● 私をスキーに連れてって
1987年に ホイチョイ・プロダクションが制作した最初の映画。

ホイチョイ・プダクションは 当時、ビック・コミック・スピリッツ誌上に「見栄講座」と言うタイトルで マンガの様な エッセイの様な 若者が見栄を張るには どうすればいいかを風刺たっぷりに描いた作品が 大ヒットしていた。
私も それを愛読していた一人なのだが、そんなホイチョイが作った映画と言う事で密かにヒットし、今でもファンが多い作品なのだが 映画=芸術作品 という固定概念に縛り付けられた多くの映画評論家達からは黙殺された作品である。
主演は

「原田知世」と

「三上博史」
脇を固めるのが

今では すっかり亭主に浮気されてしまう主婦専門女優と化した「高橋ひとみ」

原田知世の実姉で 今では姿が見れない「原田貴和子」

あいかわらずの「布施博」

今じゃ 絶対に姿を見れない元祖「ヒロくん」

実を言うと 私は札幌育ちの人間なのだが、そんな私が 東京の大学に入り、東京の とある会社に就職した頃、都会に対して感じていたカルチャー・ギャップの ひとつの集約が この映画にはある。
「ブタネコ君 札幌出身なんだって? じゃ、スキー巧いんだ…」
私が北海道出身だと聞いただけで そう決めつけた様に喋り出す人間が関東圏には 実に多かった。
私の場合、一応、高校生の時にスキー検定1級というのを取得しているので それなりに滑る事は出来る方だとは思っている。
しかし、この検定というのは ひとつの目安であって権威があるか? と言えば疑問の多い基準だと 多くの道産子は考えている。
パラレル、クリスチャニアなど 曲がり方のテクニックを如何に綺麗に行えるか… 検定の基準は そこにある。
けれども、私の知る 道産子のスキーとは「いかに早く滑り降りるか?」が 巧い下手の目安だったりするわけで、求めるモノは 姿・形では無く どんなフォームであろうとも それなりのスピードで滑り降りる事にある。
たとえば、札幌市内の南西に藻岩山という 標高300数十mの山がある。
この山には ナイター設備も整った それなりのコースを いくつか持った市民スキー場がある。
この市民スキー場には 通称:「うさぎ平」と呼ばれる 最も傾斜のきつい 難度の高いコースがあるのだが、そこに集う子供達は そこを無理矢理腰をクイクイ動かしながらパラレルのフォームに拘って滑り降りるスキーヤーを見ると
「何、カッコつけて滑ってんだ? あれ」
「なまら、邪魔だべや」
そう言って小馬鹿にし、急斜面を降りきったあたりにある コースの中央に一本だけ切らずに残されている 大きな木まで 皆で競争するのが通例だった。
そんなのが 少なくても私の知るスキーの神髄だったのだ。
さて、話を「私をスキーに連れてって」に戻す。
この映画の上映後 スキー人口がアッと言う間に増えた。
特に 若者のスキーヤーが激増した。
同時に、割と地味だったスキーウェアが実にカラフルに ファッショナブルにもなった中で 真っ白のウェアを着る女の子も増えた。

それは この映画の原田知世が与えた影響が大だったと言って良い。
しかし、

この画を見て判る通り、白は保護色となってしまって 見分けがつき難く、その為に衝突事故が増えた。
また、スキーのテクニック等 二の次で、やたらと道具に拘るアホも増えた。
「板はロシニョールで ビンディングはサロモンで…」
ましてや
「その ロシ(ロシニョール)の板 去年のモデルだよね?」
「そうなんだ… 今年のは金が無くて買えないよ」
なんて会話が普通になり、スキーの板ごときが 流行のブランド品扱いとなり、毎年、買い換えなきゃ…みたいな風潮になる。
何かを始める時、カッコから入るのと 基礎を覚える事から始めるのと 典型的に別れるパターンがある。
どちらもどちらでアリなのだが、スキーの場合は 圧倒的に前者が多い。
だから、滑るよりも 道具やテクニックの専門用語を ふんだんに盛り込んだ会話に夢中になり、スキー場に来ても 滑るより、お喋りに夢中になる輩の方が圧倒的に増えてしまった。
そんな雰囲気が嫌になったのが 私がスキーに行かなくなった理由のひとつで、もうひとつは

わざわざ車のタイヤを履き替えて

数時間、車を走らせてスキー場へ行く…
そんなスタイルが定着してしまった風潮も嫌だった。^^
だって、札幌の若い社会人達は 会社を定時で退社したら スーツ着たままスキーウエアや靴等が入った大きなリュックを背中に、スキーを肩に担いで市営の路面電車に乗り、「ロープウエイ前」で降りて ロープウエイに乗って藻岩山の頂上に行く。
そこで、革靴をスキー靴に履き替えて スキーを履き、スキー場の底の位置にあるロッジへと その格好で一度滑り降りるのである。
考えてもみて頂きたい。
スーツ姿で滑る… それは 決してお洒落な姿では無い。
でも、それは 簡単には転ばないよ… という高いテクニックの持ち主であるという自信の表れなのである。
つまり、
「俺は 一度も転ばずに 頂上から下まで滑り降りる事が出来るのさ…」と。
私達、藻岩山札幌市民スキー場で過ごした者達には それは、まさに上級者の証であり、もの凄くカッコ良い行為だったのだ。
パンパンと身体(コ-ト)に降り積もった雪をはたき落としながら スーツ姿にスキー靴で ロッジの中の更衣室へと向かい、スキーウエアに着替えるサラリ-マン それが、藻岩山札幌市民スキー場では 夕方6時から7時ぐらいまでは定番の光景で それまでは学生達で占領されていたロッジやゲレンデが そういうスーツ姿が登場すると
「ボウヤ達、これからは大人の時間だから 遠慮しときな」
そんな暗黙の子供と大人の境目にすら思えたものだった。
これは 札幌という環境が そういう環境だったから特別…だとは思う。
けどね、判って頂きたいのは そんな環境で過ごすと スポーツなんだかファッションなんだか判らない関東圏人のスキー感には馴染めない 独特の遊び感覚があるという事だ。
だから、「私をスキーに連れてって」という映画は その遊び感覚を思い出させる映画と受け取る事が出来るのだが、この映画を見て受ける印象というか感慨は 関東圏人とは大きく異なるわけで、共通している部分は



この一連の流れを見ても判るように 原田知世が もの凄く可愛いい。

という事だろう^^;
あらためて、今回 この映画を見直して…

こんな感じのバブリ-なお姉さん達もいたし…

このオフィス光景が 非常に懐かしい。
手前のPCは 8インチフロッピーのマシンじゃん(N5200かな?)

課長もヒラも タバコくわえて書類書き…
ヘビー・スモーカーの私には 古き良き時代だ^^

これは 原田姉妹の貴重な共演ショット^^


この背中に背負うライトは 真剣に欲しかったが、あまりにも高価だったんで 手が出なかったなぁ…^^;
やっぱ 私にとって1980年代は いろんな思い出の多い時期なんだな…
この映画を再見して あらためて そう思った。
