● 白夜行 第1話
白夜行 第1話を見た。
ふぅ・・・む 何からどう言えば良いのだろう? ^^;
久しぶりに、感想を述べるのに言葉を探してしまうブタネコだった。^^;
約2時間、飽きずに見通せた…
だから、それだけで充分に面白い作品、興味深い作品と言って良いとは思っているし、感じてもいる。
「けど…」
何かが引っ掛かる。^^;
なので、手放しで「素晴らしい!!」「ブラボー!!」「感動した!!」そんな陳腐な表現で安易に褒め称える事が出来ずにいる。^^;
誤解して欲しくないのは
「褒めない」=「否定」=「つまらないと批判」
そういう意味で無い。
「面白かったんだ…
でも、何かが引っ掛かって…
なんか消化不良の様な気持ちが癒えないんだ。」
判っていただけるだろうか? ^^;
東野圭吾の「白夜行」が映像化される…
当然、東野ファンは色めき立つ。
主役の二人が「山田孝之」と「綾瀬はるか」に決まった…
当然、それぞれのファンが色めき立つ。^^
脚本「森下佳子」をはじめ、「世界の中心で…」と同じ制作スタッフなんだって…
となれば、セカチュー・フリーク達が色めき立つ。^^;
それぞれが 自分の推すものを中心に物事を想像し、想像の積み重ねの中で見解を述べ、その見解が気に入らないからと言って論争や中傷となる。
実際に 私の周囲の狭い世界の中ですらそんな有様なんだから、ネット全体と広く考えれば どういう状態かは想像がつく。
そんな中で いくらこのブログが
「頑固で偏屈なオッサンが 好き勝手な事を吠えるBlog」
と銘打っているからと言って 好き勝手に語りたくとも 先に述べた論争の輪の中に入っていく気も無ければ、引きずり込まれるのが鬱陶しくて、ついつい言葉を探してしまうブタネコになっていたのだ。^^;
だから、ようやく第1話の放送を見終わるに至り、自分なりに頭の中を整理しようと思うのだが…^^;
まず、東野圭吾ファンの一人として「白夜行」の原作の扱われ方を考えてみる。
「空前の大ベストセラー」とか「東野圭吾の最高傑作」なんて TBSのタレ流す、クソ宣伝に影響を受けるつもりは無い。
私は 以前、ここで述べている様に「白夜行」は とても面白く、かつ、巧く描かれた作品だとは思っているが 巷で言うほどの「東野圭吾の最高傑作」だとは思っていない。
もう、現時点ではネタバレ含み可なんだと判断して述べさせて頂くと
「白夜行」の原作の面白い点は 登場する二人の少年と少女が 直接、会って語り合う…という場面が殆ど無いのに 子供の時の殺人事件から 二人が大人になっていく過程を読み進めていく中で どう考えても、その二人には接点があるどころか 固い絆でさえ結ばれていると理解出来る描写が続く。
だから、二人の接点に関する部分の殆どは読者が それぞれ脳内補完して物語を読み続ける事になる部分なのである。
これは ともすれば、読者が10人いれば10通りの雪穂と亮司の物語が別個に存在する事にもなるわけで、TV版の「白夜行」の物語は その10人のうちのどれかの物語を映像化する…という形の様な事になるわけで、であれば それは非常にユニークであり、興味深い事ではあるが、当然の如く「感動しました」という感想も出現すれば、「こんなの(自分の)イメージと違う」という反発を招く事も大いにあり得る。
原作内に明確な描写が殆ど無くて 読者が脳内補完している部分の映像化であれば「原作に忠実に…」とか「原作を壊すな…」という考えじたいが根本的に無意味なものとも言える。
けれども、実際にTV化された時、原作を大きく弄っていたならば当然「原作に忠実に…」とか「原作を壊すな…」と言った論争は生じるだろうけど、それは放送を見るまでは判らないことだから あくまでも映像を見てからだ… と、私は思っていた。
同時に、「脳内補完」の部分の物語が巧ければ、原作とTV版とで 相互補完される作品にも成り得るわけで、そうなれば それはそれで素晴らしい… とも。
けどね、TBSの番宣や前フリからは そんな考えや言葉なんて聞いた事が無い。
「映像化不可能と言われた原作に挑戦」
「セカチュー・コンビが あの純愛を再び」
「東野圭吾記念碑的名作奇跡のドラマ化!!
少年はなぜ父を?少女はなぜ母を?
14年間の壮大な愛と絶望の物語」
なんてキャッチを全面に出してたんだからね^^;
これじゃ、そんな宣伝に踊らされた東野ファン達が騒ぐのも無理は無い。^^
小賢しい連中に言わせれば
「放送局の営業的な部分を考えれば そういう宣伝もアリでしょ」
という様な事を言うのだが、「そりゃそうだ」と理解しつつも 単なる いちドラマ・ファンを誑かす様な真似はやめてくれ…とも思うのだ。^^;
で、結論から言えば T○Sという放送局がロクなもんじゃ無い…という従来通りの私の認識を覆す事は無く、逆に補強しただけの事。
考えてもみるが良い。
ドラマの宣伝なんだから 多少、誇大になろうが、実態と微妙に違おうが、宣伝である以上話題となって、興味・関心をひければ良し… と、もし考えているならば そんな放送局のメディアとしての報道に信頼はおけるのかい?
「報道」と「ドラマ制作」は別物ですから…という言い訳が聞こえてきそうだが、元を糾せば同じ局、同じ会社という事を理解しておくべきなのだ。
が、そんな文句は とりあえずおいといて…
第1話を見る限り「白夜行」というTVドラマでは いくつかの不安要素を除けば大きく原作を壊す世界では無かった様にも思えたのだが…
その不安要素に関しては後述するドラマの感想で併せて述べる事にする。^^;
次に 綾瀬ヲタの一人として感じた事は…
私の場合、正直言って「一人の女優」として好ましく思っているわけだから、その女優さんが清純派であろうが無かろうが そんなのはどうでも良い。
笑顔に癒されるも良し、不敵な笑みでビビらされるのも良し 濡れ場を演じようが、冷酷な悪役を演じようが そこに女優魂が見えれば良しじゃないか?と思う。
以前から、個人的意見として何度もここで述べたのは「ケラケラと明るく笑う笑顔の女の子」の綾瀬はるかを見たい…と願ってきたわけで、それは どうやら「白夜行」でも無理のようなのが とても残念ではあるが、まぁ、それも先の楽しみと思うばかりだ。
実際に第1話での登場時間は多いわけでは無く それだけで、どうこう言うには情報も足りないし、野暮と言うもの。
今後の成り行きを楽しませて貰うばかりである。
ちなみに「山田孝之」に関しても想いは同様だ。
最近の私は「石原さとみ・フェア」と自分の中で銘打って「H2」の再放送を見ながら このブログのH2の記事もリメイクする日々を過ごしており、そんな中でH2の山田孝之も眺めているが 最近の若手俳優の中で希有な存在であるという認識は変わらず、そろそろクールでニヒルな姿を見たいとも思っていたから 今回の「白夜行」の亮司役は とても興味深く感じている。
で、この二人が出演し、制作スタッフもほぼ同じ…と言う事で とかく「世界の中心で愛をさけぶ」との比較・関連での話を目や耳にする。
この点に関しては ある意味、仕方ないわな…とは思うのだが、「白夜行」という原作を読んだ者として、尚かつ「白夜行を東野の最高傑作だとは思っていない者」として 私は根本的に「白夜行」から「奇跡」とか「純愛」なんかで感動を得られるとは思っていない。^^;
誤解を招きたくないので あえて補足しておくが、物語としての感動は大いに得られる可能性は秘めていると期待はしてるの。
けど、その「感動」が「世界の…」と同じ「感動」になるとは 針の先程も期待なんかしていないし、そんなのは あり得ないとさえ思っている。
つまり、感動するとすれば別な「感動」になるだろうし、むしろ、そんな「感動」を頂戴したい…という事だ。
「亜紀という可憐な少女と 朔太郎という純朴な少年の純愛」
それはそれで大事に ありがたく一生、脳裏に刻んでいく。
今度は 例えばだが、
「雪穂という悲運な女と 亮司という冷酷な青年の頑なな愛」
そんな姿の感動を味わってみたい… そう思っちゃダメかな?
しいて言えば 私は そんな願望を「白夜行」に抱いているのだ。
と言うわけで、前置きが かなり長くなってしまったが…
「雪穂 やったのって アンタだろ?
だってさ、アンタ以外いないもんね
そりゃさ 殺したくもなるよ あんな親父
大丈夫だよ 誰にも言わないから」
「殺したくなるって なんで? なんで、そんな事させたのよ!!」
このシーンは この少女役の女の子が凄すぎて、とても秀逸なシーンだった。
ただ、秀逸過ぎたが故に正直に言えば、今後のTV版の物語全体に対して不安感が過ぎった部分のひとつでもある。
と言うのも この場面は第1話の中で原作と設定が明らかに違う点のひとつだからだ。
原作の雪穂は 母の死体の発見者(の一人)であって、心中では無い。
でも、私にはドラマ版の この描写の方が原作よりも説得力を感じたと正直に告白する。
では 何故、この部分を変えたのか? それは今後の展開の大きな鍵のひとつなんだろうと推察するので ここで安易に批判したりは出来ないとも思っている。
現に、
後半の この一連のシーンにおける雪穂のナレーションは
「さすが、森下佳子」
と感じる部分が大であると同時に 少女役の福田麻由子が実に侮れない子役だな…と思わざるをえないからだ。
実は、私が「白夜行」の原作を「傑作」とまでは評価しない理由の一つに
原作だけを読む限り、私には亮司という人物が 雪穂を陰ながら見守る、ともすれば「凶暴な番犬」の様に感じていながら、では「何故 番犬なの?」という部分への心理描写が物足りないと感じていた。
亮司が父親を殺す部分までは ともかく…
その後の亮司の行動の根底にある「雪穂への想い」という部分が 原作の描写では薄く感じていたので…
こういった場面での補完も含めて TV版の設定に説得力を感じたわけだが…
これは一歩間違うと、原作の雪穂や亮司とは 人物像が大きく変わってしまう可能性を示唆してるとも言えるわけで、それならそれなりの物語を楽しませて貰おうとも思う。^^;
けど、それならば大いなる疑問に感じた点もある。^^;
たとえば… おそらく誰もが感じていると思うのだが、この「白夜行」の舞台となる土地って何処?という事。
原作では 大阪になっている。
TVでも「布施」という地名が何度も出てきていた。
でも、関西弁を喋るのは 武田鉄矢と八千草薫の二人だけで、しかも
この武田鉄矢の関西弁や台詞回しが妙に変でイタダケナイ。^^;
実際、舞台設定が原作では大阪だからって それを東京にしようが札幌にしようが、私は何処でも構わないと思っている。
けど、何処かに統一して欲しい。^^;
これは 土地を固定してくれ…という意味では無い。
人物設定、背景設定を固定してくれ…という意味だ。
思うに、武田に標準語で喋らせれば「金八」になってしまいそうだから あえて武田だけ関西弁風で…って事なのかもしれないが だったら、いっそ博多弁でやりゃいいじゃん。
(喜劇になりそうだとは思うけど^^;)
どうも、第一話の登場人物を眺めるにつけ この武田-笹垣だけ 私は違和感が拭えない。^^;
主役の二人に対して敵役の存在となる笹垣
そう言う意味では この武田の「不気味さ」は悪くは無い。
関西弁風の喋りと 妙な台詞回しに馴染める様になれるのか?
それが私にとって今後の課題のようである。^^;
で、最後に もうひとつだけ…
TV版冒頭のこの一連のシーンは 原作でいうところのラストの場面である。
この構成は 言及したくは無かったが、^^; 誰が見てもTV版「世界の中心で愛をさけぶ…」の構成と同じだよね?
「なんで?」
私は 率直に言って心底からそう思う。
期待も込めて言えば、原作のラストでは
「雪穂が一度も振り返らずに黙って立ち去る…」
そこに余韻を感じつつも 私は若干の物足りなさを感じていた。
もうちょっと「その後」が知りたい…と。^^;
この映像の作りから察するに おそらく、TV版では そのラストにもなんらかの「付け足し」があるのだろう… そんな気がするので、そのストーリーに期待を抱く。
でも、なんで「世界の…」と同じ作りにするの?
同じ事がエンドにも言える。
古い8mm風の映像に 柴咲コウの唄…
なんで「世界の…」と同じ作りにするの?
この点に関しては 私はガッカリしたと率直に申し上げていきたい。
なんか、”二匹目のドジョウ」を狙ってます”…という匂いが鼻についてしまうからだ。
良いモノを作ったスタッフなんだから それを越えるぐらいのプライドと意気込みを抱いているのでしょ? だったら、こういう細かい部分にすらこだわって、あえて模倣を避けるぐらいの気持ちが必要なんじゃないのか? 私は そう感じたので ある意味「やっぱりTBS」と不安が増すばかりなのである。^^;
