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2005年09月23日

● 八つ墓村(豊川版・渥美版)


冒頭にて 少々、お断りを申し上げておきたいのだが、今回は ちょっと思うところがあり、「八つ墓村」に関して 東宝と松竹が制作した作品を比較してみたいと思うので

若干のネタバレが 記事に含まれる事を どうかお許し願いたい。




と言うわけで、今回の趣向は


八つ墓村

1977年に松竹が野村芳太郎を監督に制作した物と、


八つ墓村

1996年に東宝が市川崑を監督に制作した物を


比較してみたいと思うのだ。


と言うのは 1977年と言えば 角川映画全盛の時期で 「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」「獄門島」と 東宝-市川崑-石坂金田一というラインで 次々と横溝作品が映画化され、しかも 初めて原作に忠実な金田一像による作品でもあり、好評だった折でもあり 横溝ファンの間では とかく論議を呼んだのが 松竹版「八つ墓村」だったのだ。


ファンの多くは それまでの


【東宝-石坂:金田一】

金田一

この姿に 原作通りの金田一像を見て良しとし、


【松竹-渥美:金田一】

金田一

この姿に 原作のイメージとは違う…として 松竹版を批判する声が多かった。


何故、1977年頃の横溝ブームの渦中において「八つ墓村」と「本陣殺人事件」が 東宝で制作されなかったのか? こういう言い方をすると 横溝先生に対して失礼とは思うが、横溝ブームの到来を予想できずに 映画化権を渡していたからなのであろうか…^^;


「たたりじゃ~ 八つ墓明神のたたりじゃ~」


1977年の松竹版が封切られる時に流れたCMのキャッチ・コピーを覚えておられる方も多いであろう。^^


ゆえに、1996年に 東宝-市川崑が

八つ墓村

豊川悦司の金田一で制作した「八つ墓村」には 封切り前に大きな期待を寄せ、豊川金田一は 決して悪くなかった。



ただね、この松竹版「八つ墓村」を高く評価するファンも 割と多く存在する。


その理由として挙げられるのは


「原作は 田治見辰也の視点で記述されており、この物語の主役は辰也であって 金田一では無い、だから、金田一云々で この作品の評価を変えるのは間違いだ」


という意見がある。


たしかに、原作の視点は辰也である。


【東宝-市川-豊川:金田一】

八つ墓村

(高橋和也)


【松竹-野村-渥美:金田一】

八つ墓村

(萩原健一)


これは 他の横溝作品を読むと判るのだが、金田一シリーズは 常に、金田一耕助の視点で記述されている訳では無い。


むしろ、金田一以外の 第三者視点であったり、金田一から話の顛末を聞いた…と称する作家先生の視点による記述だったりするのだ。


従って、「田治見辰也」の視点で描いた「八つ墓村」…と考えると 磯川警部や金田一耕助に重きを置かなかった 松竹版(野村芳太郎)の描き方もアリではあろう。


ゆえに、「八つ墓村」という一つの作品だけを愛するか、「金田一シリーズ」を愛するかの スタンスの違いであって 根本となる部分は大きく変わらないのが 横溝ファンの共通でもあるわけだが、それとは別に、そんな横溝ファンとは 全く関係の無い 映画ファン…という存在もあり、その方々の感想も別にある。


故に、私のスタンスは?と言えば 横溝ファンであり、金田一ファンである以上 松竹版の渥美:金田一は許容する事が出来ないし、何よりも 納得いかないのは 松竹版の場合、犯人の動機が私利私欲とされている点にある。


これは 原作に準じた東宝版の方を…と 言いたいところだが、東宝版も なんか表現が弱く 物足りない^^;

【註記】

私は「男はつらいよ」の大ファンである事を書き添えておきます。

基本的に「渥美清」は大好きなのです。


八つ墓村

さすがに松竹だけあって こんなシーンを見ると


「お、オイチャンと寅さんだ」


と、ついつい嬉しくなるのだが…


でも、この「渥美:金田一」だけは どうしても馴染めない^^;


この松竹版「八つ墓村」では 東宝版に比べて 実に良い役者を(チョイ役を含めて)使っており、部分的には 実に秀逸なシーンが多いという事は素直に認めたい。


たとえば、ある意味 物語の根本となる主役とも言える 尼子の落ち武者


八つ墓村

田中邦衛じゃん^^


八つ墓村

「ゲンちゃん」こと佐藤蛾次郎じゃん ^^


八つ墓村

黒沢映画ばりの落武者で…


八つ墓村

夏八木勲の 見事な生首っぷり^^


それに対して 東宝版は この落武者が村人達から襲われるシーンは 実にアッサリとしており…


名場面のひとつである


「祟ってやる」


と、落武者が言い遺すシーンは


【東宝-市川-豊川:金田一】版だと

八つ墓村

八つ墓村

(役者は 今井雅之)


それに対して


【松竹-野村-渥美:金田一】版では

八つ墓村

八つ墓村

(役者は 夏八木勲)




そして もう1人の主役「田治見要蔵」については


【東宝-市川-豊川:金田一】

八つ墓村

(役者は 岸辺一徳)


これも なかなか悪くは無いのだが…


【松竹-野村-渥美:金田一】

八つ墓村

八つ墓村

桜吹雪の中を迫ってきて…


八つ墓村

(役者は 山崎努)


どうも、松竹版は 歌舞伎役者みたいなメイクをしたがるのが 非常に気になる。^^;



部分的に対照的なのは「たたりじゃ~」と騒ぐ「濃茶の尼」で


【東宝-市川-豊川:金田一】

八つ墓村


【松竹-野村-渥美:金田一】

八つ墓村

と言う風に ここでは 東宝の方が濃い^^




で、最も対照的なのは 「美弥子」である。


【東宝-市川-豊川:金田一】

八つ墓村

(浅野ゆう子)


【松竹-野村-渥美:金田一】

八つ墓村

(小川真由美)


松竹版「八つ墓村」を語る時、賛否両論となるのが、小川真由美の演技(演出)である。


先にも述べた様に 松竹版では多治見辰也の視点で描いた…というスタンスが強いのだが、実際に、松竹版「八つ墓村」を見た後、


「この映画の主役って誰?」


それを思う時、素直に 萩原健一が演じた「多治見辰也」

八つ墓村

を思い浮かべる人は何人いるだろう?


主役がどうこう…って言うよりも 小川真由美が演じた

八つ墓村

美弥子が 洞窟の中を駆け回る姿の印象が強すぎて 

八つ墓村

それが松竹版「八つ墓村」の全てとさえなってしまってなかろうか。


私は原作の「八つ墓村」を思う時、この 洞窟内のシーンが ホラーみたいな描写になるのは大いにアリだと思っているが、松竹版の様な美也子は やり過ぎで興醒め、しかしながら 東宝版の美也子は なんか大人しすぎる感があり、物足りない。^^;


また、尼子の落武者の祟り…と言う部分を そこが重要な伏線と思えばこそ 強調するのも大いにアリだと思うので この部分は 松竹版の落武者のシーンは大いに良かったと感じている。


東宝版においては、作品全体のトーンが 往年の石坂:金田一で見られたスケールの大きさが失われており 少々物足りなさを感じてしまったのは まさに、それらの辺りからである。


しかしながら、市川流の映像美は失われておらず、たとえば


小竹・小梅という 妖怪の様な双子の老婆


【東宝-市川-豊川:金田一】

八つ墓村

(岸田今日子 二役)


【松竹-野村-渥美:金田一】

八つ墓村

(左:不明 右:市原悦子)


これは 画像の画質の差という問題だけでは言い表す事の出来ない差だと思われる。


ま、いずれにせよ 惜しむらくは 市川版全盛時に この「八つ墓村」を石坂浩二で撮って欲しかった… それが私の気持ちである。


最期に…


【東宝-市川-豊川:金田一】版でみつけた 二つの画像を紹介しておく。


ひとつめは


八つ墓村


お馴染みの御約束シーンは ここでも健在だった^^


そして、

八つ墓村

八つ墓村

この女優さんは 誰でしょう?








仲間由紀恵… そう思った方は 不正解。






正解は


八つ墓村

喜多嶋舞 です。


こうやって見ると よく似てるよねぇ^^



お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

今晩は。Jannitaでございます。
いつもながら素晴らしい分析、ビール片手に拝見しまして、感嘆しておるところでございます。
松竹版の落武者、凄まじかったですよね。(汗)
落武者狩りを主導したショウザエモンなる人物が発狂して自分で自分の首を切り落とすシーンがありましたが、あの刀を「ベロ~ン」と舐め上げるところは凄い印象に残ってます。(笑)
私は豊川金田一、結構好きなんですが、映画のもつオーラみたいなもんとしてはやはり松竹版の方に軍配をあげたいと思います。
オーラ強すぎて、時間の間隔を開けないと観ようという気になかなかなりませんが…。
私にとっては山崎努演ずる多治見要蔵ですべてが決まってしまっているように思えます。
それくらいこの役の彼は凄かった。
こんな人近所にいたらヤダもん。(笑)
これからも金田一記事、期待しています。
最近、古谷版の『金田一耕助シリーズ』をDVDで観なおしているんですが、『三つ首塔』なんか凄かったです。あの映像が。
あの『金粉ダンス』にはド肝を抜かれました。(笑)
金田一シリーズの警部役の人はみんな味のある人ばかりでしたが、長門勇の日和警部も結構好きなんですよね。可愛いくないですか?あの人。(笑)

★ Jannita  さん

お楽しみ頂けましたでしょうか?^^

落武者のシーンは 松竹版に軍配を上げますね 私も^^

やっぱ あれぐらいやってもらわないと 怨念を感じない。

ゆえに、山崎:要蔵が 桜吹雪の中を迫ってくるシーンは
音楽の盛り上りも良くて圧巻です^^

それだけに 金田一:磯川 軽視の設定が私には惜しまれるのです。^^;

 クラヒー!! ブタネコさん、おはようございます。突如始まった、連日の「懐かしの映画劇場」、楽しみにしています(笑)。

 『八つ墓村』松竹版、大好きな映画です。当時、中国地方のとある営業所にいたせいで、津山30人殺しを題材にした本作品と、島根の亀嵩(かめだけ)の独特な訛りを謎解きに使った『砂の器』には言い知れない親近感を抱いていました。松竹版の独特な雰囲気、たまりません! 原作ファンには多々ご不満はあるでしょうが(笑)、私は控えめな渥美清の金田一が特に好きです。渥美が登場するシーンには圧倒的な説得力があって、今でも胸がわくわくしますよ~。渥美=金田一をもっと見てみたかったなぁ・・・。ブタネコさんは「私利私欲が動機」とおっしゃってますが、ラスト、渥美=金田一は美也子自身も気づいていない「島根県広瀬町」に結び付く事実をあげて、尼子の復讐を匂わせる推理をしていますよね。謎を全て解明せずに、あそこで終わるところが私は気に入ってます。

FORREST

★ FORREST さん

亀嵩(かめだけ)… 「砂の器」は私も 特別な思い入れがあります^^

>「島根県広瀬町」に結び付く事実をあげて、尼子の復讐を匂わせる推理をしていますよね

ええ、そうです。

しかしね、「八つ墓村」の犯人の動機は 尼子の怨念でも 自分の会社や
店の借金返済等 私利私欲でもない…(ネタバレになるので 詳細は書きたくありません)
そこが 一番、重要な点なんです。

だから、原作派:映像派(映像派でも 東宝派と松竹派 それにTV版派)
と別れるところでありますが、松竹版の映画は 部分的なパーツの
美しさや表現は大いに認めるところではありますが 全体を通した
作品としては 最も「原作を無視した作品」だと私は感じております。

ゆえに、単なる作品としての評価で語れば FORRESTさんの仰ることは御尤も、
そう申し上げますが 私の感じた事は記事の通りなのです^^;

 クラヒー!! ブタネコさん、おはようございます。原作未読の私としては、映像世界だけで松竹版は見事に完結しているのですが(笑)、「最も原作を無視した作品」と知ってしまった以上、原作を読まないわけには行きませんね~。さっそく、トライします!!

 ところで、美也子を演じた小川真由美さんは「大人の女性」の魅力全開で、実に良かった~。最後の洞窟内のシーンは恐くて、恐くて・・・(笑)。尼子の落ち武者達が惨殺されるシーンとちょうど良いバランスになっていて、ますます怨念の強さを痛感させられます。美也子と辰也の追いかけっこが「動」とすれば、渥美=金田一が淡々と語る事件の背景が「静」。何度観ても、この同時進行は上手い演出だと思います。

FORREST

★ FORREST さん

>最後の洞窟内のシーン

そこも 意見の分かれるところだと思います^^;

映像重視だと 静と動の対比による効果…なのは充分わかるんですが、
金田一耕助という人物は 切迫した状況の中で のんびり謎解きする
人物じゃ無いのです。

だから、納得できない理由にも なり得たりします。^^;

原作も読まず、金田一耕助なる人物も知らず、単に ミステリーっぽくて
サスペンスっぽくて、ホラーっぽい作品として見れば 松竹版は
良く出来ていると思います。^^

ただ、横溝マニアとしては 受け入れがたい…

そう申し上げたいだけです^^;

こんちは。
戌年てことで、犬絡みで検索してめっけました。今更ですんません。
映画比較が細かくて面白かった。

金田一シリーズは、世にはびこるえーかっこしいとは一線を画すパタンなので、
たいしてドラマも映画も観ない私も楽しめました。

設定に配役と演出の大事なこと、改めて知りました。

★ 長野 さん

はじめまして、コメントありがとうございます。^^

今後も よろしく御願い申し上げます。

自分は市川・石坂作品のファン(犬神、手毬歌が特にイイ)なんですが、映画としての完成度を考えると、
「松竹版」の野村組の仕事は評価されてしかるべきだと思います。
野村組は原作を素材(脚本をタネホンと言い出したのは松竹大船が始まりのようです)として、
そのタネボンのさらにもとタネとして、原作を位置づけているのでしょうね。もちろんそこには
原作者の許諾が必要なのですが。
脚本の橋本さんの姿勢があるのだろうし、その素材をどういう映像芸術に創り上げるかが、
映画監督をはじめ、撮影、美術、音楽スタッフの手腕となるわけですもんね。そして出来上がった
作品が原作者をどう納得させ、観衆を魅了するか。
当時のオカルトホラーブームの商業的な意味もあり、ブタネコさんの指摘する通り、やや、やり過ぎの感も
確かにありますが、映画として、よく出来た映画だと思っています。
70年代の野村作品は、さすが山田洋次のお師匠さんと思わせる作品が少なくないと思いますね。

ただ、金田一、磯川軽視という部分では、同感なんだな。でもそれって、横溝原作ファン特有な感覚かも
しれませんね。もし松竹版でそういうディテールに触れたとしたら、おそらく上映時間が180分を越えた
ような気がします。それと、松竹版が戦後設定を当時の現代設定に変えた所で、必然的に
金田一耕助・磯川警部の描き方も変わってきたのかもしれませんね。
さらにお約束助演出演ポジションの渥美さんを金田一にもって来たわけですし。

続けてすみません。

横溝ブームは76年から始まっていて、松竹は八つ墓村の映画化権をその数年前から
持っていたそうですよね。嗅覚は松竹の方が上だったようです。しかし松竹は、シナリオ
ハンティング、ロケハン、撮影とかなり時間をかけますから、その対応、進行の遅さに
角川さんが切れて、先に東宝の「犬神家の一族」のgo サインを出したらしいです。

自分が「犬神」を見た時、最初に思ったのは、これサスペンス劇場で観たぞ、でした。
そうです。酒井和歌子さんの「蒼いけものたち」です。中山仁さんや沢村貞子さんが
出ていたやつ。閑話休題。

そもそも、角川春樹さんが、松竹ではなく、東宝に映画化権を渡していたら、まず最初に
東宝の「八つ墓村」ありきなんですよね。そうなると状況はけっこう変わったかもしれません。

東宝の市川版は、豊川さんの主演や上映時間設定を、かなり強硬に東宝側がプッシュした
末の作品と聞いています。

あの作品については、「俺本当は平ちゃんでさぁ。。。」という市川監督のため息が聞えてくる
ような作品だと、自分は感じています。だから石坂金田一の香りは確かにほのか残っていた。
でも正直言って、横溝作品の東宝版では、唯一再鑑賞する気にならない作品です。

★ WILL さん

>「松竹版」の野村組の仕事は評価されてしかるべきだと思います。

もし、私が横溝ヲタとして持論を持ってなければ ひとつの作品として面白い物と思えたとは 私も思っております。

渥美清も大好きな役者ですし、演技的に批判する気はサラサラありません。

しかしながら、私は 横溝正史のファンであります故に この松竹版「八つ墓村」を褒める気持ちにはなれません。

その気持ちには 野村芳太郎が どれだけ名監督と呼ばれていようとも 出来上がった映画に原作への愛着というか尊重のような姿勢が乏しく感じられるわけで であるがゆえに、野村芳太郎ごときが 横溝先生の原作に手をつけるなんぞ片腹痛い… って気分なんです。^^;

>ただ、金田一、磯川軽視という部分では、同感なんだな。でもそれって、横溝原作ファン特有な感覚かも
しれませんね。もし松竹版でそういうディテールに触れたとしたら、おそらく上映時間が180分を越えた
ような気がします。

ええ、尺の問題は たしかにあると思います。

で、私は この「八つ墓村」に限らず 映画の製作者に対して思うのですが、「尺の関係で どうしても こうせざるを得なかった」というのは 原作のある題材を映像化した際に 必ずついてまわる「言い訳」なんですよね

私は むしろ、そんなに尺に収めきれないなら 中途半端に原作の世界を捻じ曲げるより、素直に2本に分けるなり「映画化できません」と白旗をあげろと言いたいです。

だって、無理矢理 原作を捻じ曲げて約2時間という尺に収めておきながら 「新たな解釈で巧みな演出」なんて自己陶酔してるのか さもなくば最初からデマ宣伝と自覚の上なのか判らないような事を言ってる事が腹立たしい。


>横溝ブームは76年から始まっていて、松竹は八つ墓村の映画化権をその数年前から
持っていたそうですよね。嗅覚は松竹の方が上だったようです。しかし松竹は、シナリオ
ハンティング、ロケハン、撮影とかなり時間をかけますから、その対応、進行の遅さに
角川さんが切れて、先に東宝の「犬神家の一族」のgo サインを出したらしいです。


私の聞いている話と大筋は同じなんですが 角川が切れて…の部分は 初耳なんで「へぇ…」と思いました。


>「蒼いけものたち」

ええ、私も見てました だって「酒井和歌子」好きなんだmon

ドラマの内容はグチャグチャでしたが^^


>豊川版「八つ墓村」

私は 豊川悦治も好きな役者だし、市川監督は 初めて原作の金田一や横溝ワールドを尊重した映像を作った監督なんで この作品は好意的に捉えてます

しかし、「病院坂の首縊りの家」で いったん終止符を打ち、横溝先生の最後の作品となった「悪霊島」ですら市川版を製作しなかったのですから あえて「八つ墓村」にはこだわらず、当時 他の最近映像化されていない「仮面舞踏会」や「迷路荘の惨劇」などを豊川で製作すれば良いのに…と思い ちょっと無理矢理製作した感が否めないのも正直なところです。

このhp面白いです。好きな映画は砂の器です。頑張って下さい。

★ 本浦秀夫 さん

お褒めの御言葉ありがとうございます。^^

「砂の器」に関しましては

http://buta-neko.com/blog/archives/2006/05/post_844.html

という記事を書きました。

もし、お気づきでなければ御一読頂けますと幸いです。^^

続けざまにすみません。

「八つ墓村」に関しては難しいところですね~。

当然、渥美金田一は許せません。しかし、原作を読んだ時の私の感想は、金田一がふらりと来ては事件の闇がはれていくという形、出ズッパリでない金田一が非常にイイと思ったのです。(出ズッパリとは違いますが、「百日紅の下で」も好きなんですよね~、服装も復員姿ですが。)

その点では、辰也を主役にすえている松竹版の基本的な設定は好きです。あと山崎努もいい。しかし、おっしゃる通り、その動機と最後のメイクはやりすぎの点、私もいただけないと思います。

市川版は・・・ん~、画は当然いいですよね。しかし、上記の通り、主役は辰也のほうが、そこは非常にこだわりがあるんです、上記のとおり、時たま顔をだす金田一がいい。ということは、つまり金田一ものとして映像化しずらい作品だと思うんですよね。

どっちをというと・・・、基本的な設定が違っても石坂浩二なら文句なしなんですが、でもやっぱり市川版ですかね。どっちかをいうと。

今日は何回も、本当にお邪魔いたしました。


★ イエローストーン さん


>つまり金田一ものとして映像化しずらい作品だと思うんですよね。

それは言えると思います。

だから、松竹と東宝 どちらも甲乙つけ難くなってるのかもしれません。^^;

ブタネコさん、こんばんは。
先日、何年かぶりに市川版「八つ墓村」を鑑賞しました。回数的には3回目かな。実は市川+石坂版と違いこちらはほとんどみていないのです。

いつものように原作の詳細はわすれているのですが、少し前に稲垣版をみなおして、けっこうよかったと思っていたので、この市川版に関しては画は当然いいものがありますが、久しぶりにじっくり鑑賞して、話的にはちょっとさびしい内容ですね。
辰也を主役にしていないのでしようがないですが、クジ殺人もなく(これでは美也子の小梅、小竹の見分けがつかないとのセリフが生きません)、鍾乳洞が全くいきてませんし、辰也の名前の意味も・・・。

製作の際、時間的な制約もうけ、苦心の本だったのかもしれませんが。
それとトヨエツにもあの早口がどうも・・・。それと最後の小室等の歌、あれは個人的に非常に違和感を感じます。
久しぶりに見直して、まぁ、先述のとおり稲垣版を見ていた後なので余計ですが、美也子の愛は深くかんじましたが、なんかとても物足りなさで心が一杯になりました。

★ イエローストーン さん

どうせなら、松竹版も御覧になった感想も伺ってみたいなぁ^^

ブタネコさん、こんばんは。

松竹版も、久しく鑑てないですね。あの、どうもやはりあの渥美金田一がねぇ・・・。
鑑賞するまでもう少しお時間下さい。

★ イエローストーン さん

ええ、もちろん 急いで見る必要はありません^^

横溝正史は のんびり、まったり楽しむべき作品ですからね^^

こんばんは 初めまして

今朝、原田芳雄氏が死去されて、故人を思いWikipediaからの同期生夏八木勲の画像(夏八木勲の 見事な生首っぷり^^) へ飛んでこちらに到着し、ビールのつまみに拝見しておりました。

正に、銀河鉄道やヤマト、そして汚れた英雄に蘇える金狼、スターウォーズ(洋画ですが)そしてこのハつ墓村の記憶が掘り起こされました。

そう言われれば、八つ墓村は何本も映画化されていたのですね

私は、映画館では観てませんが、松竹の八つ墓村が強印象ですね。

でも、やはり松坂浩二演ずる金田一が頭ぼりぼり掻いてフケが机の上に… と言うのが定番でしたので確かに渥美清は大人しい印象で違和感がありました。

でも、小川真由美の妖艶な演技は幼少の頃の女ねずみ小僧の小川真由美と相まって、やけに親近感を覚えた記憶があります。

そして、その後に、岡山に住む事がありまして、なるほどここが舞台だったのかと感銘を覚えました。
岡山には古戦場も多く墓守や多くの遺跡を目にし、多少排他的ではありますが今思えば暮らしやすくいい土地だったと思います。

脱線しましたが、松坂浩二の存命中にもう一度最高の八つ墓村が観たいものです。

★ BELL さん

こちらこそはじめまして コメントありがとうございます。

>原田芳雄

個人的に今日は朝からバタバタしており 訃報を知ったのはつい1時間前なんです
なので、ビックリするやら 残念がつのるやら…

>八つ墓村

既に市川崑監督は鬼籍ですし、犬神家のリメイクのおりに 石坂浩二御自身が年齢を気にしているので 他の監督での老けた石坂金田一作品など私は見たいとは思っていません。

また、八つ墓村は長編で2時間程度の邦画の尺に詰め込むのは無理だとも思っており、無理矢理詰め込み その際に「新解釈」とか銘打ったつまんないアレンジを施されるぐらいなら 東野圭吾のクソ作品を「映画化は絶対に不可能と言われていた」のに映画にしちゃいました…みたいなふざけたコピーではなく 真の意味で「映画化不可能」のままでいいとすら私は思います。

横溝氏(金田一ものでないものも含め)作品のほとんどは読んでいますが、やはり東宝版が、横溝文学独特の"雰囲気"がもっとも出ています。松竹版には、その雰囲気はありません。
また金田一についても、(たたりを利用した犯罪ではなく)多治見家に襲い掛かる実際のたたりを強調した時点で、もはや探偵の存在は必要ありません。いてもナレーターでしかありません。従って誰でもよいのでしょう。
探偵金田一の活躍を期待すれば、当然がっかりします。しかも、時代設定も原作(確か昭和23年頃?)からはかなり変えていますので、ボサボサ頭とセルの袴とゲタというわけにもいかないでしょう。

しかし、それでも松竹版は、邦画の名作の一つではあると思います。
1作品のテーマ曲になってもいいほどのいくつかの楽曲が効果的にそれぞれのシーンに使われ、さらに劇場の大画面で見たいと思わせる画面構成やカメラワークで、"映画"ならではのスケールの大きさを感じます。
落ち武者惨殺や要蔵の32人殺しは、あまりに強烈なインパクトですが、冒険やラブロマンスなど、映画ファンを十分に満足させてくれます。(ただ、メイクはもう少し抑えて欲しかった)。
内容は良しとしても、テレビの画面を単に大きくしただけのよう映像作りが多い昨今、今後このように、力の入った映画が作られることはないんじゃないかと、思うくらいです。

ところで、金田一役を演じてみたいと思っている俳優さんは多いようですが、石坂氏を除けば、稲垣吾郎が割と合ってそうに思いますが、どうですか?映画版にも出ていいんじゃないか、と思いますが。


★ Sean さん

>稲垣吾郎

悪くないとは思いますが 普通は「物足りない」と思う事がほとんどのケースにあって
彼が演じた金田一にはいつも何かが余計に感じます

思うに彼は原作を読んでおらず 本来の金田一像を微妙に誤解している様な。

特に「?」と感じるのは 彼が演じる金田一耕助が「楽しそう」に振る舞っているところです

初めまして。往年の角川映画の画像を見て懐かしく思い、金田一耕助の映画を検索してこちらにお伺いしました。

皆さん、やはり石坂浩二さんの金田一耕助が原作のイメージなのですね。
私は一番最初に読んだ『本陣殺人事件』に収録されている『黒猫亭事件』の「これは顔のない死体だ!」(台詞はうろ覚えなんですが)とすごく嬉しそうに言っている金田一さんのイメージが強くて、いつでも悲しそうな石坂金田一に違和感を持ってました。

なので、実は私の持っていた原作のイメージに一番合う金田一耕助は松竹版『八つ墓村』の豊川悦司さんの、早口で人なつこく、話しかけられると嬉しそうで、推理以外なんの役にも立たなそうな金田一さんなのです。

でも、映画としてどちらがいいかと言われると東宝版に軍配を上げてしまいますね。金田一耕助シリーズとか推理物ではなく、ジャバニーズ・ホラーとしては名作ではないでしょうか。
渥美清さんの金田一さんは『あの人は同性同名の別の探偵さん!』と思って見ています。

★ さやの さん

>皆さん、やはり石坂浩二さんの金田一耕助が原作のイメージなのですね。

コメントを下さっている他の方々の理由はともかく、私は石坂金田一で初めて原作通りの金田一耕助像に出会えましたから印象が強いんです

(その前はディスカバージャパン風の中尾彬ですし、さらにその前は高倉健とか片岡千恵蔵とか…ですから)

私も、先程、ブログにて、愚痴った所です。

やはり、金田一耕助と言えば、石坂浩二版を好みます。
この渥美清版金田一。余り、熱心さが足らな過ぎませんか?
石坂浩二版なら、何もかも全部調べ、それを証明してると思います。あのショーケン扮する青年の歴史もはっきりしないし、何でこうなるの?の謎が謎のまま。石坂浩二版を観ている人間としては、スッキリしない。後、もうちょい、人間的要素を入れて欲しい。人情が寅さんの感じで、なんか、あんなに、気を遣う金田一耕助初めて観ました。石坂浩二なら、もうちょい、ズバズバ聞いて、ハキハキと言いますよね。あんな、お人柄が宜しい金田一耕助で良いねか、と思うくらい。それに、むさ苦しさもない。というか、砂の器の監督スタッフによる制作。
これによる、客釣りもあったでしょうが、これで、イメージ崩壊したんじゃないかと思います。まあ、松竹の金田一耕助は、こんなもんかで、次の作品が松竹から制作されなかったのも納得します。なんか、愚痴っぽいコメントになって申し訳ありませんでした。

★ 勇次 さん

貴ブログの記事を先程拝読させて頂きました。

この記事内で述べた私見とは ちょっと違った視点での私見なんですが、私は松竹版の「八つ墓村」は
邦画の悪習の典型的パターンの極みの一つだと思っています。

この映画の公開当時、原作の魅力をさておき 原作を知らない人がこの映画を見て「とても怖い映画」
と記憶した人が沢山いた事は事実です。

映画の宣伝も「祟りじゃ、八つ墓明神の祟りじゃ」とババァが叫ぶのが印象的なものでしたしね。

「おどろおどろしい」=オカルト …みたいに短絡的に解釈されたのもその要因でしょう。

たしかに松竹版「八つ墓村」を 単純にオカルト映画だと思い込んでみると 結構、面白いとも思えます

が、私は横溝文学のファンを自認してるので「野村芳太郎はアホ」と言い切る次第です。


ブタネコさん、こんにちは^^

非常に言いにくいのですが、単品で見た場合、野村版はありだと思いました。
とても興味深い作品でした。
ラストはえ?っとなってしまいましたけど^^;

これは、横溝正史の『八つ墓村』ではないです。
そういう意味では、納得がいかないことが多々あり、怒りがこみ上げてくるのは確かです。

そこを断ってからちょっと別の視点から感想を。

問題になっている渥美清の演じるところの金田一耕助は、探偵というよりも、民俗学者のようだなと思います。
聞き込みの内容やその方法、一番分かりやすいのは、墓場や家系図を調べる時の視点。
あとから考えてみて、そう合点がいきました。

事実、彼のような風体で日本中を調査して回っていた民俗学者が1970年代当時に実在しています。
個人的にはその方がモデルなのではと、ひそかに思っているほどなんです。

だから、そういう観点で野村版を見ると、これは『八つ墓村』の形はしているけれど、原作の中に表現されている民俗学的に面白い風習や風景の再現に重きを置いた作品なのかなと。
そういう部分を映像として残すのに『八つ墓村』を選んだのかもしれないなと。

事実、始まった瞬間に今ではお目にかかる事の出来ない、山間の村の風景やバスの佇まいなどの景色やお葬式の表現の細かさに引き込まれてしまったので。
個人的には、このように考えて、腑に落ちちゃったんです。

とまあ、そういう観点で見るととても面白い作品だなと思います。

とはいうものの。
どう書いても、原作を愚弄している事には変わりがありません。
面白い作品だとは思いますが、こういう風に原作をカタチだけ使って、自分の主張を表現するというやり方については、私は納得がいかなくて、ジレンマです^^;

★ slan さん

民俗学的に…という視点は たしかにアリだと私も思います。

映像も部分的にパーツで考えれば なかなか良いシーンもあると思います。

>面白い作品だとは思いますが、こういう風に原作をカタチだけ使って、自分の主張を表現するというやり方については、私は納得がいかなくて、ジレンマです^^;

そう、問題はそういうところが邦画特有の悪癖でクソなところなわけで 好意的に解釈する人が多いから そういう悪癖は抜けきれないと思い込む私は罵倒し続けていく所存です。^^


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