● 瀬戸内少年野球団
南国にお住まいの Wenさんよりリクエストされたので 今回は「瀬戸内少年野球団」を語ってみる。
この映画は 1984年に公開された作品。

タイトルだけを見ると「がんばれベア-ズ」の様に
ド素人の子供達が集まって野球チームを作り それが勝ち上がって行くような姿を想像しがちだが、この映画は そんなに甘いモノじゃ無い。
特に この手の作品は 日々を無為に過ごしている物には 変哲の無い、つまらない映画に映ると思う。
実際に 封切られて間もない頃 私の友人達は この映画を「つまらない」と評する者が多かった。
しかし、私には この作品が いろんな意味で含蓄のある感慨深い作品である…という思いがつきまとい今日に至る。
特に、終戦直後 子供達が それまで戦時中として受けてきた授業の
教科書の「不適切」な描写を 墨で塗りつぶしたり、
違う語句に教師から書き換えさせられる。
大人達が戦後の混乱でバタバタしている最中、

つぎはぎの手作りグローブで野球に興じる様は 自分達の父祖がそうだったと思うと 実に感慨深い。
父や兄が「名誉の戦死」を遂げて「英霊」の家族と遇されていた者が 敗戦と同時に「英霊」ではなく「犯罪者」の様に扱われる様は 時代の変遷とは言え、敗戦による混乱を真摯に描いていると受け止めた。
これらのシーンは 何かの理由によって その時代に興味を持ち、いろんな人に話を聞いたり、書物を自ら読んだ事のある者と まったく、興味を持たずにいる者とでは 映像から伝わる事の受け止め方が まるで違う。
その際たる部分は

娘を連れて島に「命の洗濯」をしにきたと告げる

元・海軍提督(伊丹十三)という人物の姿の受け止め方に表れる。
戦争犯罪人、巣鴨プリズン、B級戦犯…
この日本という国の最近は とかく「人権」と言うものの 一部分だけをヒステリックに拘る輩が目に付く様に 私には感じる。
たしかに「人権」は大事な事である。
けれども、その「人権」を声高々に叫ぶ 共産党や社民党の輩が その人権を黙殺しようとするのが「戦犯」であり、東京裁判だったりもする。
名作「私は貝になりたい」で大きく問われた事ではあるけれど、極東軍事裁判とは 戦勝国による敗戦国への ウサ晴らし的要素が強く、現代における裁判形式からは大きく外れた実に野蛮なモノだった事は多くの関係者が認めるところでもある。
特にB級戦犯者の取り扱いは A級の様にマスコミの耳目から遠かった事もあって 処刑された人々の中には 事実誤認による、まったく無実の者が多い。
だから、そんな非業の最期を遂げた者の「人権」を 何故、問うてやろうとしないのか? 私は不思議で仕方が無い。
元・海軍提督は

敗軍の将として潔く裁判に出頭する。
その結果…
私は そこに涙を禁じ得ない。
インパール作戦等で 無意味に多くの将兵を死なせ、戦後も温々と過ごした南方軍の指揮官共こそ裁かれるべき…等と思ったりするのだ。
しかしね、そんな戦後歴史に興味や知識の無い人には 元海軍提督の姿は 全く別なものにさえ映ってしまうのだろう… そう思うと非常に残念だ。
犬がボールをくわえて走る場面がある。
その時に 主人公である子供がナレーションで喋る語りは ネタバレしたくないので あえて記さないが、そういった視点で見ると 非常に切ないのが判って頂けると思う。
この映画は 封切り後、嫁と一緒に見た映画だ。
その時は 上記の様な理由で ラストでボロボロ泣いた私を 嫁が呆れて見て
「アナタと見る映画は 一歩間違えると、とても恥ずかしい思いをする」
等と、見終わった後に 一緒にラーメンを食べてたら言われたのを覚えている。
そんなたわいも無い話を 何故覚えているか…
それは、その時から数年後、再び一緒に この映画を見たからである。
二度目は 映画館では無く、TVで 主役の

夏目雅子の追悼番組として放映された時だった。
その時は 私はともかく 嫁は ずっと泣きっぱなしだった。
そう、夏目雅子の命を奪ったものが「白血病」だったからだ。

嫁は 夏目雅子が輝いて映る画面の中に 「亡き友」の姿を見たのであろう。
その後、骨髄バンクなどの運動やCMに必ずと言って良い程

夏目雅子が登場するが、その度に 夏目雅子の姿に「亡き友」を見ているようだ。^^;
決して、美化して語るつもりは無い。
けど、もし夏目雅子という女優さんが存命していたら おそらく、吉永小百合の様な足跡を残したと 私は信じて疑わない。

それだけに、若くして難病に苦しんだ末に 数多の可能性までもが奪われてしまう様な死に方は この世から根絶して欲しいと願うばかりである。
