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2006年03月17日

● 白夜行 第10話


白夜行 第10話を観た。




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今夜の第10話を見終わって まず、感じた事は後悔だ。


この番組は 最終回が終わるまで録画を貯めといて一気に観るべき作品だったかもしれないなぁ… 


そんな気がして ちょっとだけ、後悔した。


でも、毎週 1話ずつ観ながら あぁでもない、こうでもない…と楽しむのも それはそれで楽しいわけで 言わば痛し痒しな事でもある。^^;


この後悔は けっして「つまらない」という意味では無い。


森下脚本は1話完結型では無く、全11話なら 放送時間にして11時間という枠の中で前半部、中盤、後半部といった具合に 少なくとも3つのパートに分けた場合 それぞれにリンクする伏線が埋めてあり、それをバラバラに しかも1週間おきに観ると、いつの間にか伏線のキーを忘れてしまっている時がある。


それが実に「もったいない」と感じるわけで 1時間刻みの全11話という見方では無く、11時間ものの全1話的見方の方が 違うハマり方が出来るからだ。




さて、この第10話は 次週の最終回に向けて最後の整理という意味合いが強いのか

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 笹垣が谷口(図書館司書:余貴美子)に 亮司と雪穂の これまでの経緯への推理を話すシーンは これまでの1~9話までの中で 色々と混乱している試聴者の認識を整理させる意味に多くの使用者は受け止め そうすると、この場面は ただのダイジェストにしか見えないのかもしれない。


けど、このシーンをよく眺めていると、なんとなくなんだが このドラマ全般には 近頃増加傾向にある少年犯罪への警鐘や 犯罪へと子供が走る原因のひとつである 親と子の関わり方等に関して 制作者は問題提起を含めていたんだよ…という事を 強調したそうな雰囲気を感じる。


つまり、谷口真文という図書館司書の女性のキャラクター設定を 原作以上に肉付けし、毎回の様に登場させたのは 亮司の父母、雪穂の母という いろんな形で壊れた親という悪い親達と、雪穂の養母:礼子の様に正しい親との対比を明確にする為に 第三者的存在で審判を下す為の存在として この笹垣との会話の中で谷口に喋らせる台詞には 正しい親とは?への誘導が伺える…という意味でだ。


しかしながら、あくまでも偏屈な私の個人的感想としては このシーンの流れには「正しさ」は感じつつも、その辺は お為ごかしの得意なT○Sという局の 特に報道系の連中が口先だけで語る言葉に あまりにも似ていて いかにもT○Sという匂いが鼻につく。

筑紫あたりが 少年事件の報道の後に「したり顔」で語りそうな台詞に感じるからであり、「あいくるしい」というクソ番組で あの野島とコンビを組んだ石○が やはり、野島に毒された大馬鹿野郎だったなぁ…とも伺えてゲンナリするのだ。


「社会問題をベースに 本当のあるべき姿を物語の中で問いたい」


なんて、タテマエは 野島のアホが最も好んで使用する謳い文句であり あたかも、制作姿勢は御立派なんだと誇らしげぶる。


まぁ、少年犯罪への警鐘…というのが このドラマの根底にあったのか否かは定かでは無く、あくまでも 私の想像の域の話だが、本気でその部分に触れようとするのなら 確かに「白夜行」の原作は興味深いものだと思う。


でもね、TV版「白夜行」の放映開始前の番宣は「あのセカチュー・コンビが再び」であり「純愛」だったわけで 今更、「実は根底には…」なんて語られるのもどうかと思うし、子育てに関して無責任、無関心な親への警鐘を説くのであれば 実に皮肉なキャスティングになってしまったなぁ…と思うところも若干あり、肝心な部分が余計な雑音で濁ってしまいがちで、その上、ストーリー上は必要な性描写だったのかもしれないが、もしこのドラマが 先に述べた少年問題を含めて語りたかったのであれば 問題点への視点が あっちこっちに分散されすぎてしまったんじゃないか?とすら感じるわけで あっちこっちに分散されすぎて結局、何が言いたいの?ってオチも あの野島の得意なパターンである事を思えば 石○は野島の悪い部分だけを受け継いで 何も反省できて無いのかと思う。


まさに

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「哀れやなぁ…」って気分である。^^;


と言うのは、残念ながら 何回も このドラマを繰り返して観るのは私の様な深読み大好きなマニアか、出演者の誰かにヒャッホイな視聴者が多く、このブログにでさえ

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「雪穂の実家の庭、サボテンの下には何が埋まってるんですか?」


なんてコメントが数えられないぐらい寄せられた程(すいません、殆どをスルーして削除しました) そんな部分ですら多くの視聴者には理解出来なかった現実の前で 少年犯罪が…とか 親子の関わりが…と 暗に含められた部分を どれだけ汲み取って貰えたのかは 推して知るべしだと思う。^^;


挙げ句の果てには

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「礼子が庭に穴を掘ったのは何故ですか?」


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「その穴を覗き込んで 驚いたのは何故ですか?」


という御質問を寄せられた方までおられたが…^^;


よっぽど、


「礼子が穴を掘ったのは…

 その穴に”王様の耳はロバの耳!!!”って叫びたかったから」


そして、


「礼子が驚いたのは 先に、そこを雪穂が掘っていて

 既に”王様の耳はロバの耳!!!”って叫んで埋めておいたのを

 礼子が誤って掘り返してしまい、それを聞いてしまったから」


って返答しようかと思ったが… やめた。^^;

( と、ここで述べてりゃ世話無いな…^^; > 俺 )



逆に、何回も このドラマを繰り返して観ている私の様な深読み大好きなマニアであれば、上述した社会問題への提言という意図を このシーンに盛り込んだのだと察するかもしれないが、それが効果的に映るには これまた個人的感想として申し上げるが 余貴美子の演技が 武田鉄矢とは違った意味でオーバー気味で説得力が薄い様に思う。


「オーバー」と ひと口で言っても武田の「オーバー」は「力」というか「気合いの入り過ぎ」という意味での「オーバー」で 第1話の時の「なぁ」とか「おぞましい話やろ」の部分に感じた違和感は 結局、この10話まで 私の場合、尾を引いてしまっている。


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で、余の場合の「オーバー」とは 余本人の人柄なのかもしれないが「脱力感」が「オーバー」で 緊張感というか真剣みが その「脱力感」の様なもので薄まってしまう様に感じ それが私には違和感となる時があったから。^^;


要するに、純粋にドラマを楽しみたいと思っている視聴者に対して 余計な好奇心ばかりを煽って、結果 ドラマ本来の出来を自ら駄目にしてしまいかねないよ…と言いたいわけだ。




まぁ、もっと根本的な事に触れれば このTV版「白夜行」において 図書館絡みのシーンを原作以上に肉付けした部分が 先に述べた様な理由を考えれば理解も出来るんだけど、なんか私には 10話までの現状では無理矢理膨らました感じがしてならない。


特に 図書館BBSに「レッドバトラーの幽霊」や「スカーレットの末裔」と名乗る おそらくは雪穂と亮司が書き込みをする…という点が「なんだかなぁ…」と余計に感じてしまうのだ。


それは 犯罪者心理というか、この場合 亮司や雪穂の心理を考えた場合、「誰かに本音を話したい」という気持ちになる…という部分は 物凄くよく判る。


ただし、では その先として大江図書館が妥当か?と考えた場合 私は それは違うし、この様な手法は 亮司や雪穂のキャラ設定では けっして取らないだろうとさえ思うのだ。


このブログで私が好き勝手に語っている事において 記事が変われば矛盾した事を私は平気で沢山語っている。


同じ様に亮司や雪穂に「矛盾」があったって それは構わない。


しかし、根幹に関わる秘密に触れる本音の部分を 同じ様に根幹に関わる大江図書館に書き込むか? それは無いだろぉ… 私は そう感じるのだ。


この「図書館」に関するTV版の肉付けと同じ様に 「風と共に去りぬ」に関する肉付けの膨らまし方も興味深いと ずっと注目してきたのだが、今のところ成功している感じがしない。


雪穂を「スカーレット」になぞらえて描いている部分は多々あるが、だからと言って肝心な部分でスカーレットの様に行動しているか?と言えば否である。


なんか「うどん」食べるんだから「唐辛子」入れなきゃ…って言いつつ、実は「一味」を振りかけている。


「おいおい、うどんには七味 一味は温物の蕎麦の時でしょ」


そんな感じとでも言うのかなぁ…^^;


今回も

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なんて場面があったが、「風と共に去りぬ」を読んだ人にしか判らない話しで恐縮だが、これって実はレットバトラーの台詞なのだ


「俺達は似た者同士。 二人とも狡くて自分勝手なところがさ」


と、こんな感じの台詞をレット・バトラーがスカーレット・オハラに語る場面が「風と共に去りぬ」にあったはずで…


白夜行 第8話


という記事の中で 私はTV版「白夜行」における「風と共に去りぬ」に関して 少しだけ触れているので御参照頂ければありがたいが…


やはり、篠塚は「アシュレー」ではなく、「バトラー」なんだな…


では、「バトラー船長になりたい」と亮司に決意させた流れは なんだったのか?


そう考えるとTV版「白夜行」における「風と共に去りぬ」の肉付けが いささか、曖昧模糊になってくる。^^;


で、実は「風と共に去りぬ」が TV版「白夜行」の中で大きく絡むのは 図書館絡みのシーンと、亮司が語るモノローグなのである。


だから、両者の違和感が複合してしまうんだろなぁ… 私には^^;


しかしながら、この辺に言及するのは最終回を観てからにすべきなんだろうなぁ…とも自覚しているわけで どう、森下脚本がおとすのか楽しみなのだ。


実際、上記の様な小言めいた事を申し上げた私ではあるけれど このTV版「白夜行」は大変 面白い作品だと感じている。


放映開始の前や直後の頃の 私がこのブログで書いた記事を御覧になった方々なら判っていただけると思うが、原作で東野圭吾が あえて書かなかった亮司と雪穂の直接の関わりや会話や考え方という部分を 森下流の解釈で どう描くのか?… その部分について非常に楽しみに、期待もして見続けてきたが、今のところ 個人的に「う~ん」と受け入れがたい部分もいくつかあるが、概ねは 成る程なぁ…と納得出来るし、原作とは設定描写を変えた部分の殆ども 今夜の10話までを観る限り、あくまでも個人的な意見だが 原作よりも遥かに説得力のある改善だったとすら感じている。


例えば、今夜の10話の中での描写で言えば


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亮司の母親を自殺させ(原作では自殺するようなタマでは無い^^;)、


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その骨と遺影を笹垣の事務所に置き、忍び込んだ亮司が それを見て絶句する…という流れは「成る程なぁ…」と素直に唸った。


また、先週からの流れだが 雪穂の養母が原作とは違って もっと早いこの時期に死亡するのも、そして庭を掘って「何か」を見てしまうのも 原作よりも遥かに説得力があると感じた。


ただし、亮司の母親が書き遺した

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「あの子は まだダクトの中にいる 

 押し込めたのは私

 そんな人生しかあげられなくて ごめ」


というメモは 如何なものかな…と思った。


それは 確かにストーリー上では事実ではあり、母親として息子に対する心情として断末魔の言葉…としては判らなくもないが 問題なのは 亮司の親父殺しの時のダクトから逃走を 何故、もしくは何時、さもなくば どうして亮司の母は知ってるの? という疑問が浮かぶ。


これは以前、第7話のラスト間際の笹垣に


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「亭主と愛人(松浦)息子に殺されてもうたら さすがに、そうなるやろなぁ…」


という台詞を喋らせたのと同じで 落ち着いて考えると「あれ?」と思うぶん ちと、イタダケナイ。


で、思うに 尺の問題で 随分とシーンをカットしてるんだろうなぁ…という事を ついつい思ってしまう。


実際がどうかは不明で あくまでも期待を込めた想像で言えば、上の第7話のシーンにしても そして今夜の「書き遺し」にしても その前に亮司の母が 笹垣との会話で聞かされているようなシーンが 放映ではカットされたシーンとして あったんじゃないか?なんて思うのだ。


だから、この記事の冒頭で述べたように 1話から最終話まで 出来ればDVDでカットシーンの追加された形で見た方が 細々した疑問を抱かずに気持ちよく見れる様な気がするのだ。


と言うわけで、私はDVDを買います。^^


このTV版は おそらくDVDで観るのが一番楽しめると思うし 今までの放映シーンだけでも充分に楽しめているから損はしないと思うので…。




で、いよいよ次週の最終回に向けて 個人的に どういう風にオチをつけてくれるのか楽しみにしている点を いくつか挙げておく。


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「この指輪の意味は?」


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「この財布の意味は?」


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「風と共に去りぬ…が 最終的に どう帰結するのか?」


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「このグラサン いつ割れたの?」

たぶん、亮司がサングラスをかけたり外したりしていたシーンの後に 床か壁にサングラスを叩きつけるようなシーンがあったんだろうと推察するけどね。^^;


意味ありげにアップにしたのと 原作を読んじゃった人にだけ知る事として、10話までの話の流れで このサングラスのアップの意味が どうつながるのかが個人的に興味大なのだ。

(この点に関して 原作のオチに私は納得がいってないからです。^^;)




ってなわけで いよいよ来週は最終回。


非常に楽しみである。^^



【管理人追記 3月18日】


そうそう、もうひとつ忘れるところだった。^^;

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亮司としては死んでも肌身離さず持っていたいシザース・ケースなんだろうけど、「R&Y」の刺繍はマズイよね^^ どうするんだろう…^^;




お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

王様の耳はロバの耳!
笑わせていただきました。秀逸です。
いつもありがとうございます。

私も1話から残しとけばよかったと思いました。DVD発売まで、どうしたらいいのでしょうと思いつつ、最終回を楽しみにしてます。

★ hiroe さん

本当は「ヒャッホイ」文章も途中まで書いたんですが、とある事情で 私らしくないと思い、こっちの小言ばかりの記事を掲示しました^^;

ま、読み飛ばして頂けますと幸いです。^^

王様の耳はロバの耳!
やって欲しかったな( ̄ー ̄)ニヤリ

そうそう、ダクト絡みの件ですが笹垣ノートの写しを古賀に見せられた時じゃないでしょうか?

ブタネコさん、おはようございます。
ブタネコさんの「ヒャッホイ」文章大好きなので、また今度是非載せて下さい!
白夜行もあと1回ですね。いつもは公式のあらすじ読むんですが、最終回のは読んでません。どうなるか全く予想できません。というかしないようにしています。楽しみだけど終わるのは寂しいです。

★ 龍之助 さん

>笹垣ノートの写しを古賀に見せられた時じゃないでしょうか?

あ、そかそか そういうシーンもありましたもんね。^^;


★ 朔&亜紀大好き さん

>また今度是非載せて下さい!

是否、前向きに検討したいと思います。^^

ブタネコさん、こんばんわ
10話を見終わって思ったことは、ほんとにあと1時間でまとめきれるの?ということです。それほどに、数多い伏線や疑問点が残されている気がする(只、前回意味ありげに笹垣が篠塚にお願いがありますの内容が必要以上に関わるなという事だったのは、ずっこけそうになったが)
 今回に関しても、いくつもそういう点があったのだが、その中でも特に3つ非常に気になった。
1.亮はなぜできたのか?亮はこの事に関して罰だといった、とすればこの時点で亮が神様に許してもらえるはずもなく、どっかのブログの記事に最後の救いみたいなことが書いていた物もあったんですが、いまいち説得力がかんじられない、
ひょっとして、「もう誰も愛さない」(吉田栄作主演)のドラマのようなオチがあったりして(それはないか)
2、雪穂はなぜ1番目の母に対してお返しが出来なかったと泣いたのか?あくまで私の私観なんですが、寝ながら指を噛む姿を観て、もしかしたら、後悔しているのか、あのドブのような毎日に戻ってさえも、この罪の連鎖そして亮さえも失うかもしれない現実から逃げ出したいと思っているのか
3、最後ラストのシーンでこのドラマ初めての雪穂のナレーション「ねえ亮」
亮のナレーションがサンタで死に掛けている時点での言葉だと視聴者に強く印象づけている(真偽はまだわからないが)ことからすると雪穂もまた死ぬ間際の言葉になるのか?
 いづれにしても非常に楽しみに最終回を待ちたいと思うばかりですが、予告編の雪穂の最後の言葉が頭にこびりついて離れそうもない、(やっぱり予告みるんじゃなかった・・・)
すいません自分の考えばかりダラダラと、
<本当は「ヒャッホイ」文章も途中まで書いたんですが、とある事情で
私も読んでみたいし、それに「だと思ったんだ」
的な事にならない為にもぜひ

★ K さん


>必要以上に関わるなという事だったのは、ずっこけそうになったが


(* ̄m ̄) ププッ


>その中でも特に3つ非常に気になった。


>1.亮はなぜできたのか?


ここはねぇ…^^;


実は 言いたいと思っている事があるんですが、最終回を見終えてからにしたいと思ってます。^^


ただ、今の時点で言っておくべき事があるとすれば 「できた」「できない」以前の問題で たしかに原作にもある(原作ではもっと濃い)性描写の必要性が 最終回の内容次第で おもいっきり批判する部分になりそうな悪寒がしてます。^^;


2、雪穂はなぜ1番目の母に対してお返しが出来なかったと泣いたのか?


現時点では私には判りません。^^;

つい、本音がポロッと出たのかもしれないし、篠塚を惑わす為の嘘泣きだったのかもしれないし…

ただ、私は もし、雪穂が後悔する事柄があるとすれば 子供の時に「自分だけ生き残った事」だと思っています。(ただし、雪穂が本当に自分も死のうと思っていた場合のみ)

雪穂がツメを噛む仕草をする時って 嫉妬している時、悪巧みを練る時、物事が自分の思い通りにならない時…など、マイナスな場合なんだけど 後悔ってのが含まれるのだろうか?と思った時、後悔もマイナスではあるんだけど ツメ噛みには含まれないように思えるんですよねぇ…^^;

だから、篠塚に対して「コノヤロウ、どないしてくれよぉ…」って気分…というのが 一番私的にはスンナリなんですが、この先どうなるやら^^;


3、最後ラストのシーンでこのドラマ初めての雪穂のナレーション「ねえ亮」
亮のナレーションがサンタで死に掛けている時点での言葉だと視聴者に強く印象づけている(真偽はまだわからないが)ことからすると雪穂もまた死ぬ間際の言葉になるのか?


「ねぇリョウ」これは巧い演出だなぁ…と思いました。^^

もしかしたら雪穂も死ぬのかな? たしかに、そういう想像も掻き立てますよね。


<本当は「ヒャッホイ」文章も途中まで書いたんですが、とある事情で
私も読んでみたいし、それに「だと思ったんだ」的な事にならない為にもぜひ


なかなか判って頂けない事なんですが、私は「白夜行」を毎週楽しみにしており、非常に面白いドラマだと ずっと感じ続けているんです。

けどね、たぶん、多くの方々と「楽しみ方」が違うんです。^^;

特に、例えば第10話の場面で言うと 亮司が笹垣のノートを見ながら「すげぇ」って呟いて涙をこぼすシーンは 非常に、良いシーンだったと思いました。

あぁ、山田孝之も相変わらず、良い芝居するなぁ…と思ったわけです。

だから、先のコメントで述べた「ヒャッホイ」文章には そういう事も述べていたわけですが… 途中まで書いたところで一服しながら読み直してみたら

「これって まるでtakuさんが言いそうな内容だな」

と、感じて「う~ん」と考えてしまったわけです。^^;


takuさんは優しい人だから けっして非難めいた発言をブログで述べる人じゃ無いので 彼特有の「ヒャッホイ」スタンスがあるわけだけれども、私は腹が立てば「フザケルナ」と書く者ですから そこは大きな違いです。^^

別に、takuさんと似た様な感想を抱くのは今に始まった事じゃないし 食い違えば互いに罵り合って笑い合うだけの事、どうでも良いと言えばそれまでなんですが、私は実のところ このTV版「白夜行」に対して ドラマとしては非常に「面白い」と感じつつも そこには「ヒャッホイ」ばかりではなく フツフツとハラワタが煮えくり返ってきている気持ちが 正直言ってあるんです。^^;

だから、今回は あえて辛口気味の文章を採用し 少しだけ毒を吐いてスッキリさせて頂き、最終回で「くわぁ~っ 森下、やられたよ。」と気持ちよく言わせて貰いたく、そうなることで フツフツした部分を「ま、いっか」と さらりとドブ川に流したいんです。^^;


最終回が どういう結果に終わろうとも「だと思ったんだ」的な事は言いません。

それは私が最も嫌いな奴の姿ですからね。^^

ま、私にとって このブログが「王様の耳はロバの耳」って怒鳴る穴だって事です。^^;

はじめて投稿させて頂きます。私もブタネコさんと同じで「風とともに去りぬ」を見てしまっているので、「白夜行」と「風~」を重ね合わせて見ていると、なんだかしっくりしない部分が多くあります。自分の周りには白夜行を見ていて更に「風と~」も見たことがあるという人がいないので、ブタネコさんのレビューを読んでいると私が疑問に思っていることと同じような事を疑問に思われているようなのでとても安心しました!

10話での篠塚の「俺たちは似ている」というのは奥が深いですね。篠塚は雪穂が自分に心を許して何かを聞きだすためにわざわざアシュレーのセリフを使ったのでしょうか?昔雪穂が自分のことを好きだったと知っていて…。だとしたら相当な自信家ですね(笑)

あと私の最近一番の考え事のネタは「亮ってバトラーなのかな…」ってことです。で、考えあぐねた結果…亮は自分ではバトラーのつもりなのかもしれないけど、雪穂にとってはバトラーでないんじゃないかな。
スカーレットが「私は絶対負けない。試練を生き抜きもう飢えない」と誓った目標=雪穂の「亮ともう一度太陽の下を歩く」という夢
なんじゃないのかな。図書館のBBSに書き込まれた「タラの大地」はスカーレットにとってはその誓いを達成するための原点であり、雪穂にとっては亮なんだと思います。こんなとこでも二人の考えがすれ違っていてなんだか切ないなぁ。

最終回、現代のスカーレットがどのように料理されるか楽しみです。

★ いんちゃ さん

はじめまして、コメントありがとうございます。^^

>「風とともに去りぬ」を見てしまっているので、「白夜行」と「風~」を重ね合わせて見ていると、なんだかしっくりしない部分が多くあります。


お気持ちお察しします。^^


>何かを聞きだすためにわざわざアシュレーのセリフを使ったのでしょうか?


あれ? アシュレーでしたっけ? バトラーの台詞だったと記憶してたんですが…^^;

原作が 今、手許に無いので確認できません^^; すいません。


>「亮ってバトラーなのかな…」ってことです。


そこに私も引っ掛かってます^^;


>で、考えあぐねた結果…亮は自分ではバトラーのつもりなのかもしれないけど、雪穂にとってはバトラーでないんじゃないかな。


ほう、興味深い御意見ですね^^


>こんなとこでも二人の考えがすれ違っていてなんだか切ないなぁ。


ふむ、非常に興味深く感じました。^^


ただ、「タラの大地」は やはり「R&Y」という店なんだと私は思ってるんです。

でも、亮司がバトラーに成りきってないが故の「すれ違い」ってのは感じてたんで 面白いなぁ…^^


>最終回、現代のスカーレットがどのように料理されるか楽しみです。


同感です。^^


【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。