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2006年03月16日

● 夜歩く (古谷版)


古谷一行が金田一耕助を演じた78年版「夜歩く」を語ってみる。




夜歩く

夜歩く


この作品も 一般的には知名度は低いが 横溝マニアの間では評価の高い作品である。


さて、TV版の古谷一行のシリーズは 基本的に原作には忠実な制作がなされてきたのだが この作品は随分と原作とは構成が代えられている。


TV版の物語は

夜歩く

夜歩く

金田一耕助が戦争に従軍中 命を助けて貰った戦友(谷隼人)の消息を 


夜歩く

個人的に日和警部が調べてくれて 金田一が その人物を訪ねた先が


夜歩く

夜歩く

古神家という家だった… という具合に始まる。^^;


登場人物を羅列すると…

夜歩く
岸田森


夜歩く

伊藤雄之助


夜歩く

夜歩く
南風洋子


夜歩く

范文雀




以前、別の横溝作品を語った時に述べたが、残念な事に映像化における「放送コード」の余波が この作品にも悪影響を与えているとは思うが…


この作品の手の加えられ方は そんな範疇では無い。


と言うのも「夜歩く」という作品は おどろおどろしい横溝作品の中でも怖さの点では屈指の作品なのだが、このTV版は全然怖くない。^^;


唯一、納得出来る点は「范文雀」が演じた「八千代」のみ。^^;




さて、久しぶりに「夜歩く」の原作を再読してみたのだが…


この原作のモチーフに「夢遊病」がある。


で、ふと思ったのだが 最近、私の周囲だけかもしれないが「夢遊病」の人の話を全く聞かないなぁ…と。


この原作を読んだ頃は これまた私の周囲だけかもしれないが、案外、「あの人夢遊病なんだよ」って人が近所にいたもんだ。


例えば、部活の早朝練習に行こうと まだ、夜も明けぬうちに自宅を出て学校へと歩いていくと 電信柱にもたれかかってボーッとしているパジャマ姿の人がいる。


何気に見ると 近所の さほど親しくはないが顔見知りのオバサンで、顔見知りである以上


「おはようございます」


と、挨拶したのだが、ボーッと正面を見据えたまま こちらを見る事も無く、当然、返辞もしてくれない。


ところが、晩になって部活を終えて帰宅しようと歩いていると エプロン姿で近所に出かけていた風の その同じオバサンに会い、夜だから


「お晩です」


と、挨拶したら 今度は陽気に


「あら? こんな時間まで学校? 大変ねぇ」


と、実に屈託が無い。


そう、まるで別人なのである。^^;


帰宅して その事をオフクロに話すと、しばし考え込んだ後…


「なんかねぇ… あの奥さん”夢遊病”らしくて 時々、夜中に この辺をフラーッと歩き回っているらしいの で、そんな時 自分が何してるか覚えてないらしんだわ、だから 夜とか朝に会った時、別人みたいになってる時は気を付けないと駄目よ」


なんて言われたものだ。


まぁ、「夢遊病」がどういうものか 未だに私には定かでは無いが、考えてみれば 当時は24時間営業の店なんて 郊外のドライブインぐらいのもので、コンビニもファミレスも無かった時代で、夜中になれば夜の仕事の人以外 とっとと皆が寝てたわけで…


今の私みたいに 何時寝て、何時起きてるのか判らない様な輩が巷に氾濫し、学生が午前二時や三時迄 カラオケボックスだファミレスだと起きて遊び歩き、何かに疲れて生気の無い表情で歩く人も多いから、言っちゃぁ悪いが ただ起きてるだけで、「夢遊病」同然とも言えそうな人が一杯いる。^^;


そう思ったら、古来の言い回しで


「草木も眠る丑三つ時」


という表現は 昔ながらの怪談の語り口なのであるが…


「丑三つ時」は みんな寝ちゃって人気が無いから、オバケが出るし怖いのである。^^


現代のように「丑三つ時」でも平気で起きてて 私みたいにブログで好き勝手をほざいてる奴が増えれば なかなかオバケも出るタイミングを逃して口惜しい思いをしているのだろうなぁ…


そう思ったらオバケに申し訳無いんで、この記事もこの辺にして寝るとする。^^


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コメント

>「夜歩く」という作品は おどろおどろしい横溝作品の中でも怖さの点では屈指の作品
 怖かったですね。横溝ならではの、何と言いますか、粘りけのある怖さ、まがまがしさ、そういったものにスッポリと包み込まれた作品だったように思います。

そして非常に意外性に富んでいましたね。

作品全体が一つの大きなトリックになっていて、とてもよく出来た作品だったと思います。

横溝正史は一人称で語るのがとても上手いんですね。

読者もすっかり「私」になって、話にぐいぐい引っ張られていきます。
『殺人鬼』の「私」や『七つの仮面』の「あたし」などの短編も思い出されますが、『夜歩く』は謎解きの質や雰囲気からいっても完成度が高く、読み応え充分でした。

金田一はなかなか出てこないし、他の長篇に比べると地味目な作品ですが、顔のない死体はたくさん出てくるわ鬼首村まで出てくるわで、横溝ワールドを堪能できる作品として忘れがたいですね。

それにしても「夢遊病」についてのお話、大変興味深く拝読いたしました。
夢遊病の人のお話を実際に伺うのは初めてでしたので、横溝正史の世界がより一層、ぐっと身近になったように感じました。

>なかなかオバケも出るタイミングを逃して口惜しい思いをしているのだろうなぁ…
 あはは、そうかもしれませんね。確かに「丑三つ時」はなくなって、現代人は私も含めてある意味多かれ少なかれ「夢遊病」を患っているのかもしれません。

★ HAZUKI さん


>そして非常に意外性に富んでいましたね。

>作品全体が一つの大きなトリックになっていて、とてもよく出来た作品だったと思います。


そそ^^;


>『夜歩く』は謎解きの質や雰囲気からいっても完成度が高く、読み応え充分でした。


そうなんです。

だから、TV化するなら そのティストを活かして欲しかった。^^

(難しいとは思うけど)


>現代人は私も含めてある意味多かれ少なかれ「夢遊病」を患っているのかもしれません。


昔は けっこう身近だったんですけどねぇ…

(私だけかな? … やっぱ ^^;)

こんばんは。本日は「夜歩く」読破しました!(ようやく6作品目…)
すっごい怖いし、しかも驚きの連続。金田一氏が出てきてからの怒涛の展開は、まさに息つく暇を与えない素晴らしい引力でした。

これは、私とかは絶対に犯人を当てることの出来ない、トリッキーな作品ですね。一人称書きの特徴を生かしきってるなと思います。
そして、この作品に限って言えば、絶対に映像化しても原著から感じる恐怖感を超えることは出来ないと思います。心理描写による怖さなんですよね。死体が怖いとか、そういうんじゃなくて、人間が他者に感じる不信感や劣等感や愛憎が織り成す、拭い去れない恐怖感。

とはいえ、私の頭の中の八千代さんは栗山千秋さんで、お柳さまは真矢みきさんで着々と進行されましたけど^^;

なんか、今まで読んだ中で最も、犯人の狂気性を感じた作品です。時点は「本陣~」。
で、犯人に一言言いたいこと…「大切な人を預ける相手が間違ってます」です。
こんなこといったら、駄目なんでしょうけどね^^;

これまで、横溝氏の作品を読んでいて感じたことは、初回に読んだときと、2度目に読んだときには違った読み方が出来るな、ということ。
これはドラマ版セカチューに通じる楽しみ方ですね!
というか、本当に高品質な作品は何度見ても面白いものだという基本的な原則を、改めて突きつけられる機会になりました。
こんな機会を与えてくださったブタネコさんならびにHAZUKIさまに感謝!

★ しき さん

へぇ… 次は「夜歩く」を手にしたんですか^^

ちょっと、びっくりしました。^^

実は 勝手ながら「しきさんは 次に、何を読むのかな?」なんて事を 勝手に想像して楽しんでおりました。^^

>トリッキーな作品ですね。一人称書きの特徴を生かしきってるなと思います。

そうです^^

>この作品に限って言えば、絶対に映像化しても原著から感じる恐怖感を超えることは出来ないと思います。

仰る通りだと思います。^^

「探偵小説」の最後の雄だった横溝正史は 昭和40年代に 松本清張など「社会派推理」といった作風の推理作家と比較され 探偵という存在がリアル感に欠ける…というのが 最も大きな理由で不遇の時を長いこと過ごします。

たしかに 松本清張の著作の中には秀逸な作品がいくつかあると私は思いますが、作家としての文章表現力を思う時 清張ごとき横溝正史の足元にも及びません。

それは「夜歩く」の様な作品を 完成した作品に書き上げる表現力は清張には無理でしょ?と思うから。


近年は 何人かの作家が、こういった分野に挑戦した作品を見かけますが、山で言えば また、半ばぐらいのもので 頂き的存在である横溝正史に比肩するものは 残念ながら私は まだ、味わってません。

そう、横溝作品は 初見の時はストーリーの展開に「かぁ~ そうきたか」と唸り 2度目に読んだ時には「成る程、ここが伏線だったのか?」と感動すら覚えます。

しきさんに判って頂けて 記事を書いて本望です。^^

こちらこそ ありがとうございます。^^

で、次は何を読むのだろう?

勝手に想像して楽しんでおります。^^

  

ブタネコさん、こんばんは。

先日、横溝正史シリーズⅠ、Ⅱが大映とその他で局を違えて同時期に放映されていたのを録画し、
ブタネコさんの評価が比較的低い作品からと(間違った参考の方法で申し訳ありません…)
この「夜歩く」から見はじめました。

まったく本筋に関係ないのですが
後半、岡山で葬送列が背景的に映っているシーンで寒さを伴う感動を覚えてしまい
それがきっかけで、以降、このシリーズを見る時間を割くのに夜を費やすことになりました。

というのも、過去一度だけ経験した「土葬の態」で親族が三角布を着ける葬列が頭に浮かび、
「そうだ、確かにこうだった」と思った映像を見たのが初めてだったからです。

映像そのものは、まったく似ても似つかないのですが、
雰囲気というか感じられる空気感が、記憶を甦らせたように思います。

三角布を着けた葬列は、各種映像で様々見たことはありますが、このように感じたことが無かったので
何か、ツボをつくポイントがあったのでしょうね。

おそらく、もう経験することは無いであろう昔の記憶が鮮やかに甦ったことに感謝の意味を込め
こちらの記事にコメントした次第です。

★ ようと さん

「夜歩く」の原作はなかなか面白いんですけどね このドラマはそのティストを反映させていないのが
残念至極です。

が、映像内には時代背景とか価値のある映像が散見出来る事も確かだと思います。^^

【※注意!!】

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