● 遊びの時間は終わらない
かなり以前に「遊びの時間は終わらない」について このブログで簡単に触れた事があるけれど、今回、ちと思う事があって あらためて「遊びの時間は終わらない」について触れてみる事にした。

「遊びの時間は終わらない」(1991年) 主演:本木雅弘
この映画は 銀行強盗の訓練を行うために犯人役として選ばれた

本木雅弘(と、今井雅之)が 異様なまでにクソ真面目すぎて

真剣に強盗を演じてしまうために

ただの訓練では済まされない事態になっていく…という話。

訓練であるが故に 人質は首から「拘束済み」の札を下げ

撃たれた者は「死体」となる。

取材のカメラマンは「空気」という扱いになり…

中には レイプされた事にされる女子行員まで出る始末…

一度は解決したかに思われたが、

マスコミからの物言いがつき、再継続となる…
見終わって感じた事は 役者の演技が どうこうと言う問題以前に、脚本の面白さが活かされた作品であるという事。
エンディングに関しては どちらも賛否両論があると思われるが、中だるみも無く楽しめる作品であると思う。
日本の映画は ハリウッド映画と比較するのは酷な話だが、基本的に 予算がセコイ。
「~億円の予算をかけた大作」と宣伝するぐらい金をかけた…と事前に宣伝する映画も よく見受けるが、その予算の大半は 役者のギャラや 基本セットで使ってしまっていると思われる物ばかりで、考証や設定等は ほったらかしの物が多く いったい、どこに金をかけたんだ?と 制作者を問い詰めたくなる物が多すぎる。
であれば、この作品のように セットに金をかけず、役者も こう言っては失礼だが、ギャラが安めでも 良い芝居をする役者を中心に構成すれば 充分に面白い作品が出来る… そういう事を実証して見せた映画であると思える。
私の個人的な考えだが、もういい加減、役者のネ-ムバリュ-だけに頼った様な制作姿勢は辞めるべきと思う。
「マンガや文庫でヒットした作品を原作に使えば 外れる確率は低い…」
というセコイ理論の上で ネ-ムバリュ-のある役者を主役におけば… みたいな感じの考え方から脱却し、同様に、もっと新鮮な脚本家に門戸を開き オリジナリティのある作品を 時には冒険半分で制作して欲しいと切に願う。
