● トラ・トラ・トラ 追記
HAZUKIさんから頂戴したコメントを拝読して「アッ!!」と思った。
なので、HAZUKIさんへのレスも含めて 追加記事を記そうと思う。
まず、冒頭で述べなければならないのは この「トラ・トラ・トラ」って日米合作映画でもあり、真珠湾攻撃に関する史実への解釈や日米の国民性の違いもある…という事で 日本国内での上映版と アメリカでの劇場公開版と 元々、二つ存在する。
と言っても、内容が完全に違う訳ではなく大半の部分が共通なのだが 互いにいくつかのシーンがカットされているだけなのだが…
そして、後にビデオ販売される時に再編集されたものと つい、先年DVD化される際に また再編集されたものも 微妙にシーンが削られたり増やされており、米国で販売されていたDVDが日本に廉価版として輸入販売されたり…
というわけで、大手のレンタルを見ると パッケージの微妙に違う「トラ・トラ・トラ」が並んで置いてあったりする理由は その辺にある。
で、そんな中で バージョンによりあったり無かったりする代表的なシーンは以下の二つ
これは 開戦決定直前に 天皇陛下のもとへ参内に登る山本五十六のシーン。
それと
これはハワイ沖へと向かう機動部隊の艦内で食事を作りながら古参兵の渥美が新兵の松山に日付変更線と時差について語るシーン
この二つは少なくとも アメリカ上映版でカットされている。
また、この映画の初めの方は
と言う風に、開戦に至る直前の日本とアメリカの違いも描いているが、この作品が制作・公開された当時 まだ、真珠湾攻撃も含めて 太平洋戦争が生じる方向へとルーズベルトを初めとする陰謀についての論議が盛んでは無い頃だった事もあり、史実として そのまま受け止めるのには ちと微妙な描写がいくつかある。
しかしながら、真珠湾攻撃時の米太平洋艦隊司令長官キンメルは この映画の封切り当時は「無能だった」という評価が一般だったのに対し
開戦前のキンメルの姿や
攻撃直後の姿の描写は 当時としてはセンセーショナルであり、実際では キンメル本人は真珠湾で大損害を受けた責任を追及され降格の後、左遷されたのだが、戦後 いろんな事実が判明すると同時に 地位と名誉の復活を賭けて裁判で戦い続ける事になり、それはキンメル自身は数年前に他界したけれども、今も尚 子息など遺族が戦い続けている。
なので、私は前回の記事で
色々と言う人はいるけれど、私は「トラ・トラ・トラ」という映画は 単にハワイの米軍施設が日本軍に破壊されるシーンだけの映画だと思っている。
と、述べたのだと御理解頂けるとありがたい。
さて、この作品で最もコミカルに描かれているシーンとして有名な
というシーンについて 職業的軍事オタクの私の義弟が 昔、私と一緒に この映画を観た時に語ったことを記しておきたい。
これは 軍楽隊が米国国歌を吹奏しながら国旗掲揚を行っている最中に 日本軍機の編隊が襲撃を開始したため 演奏のテンポがどんどん早くなり 最後のシンバルと同時に至近弾が落下する…という描写のため いたって滑稽で ついクスッとしてしまうシーンなのだが… 我が義弟に言わせると このシーンには重要な意味がある
それは、日本政府からの「宣戦布告」が行われる予定だったワシントンの東部時間午後1時とは ハワイでは午前8時 つまり、軍では朝の国旗掲揚の時刻にあたる。
で、通常の場合 国旗掲揚は時報と同時に国歌が吹奏されるので このシーンでは8時の時報の直後を示しており、日本軍の攻撃開始は 当初、日本政府の指示した時刻を ほぼ正確に守っていた事を示している。
ただし、日本政府からの通達を野村・来栖両大使が米政府に渡したのは公文書では午後2時前後となっており これが、事前通告無しの攻撃…と後々に言われる所以なのだが、一般人にはコミカルに映るシーンであっても、このシーンには「政府はともかく、軍はフライングしたんじゃ無い、むしろ命令を正確に遵守したんだ」という無言の意地が示されている…と 私の義弟は指摘する。
さて、HAZUKIさん御指摘のシーンだが…
アメリカ海軍省のタイプ音が響き渡る情報部の室内
大事な情報を大統領に伝えてもらおうと奥さんの運転する車で奔走するアメリカ人
女たちが手を振って見上げるシーン
それから、前記事にコメントを頂戴したラヴァさんお奨めのシーン
と言うわけで、今回の補記を終える事にする^^
