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2006年02月27日

● 本陣殺人事件(古谷版)


横溝正史の「金田一耕助シリーズ」を読むのなら「本陣殺人事件」から読むべきだ。




日本の探偵小説における 2大探偵と言えば 金田一耕助と明智小五郎であり、その生みの親である 横溝正史と江戸川乱歩は そのまま探偵小説家の2大巨頭でもある。


後年、松本清張や高木彬光、等々 秀作を著した作家も多いけど、横溝と乱歩に比べれば全くの小者、赤川次郎は少女小説、山村美紗は京都観光案内コラム、内田康夫は全国観光地案内御用達、西村京太郎は単なる時刻表マニアでしか無い。


私が敬愛してやまない横溝正史先生の「金田一耕助」シリーズを読み進めるには まず、金田一耕助の最初の事件であり、この世に登場した第一作でもある


本陣殺人事件

「本陣殺人事件」から始めるのが物の道理とも言える。




さて、今まで私は 基本的に横溝映画は市川崑監督による東宝版の石坂浩二が演じた金田一耕助を絶賛し、評判が決して悪くはないけれどTVドラマの古谷一行版には あえて触れずにきた。


何故、触れずに来たか? それにはいくつか理由があるけれど 話せば長くなってしまうのが判っていたから あえて書かなかった…というのもあるし、記事を書くために映像を再見したいと思っても その映像が手許に無かった…というのが最大の理由なのである。


記憶を辿って書くのも不可能では無いのだが、古谷版は作品数が多く、しかも同じ原作を二回作ったりもしているので 記憶がごちゃごちゃになっていた事もあり、正確な記事を書けるか否か自信が無かったのだ。




ここで、今までに このブログの以前の記事を ある程度読んでこられた方には御存じの事と思うが、御存じで無い方の為に 少々、前置きしておきたい事がある。


それは 私は大の横溝オタクである。


だから、横溝正史に関しては 完全に原作尊重派である。


最近「白夜行」というTVドラマに関して ブツブツと語っており、それに関しては「原作は原作、TVはTVと別個に割り切って考えている」と述べたし、実際に そうしているつもりであるが 横溝正史に関しては話は別、いくら私が 東野圭吾のファンと自認しても 東野に対してもケチはつけるし、文句は言う。


でも、横溝正史先生に関しては 世界を敵に回してもケチも文句も言う気は無い。


なので、その原作を用いた映像物に関しては 申し訳無いけど、激辛口である。


と言うのも、市川崑による東宝版の石坂浩二の金田一耕助モノが登場するまで 映像化された金田一シリーズは どうにも我慢できないモノばかりで そんな石坂版に対抗するかの如く制作された作品もあるけれど、原作のティストを無造作にブチ壊すようなものに関しては黙って看過出来るほど寛容にはなれないぐらい 横溝正史の原作は素晴らしいと思っているからだ。


じゃあ、何故「白夜行」の原作を弄くり回したTV版を 満足げに評価してるの?と聞く人もいるだろう。


だから、この場を借りて ハッキリ言っておく。


「東野圭吾ごときと 横溝正史先生を同列に語らせるな!!」と。


いくら私が 東野圭吾の作品を高く評価してると言っても、横溝正史の「獄門島」や「悪魔の手毬唄」を越えるような作品を 東野からは読んでない。


これは東野に限らず、かの松本清張にしてもそうで、「点と線」や「砂の器」が秀作なのは認めるが、横溝を超える作だったとは認めない。


ゆえに、「白夜行」はグチャグチャに弄られても気にもならないが、横溝作品を弄るには それだけの根拠なり説得力を呈示して頂かないと 私は、断固 コキおろす。^^




さて、血圧が私の基準値を超える前に 話を戻す。^^;


1976年 角川映画の石坂金田一版「犬神家の一族」(東宝 監督:市川崑)は それまで作られた数多の横溝映画とは呼びたくもない 金田一モノ映画をフッ飛ばし、ファンの多くを満足させてくれた。


それに関しては『犬神家の一族』を御参照願うとして…


その空前のブームにのっかってTV版が制作されたのが 1977年の

本陣殺人事件

であり、その第1作も「犬神家の一族」だったのだが、この時 TV版の金田一耕助を演じたのが 当時はまだそんなに知名度の高くなかった

本陣殺人事件

古谷一行だった。


で、今回 私が入手したモノの中には残念ながら「犬神家の一族」は含まれておらず、何故か「本陣殺人事件」が2本ある。^^;


その為、色々と調べてみたところ 古谷一行が金田一耕助役で 1977年(以降、77年版と呼ぶ)に制作された物と1983年(以降、83年版と呼ぶ)に制作されたものの2本があり、それを同時に入手する事が出来たのだと判った。


なので 両者を見比べも含めて語ってみたいと思うのだが…


77年版は

本陣殺人事件

後に「3本指の男」と呼ばれる人物が登場するところから始まる。

【管理人注記】
この”3本指”も含めて 横溝小説には現在では差別標記扱いされる文章表現が いくつかある。 
それらに関しては、原作者の横溝正史は差別的な意味合いで使用してはおらず、原作を出筆・出版した当時は差別語として規制されたものでも無かった。
私としても あくまでも作品紹介の意味で そのまま忠実に記すが、決して差別的気持ちは全く無い…という事を どうか御理解願いたい。^^;


本陣殺人事件


物語は岡山の街道筋にある、昔ながらの旧家での婚礼の夜に


本陣殺人事件

新郎新婦が惨殺死体となって発見される。


本陣殺人事件

新雪に足跡ひとつ無く、


本陣殺人事件

内側から閂で固く閉ざされた密室


本陣殺人事件

凶器の日本刀は 庭の真ん中にポツンと刺さっている…


原作では 新婦の父親代わりである叔父の久保銀造が アメリカで知り合いパトロンとなって援助していた金田一耕助を呼び寄せるのが この事件に金田一耕助が関わったキッカケなのだが、TV版では 最初から新婦の縁者として久保に従い婚礼の席に出ていて遭遇した事になっている。


まぁ、この辺の設定変更は許容範囲と言える。


と言うのも この作品の数年前にATGが制作し公開した金田一:中尾彬版『本陣殺人事件』が 悪くは無いのだけど充分でもない…という可もなく不可もなく状態だった事に対し、充分では無い…と思われた部分の多くを 古谷の77年版は補っていた事から評価は高いモノとなった。


しかし、この古谷版も及第点ではあるけれど それ以上でも無いとする横溝ファンは少なくない。


その理由のひとつが


本陣殺人事件

金田一の相棒となる警部役の長門勇。


この長門のキャスティングは そんなに悪いモノでは無い。


問題なのは 原作では「磯川警部」なのに 何故かTV版では日和(ひより)警部」と改名されている点である。


「なんだ、そんな事か…」


と、金田一シリーズを知らない方は思うかもしれないが、「磯川」「等々力」「立花」という警部名は ホームズにとってのワトソン同様、絶対に弄っては駄目なキャラクターなのである。


だから、私は たったこれだけの事で 充分に「ガッカリ」なのである。^^;




さて、次に 83年版はどうかと言うと…

本陣殺人事件

本陣殺人事件

基本的な物語の展開は77年版と変わらない。


83年版も 磯川警部ではなく、日和警部となっているのも そのままである。


それもそのはずで、どちらも脚本が同じ安倍徹郎氏なのである。


しかも、一例を挙げると


【婚礼風景】

本陣殺人事件

「77年版」

本陣殺人事件

「83年版」

【筆者注】
よく見たら 新郎新婦の後ろの金屏風まで同じモノ使ってますね^^;
上の77年版の左側半分を 下の83年版で使ってます。


【死体発見】

本陣殺人事件

「77年版」

本陣殺人事件

「83年版」


という風にカットまで同じ場面がいくつもある始末で…^^;


興味深いのは


左:77年版                             右:83年版

「一柳賢蔵」

本陣殺人事件本陣殺人事件

「佐藤 慶」                             「西岡徳馬」


「新婦・克子」

本陣殺人事件本陣殺人事件

「真木洋子」                            「山本みどり」


「母・一柳糸子」

本陣殺人事件本陣殺人事件

「淡島千景」                            「高峰三枝子」


「弟・一柳三郎」

本陣殺人事件本陣殺人事件

「荻島真一」                            「本田博太郎」


「妹・鈴子」

本陣殺人事件本陣殺人事件

「西崎みどり」                           「牛原千恵」


「久保銀造」

本陣殺人事件本陣殺人事件

「内藤武敏」                            「下条正巳」


「日和警部」

本陣殺人事件本陣殺人事件

「長門勇」                             「ハナ肇」


「金田一耕助」

本陣殺人事件本陣殺人事件

「77年版」                             「83年版」




こうして比較し 実際に双方の映像を観てみると 正直に言って、83年版の方がキャスティングが良いように思える。


潔癖感の強い賢蔵…という意味では佐藤慶も悪くないのだが、年齢がちと高すぎる様な感がし、西岡徳馬は 最近の彼の雰囲気とは全然違い、むしろガレッジ・セールのゴリを思い浮かべて頂ければ

本陣殺人事件

この映像の姿に物凄く近く映ったのが意外だったのだけど それがなかなか良い味を出している様に思えた。^^


で、原作を読むと判るのだが この「本陣殺人事件」では 鈴子という少女が物凄く重要な位置にあるのだが、77年版の「西崎みどり」より83年版の「牛原千恵」の方が遙かに良い。


三郎役の荻島真一と本田博太郎に関して言えば 本田の性格俳優的部分は認めるけど、これに関しては 妙に泥々した感じが強調される感が強く ここだけは荻島の堅苦しさの方が合っていた様に思える。


母親は どちらも甲乙、付けがたい。^^;

ただ、83年版では 母親に余計な設定が付加されていて、その設定にはスッキリしないというか 余計なウザさを感じたのだが、それはあくまでも女優とは関係の無い事なので割愛する。^^;


新婦の克子は 山本みどりの圧勝と言いたい。


出演場面や台詞、カット割りの関係もあるのだろうけど、山本みどりの方が可愛らしく、惨殺された後に久保銀造が嘆く様に感情移入しやすく良好だった。


さて、先にも述べたように77年版と83年版の双方は どちらも同じ脚本家の手によるモノで 脚本の基本プロットは ほぼ同じと言い切れる。


77年版は1時間枠x全3話の計142分 それに対して87年版は2時間枠94分の尺である分 密度や濃さが違う筈なんだけど 何故か、見比べても そんなに差異を感じない。


興味深いのは


本陣殺人事件本陣殺人事件

「77年版」                             「83年版」


どちらもラストの情景が同じで ほぼ同じ台詞回しなのである。


金田一

「あれ? 今、琴の音が聞こえませんでしたか?」


久保

「? 風の音じゃないか?」


叙情的で 良いラストだとは思うが、後年になって 私の様に見比べるマニアが現れる事を この制作者達は考えなかったのかな?^^


もし、83年版の制作者達が 77年版の出来が良かった… もしくは、改善したい部分があった…という理由で 77年版のモチーフをそのまま利用して作ったのであれば(そうとしか思えないのだが^^;) であれば、率直に言って それは重要な部分が成功したとは思えない。


と言うのは 83年版の金田一が 以前に比べて小ざっぱりして、ふっくらとし、栄養状態が遥かに良好に映るのが 非常に、イタダケナイのである。^^;


金田一は 少しぐらい無精な姿が似合うのである。


惜しむらくは 77年版の古谷一行の容貌で 83年版のキャスティングだったら…とでも言うのかなぁ… ただ、中尾彬のATG映画版「本陣殺人事件」よりは はるかに原作に忠実で良いと思いましたよ 77年版も、そして83年版もね。



お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

これまでもずっとそうでしたが、ブタネコさんの横溝正史への敬慕の情がしみじみ感じられて嬉しかったです。
拝読するたび、うんうん、そうそう、やっぱりブタネコさんはわかっていらっしゃるなあ、心強いなあと思います(^^)
赤川、山村、内田、西村評、お見事。私もそれぞれ少なくとも一冊は読んでいるので、うまいこと言うなあと微笑いながら感心しました。

差別表現うんぬんについては時代の趨勢、ミステリ・ファンならよく解っていることです。
文庫本の最後に、今日の人権擁護の見地に照らしてとか、作品発表当時の時代的背景と文学性を考え合わせてとか、著作権継承者の了解を得た上で等々、そういったお断りが載っていることもよく知られています。
私はどこまでも原作の表現を尊重する者として、作品紹介の際にその言葉でしか表せないものがあればそのままお使いになってちっとも構わないと考えます。

77年版と83年版の比較、興味深く拝読・拝見しました。こうして観ると本当に面白いですね。貴重な画像をありがとうございました。
脚本の基本的なプロットがほとんど同じで、ラストの情景とセリフ回しもほぼ同じというのは、細かいところにどうしても撮り直したい部分やシーン・セリフなどがあったのかもしれませんね。

高峰三枝子は貫禄ありますね。古谷一行はやっぱり若いときのほうがいいかな。金田一は貧相かつ身だしなみには無頓着な青年のハズですから(笑)
それにつけても「日和警部」というのは確かに受け入れがたいですなあ。

★ HAZUKI さん

私が推理小説が好きだと聞くと、「いやぁ~私も西村京太郎にハマってまして」とか「内田康夫が書いた場所に行きたくなるんですよ」等と話すアホが多くて困ります。^^;

「時刻表案内や 観光地ガイドと 天下の横溝を一緒にすんな!!」

何度、そう怒鳴った事か…^^;


>差別表現

これの拡大解釈のおかげで 最高傑作である「獄門島」を貶したり、誤解する輩が多いのが非常に残念。

石坂金田一の「獄門島」をTV放映した際に 和尚の例の台詞の時に「ピー」が入った事があります。

思わず、TV画面に灰皿を投げつけそうになりました^^;

ギリシャのアポロ像に わいせつ物陳列と称してフンドシ履かせる様なもんですよね?


77年版と83年版 よくみると婚礼シーンの金屏風 同じモノ使ってるんですね^^;

83年版の制作の際に

>細かいところにどうしても撮り直したい部分やシーン・セリフなどがあったのかもしれませんね。

私も そう思いたいんですが、どうも その部分が汲み取れませんでした。^^;

キャスティングが良くなったと思える部分で83年版の方が良いかなぁ… とも思えるんですけど 77年版の方は尺が長いぶん 3本指の男に関するシーンが濃いんです。

だから、どっちもどっちなんですよねぇ…^^;


で、最後に金田一なんですけど… HAZUKIさんには釈迦に説法ですが^^; 本陣殺人事件は 実は戦前の 昭和12年か14年の頃の設定で 金田一耕助は作品の中で最も若い時期(獄門島や悪魔の手毬唄は戦後の話ですからね) ゆえに、ここで中年金田一ってのはね… 少しなりとも考慮があれば気にならないんですけどね^^;

しかし…、そう考えると、先日の「犬神家の一族」のリメイクの際に 今の石坂浩二に「本陣…」を願った私は矛盾してますね^^;
 

>「時刻表案内や 観光地ガイドと 天下の横溝を一緒にすんな!!」
 ああ、嬉しかった、頼もしかったです、ブタネコさん!
まったくです。ブタネコさんが言ってくれると重みも違います。横溝正史もなんて幸せな推理作家でしょう。ご本人、『真説 金田一耕助』で曰く、
「私は推理作家と呼ばれるほど高級な作家ではないので、みずから探偵作家と称しているのだが」
この歯ぎしりしたくなるような奥ゆかしさ。こんな横溝だから好きなんですが、ファンにすればまさに天下の横溝正史、格が違うのであります。

>石坂金田一の「獄門島」をTV放映した際に 和尚の例の台詞の時に「ピー」が入った事があります。
 これは知りませんでした。ちょっとショックでした。季語が違うから仕方がない、のところですよね?ほんと、頭にきますわね!あの和尚のセリフが肝心要だというのに!

>ギリシャのアポロ像に わいせつ物陳列と称してフンドシ履かせる様なもんですよね?
 まっくです。ブタネコさんてば微笑いたくなるほど たとえるのがうまいですね。芸術作品に理解を示さない、示すことのできない輩に言いたい。ヘルメスやダヴィテ像の下半身、ミロのヴィーナスの胸に布を巻けるとお思いか。

差別表現への配慮もわかります。わかりますが・・・それとこれとは別だろと言いたいです。なんで そこのところがわかってもらえないのでしょう。ミステリ・ファンのわがままですか?どうしてこんなに窮屈になってしまったのでしょう。
言葉って本当に難しい。
自分ではまったくそんなつもりはなくても誰かを傷つけてしまうということはあるでしょう。だから慎重になる。ならざるを得ない。それはわかります。
しかし横溝や乱歩が生きた時代の表現を今に継承できないのなら彼らの作品の良さ そのものも後世には伝わらなくなってしまうのではないかという危惧を覚えます。
これは非常にデリケートかつ難しい問題で、軽々に論じることのできる話題ではないということは重々承知しておりますが、原作を尊重する一ファンとして、考えずにはいられません。
言葉は生き物ということを思うとき、時代変遷の波や流れに洗われることも致し方ないとは思いますが、しかしそれによってその時代時代を生きた作家の文章表現が抹殺されることはあってはならないと愚考する次第です。

77年版83年版、甲乙つけがたいというところ、ブタネコさんのお言葉ですから説得力あります。
金田一デビュー作の「本陣」に中年金田一というのは・・・というのもよくわかります。

>しかし…、そう考えると、先日の「犬神家の一族」のリメイクの際に 今の石坂浩二に「本陣…」を願った私は矛盾してますね^^;
 見た目では老けすぎという印象は免れなかったかもしれません。しかし大切なのは役者が身にまとう雰囲気です。
金田一耕助という探偵に生命を吹き込んでくれたのは石坂です。洋装の金田一を蹴散らしてくれたのは彼です。あのモッサリ感は年を取っても健在ではないかと思います。
確かに年は隠せない。しかし彼なら年齢をカバーするだけのプラスアルファを出してくれるのではないかと、今度の「犬神家」でもそこのところに期待したいと思っている私です。

★ HAZUKI さん


>「私は推理作家と呼ばれるほど高級な作家ではないので、みずから探偵作家と称しているのだが」


そう、だからこそ ファンは「探偵小説が好き」と言うんですよね^^


>差別表現への配慮


そう、大事な事だとは判るのだけど神経質になる方向が間違ってます。

筒井康隆が 一時期、断筆宣言したのも これが原因でしたしね^^;


フンドシ締めたダビデ像や ブラジャーつけたヴィーナスなんて… 想像したら一回は見てみたいなかな…^^;(失敬)


>金田一耕助という探偵に生命を吹き込んでくれたのは石坂です。洋装の金田一を蹴散らしてくれたのは彼です。あのモッサリ感は年を取っても健在ではないかと思います。
>確かに年は隠せない。しかし彼なら年齢をカバーするだけのプラスアルファを出してくれるのではないかと、今度の「犬神家」でもそこのところに期待したいと思っている私です。


石坂なら許せるけど それ以外の金田一なら許せない… 同じ様に 市川崑なら許すけど それ以外の監督なら許せない…

ここが重要な事なんですよね。^^;

で、その答えは まさに


>金田一耕助という探偵に生命を吹き込んでくれたのは石坂です。洋装の金田一を蹴散らしてくれたのは彼です。


そこなんです。^^


「犬神家の一族」で スクリーンに現れた石坂金田一は お釜帽によれよれの着物、くしゃくしゃの頭で ちびた下駄を履いていた… たったそれだけの事なのにファンは あまりの嬉しさに泣いたんです。

その時の感動を与えてくれた 市川や石坂だから 多少のことは笑って許せる… 少なくとも私は そう思う次第です。

ブタネコさん、こんばんは。

金田一耕介シリーズ、高校生の時に夢中になって読みました。
中でも一番好きだったのは「本陣殺人事件」でした。
ドラマでも77年版はリアルタイムで見ていました。
「荻島真一」・・・懐かしくて思わず胸がキュンとなりました。
ニヒルな感じと声が、たまらなく好きな俳優さんでした。

ほんとうに今年の暑さは異常でしたね。
くれぐれもご自愛くださいますように。

★ hamako さん

>中でも一番好きだったのは「本陣殺人事件」でした。

ほぅ、通な御意見ですね

個人的には故・市川崑監督に この「本陣殺人事件」こそ一番映画化して欲しかったと私は思っているぐらい 好きな作品です。

そう言えば、古谷一行のシリーズでは 等々力警部役を「ハナ肇」が演じていたんだけど、「ハナ肇」が亡くなったあと 河合警部という役名で「谷啓」が引き継いだんだなぁ…


 初めまして。子供のころに祖母の家で怖いもの見たさで見ていたシリーズでした。詳しい解説、堪能しました。
連続ドラマ版か2時間版かどちらか忘れましたが,事件が終わり,去っていく金田一と鈴子のやり取りが印象的です。「あの子もそう長くは生きられない・・・」という警部の言葉と,金田一のやるせない表情が印象的です。名家が「滅ぶ」という象徴しての鈴子…そういう風に僕は理解していました。
 管理人様が仰るように,警部の名前を変えているのが頂けません。ホームズ・シリーズのレストレーブ警部やグレグソン警部の名前を変えるのと同じくらい原作に対する非礼だと思います。
 本陣殺人事件は,トリックをどうしてもこの目で見たい作品でした。
 ほかの作品の解説も愉しませてもらっております。
 ありがとうございます。

★ TAK さん

こちらこそはじめまして コメントありがとうございます。^^

>「あの子もそう長くは生きられない・・・」

勘違いの様な気もしつつ朧気な記憶で申し上げれば83年版の方だった様に思います

牛原千恵の儚さと相俟っていた印象があるもので…

今後も宜しくお願いします

 

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