● 井上陽水
タンクさんから御題を頂戴したので 井上陽水について語ってみる。
井上陽水で、まず思い出すのは私の学生時代。
当時、「陽水派」と「吉田拓郎」派みたいな対立構造があり、若干の「アリス」派という少数グループがいた。
そんな中で私は実のところ「荒井由実」派だったのだが^^; 「どっち?」と言われれば「陽水」の方に好きな曲が多かった。
で、当時 私の周辺だけだったのかもしれないけど 何故か「体育会系」の部活人間は「陽水派」が多く 「拓郎派」の主力は文化部系の人間が多かった事で、その理由はいまだに判らないけど ずっと奇妙に感じていた。
当時の陽水は「氷の世界」「二色の独楽」等のLPアルバムに納められてシングルカットされなかった曲にも 沢山、良い曲があって シングルよりもLPを持ってる友人が多かったのも記憶にある。
中でも私が 特に好きだった曲は「陽水II センチメンタル」に入っていた「能古島の片想い」という曲と 大ヒットした「心もよう」のB面の「帰れない二人」という曲で、この曲は作詞・作曲に 忌野清志郎が協力していたもの。
1977年頃だったと思うのだが、陽水が大麻で逮捕され その後、しばらく陽水の曲を耳にする機会が無くなったのだが、再び 陽水を聞くようになったのは1984年に発売された「9.5カラット」というアルバムである。
で、この「9.5カラット」には思い出がある。
それは、この曲が出たのと同じタイミングで 時代はCDデッキの登場を迎えたのだ。
今では当たり前どころか MDに追いやられつつあるCDが世に出回り始めたのが 調度、その頃で ステレオのコンポーネントに組み込むCDデッキが10数万円という価格だった。
同じ頃、映像の方でもLHD(レーザーディスク)とVHD(ビデオディスク)という2方式が ビデオのベータ方式とVHS方式のように二極化して販売され そのどれもがまだまだ高価で どれを買おうか…迷いっぱなしの時期でもあった。
で、ある時 当時、東京にいた私は秋葉原の電気街を散策している時に とある電気店でヤリ手の販売員にキャッチされ ちょうどグチャグチャに迷っていた私に
「お客さん CDデッキだよ これが買いだよ」
と、トドメを刺したのが 試聴で聴いた「9.5カラット」に入っていた「いっそセレナーデ」だったのだ。
この曲をCDで しかもちょっと高価なヘッドホンで試聴した時の驚きは今でも忘れない。
ジャズやクラシックを聴く時に 昔ながらのLPの音の味わいを否定するつもりは無いが、最初からCDで聴く事を前提として録音された音源の素晴らしさも やはり否定できないのだという事を その時、身をもって知ったのだ。
その後の井上陽水については 私如きが語るべきでは無いと思うので割愛するが…
井上陽水としての初期の頃の音楽を 最近の井上陽水が あるトーク番組に出演した際に陽水本人としては「納得のいった曲が無い」といったコメントを発してるのを目にして 物凄く寂しく思ったものだった。
だって、私の年代の友人達には「人生が二度あれば」「傘がない」「夢の中へ」「闇夜の国から」あたりを聴くと 昔を思い出して遠くを見つめる奴が何人もいるのだ。
それだけの影響を与えた曲を 作った本人が否定する…というのは「寂しい」としか言いようが無い。
【管理人注記 2月18日】
この記事を取り上げて下さった『岡田昇の研究室』さんの
『井上陽水『クラムチャウダー』』という記事に 深く、心より感謝申し上げます。^^


