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2006年03月01日

● 悪魔の手毬唄(古谷版)


77年に放映された 古谷一行:金田一版「悪魔の手毬唄」全6話を見た。




やっぱり、この


悪魔の手毬唄

「悪魔の手毬唄」の原作は大傑作だと思った。


この原作本を初めて読んだ時の事が昨日の事の様に思い出した。


それまで、私は小学校や中学校の図書室で コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズや ルブランの「怪盗ルパン」シリーズを好んで読んだ時期があり、当然 江戸川乱歩の「明智小五郎」シリーズの少年探偵団に どうやったら入れるかと真剣に考えた時期もある。^^;


どちらかと言うと 横溝の小説はエログロと評す人もおり、今 思えば、子供向きでは無かったのは確かで だから、ポワロやミス・マープル 名だたる名探偵達よりも 金田一耕助に私が出会ったのは遅い時期だったとも言える。


しかし… 金田一耕助と出会って以来、たとえ それが小説の中の世界の空想上の人物と言えども、金田一を超える名探偵と出会った事は無い。


俗な読者に言わせれば 金田一が有能だったら、連続殺人も途中で解決出来た筈…とか、事件の大勢が終わった後で偉そうに解決してみせる嫌味な男…等と評す輩もいるが、そんな御方は 二度とこのブログに訪れなくて結構。^^


仮に、我が人生で袖擦り合う事はあっても ブッ飛ばしこそすれども、友達になる事は絶対に無いからだ。^^;


さて、この「悪魔の手毬唄」の原作を初めて読んだ時の事…


ぐいぐいとストーリーに引っ張り込まれ 時間も食事も忘れ…、怖かった… 峠の「おりん」が金田一とすれ違うシーンは その場で そのシーンを木陰から覗いてるぐらいに情景が目の前に描かれた思いがし、その後の「おりん」の行動にビビリながら 頁を一枚、一枚とめくったものだ。


そして、事件が解決した後 横溝は「ちょっと一貫貸しました」と題して 数頁のエピローグで後日談、特に磯川警部との別れを描いているが… 


なんて言うか… もう、探偵小説じゃなくて とても切ない物語を読んだ余韻に包まれ言葉を失うんだなぁ。


犯人に対する哀惜の情もある。


けど、私は 登場するキャラの一人である青池里子を想い 哀しくて仕方が無かった。


ネタバレしたくないので細かい部分は述べないが…


例えば、俗に「推理小説」というジャンルにカテゴライズされる作品があったとする。


当たり前の話だが、「推理小説」では 登場人物の誰かが犯人で 別の誰かが一人 もしくは複数殺される。


本来の道徳的観念から言えば 人を殺す…という事は許されないし、殺人犯に対して ほんの欠片でも憐憫の情を抱くのは不謹慎なのだろう。


しかし、秀逸な作品では 時に憐憫の情にかられ非常に切なく感じる事がある。


それが犯人に対してなのか 被害者に対してなのか、さもなくば探偵に対してなのか… 

それは作品毎に違う事ではあるが 大抵は犯人に憐憫の情を抱けば 被害者は「殺されて当然」みたいな人物像に描かれるし、犯人が極悪人に描かれれば 当然、そのぶん被害者に対して同情の気持ちが深まるような描写…というのが 本屋の軒先で売られている「推理小説」の ひと山いくらの作品群であるが、横溝は違う。


この「悪魔の手毬唄」は 犯人も切ないが、被害者も切ない そして、金田一や磯川警部までもが切ないし、遺された別の二人も切ないのである。


読み始めから終盤までは「怖い」んですよ、なのに読み終わってみると「切ない」んです。


判るかなぁ… この違いを描き分けられる横溝正史という作者の文章描写の巧みさが。


だからこそ、横溝作品を映像化するには その描写をないがしろにされると 原作のティストが破壊され、作品自体が崩壊する。


ゆえに、金田一がジーンズ履いたり、サマー・ジャケットに麦藁帽なんか被られると


「フザケンナ」


と、腹が立つ。^^;




悪魔の手毬唄

さて、77年版「悪魔の手毬唄」について…


原作における「あらすじ」を述べれば、時代設定は昭和30年 金田一は静養を目的に岡山までやって来たついでに 旧知の磯川警部のもとを挨拶を兼ねて訪ねたところ


悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

鬼首村の旅館を推薦されるのだが…

その旅館は青池リカなる女性が営んでおり、20数年前にリカの亭主が殺される事件を磯川が担当していたのだが、遂に迷宮入りしてしまった経緯があり、磯川は金田一に 静養を兼ねて、その昔の事件に関して意見を聞きたいと考えたのが金田一が 後に遭遇する連続殺人事件に関わるキッカケとなる。


この77年版「悪魔の手毬唄」では


悪魔の手毬唄

「青池歌名雄」


悪魔の手毬唄

「青池リカ」


悪魔の手毬唄

「青池里子」


悪魔の手毬唄

「大空ゆかり」こと「別所千恵子」


悪魔の手毬唄

「庄屋 多々良放庵」


悪魔の手毬唄

「仁礼文子」


悪魔の手毬唄

「由良泰子」


今回の金田一耕助は 人力車で登場し


悪魔の手毬唄

風体は まるで時代劇の用心棒の先生って感じで…^^;


懐かしかったのは 途中、警官と自転車を二人乗りして登場するシーンがあるのだが…


悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄


この警官、往年のファンなら知る人ぞ知る「あばれはっちゃく」の親父役、もしくは中学生日記の「東先生」を演じた 東野英心で 5年前の2000年に 若くして病没された俳優である。


また、この作品は タイトルの通り「手毬唄」が重要なファクターとなっており


悪魔の手毬唄


悪魔の手毬唄


という映像が CMの度に挿入されている。^^


また、

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄


と、「峠のおりん」シーンもしっかり撮られており、おりんは その後にも


悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄


という風に 効果的にあらわれる。


総合的には 全6話x1時間枠の284分構成のため 原作に忠実に丁寧に作られているのは 非常に好感が持てる。


しかし、

悪魔の手毬唄

長門勇を「磯川警部」では無く、あいかわらず「日和警部」として登場させた事で 個人的には甚だ、不愉快を隠せない。


全部を確認していないので 何とも言えないのだが、どうもTV版は 全部、「日和警部」なのかもしれない^^; なんで、こんな些細だけど重要な事を弄るのか? 他は概ね良好なのに何故? これだけは全く信じられない制作者達の愚行である。


しかしながら、この作品に関してのみ 個人的見解で申し上げれば 大空ゆかり(別所千恵子)役に 夏目雅子を起用している事だけは「よくやった」と誉め上げたい。


悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄


映画版の仁科明子も捨て難いのだが、この夏目雅子だけは別格である。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

私も『悪魔の手毬唄』は横溝正史の名作だと思います。
決してただの推理小説ではないのですね。
トリックとか謎解きとかいったミステリ要素をふんだんにちりばめながら、あれほど切ない人間ドラマを描ききった作品はそうはないと思います。

なにゆえあのような連続殺人が起きたのか。
なぜ犯人はあのような殺人を犯し、あのような道具立てを残していったのか。
犯行の動機や連続の必然性といったものが横溝の作品ではとても重要です。

彼が描く殺人事件には、一見 猟奇的犯行に見えても、そんな現場になった きちんとした理由がある。

たとえば思い出すのは、『貸しボート十三号』だったかな、ちょっと記憶があやふやで申し訳ないですが、首を切り離す作業を中途で放棄したような、ひどく無惨な死体が発見される話がありましたが、犯人が完全に首を切り離さなかった、そこにもちゃんとした理由があった事件でした。

横溝作品には、とかく趣向を凝らした殺害現場というものに関心が向けられがちですが──確かにそれも見方によっては楽しみの要素となることを否定しはしませんが──しかし猟奇性が横溝作品の本質ではありません。

確かに淫靡なテーマを扱った作品も多々あります。しかしそういったものはミステリ作家である横溝がトリックを駆使するために用いた膳立てにすぎず、彼は決してエログロ・ナンセンス作家ではないのです。

横溝正史という作家はどこまでもミステリ作家、推理作家、探偵作家です。

そしてそんな彼が、他のミステリ作家の追随を許さない傑出した存在でいるのは、ミステリとしての謎解き、トリックの巧妙さもさることながら、人間の描き方を心得ていたからだと思います。

横溝正史という人は、人間の心情、心の機微をも描くことのできた、謎解き小説に あたたかい人間味を加えることのできたミステリ作家なのです。

よく知られている長篇作品、ことにこの『悪魔の手毬唄』などを読めばそのことがよくわかります。

殺さなければならなかった、やむにやまれぬ殺人だった、そうせざるをえなかった、そこのところがきちんと描かれているからこそ説得力のある重厚な作品に仕上がっている。

日本人だから書けた、日本人でなければ書けなかった本格推理小説ですね。

哀感漂う推理小説というものを、私はこの作品で初めて知ったように思います。
単なるパズル的な推理小説ではなく、血の通った人間が登場人物として行き来する。
会話の方言がまたいいんですね。

「旦那は そがいに おいいんさるけんど、そんなら、あのひとはどうですん?金田一耕助たらいう私立探偵は・・・・・・?」
「どうですんとは、辰やん、なんのことじゃな」
「いいえさあ、あがいなもんがウロチョロしとるもんじゃけに、かえって捜査のさまたげに なるんとちがいますかいな。立花さんなんぞ、だいぶん にがりきって おいでんさるようじゃけんど」

こんなふうに言われる金田一、大好きです!(笑)

>金田一が有能だったら、連続殺人も途中で解決出来た筈…とか、事件の大勢が終わった後で偉そうに解決してみせる嫌味な男…
 頭にきますな。金田一耕助という人間をまったく理解していない。それ以前に、そういうことを言う輩は推理小説の醍醐味というものを御存じないのでしょう。

>峠の「おりん」が金田一とすれ違うシーン
 原作でも映像でも味わい深い名場面の一つですね。やはり映画の石坂版が忘れがたいですが、今回の古谷版でも雰囲気出てますね。こうして拝見しても、風情があってなかなか良いです。

>「ちょっと一貫貸しました」
 このエピローグは良かったですね!(プロローグは横溝自身の前置きという形になっていましたが、エピローグは磯川警部の筆ということになっていましたね)。
ゆかり の言葉にもぐっとくるものがありましたが、何より金田一と磯川警部の別れの描写、あれは名場面中の名場面でした。
金田一のあの科白、忘れられません。

推理小説の終わり方としても最高の部類に入る、素晴らしいラストだと思います。
あの金田一の科白も、ある意味立派なトリックだったのではないでしょうか。初めて読んだときは私もあっ!と思ったのを覚えています。

>犯人に対する哀惜の情もある。
 わかります。
>青池里子を想い 哀しくて仕方が無かった。
 同じ女として切なかったです。この作品は特に女性におすすめしたいなと改めて思いました。

>読み始めから終盤までは「怖い」んですよ、なのに読み終わってみると「切ない」んです。
 いろんな意味で不気味さ・怖さが本物なんですね。
もちろん視覚的な怖さというものもありますが、人間心理の哀しさが引き起こす怖さ。

それも決して薄っぺらな、取って付けたようなものじゃない。
人間ならこういうこともあるだろうというリアリティある怖さ、哀しさ。

だから切なさにも重みがあると言いますか、絵空事ではない本物の哀感が痛いほど伝わってくる。
そこらへんの描写が横溝は本当に巧みですよね。

終盤、金田一が歌名雄を引き留めようとする場面は、辛いんだけれども好きな場面です。
このときの金田一は実に良かったです。
彼の人間味が伝わってくる名場面の一つだと思っています。

さて、古谷版の77年版『悪魔の手毬唄』。
鬼首村の俯瞰図はいいですね。こういう風景、好きだなあ。

古谷・金田一、こうしてあらためて眺めてみると、なかなかどうして、いいじゃありませんか。私の記憶にあった彼そのままでした。
歴代金田一の中では、やはり石坂・金田一の次に金田一らしさが出ているのではないかと思います。ただしこの若いときのね(うーむ、気になる新作「犬神家」^^;)。

CMの度に挿入されているという映像、これがまたいいですね。すっかり忘却の彼方でしたが、雰囲気盛り上げますね。

>長門勇を「磯川警部」では無く、あいかわらず「日和警部」
>これだけは全く信じられない制作者達の愚行である。
 同感です。こうして画像を拝見するだけでも金田一ものとしてよくできていることがわかるだけに不思議ですね。なんで名前を変える必要があったんでしょう。長門 勇は決して悪くないだけになおさら残念です。

夏目雅子はきれいですね。私には仁科明子のイメージが強いですが(肩辺りでふわっ、くるっとカールした髪型が素敵で、子供心に憧れたものです)、芯の強さがある女性としていい配役だったのではと思います。

嬉しい記事と貴重な画像をありがとうございました。

★ HAZUKI さん


素敵なコメントを頂戴しましたのと、さる御方よりコソッとリクエストを頂戴してましたので 本当は「あざみの如く棘あれば」を掲示する予定だったんですが、順番を変えて「悪魔の手毬唄」の手毬唄を中心に編集した動画を捧げます。^^


>たとえば思い出すのは、『貸しボート十三号』だったかな、ちょっと記憶があやふやで申し訳ないですが、首を切り離す作業を中途で放棄したような、ひどく無惨な死体が発見される話がありましたが、犯人が完全に首を切り離さなかった、そこにもちゃんとした理由があった事件でした。


さすが、よく御存じです。^^

そうなんですよね、私が 伏線を張り巡らすドラマが大好きなのも 元はと言えば横溝正史で その醍醐味を教わったから、多少のモノでは納得いかないどころか 腹が立つんですよ。^^;

たとえば、東野圭吾の「容疑者Xの献身」が直木賞を取った途端、猫も杓子も褒めちぎる記事やブログが目につきます。

かくいう私も 東野は嫌いじゃなかったので決して、クサしはしなかったけれど、横溝の「黒猫亭事件」や「不死蝶」等を読んだ身としては「顔のない死体」とか「一人二役」のトリックなど 横溝以外の作品は正直言って片腹痛く、「容疑者Xの献身」の献身も主人公のラストはともかく トリックじたいは早々に透けてしまったものです。^^;

横溝を超える「探偵小説」は 横溝以外には書けないのでしょうね…

だから、この「悪魔の手毬唄」や「獄門島」を初めて読み終えた時の感動を味わいたくて 本当に、その後、いろんな作家のいろんな作品を読みました。^^;

なので、角川春樹が 横溝氏に目を付けてフェアを行ったのは先見の明が大で、その後 随分、他の作家の角川文庫を買っちゃいましたもんね。^^


>そしてそんな彼が、他のミステリ作家の追随を許さない傑出した存在でいるのは、ミステリとしての謎解き、トリックの巧妙さもさることながら、人間の描き方を心得ていたからだと思います。


そう、つまらない小説だと片っ端から忘れてしまうけど、「獄門島」と聞けば あぁ、本鬼頭の早苗さん…とか 「犬神家の一族」と聞けば はいはい、珠世さん…と 人物名が直ぐ出てきます。^^; それぐらい描写が濃いんです。


>「旦那は そがいに おいいんさるけんど、そんなら、あのひとはどうですん?金田一耕助たらいう私立探偵は・・・・・・?」
>「どうですんとは、辰やん、なんのことじゃな」
>「いいえさあ、あがいなもんがウロチョロしとるもんじゃけに、かえって捜査のさまたげに なるんとちがいますかいな。立花さんなんぞ、だいぶん にがりきって おいでんさるようじゃけんど」


そうそう、私も 他のドラマにおいて「方言」にこだわるのも やはり横溝の影響なんです。^^;

実際に、瀬戸内を旅して あらためて感じたけど、岡山や広島の女性の話す方言は実に良いんです。

横溝正史の著は ちゃんと その方言で会話するんです。^^


>終盤、金田一が歌名雄を引き留めようとする場面は、辛いんだけれども好きな場面です。このときの金田一は実に良かったです。
>彼の人間味が伝わってくる名場面の一つだと思っています。


あぁ、「沼から…」のところですね。

そう、そうなんですよねぇ…


>さて、古谷版の77年版『悪魔の手毬唄』。
>鬼首村の俯瞰図はいいですね。こういう風景、好きだなあ。

>古谷・金田一、こうしてあらためて眺めてみると、なかなかどうして、いいじゃありませんか。私の記憶にあった彼そのままでした。
>歴代金田一の中では、やはり石坂・金田一の次に金田一らしさが出ているのではないかと思います。ただしこの若いときのね(うーむ、気になる新作「犬神家」^^;)。


「本陣殺人事件」「悪魔の手毬唄」 そして、「黒猫亭事件」を再見しましたが77年版と78年版は 「日和警部」という呼び名が物凄く気に入りませんが、映像の作りは なかなか良いです。^^


夏目雅子に関しては 個人的に物凄く思い入れのある女優さんなので、まさか「悪魔の手毬唄」に出演しているとは知らなかったのは 大変、迂闊でした。^^;


それだけに 結構、痛んだビデオテープなんですけど これ1本、入手できただけでも実は物凄く嬉しいのです。^^;


しかしながら、店長氏には「これだけじゃ足りない、探せ」と命じている事は内緒です。^^;

こんにちは。本日はこちらに書き込みします。

まずは、おかえりなさいませ(メイド喫茶風^^;) 桜は札幌ではまだ咲いていないですね・・・。

最近、こちらのブログでの横溝正史特集を閲覧させていただき、ついつい手を出して読み始めました、「金田一耕介シリーズ」。もともと、探偵小説、ミステリー小説と呼ばれるものを読んだことがないため、なかなか慣れないですが、すごく面白いですね。すごく文章が上手くて、ぞくぞくしながら、引き込まれて読んでしまいました。終戦後のこの国の雰囲気、お国言葉などからあらわれるほのぼのとした人間味も素敵です。

凄惨な事件を描きながらも、物語の終末で下手すると泣ける・・・、すごく良くわかりました。
獄門島のラストで一族の中で最後に残されてしまった**さんが、金田一さんに語るセリフとその様子に絶句してしまいました。

現在、「悪魔の手毬唄」を読んでいますが、おりんさんのシーン、夜に読んだことを後悔しました^^;
「別所千恵子(大空ゆかり)」映画版の仁科さんもとてつもなく美しいですが、ドラマ版の夏目さん・・・、本当に完璧だと思います。それでいて演技の中で見せるあの鬼気迫る演じっぷり・・・。私は残念ながらリアルタイムで夏目雅子さんを見たことのない世代ですが、今も残る映画の中での清楚でありながらも凛として、凄絶な色気と危うさを兼ね備えたあの風情に完全にやられました。

なんだか、話が脱線してしまいましたが、もしもよろしければ、いつか、「女優」のカテゴリーの中で、夏目雅子さんについて語っていただけませんか? よかったら、で良いので・・・。

これから、「悪魔の手毬歌」続きを読みます。う~ん、ドキドキする・・・。

★ しき さん


>桜は札幌ではまだ咲いていないですね・・・。

梅もまだです。^^


>ついつい手を出して読み始めました

嬉しいなぁ…

少なくても1名を 横溝ワールドに引き込んだ^^

記事を書いた甲斐がありました(ToT)


>獄門島のラストで一族の中で最後に残されてしまった**さんが、金田一さんに語るセリフとその様子に絶句してしまいました。

でしょ? シビレるでしょ? そこなんです^^


>夏目雅子さん

この人ばかりは 私如きが語るには怖れ多い女優さんなんですよねぇ…

キャプ画で この人を見続けていると どうしても私の口数は減り、タバコに火をつけてしまい 天井を見上げるか、PS2でゲームして気を紛らせたくなっちゃうんです。^^;

古谷版の映像を再見した時に「大空ゆかり」が「夏目雅子」と知った途端 私の時間は止まり、画面を食い入るように眺めてました。


>これから、「悪魔の手毬歌」続きを読みます。う~ん、ドキドキする・・・。

「獄門島」 そして「悪魔の手毬唄」かぁ…

もうね、しばらく 他の推理小説が どんなに名作とかベストセラーと評判が高くても ツマンネ作品になりますよ^^

こんばんは。

まずは、私ごときのために、再びドラマ版「悪魔の手毬歌」を再掲していただき、恐縮です。
でも、これを是非もう一度見たいなと思っていたため、とても嬉しいです^^。
この手毬歌はおそらく、横溝先生が作られたものなのかなと思うのですが、字余りになりそうなセンテンスもしっかりメロディにあわせてあるところが素晴らしいと思います。ドラマの製作者さんたち、お手柄でしたね。

で、「悪魔の子守唄」ですが、読了しました。思いっきりミスリードされ、真犯人を知ったときは「はああ~」と、驚きながらも納得。その動機はあまりにも切なくて、そして最後の被害者となった**さんの、真犯人に対する思いは更に悲しくて、「なんか、もっと、違う道があったと思うのにな・・・」と読後に軽くへこみました。しかし、残された二人の未来が幸多いものでありますようにと、願ってしまいました。
・・・と、このぐらい感情移入してミステリー小説を読む日が来るとは・・・と、自分でも驚いております^^;

夏目雅子さんについて。
無神経なお願いをしてしまい、申し訳ありませんでした。いろいろな複雑な気持ちを、夏目雅子さんという女優さんには持っていらっしゃることと思います。
ただ、ここに、リアルタイムではなくてもファンになった人間がいるよ~ということだけ、知っていただければよいです^^

ちなみに、私の現在の横溝正史氏の著作の読了順は「本陣殺人事件」→「獄門島」→「悪魔の手毬歌」でした。すごく有名どころからせめているような気もしないでもないですが・・・。

★ しき さん

>動画

いえいえ、イメージ作りのお役に立てば…という思いもありましたが、結構「再見させろ」という御要望も寄せられたものですから^^


>「悪魔の手毬唄」

「獄門島」とは また違った 素晴らしいラストですよね^^

>軽くへこみました。

お気持ち よく判ります。

私は 特に里子がねぇ…(ToT)

>無神経なお願い

いえいえ、けっして「無神経」なんかじゃありませんから 気になさらないで下さい。^^


>「本陣殺人事件」→「獄門島」→「悪魔の手毬歌」

読む順序としては 全く間違っていないと思います。^^

ただ、次は 悩むところですね「犬神家の一族」か「悪魔が来たりて笛を吹く」か…

(どちらでも間違いでは無いと思います^^)

はじめまして.中学高校のころ横溝作品に夢中になり,角川文庫の横溝先生本をほとんど買い揃えて持っていた者です.しかし映像作品はごくわずかしか見ていませんので,最近貴サイトを知って以来,貴重な情報や画像を拝読し楽しんでおります.

さて,悪魔の手毬歌に関するこの記事には,とくに我が意を得たりという内容が多く,とてもうれしくなりましたのでぶしつけながらペンを執る次第となりました.

>判るかなぁ… この違いを描き分けられる横溝正史という作者の文章描写の巧みさが。

まったくの同感です.実は小説を読んで涙が止まらなくなったのは「悪魔の手毬歌」が初めての体験でした(確か中学一年生でした).

それまで知っていた推理小説では犯人は絶対の悪で探偵は文句なしの正義でしたが,悪魔の手鞠歌はまったく違いました.

ひとが,ひとを殺す.その罪は当然糾弾されるべきですが(少なくとも僕たちはそういう文化の下に暮らしています),blog主さんやほかのコメントの方もおっしゃる通り,明確な悪意といえるものに支配されず,人としての業の深さを背景にして,運命に翻弄された末に発生した殺意というものも存在するのだと,子供心に衝撃を受けた本でした.

#里子の決意の意味を知った時にも本気で泣きましたね.

また,その後何度も読み返し,そのたびに発見があったのですが,何よりも感じるのは日本語という言語をここまで自在に操り,人間の哀しき心情をここまで説得力をもって表現できる作家がいる(いた)のだということですね.

ところで,横溝作品,とくに金田一作品を読むと感じるのが,その文体のドライさです.とくにメイ探偵をかなりコミカライズして,あえて「魅力ある人物」として描きすぎないように作者が気を配っているように感じるのです.それでも読者には(少なくともぼくには)充分その魅力が伝わるのですが.

さて,横溝作品に見られるこういう魅力をある日飲み会で語っていたら知人に紹介されたのがPCでよむ小説(サウンドノベル)の「ひぐらしのなく頃に」でした.たしかにモチーフは「岡山系」と似ている(古き因習に縛られた山村で起きる連続怪死事件)し,運命に翻弄されて身近な人を心ならずも殺めてしまう登場人物の悲しい心情の表現も,なるほどたしかに横溝先生的でありました.SFやファンタジー系の要素もあるので純粋ミステリではないのですが,あとから調べたら「ひぐらしになく頃に」の作者は八ツ墓村にも影響を受けたとのことでした(ちなみに最後はハッピーエンドとなります).実はこのPC小説も,魅力ある登場人物と彼らが巻き込まれる過酷な運命とともに,妙にドライでシニカルな文体が印象的でして,そのあたりも横溝先生の影響を受けているのかもしれません.

貴サイトの内容はあまりに膨大なのでいまだすべてに目を通すには至っておりません.しかしどのページ(ファイル)にも僕にとってとても参考になる内容が含まれていると確信しておりますので,これからいろいろなページを拝読するのが楽しみで仕方ありません.今後も楽しくためになるコンテンツを期待しております.

★ KMnO4 さん


こちらこそはじめまして、コメントありがとうございます。^^


>ひとが,ひとを殺す.その罪は当然糾弾されるべきですが(少なくとも僕たちはそういう文化の下に暮らしています)


そうなんです、だからこそ そんな文化に染まっているはずなのに

「コイツは殺されても仕方が無いわな」

と、納得させてしまう事だけを考えてみても そんな説得力のある描写の凄さが伺い知れると思うのです。^^


>「ひぐらしのなく頃に」


私はゲームソフトとして手にしたのが最初でした。

その後、アニメを見て 昨年、映画も見ました。

たしか、映画の続編もあるのですが それはまだ見ていません。^^

(DVD化されたら直ぐに見るつもりです)


【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。