● 八つ墓村(豊川版・渥美版)
冒頭にて 少々、お断りを申し上げておきたいのだが、今回は ちょっと思うところがあり、「八つ墓村」に関して 東宝と松竹が制作した作品を比較してみたいと思うので
若干のネタバレが 記事に含まれる事を どうかお許し願いたい。
と言うわけで、今回の趣向は

1977年に松竹が野村芳太郎を監督に制作した物と、

1996年に東宝が市川崑を監督に制作した物を
比較してみたいと思うのだ。
と言うのは 1977年と言えば 角川映画全盛の時期で 「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」「獄門島」と 東宝-市川崑-石坂金田一というラインで 次々と横溝作品が映画化され、しかも 初めて原作に忠実な金田一像による作品でもあり、好評だった折でもあり 横溝ファンの間では とかく論議を呼んだのが 松竹版「八つ墓村」だったのだ。
ファンの多くは それまでの
【東宝-石坂:金田一】

この姿に 原作通りの金田一像を見て良しとし、
【松竹-渥美:金田一】

この姿に 原作のイメージとは違う…として 松竹版を批判する声が多かった。
何故、1977年頃の横溝ブームの渦中において「八つ墓村」と「本陣殺人事件」が 東宝で制作されなかったのか? こういう言い方をすると 横溝先生に対して失礼とは思うが、横溝ブームの到来を予想できずに 映画化権を渡していたからなのであろうか…^^;
「たたりじゃ~ 八つ墓明神のたたりじゃ~」
1977年の松竹版が封切られる時に流れたCMのキャッチ・コピーを覚えておられる方も多いであろう。^^
ゆえに、1996年に 東宝-市川崑が

豊川悦司の金田一で制作した「八つ墓村」には 封切り前に大きな期待を寄せ、豊川金田一は 決して悪くなかった。
ただね、この松竹版「八つ墓村」を高く評価するファンも 割と多く存在する。
その理由として挙げられるのは
「原作は 田治見辰也の視点で記述されており、この物語の主役は辰也であって 金田一では無い、だから、金田一云々で この作品の評価を変えるのは間違いだ」
という意見がある。
たしかに、原作の視点は辰也である。
【東宝-市川-豊川:金田一】

(高橋和也)
【松竹-野村-渥美:金田一】

(萩原健一)
これは 他の横溝作品を読むと判るのだが、金田一シリーズは 常に、金田一耕助の視点で記述されている訳では無い。
むしろ、金田一以外の 第三者視点であったり、金田一から話の顛末を聞いた…と称する作家先生の視点による記述だったりするのだ。
従って、「田治見辰也」の視点で描いた「八つ墓村」…と考えると 磯川警部や金田一耕助に重きを置かなかった 松竹版(野村芳太郎)の描き方もアリではあろう。
ゆえに、「八つ墓村」という一つの作品だけを愛するか、「金田一シリーズ」を愛するかの スタンスの違いであって 根本となる部分は大きく変わらないのが 横溝ファンの共通でもあるわけだが、それとは別に、そんな横溝ファンとは 全く関係の無い 映画ファン…という存在もあり、その方々の感想も別にある。
故に、私のスタンスは?と言えば 横溝ファンであり、金田一ファンである以上 松竹版の渥美:金田一は許容する事が出来ないし、何よりも 納得いかないのは 松竹版の場合、犯人の動機が私利私欲とされている点にある。
これは 原作に準じた東宝版の方を…と 言いたいところだが、東宝版も なんか表現が弱く 物足りない^^;
【註記】
私は「男はつらいよ」の大ファンである事を書き添えておきます。
基本的に「渥美清」は大好きなのです。

さすがに松竹だけあって こんなシーンを見ると
「お、オイチャンと寅さんだ」
と、ついつい嬉しくなるのだが…
でも、この「渥美:金田一」だけは どうしても馴染めない^^;
この松竹版「八つ墓村」では 東宝版に比べて 実に良い役者を(チョイ役を含めて)使っており、部分的には 実に秀逸なシーンが多いという事は素直に認めたい。
たとえば、ある意味 物語の根本となる主役とも言える 尼子の落ち武者

田中邦衛じゃん^^

「ゲンちゃん」こと佐藤蛾次郎じゃん ^^

黒沢映画ばりの落武者で…

夏八木勲の 見事な生首っぷり^^
それに対して 東宝版は この落武者が村人達から襲われるシーンは 実にアッサリとしており…
名場面のひとつである
「祟ってやる」
と、落武者が言い遺すシーンは
【東宝-市川-豊川:金田一】版だと


(役者は 今井雅之)
それに対して
【松竹-野村-渥美:金田一】版では


(役者は 夏八木勲)
そして もう1人の主役「田治見要蔵」については
【東宝-市川-豊川:金田一】

(役者は 岸辺一徳)
これも なかなか悪くは無いのだが…
【松竹-野村-渥美:金田一】


桜吹雪の中を迫ってきて…

(役者は 山崎努)
どうも、松竹版は 歌舞伎役者みたいなメイクをしたがるのが 非常に気になる。^^;
部分的に対照的なのは「たたりじゃ~」と騒ぐ「濃茶の尼」で
【東宝-市川-豊川:金田一】

【松竹-野村-渥美:金田一】

と言う風に ここでは 東宝の方が濃い^^
で、最も対照的なのは 「美弥子」である。
【東宝-市川-豊川:金田一】

(浅野ゆう子)
【松竹-野村-渥美:金田一】

(小川真由美)
松竹版「八つ墓村」を語る時、賛否両論となるのが、小川真由美の演技(演出)である。
先にも述べた様に 松竹版では多治見辰也の視点で描いた…というスタンスが強いのだが、実際に、松竹版「八つ墓村」を見た後、
「この映画の主役って誰?」
それを思う時、素直に 萩原健一が演じた「多治見辰也」

を思い浮かべる人は何人いるだろう?
主役がどうこう…って言うよりも 小川真由美が演じた

美弥子が 洞窟の中を駆け回る姿の印象が強すぎて

それが松竹版「八つ墓村」の全てとさえなってしまってなかろうか。
私は原作の「八つ墓村」を思う時、この 洞窟内のシーンが ホラーみたいな描写になるのは大いにアリだと思っているが、松竹版の様な美也子は やり過ぎで興醒め、しかしながら 東宝版の美也子は なんか大人しすぎる感があり、物足りない。^^;
また、尼子の落武者の祟り…と言う部分を そこが重要な伏線と思えばこそ 強調するのも大いにアリだと思うので この部分は 松竹版の落武者のシーンは大いに良かったと感じている。
東宝版においては、作品全体のトーンが 往年の石坂:金田一で見られたスケールの大きさが失われており 少々物足りなさを感じてしまったのは まさに、それらの辺りからである。
しかしながら、市川流の映像美は失われておらず、たとえば
小竹・小梅という 妖怪の様な双子の老婆
【東宝-市川-豊川:金田一】

(岸田今日子 二役)
【松竹-野村-渥美:金田一】

(左:不明 右:市原悦子)
これは 画像の画質の差という問題だけでは言い表す事の出来ない差だと思われる。
ま、いずれにせよ 惜しむらくは 市川版全盛時に この「八つ墓村」を石坂浩二で撮って欲しかった… それが私の気持ちである。
最期に…
【東宝-市川-豊川:金田一】版でみつけた 二つの画像を紹介しておく。
ひとつめは

お馴染みの御約束シーンは ここでも健在だった^^
そして、


この女優さんは 誰でしょう?
仲間由紀恵… そう思った方は 不正解。
正解は

喜多嶋舞 です。
こうやって見ると よく似てるよねぇ^^
