● 白夜行 第8話
今回の第8話の物語は 表面上穏やかで、あらためて深読みする…という部分より、今後への布石と転回を図った回の様に思った方が良いのだろうなぁ…と、私は思った。
なので、ちと 今までは触れていない事について述べてみようと思う。
と言うのは、今回 とうとう「タラの大地」という言葉が登場したからで、これは「風と共に去りぬ」における重要なキーワード。
と言うわけで 今回、私が触れてみたいのは「白夜行」と「風と共にさりぬ」の関連についてである。
「白夜行」の原作でも「風と共に去りぬ」は登場する。
しかし、それは少年期の雪穂と亮司が図書館で会っていた事を誘導する為の小道具…的存在としてだったのだが、TV版ではメインとなるBGMを わざわざ映画「風と共に去りぬ」のサントラにある「タラのテーマ」に雰囲気を似せて作り、物語の中にも頻繁に スカーレット、レットバトラーと名前も登場する。
原作では実にアッサリした扱われ方だった「風と共に去りぬ」を TV版では非常に重要なファクターとして用いた森下流の手法は理解出来無い事は無かったし、面白い試みでもあるとは思ったのだが、第1話の時点では その流れに正直言って、私には戸惑いの方が強かった…というのが個人的な 今だから言える感想だった。
と言うのは この「白夜行」の様に まず、原作があって、それを映像化したと言いながらも原作のストーリーをそのまま踏襲している訳では無い TV版のストーリーという構成では 原作とTV版のストーリーのズレに戸惑う視聴者がいて当たり前。
その上、TV版は ところどころ急ぎ過ぎているのか、端折っているのか 原作を読んだ者にはスンナリと受け止められるシーンであっても 原作を読まず、TV版のみを見ている人には 時々、「このシーンって どういう意味?」と理解出来にくい場面が少なくない。
たとえば、7話終了後の時点でさえ
「松浦は いったい どうなったんですか?」
とか、
「雪穂が爽命酒に薬を入れて味見をしていた理由は?」
なんて事を 私ごときに聞いてくる人がいる。
松浦は亮司に刺されて死んだの、松浦の死体の上にパスポートを載せたのは 松浦の死体と一緒に始末して、松浦が海外へ逃亡している可能性を残し 行方不明にしてしまう為…
最初は「そんな事も理解出来ないのか?」と そういう質問を寄せられるたびに苦笑したのだが、よく考えれば それは私が原作を読んでいるから補完された事で、原作を読んでいない人には判り難いことなのだなと気付いた。
だって、雪穂が爽命酒に睡眠薬を入れたのは 養母を眠らせ、その間に松浦を殺しに行こうとしてたから… 結果的には、雪穂は松浦を殺してはいないけど 養母が寝ている間に庭を掘り、何かをそこに埋めた…のを想像させるシーンを見れば その「何か」が何か判ってもいいでしょう?… とも思ったが、養母が「薬の入った」爽命酒を飲んだシーンが映像には無い(その前に爽命酒を常用して飲んでいるシーンはあったけど)から そこまで気づけるわけ無いだろう…と開き直る視聴者もいるだろう。
つまり、原作のあるストーリーを映像化する際 原作に忠実に行うかオリジナルをアレンジするか…という このところ良くあるパターンのドラマ化において オリジナルを持ち込む場合は 原作とズレればズレただけ原作愛好者には違和感が生じるのは当たり前の事で それをどう納得させるかは映像制作者の腕と考え方と姿勢による。
私が石○というプロデューサーを好きになれないのは そのズレが生じるのを判った上で、当初 TV版「世界の中心で愛をさけぶ」を番宣に利用した姿勢にある。
「白夜行」の物語が 既に読者に認知され、高い評価を受けている構成と ドラマ版のオリジナル的構成が如何にズレようとも「ほぉ、なるほどな」と思わせてくれれば良いわけであって それは単純にストーリー構成だけで勝負すれば良い話。
私は自ら「セカチュー症候群」を自認する セカチュー・ヲタである。^^;
しかし、私は「へそまがり」でもある。^^
「え? また、あの”朔と亜紀”が見れるの?」
なんて単純にヒャッホイと喜び、石○の手に乗っかる手合いとは違う。
”朔と亜紀”を引っ張り出す以上は それなりの覚悟を見せるんだろうな? > 石○
と、逆に気合いが入る奴なのだ。
ゆえに、正直なところを言えば「原作とは違う 僕達の”白夜行”を見て下さい」と言うのならば 原作を読んでないと補完できない物語では
「言ってることとやってる事が違うだろ?」
と、ツッコミたくなるわけで 従って現時点でも石○に対しては 不愉快極まりない俗物としか認識していないし、オフィス・クレッシェンドの堤幸彦の弟子にあたる演出家の面々に対しても 駄作だった原作の補完など全く必要としない別物の素晴らしいTV版「世界の中心で愛をさけぶ」を創り上げた堤幸彦という師匠の域には まだまだ達していないと言わざるを得ない。
こういう風に述べると TV版「白夜行」を真っ向から私が否定している様に聞こえるかもしれないが、それは違う。
実を言うと 原作の「白夜行」より、TV版の「白夜行」の方が面白いと感じている部分が かなり有る。
にも関わらず、双手を挙げて「素晴らしい」と言い切れないのは 「え?」と疑問に感じている部分があるからだ。
もちろん、まだ第8話が放映された時点で 残り3話を全て見終わってからじゃないと どうなるか判らないし、この調子で行ってくれれば 予想以上に面白かった作品と言えそうな期待も大きい。
と言うわけで、前置きが長くなってしまったけど…
まず、先に問うてみたいのは 今、「白夜行」を毎週楽しみに見ています…という人達の いったいどれだけの人が「風と共に去りぬ」を知っているのだろう?という事だ。
原作が出版されたのは 1936年、映画化されたのは1939年で スカーレットをビビアン・リーでレット・バトラーにはクラーク・ゲーブルが扮した。
そう、今から60年以上も前の話でありながら 未だに、アメリカ映画の最高傑作と言われながら、現代の最新の技術を駆使してもリメイクできない…と評される作品で 多くの人が原作・映画それぞれを素晴らしい作品だと高く評してもいる。
この作品は「宝塚」でも舞台化され 「宝塚」大好きの我が嫁の影響で何度もDVDを見せられた者でもあるが… 私は正直言って この作品は好きでは無い。^^;
主人公であるスカーレットに感情移入出来ないどころか、吐き気がする程 嫌な女だと思えてならないから…というのが最大の理由。
しかし、何故 それほどまでに「嫌な女」と私が思ったかは「風と共に去りぬ」を知らない人には どんなに説明しても判って貰えないと思う。
で、私の年代から上の世代では わりとクラシックな作品が流行った時期があって 映画好きの人は 大抵が目を通している作品なのだが、30代以下の人で これをちゃんと映画で見るなり、文庫を読んだ人は 実はそんなに多くない…という話を耳にした事がある。
ゆえに、雪穂怖ぇ~とか 亮司せつない~と 呑気に語りながら、でも「白夜行を毎週楽しみに見ています」という人の どれだけが「風と共に去りぬ」を読んだのだろう? という疑問が生じる。^^;
だってね、「俺はバトラー船長になろうと思うんだ」とか「スカーレットは天国に行けたんでしょうか?」という台詞を 「風と共に去りぬ」を知らない人に理解出来る筈が無い。
ただの台詞としてのみ聞き流しているに過ぎないのだが、にも関わらずTV版「白夜行」を熱く語れる…というのは 考えてみれば実に怖れ多い話なのである。
第8話の中で スカーレットの末裔がBBSで述べた
「私は離婚しました」
「これでやっと かけがえのない人と手を繋いで歩く事が出来ます」
「もう二度と失わない やっと手に入れた私の故郷・原点」
「這い蹲ってでも守るべきタラの大地」
「風と共に去りぬ」を知らない人が判るんでしょうか? この「タラの大地」という意味が。
なので ブタネコ流の解釈による「あらすじ」を語ると…
1861年、アメリカ国内では南部と北部の対立が深まり、南北戦争に突入しようとしていた時期、ジョージア州タラの大地主ウィルクス家の御曹司アシュレーと、彼の従姉妹メラニーが婚約する事になった。
同じくタラの大地主オハラ家に、長女のスカーレット(ビビアン・リー)がおり、スカーレットは、幼なじみのアシュレーこそ自分の結婚相手だと信じていただけに その婚約に納得がいかず、アシュレーと相思相愛でいると思い込んでいたスカーレットは、彼に自分こそ結婚相手にと告げるのだが、アシュレーはスカーレットに惹かれているのは認めつつも、結婚相手には穏やかで優しいメラニーを選ぶ。
思いがけない失恋に、逆上したスカーレットの前に、レット・バトラー船長(クラーク・ゲーブル)が現れ、バトラーの無礼な態度に 余計にプライドを傷つけられたスカーレットは、パーティの最中に南北戦争開戦の報せが飛び込み、メラニーの兄、チャールズは、勇んで兵隊に志願する事を決め、ついでの様にスカーレットにプロポーズし、スカーレットも、失恋の腹いせから それを受けて二人は結婚する。
ところが、結婚と同時に出征したチャ-ルズは 呆気なく戦地で病死し、未亡人暮らしに飽きたスカーレットは、アトランタのメラニーを訪ね そこで出かけた南軍の募金パーティーで、バトラーと再会し 悠々自適に暮らすバトラーにプロポーズされる。
しかし、北軍がアトランタまで攻め寄り、スカーレットはメラニー母子と共にバトラーとタラへと逃げようとするが、その途中に南軍の惨状を見たバトラーは突然「兵士になって戦う」と言い出し戦場に行ってしまい、ようやくタラに辿り着いてみたら、スカーレットの母は病死、父は気が狂っており、財産の殆どを失っていた。
そんな飢餓状態の中で 襲い来る北軍兵と自ら戦いながら スカーレットは「人殺しをしても二度と飢えたりしない」と鬼畜への道を歩む決意をする。
やがて、南北戦争は南軍の敗北で終結し 南部の民は北部の圧制下におかれて 生活はより一層苦しくなる中、スカーレットの心の支えは アシュレーの復員だったけど、そのアシュレーもまた財産を失っていた。
なので、スカーレットはタラの屋敷と土地を守るため、バトラーに擦り寄ったが断られ、途方に暮れた結果、自分の妹の婚約者フランクが、商売に成功していると知り、言葉巧みに近づいて、フランクを妹から奪って結婚、アシュレーを相棒にして、北部の人間相手に悪辣な取引を成功させて財産を築く。
しかし、そんなスカーレットを苦々しく思った北部人にスカーレットは襲われ、仕返しに行ったフランクが返り討ちにあって死んでしまった事により 良心の呵責に苦しむスカーレットを救ったのはバトラーで、二人は結婚してアトランタに豪邸を築きボニーという娘を授かって幸せに包まれる。
ところが、そんな時 スカーレットの前に再びアシュレーが現れ、幼き日の恋慕が甦ったスカーレットはアシュレーへの想いが盛り上がり 嫉妬にかられたバトラーはスカーレットとの離婚を決意して ボニーを連れてロンドンへと行ってしまうのだが、母親を恋しがる娘を不憫に思い 再び、アトランタに戻るのだが、結局 スカーレットと喧嘩になり 階段から落ちたスカーレットは流産し、ボニーは落馬して死んでしまい、メラニーも病没する。
そんな騒動を経て スカーレットは 自分が最も愛すべき相手はバトラーだったと気付くのだが バトラーにはスカーレットに対して愛の欠片も無くしており、スカーレットの懇願を振り切って独り、故郷のチャールストンへと去り、スカーレットは有名な台詞「明日は明日の風が吹く」と呟いて 脳天気な笑顔を見せる…
さて、上記の様な物語が「風と共に去りぬ」だとして…
TV版「白夜行」を見て その中での「風と共に去りぬ」の扱いを見て まず思ったのは
「小学生で”風と共に去りぬ”は かなり難解なんじゃないか?」
であり、そういう疑問を抱いた状態で見た
「何、読んでる?」
「風と共に去りぬ…です」
「どない思う? スカーレット
オジサンなんかは、そういう女の人は ちぃと苦手やな…」
このシーンの 位置づけが変わるのを御理解頂けると思う。
しかも、その上で
「憧れます。 強くて、逞しくて、どんな状況でも絶対に諦めない。」
というシーンは 判るんだけど、理解し難いシーンに映るのである。
「おいおい、雪穂ちゃん^^;
スカーレットは確かに強くて逞しいけど、ズル賢くて
勝手気ままな女でもあるのだよ?
それを そんなにキッパリ”憧れる”の?」と。
だから、第1話で 子役の演技が素晴らしいと思いつつも、第1話の物語に「感動して泣けました」と語る方々のコメントに「うん、俺も」と 私は同調出来ずにいたわけだし…
第3話のラストで
「雪穂へ
俺ね、夢が見つかったよ 笑われるかもしれないけど、
俺、レッド・バトラーみたいに生きてみようと思う」
「知恵を使って 世間を出し抜いて 金を儲けて
その金でアナタを思いっきり甘やかしたい」
「たとえば、レッドがスカーレットにしたように
逃げ延びるための馬車をあげたい
悪趣味なほど大きな宝石をあげたい」
「そして、いつかは安らかな夜と心浮き立つ朝をあげたい
不公平なあの人があなたにくれなかったものを
なんもかんもあげたい それが俺の夢」
「実は この話にはオマケがあってさ
俺、小さい頃 海賊になりたかったんだよ」
「バトラー船長は海賊みたいなもんだから
幼い頃の夢を追えるなんて なかなか素敵な人生だと思わない?」
「夢を叶える為に死ねるなんて」
「とてもとても幸せな事だ思わないか?」
というモノローグの部分にも「あれれ…」って気分があったのだ。
だって、最後にバトラーは スカーレットへの愛を失ってチャールストンへと去っていくんだもん^^;
私が 1話から3話までの感想で
「面白いとは思っている、けど、何かが引っ掛かって、
何からどう言えばいいのかすら判らない…」
という状態が 続いたのは、私が「白夜行」の原作だけでは無く、「風と共に去りぬ」の原作まで読んじゃっているからなのだ。^^;
だから、TV版だけを見ている人とは 言葉にすれば同じであっても、意味は違う「面白かった」であり、「違和感を抱く」という感想なのである。^^;
ところがね、原作ヲタは「原作と違う」と文句を言い、山田ヲタは 山田ヒャッホイを連呼し、綾瀬ヲタは綾瀬ヒャッホイ、セカチュウー・ヲタは… こんなスタンスの違う人々が論戦を繰り広げるのはいいけれど、例えば、山田ヲタが「亮司の表情には優しさと哀しさが入り混じった憂いが漂い、バトラー船長を見事に演じていると思われ…」って言ってるのを聞いても その人の文章から「アンタ、本当に”風と共に去りぬ”読んだの?」と疑問に思う事しばし^^ 綾瀬ヲタも同様で「はるかちゃんのスカーレット最高!!」ってヒャッホイするのは良いけれど「本当のスカーレットを映画や本を見て、知った上で言ってんの?」と思う事しばし…だと まったく、何をか言わんや…って気分になる^^
で、TV版の「白夜行」と「風と共に去りぬ」を見比べた時、
スカーレット=雪穂
バトラー=亮司
だとすると
アシュレー=篠塚
フランクもしくはチャールズ=高宮
メラニー=江利子
って感じになるのかな?
であれば 納得いく部分もありつつ、「何か違うんじゃない?」と思う部分も大。
なんとなく、私には 篠塚=バトラーって匂いがプンプンして仕方が無い。^^;
森下佳子は「白夜行」の改良を行いつつ、「風と共に去りぬ」の改良にも挑戦してたのか?とすら思える 新解釈なのである。^^
だから、ふざけた言い方をすると「白夜行」の雪穂のキャラ設定の様な女性が「風と共に去りぬ」のスカーレットのキャラ設定であったならば おそらく私は そんな森下版「風と共に去りぬ」で 心ゆくまま滂沱の涙を流して堪能できる様な気がする。(本気だよ^^)
それと、「風と共に去りぬ」の名場面の中の 名台詞のひとつに
「アシュレー、あなたは本当にメラニーを愛してたのね」
というのがある。
そう、これをTV版「白夜行」に当て嵌めると 江利子(メラニー)が襲われた事に復讐するかの如き篠塚(アシュリー)に 雪穂(スカーレット)が言う台詞としてはピッタリだった。^^
と言うわけで 高宮を使い切って「タラの大地」を手に入れた雪穂は どうなって行くのでしょう?… は、来週のココロだ^^ by 小沢昭一
あ、そうそう…
TV版のラストに 図書館のHPのBBSが「ソラノウタ」になる…って考察を 南東北のブログで目にして「ほぅ…」と思ったんだけど…
ふと、思ったんだけど 1話で雪穂が骨壺に入れた財布…
その中から 亮司の遺書の様な 雪穂への手紙が出てくる…ってのは どうだろ?
ただし、その財布の存在を なぜ亮司が知ってるのか?が問題だが^^;
なんとなく、第8話を見て 私は10話で亮司は死ぬか 植物人間になるような気がしたんだよねぇ…
それは「風と共に去りぬ」から抱いた妄想なのだけど、スカーレットは 最後、財産は持っているけど 愛とか夢とか希望… そんなモノを全て無くすんだよね。^^;
だとすると ラストの11話は スカーレットにおける「明日は明日の風が吹く…」って帰結に至るストーリーになる可能性が大なのかな…なんて で、非常に興味深いのは 原作における「明日は明日の風が吹く…」って台詞の部分は 直訳すると「まぁ、いっか…」って言葉なのだ。^^;
そう、セカチュウー症候群の方なら もう、涙ぐんでるよね?
廣瀬亜紀の 口癖「まぁ、いっか…」と同じなのだ。^^;
それと… 前回の7話と 今回の8話の「綾瀬はるか」の声がハスキーだった件について… 何処かで聞いた事のある声だなぁ…と 思っていたのだが、つい、さっき気がついた。
それは 私が「綾瀬はるか」とは別に好意を抱いていた「内田有紀」の声とソックリだったのだ。^^
だから、何だと言われれば それまでではあるけれど…
私にとっては ヒャッホイ だったという事だ。^^
