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2005年10月03日

● ブタネコの「すき焼き」


このところ、新PCを手に入れて キャプ設備が充実してきた為、以前から所持しているVTRを劣化する前に DVDに焼き直す作業をしながら、80’sの映画について 語る日々が続いてきた。




そしたら、南東北に住む神ブロガーより


「ブタネコよ 貴様は以前の記事において 

 ”そのうち語りますねぇ~”

 と、言っておきながら語っていない事について

 いつまで待たせる気なんだ?」


と、お叱りの声が届き、慌てて反省しつつ書き記す次第である。


で、それは何か?と言うと…


以前、私が掲示した『ブタネコ的 アキ父の考察(7話)』の中で、一時帰宅を許された亜紀の為に 亜紀の両親が「すき焼き」を用意しているが、結局、亜紀は朔のところで夕食を取り、空振りに終わる…というシーンについて



食卓に並んでいる料理が「すき焼き」である事も 個人的には感慨深い。


と言うのは 勝手な家訓だが 我が家では「すき焼き」は特別な料理とされており、何か重要な出来事が無い限り、食卓には「すき焼き」は出ない。^^


たとえ、どんなに大事なお客さんが来訪したとしても 寿司は振る舞っても「すき焼きは」出してはいけない料理とされており、「すき焼き」は家族だけで食べるものとされている。

(この 我が家の家訓の理由については 今回は述べません^^)


ゆえに、食卓に「すき焼き」がセットされている この画面を見ると、如何に廣瀬家が この日を大事にしていたか 勝手に思い込む事にもなる。^^;



と述べた事に起因する。


何故、ブタネコ家では「すき焼き」が特別な料理なのか…


それは 私(ブタネコ)の実父にまで話は遡る。^^;




私の父は 息子の私が言うのもナンだが、実に豪快な親父だったのだが、その親父の口癖は 家族(私、母、妹)を前にして 時々、


「この家で一番偉いのは誰だ?」


と 問い質す事だった。


親父本人は 日本古来の封建家族が理想だったらしく、自分は家長なんだ、一番偉いんだ…というのが誇りだったらしく、それを 時々、確認するように 一番偉いのは誰だ?と 問い質していたわけだ。^^;


そんな親父だから、時々 思い立っては「家訓」なる 家庭内掟を制定する事が好きで、


代表的な家訓としては


・一番風呂は親父が入る。


・新聞は 親父が最初に読むものとする。


・親父が屁をしても 不満を言ったり、笑ってはいけない


そんな様な内容ばかりだった。


しかし、そういった「家訓」は 私が嫁を貰い、孫(私の娘)が出来、妹が事故で死に、親父の嫁(私の母)が急逝し、妹の娘が 我が家で暮らすようになり…と変遷するうちに その殆どが自然消滅していったのだが、たった一つだけ 最期まで残された「家訓」が


「すき焼きを いつ食べるかは親父の判断に委ね、

 他の家人が 親父に勝手に”すき焼き”催してはいけない」


という他人が聞けば奇妙に思うモノだった。


簡単に言えば 「すき焼き」は私の親父の大好物であり、ガチガチの鍋奉行だった親父にしてみると その「すき焼き」を 自分の知らないところで私達家族が勝手に自分を(親父を)のけ者にして食べるなんて事を 許す事が出来なかった…という意味にも成り得るのだが…




そんな親父の趣味は パチンコと競馬だった。


けっして大きな金額を賭けたりせず、あくまでも趣味の範疇だったが、産まれ持った博才があったのか いずれも勝率は良い方で 結構、それで小遣いを増やしていたものだ。


そんな親父が、時に そのパチンコか競馬で大勝すると 我々家族に


「よぉし、今夜は”すき焼き”だ」


と言って、自分で肉や野菜を吟味して買ってきて 母や嫁が夕食に用意していた献立は取りやめにさせて「すき焼き」を催した。


そんな親父の晩年、その「すき焼き」を 食べていたある日、同席していた妹の娘が 親父に


「ねぇ? お爺ちゃん どうして、すき焼きは特別な料理なの?」


と、何気に聞いた。


そう、私や死んだ妹は子供の頃に 散々、聞かされた話だったが 孫や嫁は その話をちゃんと聞いた事が無かったから知らなかったのだ。


それは、第二次大戦中の事。


親父の兄(私にとっては叔父)にあたる人二人と ウチの親父が偶然、横須賀で落ち合い 3人で会った記念にと 皆で金を出し合い、奮発して 当時の横須賀では高級と言われていた料理屋に行って すき焼きを食べたのだそうだ。


その時の「すき焼き」は戦時中で食糧不足の折とは言え、たまたま 良い材料が手に入った日だったらしく めっぽう美味いモノだったそうで、二人の叔父達と親父は


「また、3人で食べに来ような」


そう約束したのだが、遂に その機会は二度と訪れなかった。


と言うのも、その時 叔父の一人は特攻隊で出撃するのが決まっており、後で思えば 全財産に近い所持金を その日の「すき焼き」に投資して、自分の出撃を兄弟には告げなかったらしく、もう1人の叔父も その直後の出撃で乗艦もろとも海の藻屑と消えたからである。


一人、終戦を生きて迎えた親父にとって 二人の兄と最期に会ったのが その「すき焼き」の席となってしまった訳だ。


以前、なにかの記事で述べた事があると思うが、私の父は兄弟の多い家だったが、兄弟仲が不仲で そんな中で、その「すき焼き」を共に食べた二人の兄たちだけが 親父にとっては腹蔵無く付き合い 可愛がってくれた兄達だったのだそうだ。


ゆえに、親父は それ以降、結婚して 私や妹が産まれてしばらく後まで「すき焼き」は 匂いを嗅いだだけで 最愛の二人の兄を思い出す…という理由で 私の母に 絶対に作らせなかったのだ。


ところがね、そんな親父が ある日突然 すき焼きの材料を自ら買って帰宅し


「今夜は”すき焼き”だ」


そう言い出して 自ら、鍋を仕切ったのだ。


そんな親父の姿を 怪訝に思った我々家族は 親父に


「どうしたの?」


と、聞いたところ…


「夕べ、寝てたら 兄貴(戦死した二人の兄)の夢を見た。

 その夢の中で 口を揃えて”すき焼き”が食べたいから

 仏前に供えてくれ…」


そう懇願した…と言うのである。


我が家には仏壇などは無かったが、親父は 夢で言われた事を忠実に守って 材料を買ってきて 急遽、あつらえた叔父達の写真立ての前に 酒と”すき焼き”を供えたのである。


そうしたところ、知らない人は 作り話と笑うかもしれないが、北海道では なかなか目にする事が出来ない オニヤンマと思われる巨大なトンボが 不意に家の中に飛び込んできて 部屋の壁にとまったのである。


私達、家族は そのタイミングの偶然に 腰が抜けるほど驚いたが、親父だけは 悠然と そのトンボに向かって


「ありゃ兄貴達の化身だ 粗略に扱うな」


そう言って、泣きながら「すき焼き」を食べていた。


変な話だが^^; 私は その時、産まれて初めて 噂にしか聞いた事が無かった「すき焼き」という料理を口にした訳だが、それは 実に美味いモノだった。


で、翌朝 親父が私達家族を前に


「夕べ寝てたら 兄貴達が再び夢に現れて 久しぶりの


”すき焼き”が 大層、美味かったと礼を言ってくれた。


 そして、今後は兄貴達の事を気にせずに 家族に慶事が


 あった時は”すき焼き”で祝え… そう言われた」


と告げ、以来 なにか慶事があった時の 家族だけで食べる特別料理として「家訓」が制定されるに至ったのが経緯である。 




さて、そんな親父がポックリ死んだ。


参考記事:『挨拶


その日、親父は パチンコで大勝し、いつもの様に自分で材料を買い揃えて帰宅して 自ら、鍋を仕切り


味見の様に 最初の肉を頬張って


「やっぱ、すき焼きは 最高の料理だな… うん、美味い!!」


そう言った後、電池の切れた人形の様に プツンとのけぞるように倒れ、絶命した。


死因は「脳梗塞」


おそらく昼間から具合が悪く、なんらかの症状が出ていたものと思われる…と医者は言うのだが、そんな事を一言も口にせず我慢していたのか、さもなくばパチンコに夢中で気にしなかったのか…


とにかく、救急車を呼び 病院に担ぎ込んだ時には もう、手の施しようが無かった。


従って、


「やっぱ、すき焼きは 最高の料理だな… うん、美味い!!」


という言葉が 親父の最期の言葉となった。^^;


まぁ、親父の人となりを想えば 実に親父らしい台詞である。


その場に居合わせた私、嫁、娘、姪の4人にとって


「いいか? 

 ”すき焼き”ってのは我が家にとって特別の料理なんだ…

 どんなに大事な客が来た…って言っても、

 ”すき焼き”だけは 家族だけで揃って食べる

 特別な料理なんだからな、いいか? 判ったか?」


生前、「すき焼き」を仕切ながら 必ず、口癖のように そう言った親父の言葉が そのまま今でも我が家に継承されている。


だから、私は TV版「世界の中心で、愛をさけぶ」の第7話で 廣瀬家の食卓に「すき焼き」がセットされている画面を見ると、如何に この日を大事にしていたか 勝手に思い込む事になったのである。^^;


というのが 事の真相なんですが、takuさん 御理解頂けましたか?




お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

 南東北  北関東だよ!(´ロ`;)

ブタネコさんと お父さんは お2人とも “親父” だけど・・・

家庭内の扱いは すき焼き以外は 別なんだね ( ̄w ̄)プッ☆\(-.-メ)バキッ

方向音痴の私は地図みないと・・・w このお父さんがあってブタネコさんがあるんですね。よく似てる感じですよね、ね!takuさん、羨ましいですね。もっと頑張って生きなきゃなって・・・思いました。by孝之。では、また。

 クラヒー!! ブタネコさん、こんにちわ~。お父上の「すき焼き」の思い出、やられました(苦笑)。不覚にも涙をボロボロこぼしてしまいました・・・。

 私にとっての名作『異人たちとの夏』のワンシーンを思い出します。もし、お好きな映画でしたら、いずれ、語っていただければ幸いです。

FOREEST

お久しぶりです、最近はドラマや映画のコメントが多く、読ませてもらうばかりでした。今日のすき焼きのお話とても良かったです、心和みますね。僕もすき焼きで戸惑ったことがありました、田舎の呉では直接鍋にお砂糖と醤油を入れて煮込みますが、上京して間もない時、東京の友人と下宿ですき焼きパーティーをした事があるのですが東京では’わりした’と言うものを前もって作っておいてそれで煮込むのを見て喧嘩になったことがあります。ブタネコさん家ではどちらですか?

★ taku さん

アナタが我が家に遊びに来ても 絶対に「すき焼き」は出さないからね

o( ̄ ^  ̄ o) フン!


★ おがっち さん

>takuさん、羨ましいですね。もっと頑張って生きなきゃなって・・・思いました。

お~い takuさん これも良く聞いて 頑張って生きろよ^^


★ FOREEST さん

>『異人たちとの夏』

了解です^^ ちと、お待ち頂くと思いますが… いずれ必ず^^


★ タンク さん

>直接鍋にお砂糖と醤油を入れて煮込みます

我が家の場合、まず最初は そうします。^^

関東風の”わりした”も用意しますが、それは煮詰まってしまった時に
使用します。

”わりした”にも 色々と流儀があるようで かつおや昆布でのダシだけの
ところもあれば、蕎麦つゆみたいなところもあるようで… 我が家の場合は
醤油と砂糖が基本で ”わりした”は かつおと昆布を水では無く、酒でダシを取る(アルコール分は煮立ててとばす)ものを
使用します。

(ゆえに、蕎麦つゆの様な物や みりんは使用しない)

基本的に”すき焼き”は文字通り焼く物…という調理の仕方をする
ところが多いようですが、我が家はタプタプに張った 濃いめの醤油と
砂糖で味付けした”わりした”で”煮る”形式ですね。^^

 

>アナタが我が家に遊びに来ても 絶対に「すき焼き」は出さないからね

いいよ♪ そのかわりに うに いくら マグロ ホタテでw☆\(-.-メ)バキッ

>>南東北も北関東も大した違いはない

ガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!!!!   。。。。(( T_T)トボトボ

>お~い takuさん これも良く聞いて 頑張って生きろよ^^

それを あなたに言われるの?(´ロ`;)

★ tako 様

>それを あなたに言われるの?(´ロ`;)

ええ、言い切ります^^


【※注意!!】

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