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2006年02月22日

● Ns’あおい 第7-11話


Ns’あおい 第7-11話について語ってみた。



● Ns’あおい 第7話を ちゃんと見た。(2005年2月22日 記)



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以上、報告終わり!!



● Ns’あおい 第8話を ちゃんと見た。(2005年3月2日 記)



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おかしいなぁ… 今日は水曜日で しかも、PM10時過ぎなのに…

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で、よくよく新聞のラ・テ欄を確認したら


『水10!ワンナイR&R』という番組で サブタイトルが


「ナースあおいでコブクロキが熱唱!!骨折!?涙のゴリエ杯」


という番組でした。^^;

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でも、あおいちゃんも 師長も出てる…

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しかも、こっちの方が面白い。(ToT)


で、あらためて よ~く 考えたら、昨日(火曜日)のPM9時に

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Ns’あおい 第8話を ちゃんと見てました。


けど、内容は…



覚えてません!!!



● Ns’あおい 第9話を 見たよ… ええ、見ましたとも。(2005年3月8日 記)



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ちゃんとね、ちゃんと見ましたよ。^^


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あおいちゃん 相変わらずだし…


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つい先日、「女王蜂」で 懐かしい「片平なぎさ」見ただけに… orz




満足です。 … orz



● Ns’あおい 第10話を見た。(2005年3月15日 記)



今回は ラスト間近なんで、ちと真面目な事を語ろうと思う。^^;



正直言って、このドラマは 私の場合、「石原さとみ」が出てなければ今回まで見続けないし 毎週、たとえ数行の記事とはいえ書き続けたりしない。^^;


たぶん、原作のマンガは それなりに面白いのだろうし、病院の裏側におけるいろんな問題点を指摘して世に問う物語なのでもあろう。


このTV版の「Ns’あおい」の制作者達も ただ単に人気のある漫画だから映像化すれば そんなに大外れしないだろう…なんてフザケタ意図では無く、原作の持つ魅力を映像化しようとしたんだと好意的に解釈して 以下に、私見を述べる。




まず、医師と看護士、看護助手の違い 救急車と搬送車の違い… そんな部分を一般人に知らしめる…という部分は それなりに成功したんだろう…とは思う。


しかし、利益追求型や権力志向型の医師(西村)を悪役に描く事により 医師全般に対する懐疑的な考えを視聴者に与えすぎている事は反省すべきだと思う。


たしかに、医師には 人間性がどうしようも無い程、腐っている輩は実在する。


私は 私の主治医であり、中学からの悪友である一人の医師(通称:二代目開業医)を知っており、彼は本妻の他に愛人を2名も養い 出入りの業者には可能な限りたかりまくる悪辣な人物ではある。


だから、私は このブログ内のいろんな記事で 彼の悪行を書き連ね、話のネタに使ってきた。


けどね、私の場合 私を知る人が10人いたら そのうち5人は


「ブタネコなんかロクでもない野郎だ」


と言って嫌い、罵るけれど この二代目開業医の場合 彼を罵るのは出入り業者と我々友人達ぐらいで 彼の病院に通う患者さんや、彼の病院で働くスタッフは 絶対と言っていいぐらい彼を悪く言わない。


それは、二代目開業医の医師としての技術が優れているから…というわけでは無い。


言動だって 私と似て知らない人が聞いたら「よく平気でそんな事を言うな」って言葉をポンポンと放つ。


例えば、彼の病院の最も特異な点は


癌などの場合の余命告知に関して おそらく他の病院や医師達と比較しても類を見ないほど高い告知率だと思う。


つまり、確率的に治療で助ける可能性が低ければ低いほど 患者にもよるけれど早めに告知し、病状を細かく説明した上で 治療方法の選択肢を示し、その病気の専門医で 二代目よりも上の技量を持つ医師、病院があれば転院の選択肢も示す。


よく、ドラマで見かける医師が学閥やプライドなど面子にこだわる…というケースがあるが 彼にはそれが全く無い。


しかも、長い期間通って顔見知りの患者達であれば 殊更、ざっくばらんに


「オマエ癌だわ 肺に小さいのがある。」


と、あたかも


「風邪ですね お薬三日分出しときますね」


みたいなノリで言うし、散歩がてらに立ち寄れば お茶代わりに点滴打たれて お土産がわりに大量の湿布や肩こり用の軟膏チューブや胃薬などをふんだんに渡す。


普通だったら、患者達は「あの藪医者 くすりばかり大量に出して保険稼ぎしやがって」と怒るのだが、通い慣れた患者達は皆怒らない。


と言うのは、入院した経験のある人なら御存じと思うが 大抵の病院の場合、入院するとテレビのレンタル、入院着の使用料…等々 挙げていったらキリが無い程小銭がかかる。


ところが、二代目の病院では そういったものは全部タダ。


だから、以前、別の病院で入院の経験がある患者は「え?タダなんですか?」と聞く者までいるが そう言う場合、院長である二代目は


「そのぶん 普段の通院の時に多めに薬出して稼がせて頂いてますから ガッハッハッハ」


と、笑い飛ばす。


要するに、普段の薬で保険点数で稼いでいるぶん 還元するところには還元してるのである。


ゆえに、夜中でも電話一本かければ 嫌な顔せずに当直医が診察してくれるし、昔からの血液検査などのデータを保管してるから 検査も早くて精度も高い。


けどね、人によっては そんな二代目の姿に医師としてあるまじき行為だ…と怒る人も時にはいる。


どんな人だって 人が仮に100人いれば 100人全部と仲良くなれる人なんかいない。


最低でも一人や二人は どうやっても仲良くなれない奴はいる。


ましてや、医師なんて職業はモラルや倫理観を要求されるから アクが強ければ それだけ反感も買う。


私が思うに 重要な事は医師や病院にモラルを問うのも大事だが、患者や家族も 少しは知識や節度が必要だ…と。


山崎豊子が「白い巨塔」という本を書いた頃から 医療裁判はずっと右肩上がりに増加している。


手術の最中に医者が酔っぱらってました…とか、閉腹する際に患者の体内に手術道具を入れたまま縫い合わせちゃいました…なんてのは言語道断として大いに責められるべきだが、最近の事例では 治療法の選択肢が複数ありながら、それぞれに治療期間や延命率や余命の長さが異なる等のケースにおいて 医師がどんなに丁寧に患者や家族に説明して得た判断でも 予測不能な事態で患者が死亡すると なんでもかんでも医師の責任を追及する… 言い方は悪いが「賠償金目立て」の医事紛争が増えている。


どこまでが「賠償責任」の範疇で どこからが「金目当て」なのかを分ける境界線は医療業務の中では 極めて複雑である。


だから、医師免許を持たない者が医師行為をはたらくのは禁ずる…という原則により、「Ns’あおい」で描かれる看護師が「挿管」や「肺穿子」を行うのは違法行為となるわけだが…


以前、『カルネアデスの板』という記事で述べた事の 変形思考が問われるべき内容だと思う。


たとえば、貴方がなんらかの病気、もしくは事故に遭遇し生死の境を彷徨ったとする。


その時に 貴方の傍には医師がおらず、付近には病院どころか人通りすら無い山の中や海辺で、かろうじて最低限の治療道具らしきものと看護師が一人いる。


救急車を呼ぶにしても それまでに死亡する可能性が高い…


そういう状況に置かれた時、医師で無い者が貴方に対して医師行為を行う事を咎められますか?


その結果、死には至らずに済んだけど、なんらかの後遺障害が残ってしまった場合、その治療行為をした人を恨みますか?


なんでも無い、平穏な状況で そう問われると、大抵の人が「それで助かったんなら仕方無いよね」と簡単に言う。


でも、実際に そういう状況を経て尚、死亡してしまった場合 遺族の中には助けようとした人にさえ「半端な知識で余計な真似をした」と怒る人が現れる。


「後遺障害」も「死亡」と同様に 「余計な事をしなければ後遺症に悩まずに済んだ」と口にする人がいる。


要するに「生存した」という結果を単純に喜ぶか、結果に対して 誰かになんらかの責任を問うとするか… 時と場合と状況によるのではあるけれど思考は変わる。


で、これが裁判となった時 その事案を計る「物差し」はあくまでも法律論であり、多くの場合が情状を酌量されつつも「不法行為」として 助けた側が責を問われるのである。


例えば、同じ国家資格を持った「医師」でも 成って間もないヒヨっ子の医者と、救命の前線で10年以上働いてきた医師とでは技量は雲泥の差がある。


しかし、法律の上では どちらも同じ「医師」としての資格を認められるだけで 法律の上では技量や経験値は「情状」という意味合いにしか含まれない。


しかも、そういう現場の人間に言わせると 最前線で何年も経験を積んだ看護師の方が実際には成り立ての医師よりも遥かに技量も経験も そして知識も持ち合わせていたりするのが現実だと。




さて、「Ns’あおい」の制作者が どの辺まで意図していたのか判らないが、放映開始当初「あおいが転勤させられたキッカケの大問題」について これまで述べた様な背景があるという事を考慮した場合、実に陳腐に描かれてしまったと言わざるを得ない。


これが、同局の「救命病棟24時」の様なタッチで視聴者に何かを真剣に考えさせる物だとすれば理解出来るのだが、どうも見た感じでは単なるイベント的扱いにしか感じない。


だから、放映後数回目にして 私は「石原さとみのPV」と判断し、内容に触れるのを止めた次第である。


だから、もし制作者側が これで真剣に医療の実態を世に問う…なんて考えで作っていたのだとすれば CXのドラマもドンドン落ち目だな…と 鼻で笑う次第である。




あ、そうそう 余談だが…


ある、「深田恭子のファン」という方から「17年目のパパへ」というドラマを語った際に 私の記述が深キョンを誹謗したの許せない…という内容のメールを頂戴した。^^;

その中で、「具体的に石原を女優と認めながら 深田を認められないと語る理由を述べよ」という内容があったのだが、今日 この「Ns’あおい」を見ていて思ったんだけど 状況にもよるし、けっして毎回では無いけれど、石原が泣く場面では思わず貰い泣きしそうになる事がある。


それは この「Ns’あおい」に限らず「H2」や「ウォーターボーイズ」でもだ。


しかし、深田の泣きの演技で 私は貰い泣きしそうになったシーンというのが どうにも思い出す事が出来ない。


深田が泣いてるシーンは何度も見たよ、でも、貰い泣き…って無いんだな 私は。


だから、少なくても その差だけで充分に理由になると私は思う。


女優なら 貰い泣きの一つも誘ってくれなきゃね。^^;
 


● Ns’あおい 最終回(11話)を見た。(2005年3月22日 記)




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前回の『Ns’あおい 第10話』で 堅めの小言は言わせて貰ってスッキリしたから そういった部分はさておき…^^;


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また、しばらく「石原砂漠」の日々を過ごすかと思うと 寂しくはある。


願わくば、次回作は 今回の様な中途半端なドラマじゃなくて、底抜けなコメディである事を個人的に願ってやまない。


ただ…、今回 この最終回を見て嫌な予感に襲われたのだが…


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それは この上のシーンで…


「石原さとみ」と映っているのは かの「片平なぎさ」である。


同じ事務所の先輩と後輩なわけだが…


背景が「断崖絶壁」で その先が「海」では無いけれど、


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(上記画像は『女王蜂(古谷版)』より)


そう、「片平なぎさ」が今日の2時間ワイドの女王と呼ばれるキッカケになったんじゃないか?と思われる場面に 似た雰囲気を感じるんだな…^^;


つまり、「石原さとみ」が その道に進み始めるのか? 私の脳裏に そんな疑念が過ぎる。^^;


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こんな深刻な表情ばかりを見たく無いんだな 私としては。^^;


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こういう表情を眺めていたいわけです。


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こんな場面を見ると なんとなく「石原さとみ」のスーツ姿を初めて見た様な気がして、なんか新入社員の入社式みたいな時節柄を感じるが…^^;


最終回を見終わって つくづく残念に思うのは


せっかくの「石原さとみ」のナース姿なのに…




ナースキャップの姿が一度も無かった



まさに、画龍点睛を欠くとは この事である。


このドラマのPもDも 真のコスプレ道を判ってないな…(怒)


だから、このドラマ 駄目なんだよ。




お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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