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2006年02月10日の記事

● リング(TV版)


今更ながら、原作者:鈴木光司の『リング』について語ってみる。




何故、真冬のこの時期に「ホラー」を?と 尋ねられても、理由は無い。


強いて言えば、


「そこにビデオがあったから、ほら、御覧」

(”ほら”が”ホラー”にかかってるのは 放置の方向で…^^;)




「リング」と聞いた瞬間に、白い服を着て 顔をスッポリと隠した長い髪の痩せこけた女が這いずり回って…を思い浮かべた方 はい、御苦労様でした。^^;


たいていの人が知ってる その貞子は1998年に公開された映画版の「リング」で 松嶋菜々子が主演のもの。


私が語りたいのは 映画版では無く、テレビ版で…と言ったら


「あぁ、柳葉敏郎や長瀬智也が出演してたやつね…」


と思った方、ハイ お疲れさまでした。^^


私が語りたいのは そんなTVや映画よりも3年も前の1995年に制作されて放映された

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2時間物のTVドラマ「リング」である。


主人公の新聞記者は

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高橋克典


超能力研究家の風変わりな学者には

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原田芳雄


本当の意味での主人公、山村貞子は

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三浦綺音


という配役で制作され、物語は ほぼ原作のそのままに描かれた。


でね、今回 何故、この高橋版「リング」を取り上げたかと言うと この高橋版を見た人達の多くが 後の松嶋版や柳葉版 それにハリウッド版と比べても 


「一番、怖かった」


と、評する人が多いからなのである。


おそらく、基本的には 最も最初に見た映像だから…というのが 実質、最大の理由だとは思う。


けれども、私は その理由の他に もうひとつ理由があると思っており、それは最初の高橋版では、実にツボを突く部分にだけ


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「うわっ」という恐怖を与える ピンポイントな演出が実に効果的で、映画版以降用いられる 貞子の目や 這いずり回る動きにより視聴者の恐怖を呼ぼうとする演出が 妙に過剰に感じるのである。


実際、私もオンタイムで高橋版を見た一人だが、2時間 画面に吸い込まれるように見続け、見終わった時には 怖さに耐え続けたせいか物凄い疲労感に襲われたのだが、それは見疲れするほどつまらなかったのでは無く、むしろ 我を忘れて食い入ってしまった疲労なのである。



今回、久しぶりに再見したのだが…


物語の冒頭で死亡する4人の男女


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そして4人目が

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ほんの10年前の グラビアアイドル・ピーク時の「雛形あきこ」 今の老けぶりがあらためてよく判る。^^;


このビデオは レンタル屋でも置いてる店が非常に少ないそうで この高橋版が有る事じたいも知らずに「リング」を語る方が多いそうだが、もし 語るのならば、まずはこれを見てからにするべきだと私は思う。



● トリノ・オリンピックが開幕


いよいよトリノ・オリンピックが開幕する。




私はオリンピックの表彰台で 日本選手が金メダルを取り、君が代が流れる中を スルスルと日の丸が上がっていく様を眺めながら 共に君が代を歌い涙するのが大好きなのだ。


思えば、一昨年の夏 嫁や娘がTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」で涙するのを 当時、「世界の…」を見る気の無かった私が


「日本人ならオリンピックの日の丸と君が代で泣け」


そう言い捨てたばかりに 食事のオカズが一品減らされたのだ。(ToT)


今回も前評判的に期待の集まる選手が何人かいるが「応援取材」と称して 逆にプレッシャーをかけて足を引っ張っているんじゃないか?と思えるレポーターの画面に登場する機会が増えているが、「真の応援なら そっと静かに見守ってやれ」 そう思う私である。


さて、今回も多くの日本選手が登場するが 私が最も注目し、是非、勝って欲しいと願っているのはカーリングの女子である。


主力選手3人の出身地、常呂町は恵まれない財政の中 カーリング専門の施設を建設し、街ぐるみでカーリングを楽しむところでもある。


今回の自治体合併の波に呑まれ 間もなく、常呂町は北見市となる。


その「常呂町」としての最後を飾るべく町民の選手にかかる期待は大であり、選手自身もその事を知っている。


第三者ながら私は そんな彼女達や町民に ひと華を是非飾って貰いたいと願うのだ。


もし、彼女達が金に輝き、それで上がる日の丸、流れる君が代なら 格別の涙を私は流すだろう。


是非、そうなる事を強く願うばかりである。



● 白夜行 第5話


今回もまた、ある意味 賛否両論なんだろうなぁ…と、思った。^^;




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けどね、これまでは「及第点ぎりぎり~」と評したブタネコではあるが、今回にしてようやく「へぇ~」と感心する事と「え?」と明らかに疑問に思う点とがあったのだが、総体的には 今後の展開に余程の大ズッコケが無ければ この作品は実に面白い物になるかもしれない…という予感が 今回の第5話を見て 初めてこの「白夜行」に対して沸いてきた。


まず、「へぇ~」と思ったのは


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先週のラストでは「もしや?」と思いつつも確信までは至らなかったのだが、今週冒頭の このシーンを見て


「ベッドで抱き合いはしたが、肝心なトコまでヤッてない」


そう確信した。


比較する意味では無いけれども、原作後半に亮司は「性機能障害」という風に描かれた部分がある。


それは 園村の事件をウヤムヤにする為に 亮司が死姦を行い、それがあたかもトラウマとなった…という理由付けを感じさせる描写と私は受け止めていたのだが、正直、その辺の原作描写に私は説得力を欠けた物を感じていたので、そうか… 父親が雪穂をイタズラする場面がトラウマになってか… そう思ったら「なるほど」と思った。


クダラナイ部分に思いを巡らす私を笑いたい者は笑えば良い。^^;


雪穂にしてみれば 誰にも知られたくない事、それを唯一 知ってる亮司なのに、それがトラウマで完全に愛し合う事が出来ない… こりゃ深いよ。


【管理人注記】
南東北方面から誤解を招くとクレームがつきそうだったので この部分、当初の記事より1行削除しました。


この辺の意味は チャラチャラした小僧には判らないだろうなぁ。^^;


だとすれば 以前、第4話のラストに関して


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この時に、ハイライトをプカッと一服して フーッと天井に吹き上げながら


「身体でイワしてやったぜ…」


って感じの不敵な笑みの一つも浮かべるんじゃないの?



と、私は述べたけど、イワせてないんだから プハーッと出来るわけ無いわな。^^;




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「雪穂が幸せじゃないと 俺が死んだ意味無いんだよ」

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そう、前回

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篠塚の車から雪穂が降り、その姿に雪穂が恋心を抱いていると察して亮司が涙を流すのは理解出来るけど その後の亮司の情けない仕草や台詞は 正直、私は馴染めなかったのは


「雪穂が幸せじゃないと 俺が死んだ意味無いんだよ」


という事を とっくの昔に亮司が自覚していて だからこそ、死亡を偽装したはずなのに…と 引っ掛かったからだ。


私が描いていた亮司像は「雪穂の幸せの為だけに黒子に徹する男」というイメージだっただけに「メソメソ・グズグズ」という姿は しっくりと来なかった…というのが 実は本音だ。


なので、前回と今回 わざとまたがる形に構成する意図は あまりにも作為的で冗長としか思えず、今回の中盤以降にある


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江利子への暴行を断る亮司の姿という部分は 正直に言って私としては黒子になり切れていない姿に映り納得のいくものでは無い。


しかしながら、


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「やっちゃってくんないかな」


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「え?」


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「その娘、藤村都子と同じ目に遭わせてくんないかな」


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「えぇっ? その子が襲われてどうなるの?

 篠塚が雪穂に転ぶって事じゃないよな?」


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「もう、篠塚なんてどうでも良い。 ただ…」


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「その子を不幸にして欲しいの」


この一連のシーンで見せる「綾瀬はるか」の表情に 一皮むけた女優を感じた。


頼みを聞き入れて貰えず、去るときに見せる一瞬の


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「そっか…」


という表情も 初めて見る表情で「へぇ… こんな顔が出来るのか」と素直に思った。


そして、その後の


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というシーンでの「綾瀬はるか」の表情に 先程よりも さらに、もう一皮むけた姿を見た思いがした。


本当は 明るくケラケラと笑う姿が見たい私なのだが、この一皮、二皮向けた姿にも これはこれで満足を覚える。


「綾瀬はるかを脱皮させる為に山田君を利用してる!」


こんな場面を見ると そう言って不満に思う山田孝之ファンもいるのだろうと想像する。


だって、所々

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こんな感じで 今まで見た事無い(ブタネコだけかもしれないが)山田孝之の演ずるキャラがあるのは認めるけれど、全体的に今のところそれは僅かで、1話から今回の5話までの亮司像の殆どは「世界の…」のサクや 電車男のキャラとそんなに大きく変わらないキャラ設定に見えてしまい


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新たな山田の演ずるキャラって感じが私には感じられず、残念ながら そういう意味で「一皮むけた」感がまだ無い様に思えるのだ。


これは山田孝之を批判するのでは無く、そういう設定を制作者が山田孝之に求めたから そうなっているだけの話で 現時点までの山田亮司に関して言えば 私は山田孝之は充分に制作側の意向に沿って応えた演技をしているのだと理解は出来る。

ゆえに、一皮むける演技を要求されているわけでは無い…という意味だと御理解願いたい。^^;


けども、これより後述する違和感は、私に限らず むしろ山田ファンの方々の方が強いのではないか?と思うので だとすればプロデューサーや脚本家や演出家に対する不満として 私は一理あるとも思う次第… 


綾瀬ヲタの一人として私は 綾瀬はるかの脱皮を素直に喜び、山田君にも感謝したいと思うのだが、同時に もっと違う、斬新な山田孝之の演技を見せてくれるよう制作者側に要求をしたいとも思うわけで…


今回の5話で「え?」と違和感を抱いたのは 先に述べた 最初に雪穂が亮司に江利子への暴行を依頼する


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「やっちゃってくんないかな」


というシーンに続く、雪穂の台詞を抜粋すると



「だって、篠塚さんが その子を選んだ理由って 

 ただ幸せに育って だから性格が良いってだけなんだよ

 そんな環境で育ってたらアタシだってそうなってるよ

 あんな親の子に生まれたのアタシのせいじゃ無いじゃない

 ホント幸せなんだよ 

 その子 思った事、思うように言えて

 しかも、それが凄く幸せな事だと思っても無いんだよ

 気付かないほど幸せなんだよ

 こんなの、どう考えたって不公平じゃない

 ねぇ? リョウだって そう思う事あるでしょ?」


それと、松浦が帰った後、ホテルの一室での雪穂が亮司に言った台詞のシーン


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「ねぇ? 帰ろう? 雪穂」


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「これ、見て」


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「見てよ」


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「ちゃんと見なさいよ アタシがされてきた事を」


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「リョウが知ってるのなんてね 序の口なんだからね」


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「アタシ、間違ってるんだよね?」


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「不公平だって思ってるのは 間違ってるんだよね?」


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「他人の幸せを壊してやろうと思ってるのは間違ってるんだよね?」


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「これ、笑えるようにならなきゃいけないんだよね?」


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「みんな、そうやって頑張ってるんだから

 アタシもそうやって頑張んなきゃイケナイんだよね?」


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「リョウはアタシに そう言ってるんだよね?」


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「言われたく無かった…

 リョウだけには 言われたく無かった!!」


この二つの長台詞は 雪穂の心情を明らかにする重要な台詞とは思うのだが、


3話のラストで 亮司が雪穂へ送った手紙の文面



「雪穂へ 

 俺ね、夢が見つかったよ 笑われるかもしれないけど、

 俺、レッド・バトラーみたいに生きてみようと思う。

 知恵を使って 世間を出し抜いて 金を儲けて 

 その金でアナタを思いっきり甘やかしたい

 たとえば、レッドがスカーレットにしたように

 逃げ延びるための馬車をあげたい

 悪趣味なほど大きな宝石をあげたい

 そして、いつかは安らかな夜と心浮き立つ朝をあげたい

 不公平なあの人があなたにくれなかったものを

 なんもかんもあげたい それが俺の夢

 実は この話にはオマケがあってさ

 俺、小さい頃 海賊になりたかったんだよ」

 バトラー船長は海賊みたいなもんだから

 幼い頃の夢を追えるなんて なかなか素敵な人生だと思わない?

 夢を叶える為に死ねるなんて

 とてもとても幸せな事だ思わないか?」



自分が死んだと偽って身を隠す事に決めた際の 亮司の決意が この文面だとしたら、先に挙げた二つの雪穂の長台詞を言われる様な 5話の亮司の人物設定は なんか違うんじゃないか?と 違和感なのである。


まぁ、人間は時に優柔不断、時に葛藤する生き物だから 当初の決意とは違う考えになったり行動する事はあり得る事ではあるから、いちいち目くじら立てる事か?と自問自答する私なので 今回はあえて批判ではなく「違和感」としておきたい。^^;


もっと具体的に言えば、3話の手紙の文面を思えば 4話以降の亮司は「メソメソ・グズグズ」キャラのままは違う様な気がする…という事。


誤解を得ぬように断っておくけど「原作の亮司像」という意味は一切含んでいないからね。


私としては 今後の話の展開に期待も込めて、6話以降に すこぶるダークで冷酷な亮司像が浮かぶように 今までの5話までは あえて「メソメソ・グズグズ」亮司像に演出的に抑えてきたんじゃないだろうか?と 今回までみて思うのね。
(そうじゃ無ければガッカリだが^^;)


というのは、今回のラストに 何気ない一言なんだけど「お?」と思った台詞があったからなのだが、それは


「今ならちゃんと判るんだけどな…」


という台詞。


国語の試験問題みたいで恐縮だが、この台詞の「今なら」とは いつの事?


で、ついでながら更に ふと、気になった。


「白夜行」のこれまでの1話から5話までって ラストが必ず亮司のナレーションで終わるのだ。


なので、ちと検証してみる事にした。


第1話のラスト


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「事件は時に埋もれ忘却の空へ… もう全てが終わったと思っていた。」


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「もう誰もが忘れたと思っていた頃だった。」


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第2話のラスト


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「なんの事は無い。 気が付くと俺は親父と同じ事をしていた。」


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「もし、判る奴がいるなら教えて欲しい

 どうして俺達、生まれてきたんでしょうか?

 何の為に生まれてきたんでしょうか?」


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「こんな事ばかり繰り返すためでしょうか?

 何の為にこれから生きていけばいいんでしょうか?」


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「だけど、いくら考えても答えなんか見つからなかったんだ」


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「見つからなかったんだ たったひとつしか…」


第3話のラスト


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「雪穂へ 

 俺ね、夢が見つかったよ 笑われるかもしれないけど、

 俺、レッド・バトラーみたいに生きてみようと思う」


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「知恵を使って 世間を出し抜いて 金を儲けて 

 その金でアナタを思いっきり甘やかしたい」


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「たとえば、レッドがスカーレットにしたように

 逃げ延びるための馬車をあげたい

 悪趣味なほど大きな宝石をあげたい」


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「そして、いつかは安らかな夜と心浮き立つ朝をあげたい

 不公平なあの人があなたにくれなかったものを

 なんもかんもあげたい それが俺の夢」


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「実は この話にはオマケがあってさ

 俺、小さい頃 海賊になりたかったんだよ」


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「バトラー船長は海賊みたいなもんだから

 幼い頃の夢を追えるなんて なかなか素敵な人生だと思わない?」


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「夢を叶える為に死ねるなんて」


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「とてもとても幸せな事だ思わないか?」


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「俺達は18歳だった…」


第4話のラスト


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「なぁ、雪穂。 あの日のアナタは とてもとても綺麗だったんだ…」


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「だけど…」


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「あの日も雨が降っていたんだ」


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「雨に洗われ溶け出した俺達の罪と罰」


第5話のラスト


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「なあ? 雪穂」


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「月の裏側には ひとすじの光りも無かったよ」


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「ひとかけらの優しさも、温もりも、美しさも無かった」

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「だけど、なあ?雪穂

 俺を傷つけて去る事がアナタのやり方だった事

 いつの日も変わらないアナタの優しさだった事」


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「あの無茶苦茶なワガママだって…」


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「一度で良いから幸せな子供の様に甘やかされたかっただけなんだって」


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「今ならちゃんと判るんだけどな…」


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「ごめんな」




以上である。


で、この5話のラストの


「今ならちゃんと判るんだけどな…」


この「今なら」って いつ?


で、私は思ったのだが それって第1話の冒頭の


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ここなんじゃないか?と。


この場面、実はまだ亮司は生きていて 死ぬ間際に走馬燈のように見ると言われる 自分の半生の部分が「白夜行」の物語になっているんじゃないか? 


そして、毎回、ラストで語られる亮司のナレーションは 走馬燈における節目節目の亮司の呟きの様な感想なんじゃないか?


つまり、「あの時は~だったんだよ…」という風な。


だから、今回の最後の最後にある「ごめんな」の一言は 来週以降、勘違いしてしまった亮司の暴走に関する 雪穂への「ごめんな」だと思われ、ゆえに いよいよキレた亮司が見れるのか…と 勝手に解釈し妄想を描き、ワクワクする私なのである。


もし、これが私の「思い込み」だったら… 恥ずかしいんだけどね。^^;




最後に…


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九十九一じゃん、好きだったんだよなぁ… お笑いスタ誕でやってたニュース漫談 またやってくれないかな…^^;


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武野… 「たこ焼き屋」の次は「焼鳥屋」か… じゃ、次は「おでん屋」だな^^


この記事には『白夜行 第5話の記事の補足』という補足記事がありますので御参照願います。^^