、「雪穂は笑ってた」の解釈が対立してるようだけど 私には どうでも良い。^^
と言うのも その前の笹垣と谷口のやり取りのシーンで
篠塚がもってきた…という切り絵
それを見た笹垣の台詞が
「あぁ、今日(2006年11月11日:雪穂の時効の日)ですね…」
って、おい!! 警察を辞めてまで追いかけて、亮司が死んだ後でも自首を進めた男が 時効の日に呑気に「あぁ、今日ですね」って なんだそりゃ? と。
このシーンを見て「あぁ、森下もヤル気失せてたのか?」とまで思ったよ。^^;
どうして このラストの回は猛スピードで駆け抜ける様な構成になったのだろう?
それを思う時、「白夜行」という原作の物語を TV版に練り直す際に 必要以上に盛り込み過ぎた内容があったから、それがゆえに それぞれが中途半端になってしまった感が否めない。
特に、もっともイラナイと感じた部分に関しては「悪魔編」で触れるので そっちに任せるが、あくまでも原作との相違点を挙げると…
膨らませた部分としては
・松浦の存在を重くした事。
・篠塚というキャラを重くした事。
・谷口(図書館司書)という存在を重くした事。
・古賀というキャラを大きく弄った事。
・「風と共に去りぬ」を大きく全体に被せようとした事。
それに対して大きく削ったのは
・今枝という探偵を 笹垣と併せた。
・篠塚の従姉妹…という存在をカット
と言う部分。
で、私が個人的に思ったのは カットした部分は良いと思う。
問題なのは 膨らませた部分の多くが 膨らませた意味的に中途半端になっている…という点で いくつかを膨らませる必要が本当にあったのか?と感じるのだ。
私の個人的意見は
・谷口(図書館司書)という存在を重くした事。
この部分が 最もイラナイ。
そして
・松浦の存在を重くした事。
と言う点も 松浦が亮司に刺されたシーンは それだけを抜き出せば非常に面白いドラマだったんだけど、最終回まで見終えて思い返した時 あそこまで盛り上げる必要があったのか?と疑問に思う。
全体をスリム化して濃度を上げる事を考えたら 松浦はそんなに重い存在にしなくても良かったんじゃないか?とすら思うわけで…
・篠塚というキャラを重くした事。
と言う点に対しては 充分、判るのだけど、
「何故 篠塚は雪穂への疑いを笹垣に委ねるほど強く(しつこく)抱いたのか?」
という点が「江利子」との事だけでは説得力が薄く、願わくば もう一つ、それも雪穂に対して復讐心を抱くぐらいのエピソードがあれば良かったのに…と思うのね。
とは言え、色々と ツッコミどころはあるけれど(最大のツッコミ点は「悪魔編」で述べます^^;) 基本的に東野圭吾の原作「白夜行」よりも このTV版のストーリーの方が面白いと思ったのは事実。
通常、原作を先に読み その原作がそれなりに面白いと感じた場合、後から映画やTVドラマ化されたのを見たら 大抵の場合が原作の味を殺し、つまらないものになってしまう事が多い中にあって このTV版「白夜行」は なかなか面白い物語へと改良されたんじゃないか?と私は感じ、その結果、東野圭吾の著作には おそらく今後は気持ちよく楽しむ事が出来ないだろうなぁ…とも感じてる。^^;
ちなみに
「スカーレット(新潮文庫:全4巻」
この本は「風と共に去りぬ」の続編と言われている本だが、著者は「風と共に去りぬ」を書いたマ-ガレット・ミッチェルでは無く、アレクサンドラ・リプリーという人物が書いたもので 多くのサイド・ストーリーの中で 最もファン公認の続編と認められたものだそうだ。
なので、「白夜行」に対して「幻夜」が続編的扱いをされているのと、この「スカーレット」の登場で T○Sよ、続編作る気満々か?とうかがわれるが、石○よ オマエ、本当にいい加減にしとけよ 心の底から、そう言いたい。


