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2005年12月03日

● 1リットルの涙 第1話~第8話


第1話の放送から 先日の第8話まで「1リットルの涙」というドラマを見続けてきた。



実話が基になっているドラマだけに 所々に重く考えさせられるテーマがあり、一歩間違うと ただのお涙頂戴ドラマになりかねない危険性があった中で これまでの放送は とても良い視点で制作されているなと 私は思うばかりである。


難病とか奇病とか 不治の病には いろんな呼ばれ方があるけれど、基本的に共通なのは その病気になりたくてなった人はいないという事。


そして、いつ自分が そういう病に冒されるか判らないという事である。


重要な事は そういう病に冒されてしまった時、自分は どうするか? もしくは、愛する人、家族、親しい友人等が冒されてしまったら どう思い、どう考え、どう行動するのか? そういう事を このドラマは上手く考えさせてくれるように構成されているからなのだと思うわけで、健康な人は「自分は そんな病気にはならない」と思い込み、常日頃の健康管理を怠り、いざ病に倒れて初めて事の重大さに気づく。


そして、最も複雑な思いを抱くのは 病人に対する偏見や差別。


なりたくてなったわけでは無い病、誰でも冒される可能性が ほんの僅かとは言ってもある病、それなのに冒されていない人の中には 冒された人に対して、「気持ち悪い」「怖い」「うつされたらどうしよう?」等と敬遠したり、あからさまに排除しようとしたりする。


実際、病人にとっての苦痛は 病による痛みより、そういう人の気持ちの痛みの方が大きい場合があるのだけれど それは病にならないと判らないわけで、このドラマの様な構成だと ヒロインに感情移入することにより、ある種の疑似体験をした上で 心優しき視聴者達は 己を顧みる。


さて、回を重ねる毎に 主人公の病は悪化し、環境も 本人の願いも空しく刻々と変化していく。

そんな中で、先日の第8話に至り、偏屈な私の感性を大ハンマーでひっぱたくが如き、インパクトのある台詞に遭遇し、滂沱の涙を流すに至る。


それは 第8話のエンディング・シーンでの原作文の引用部にある。



   終業式まで あと4日。

   みんなが私のために千羽鶴を折ってくれているようだ。

   一生懸命折ってくれている姿を

   まぶたの裏に焼き付けておこう。

   たとえ別れても、決して忘れないために。


   でも---

   「亜也ちゃん、行かないで」と言って欲しかった。


                  「1リットルの涙」より



念願叶って進学した高校ではあったけど、病のために授業についていく事が出来難く、同時に周囲のクラスメイトや教師、それに 家族に様々な負担をかける事などを考慮した結果、養護学校への転校へと至るわけだが、本人の意思とは別に 本人の心中の言葉は存在し、それが引用した言葉に表れていると感じるからだ。


つまり、私(ブタネコ)流の うがった解釈では 



友人達が きっと私のために心を込めて千羽鶴を折ってくれているのだろう…

その姿には素直に感謝して 良い友人達だったと彼等の事を 

思い出にしまっておこう。  だけど、私が本当に欲しかったのは 

千羽鶴や 千羽鶴を折ってくれる姿なんかじゃなく、

たった一言、嘘でもいいから

「養護学校に行かず、このまま この学校に通えばいいじゃん」という一言だった。



誰も その一言を言ってくれなかった… 


それが、彼女にとっては「見放された」というふうに感じられた瞬間もあったのだな…と察せられ、文意から 彼女は それを悪意へと受け止めるのでは無く、良い意味で受け止めようとしているところも汲み取れる。


その心理を垣間見た時、この原作者自身の心の痛みが判り、とてもせつない。


言葉とは 実に難しいもので、何気ない一言が 深く相手を傷つける事がある事は 誰もが良く知っている。


けど、逆に 何気ない一言が無かったばかりに どこかに心残りの様な気持ちを芽生えさせてしまう事もあるのだという事を知っている人は少ない。


例えばの話だが…


東京出張を終えて札幌に戻ろうとしたある時の事、時間的にも余裕があるし、たまたま切符が手に入ったので たまには寝台特急「北斗星」に乗ってみようと考えた。


上野駅のホームで 駅弁や雑誌を買い、いざ車両に乗り込もうと思ったら、最寄りの乗車口のところで 寝台車に乗る老夫婦と それを見送りに来た息子(娘?)夫婦の4人が 別れを惜しむかのような風景に出会い、その4人に乗車口を塞がれる格好になってしまったものだから 別離が済むのを傍で私は見ていた。


やがて、ホームに その北斗星の発車を告げるアナウンスとベルが流れ、ようやく空いた乗車口から乗り込んで 切符で指定された席へと向かうと 偶然だが、先程の老夫婦と隣の席だった。


そして、列車は動き始め、一路 東北本線を北上し始めたのだが、動き始めて間もなく老夫婦の老婆が すすり泣きはじめたのである。


心配した様に慰める夫に 彼女が言った言葉は


「息子が 別れ際に”またおいでよ”と 言ってくれなかった」


そう言って、延々と泣いていたのである。


くだらないと言ってしまえば それまでだし、その老婆が気にし過ぎだと言ってしまう事も出来るかもしれない。


けど、その光景を見た時に 私は「あぁ、言わずに悲しませる言葉もあるのだな」と30過ぎたその当時、初めて気づいたものだった。


さて、現在放送されている「1リットルの涙」に関しては ヒロインの悲劇性ばかりを全面に出して ありがちな「お涙頂戴」的ドラマにならない様に配慮されている感があり、同時に先に述べた 病に対する世間一般の偏見の醜悪さを指摘しているところが良いと私は感じている…と既に述べた。


主演の沢尻エリカの好演にもよるとは思うが、制作者の配慮が私には感じられるからだと申し述べたい。


「その病気の子のために 授業が遅れる。」「その子を気遣うために クラスメイトに余計な負担が増える」それらが すべて、さもその病気の子のせいだと言わんばかりの論調に現れる・・・ これって 実は よくある話だったりする。


「当事者のためを思えば それがベストの選択…」


そんな言葉を便利に使う人がいる。


あくまでも極論だと判った上で思うのだが、死へのカウント・ダウンが始まった時 生きている間、身体が自由に動く間に 悔いの残らぬようにやっておきたい事のひとつやふたつがあったって それが人間じゃないか?と思う。


同時に、仮にそれがクダラナイ事であったとしても 病人にとっては「何か」をしている、出来ている間は「私は生きている」とか「私は まだ病気に負けていない」と思っていられるバロメーターだったりする。


この場合、原作者は、念願叶って通っている学校で 級友達と共に過ごしているだけで、まだ自分が完全に病に負けたのではなく、まだ普通の女の子の状態なんだ…と 心の支えにしていた感があるのだけど、その心の支えも 級友や学校の方から断ち切られ、「あぁ、私は 完全に患者になってしまった」と自他共に認める他無くなってしまった様に 私には思えるわけで だからこそ、級友達には けっして悪意など無かったにしても 彼女の心の痛みを招いた事に違いない。


短い引用文ではあるけれど その文章の中に秘められたいろんな思いには 念願だった学校が 実は、冷たい処だった… 病に冒される無念と、学校の無念 簡単に比較できるものでは無いが、私は そんな言い表せない複雑な思いが過ぎり 最も感極まった部分なのだ。


一人の前途多望な少女が 病で夢を絶たれてしまう。


でもね、その少女の痛みとは 病の痛みだけじゃなく、心の痛みという もっと大きな痛みがあるのを 私は少なくとも一つの例で知っている。



   でも---

   「亜也ちゃん、行かないで」と言って欲しかった。



だからこそ この言葉が形を変えて 私の胸に突き刺さる。



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コメント

ブタネコさんへ
最近TVはニュース以外ほとんど見ないのですが、たまたま先週このドラマを始めて視聴して年取って涙腺が緩んだのか涙ぐんでしまいました。しかもブタンネコさんのこの文章で言わないで傷つけることの怖さを知りました。さすが鋭い、やはり視点が違うわ!。僕は昔から一言多いと言われてきましたが、口に出せば性格や癖で回りの人は推し量ってくれますが、黙っていることは如何様にもとられかねないと言うことで、あらぬ方向にとられたら本当に怖いことです。これからも遠慮せず一言多く発しようと思います。最後の文章でブタネコさんが、第三者が言えることではないですが,亡き友の生き様に接することで如何に多くのものを受け取っているか感じざるを得ません。寒さ厳しき折、体調に気をつけてのんびりいきましょう。

ブタネコさんおかえりなさい。

亜也さんの書かれた原作本とお母さんの潮香さんの書かれた「いのちのハードル」を先日一気に読了し、それ以降ドラマの沢尻エリカ演ずる亜也と彼女を取り巻く家族の姿を見て涙を流さずにはいられません。

そして今回ブタネコさんの記事で僕の考え付かなかったことは「何気ない一言も当然だが、何も言わないことも相手を傷つけることがある」という視点でした。自分のボキャブラリーの貧困さから他人にまともなことを言えない時には黙っていた方がマシかもと思っていた僕にとって今回のブタネコさんの解釈は非常に参考になりました。

正直な話、「1リットルの涙」という作品について色々な感情が沸き起こり、僕の中ではまだ消化し切れていないのが現実です。ですから改めて原作本を読み返し、亜也さんとお母さんの潮香さんの気持ちに触れて、じっくり考えてみたいと思います。

取り留めがなく、しかも長文失礼しました。

私はあえてこのドラマ観てないんですよね

何故ならセカチューに続いてまたまた悲しい話でどん底に落ち込みたくないと思ったから。
あのようなどん底感を2年連続で受け止められるほど頑丈な心を持ってないので。

ブタネコさんの記事を読むと、やはり良い作品のようで
だからこそ今はまだ観ないで良かったと思います。

ブタネコさん、復帰そうそう飛ばしてますw
ところで、ブタネコさん指摘の
 「亜也ちゃん、行かないで」と言って欲しかっ た
の一文をドラマの最後に観たとき、私もドキッとしました。

もし私が級友の立場だったら、言えないと思ったから、言えば嘘になるから。
私は今まで色々怪我をしてきたが、その際の周りの反応を見て、他人の痛みが分かる人はいないと感じた。(家族は別として)
だから、私が亜也さんだったら、嘘は言って欲しくないと思う。
でも亜也さんは、嘘でも言って欲しかったんだな、それほど哀しかったんだなと思うと、何とも言えない気持ちになってしまった。

私はこの本を入院中読んだのですが、途中で涙がボロボロとこぼれ落ち、読めなくなりました。
哀しいとか、可哀想とかの涙じゃなく、悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。
私は神の存在を信じていないが、もし神がいるのなら、何故このような過酷な仕打ちをするのだろうか?
何の罪もないこんな女の子に、こんな過酷な仕打ちをする理由は何なんだ。
世の中には、こんな目にあっても仕方ない連中がもっともっと居るじゃないか、相手が違うじゃないかと。

良いドラマです。
でも原作本を超えるのは無理だと思う。
それくらい、本を読んだときのインパクトは強かった。
そこが、「世界の中心で、愛をさけぶ」とは正反対だと思うのです。


★ タンク さん

>僕は昔から一言多いと言われてきましたが、口に出せば性格や癖で回りの人は推し量ってくれますが、黙っていることは如何様にもとられかねないと言うことで、あらぬ方向にとられたら本当に怖いことです。これからも遠慮せず一言多く発しようと思います。

私も 一言どころか、二言も三言も多い性格なのを自覚しております^^;

陰口を叩くぐらいなら 本人にハッキリ言うべき… それを実践しているつもりです。

しかし、最近の風潮では 何でもかんでも「黙して語らず」が「大人の振る舞い」とされており、文句を言わず「見ない、聞かない、言わない」人が大勢です。

けどね、そんな「大人の振る舞い」をしていながら 実は心の中で「誰かなんとかしてくれ」と願っているのがモロバレな輩が多く、私は そんな輩が最も嫌いです。

ただ、直接 ハッキリと物を言うヤツは えてして嫌われたり、憎まれ役を一手に引き受ける羽目に陥る事がほとんどで、小賢しいヤツに言わせると、進んで損する馬鹿な奴…なのだそうです。^^;

でもね、私は 言いたい事を言い続けようと思ってます。


★ うんぼぼ さん

>自分のボキャブラリーの貧困さから他人にまともなことを言えない時には黙っていた方がマシかもと思っていた僕にとって

これは実に難しい判断が要する部分ですよね。^^;

中途半端になるぐらいなら 言わない方がマシ…って選択はアリだと思います。

正直言って 私は亜也さんの書かれた原作本は物凄く心を打たれる本と感じましたが、お母さんの潮香さんの書かれた「いのちのハードル」に関しては いくつかの点で引っ掛かる部分があり、素直に全部を受け入れる事が出来ませんでした。

それは、心情的にどうしても仕方の無い事と理解出来る範疇でもあるのですが、必要以上に娘さんを美化してしまっている様に感じる部分と、病院や介護士に対する不満が 若干、感情的な非難を多く含んでいる様に感じた部分にあります。

ただ、そうは言っても 親という立場を考えれば、充分に理解出来る範疇でもあり、私が個人的に受け入れがたく感じた部分があった…というだけで けっして批判しようとは思っておりませんし、実際の現場の問題点を 今後の為に呈示する提起としては 充分に考慮すべきキッカケとするべきだとも感じました。


★ うごるあ さん

少女が病に倒れる…という事では セカチューと通じるものがありますが、私には 完全に別物であり、「1リットルの涙」は社会風刺が色濃いぶん ノスタルジィは感じませんのが その理由だと感じます。

ただ、ドキュメントを弄りまくって「お涙頂戴ドラマ」にするのが 昨今のドラマ制作にありがちな嫌らしさなんですが、「1リットルの涙」は 今のところ、その様に鼻白む部分が感じられず、制作者は かなり神経を使っているんだろうな…とさえ思える部分に好感を抱いております。


★ goboten さん

>もし私が級友の立場だったら、言えないと思ったから、言えば嘘になるから。


正直な言葉だな…と 感じ入りました^^;


>私は今まで色々怪我をしてきたが、その際の周りの反応を見て、他人の痛みが分かる人はいないと感じた。(家族は別として)
>だから、私が亜也さんだったら、嘘は言って欲しくないと思う。


たしかに、あからさまな嘘なら言わない方がマシとも思えます。^^


>でも亜也さんは、嘘でも言って欲しかったんだな、それほど哀しかったんだなと思うと、何とも言えない気持ちになってしまった。


あえて、ブタネコ流の解釈として「嘘でもいいから」と記述したのは まさに、そこなんです。

その たった一言さえあれば救われる気持ちになれる… そんな哀しさを感じたからなのです。

重ねて極論を申し上げれば、自分の病気が どんな病気かを彼女は知っていたのだから、どんなに心を込めた千羽鶴を折ってもらっても明るい未来の可能性は薄いのです。

もし、彼女がいじけた卑屈な女の子だったら、友人達が千羽鶴を折る姿を見ても それは病の回復を願って…と言うよりも、「回復を願ってあげたんだ」と級友達が自分達を自己弁護するための姿に映ったりするもので、それは病人に対してという気持ちでは無く、級友達が自分達の為に行っている行為と感じられ、つまりそれは「偽善」なのだと。


でも、彼女は いじけていないし、卑屈でも無い、むしろ心美しい女の子だからこそ あえて悪意に受け取れそうなところを 受け取らないように心がけようとする思いが文章に現れており、最期に一言だけ 本音がポロッとこぼれてしまったのでしょう。

たった一言さえあれば救われる気持ちになれる… けど、その一言が無かった。

そこに 救われ切れないながらも自分を慰め勇気づける思いが 私には感じられてなりません。


>私は神の存在を信じていないが、もし神がいるのなら、何故このような過酷な仕打ちをするのだろうか?
>何の罪もないこんな女の子に、こんな過酷な仕打ちをする理由は何なんだ。


私が神の存在を信じない理由が まさに、それです。

実際に 友人が亡くなった時、敬虔なクリスチャンだった ある人物が、

「彼女は神に召され これからは幸せに…」

等と、典型的なクリスチャンとして語る言葉を聞いていて 腹の底から怒りがこみ上げました。

「なんの罪もない女の子に 病と苦しみを与えておいて 何が幸せか?」と。

それ以来、なんでもかんでも「神様が…」と語る人物を見ると なんでもかんでも「神様」に責任転嫁してるように見え、聞こえて仕方がありません。

「神が与えたもうた試練」など クソ喰らえ! です。^^;


(*^o^*)オ(*^O^*)カ(*^e^*)エ(*^ー^*)リーー!
まだ 本調子じゃないんだから あんまり飛ばすなよ^^;

ブタネコさん、お帰りなさい!
コメントを見つけ、とても嬉しかったです!
こちらこそまたよろしくお願いいたします。

言わずに悲しませる言葉・・・。
私は言って傷つける言葉のことばかり
考えていました。
亜也さんも、言ってもらえずに傷ついてしまったんですね。

このドラマを見始めてから、初めて原作を購入。つい先日読み終えました。
このドラマを見ながら、自分が亜也さんだったら、遥斗あったら、潮香だったら・・・
いろんな風に考えます。
私にとって、考えるきっかけを作ってくれたドラマ。
演じている人たちも、スタッフの方たちも、丁寧に
作り上げているなーと感じます。

おかえりなさいませ、御●人様!!


うれしいのかうれしくないのか。。。
いや。。。誤解なさらないように。。。

でも---
 「亜也ちゃん、行かないで」と言って欲しかった。

原作読んだときから、こころに突き刺さった言葉であった。。。
一緒です。。。なんでだろう。。。ヽ(´Д`;)ノ\(-.-メ) バキッ


★ taku さん

ども^^


★ ちーず さん

コメントありがとうございます^^

今後も ドラマ・レビュー頑張って下さい^^


★ ピエロ さん

良く判りません^^;

【※注意!!】

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