● 横溝小説の表紙絵
角川文庫の 横溝シリーズの表紙は 現在は 実に味気ない表紙だが、昔の版は 杉本一文氏の表紙絵を使用していた。
【八墓村】(旧版)
【悪魔が来たりて笛を吹く】(旧版)
【女王蜂】(旧版)
【悪魔の手毬唄】(新版)
【獄門島】(旧版)
そんな中には 時々、見方を間違えると「エッチな本ですか?」と誤解されかねない様な絵もあり…
そんな中でも代表的なものとしては
【蝶々殺人事件】(旧版)
左【真珠郎】(旧版) 右【鬼火】(旧版)
といった作品があるけど、知らない人が見ると エログロっぽい表紙絵に見えるかも知れないが 小説を読むと、これが実に巧く内容を表しているものであるかが判る。
角川映画で大ブームを起こした時に 有名になったのは
【犬神家の一族】
この「犬神家の一族の」表紙絵である。
このブームの時に 横溝フェアとして増刷されるにあたり、横溝氏の文庫の装丁が一新されたり、新たに文庫化された小説も増えた。
その一例を挙げると
【仮面舞踏会】左(旧版) 右(新版)
この本の場合、旧版である左は 夢に出てきそうな程、不気味な絵である。
でも、横溝ファンの多くは 多分、この旧版の表紙絵を高く評価し、気に入っている人が多いと思う。
それは やはり、先に述べたように 旧版の表紙絵の方が 小説の中味を 実に巧く表しているからだ。
また、上記の「仮面舞踏会」もそうだが、横溝氏は 時々、前に短編として書いた小説や 書いている途中で持病の労咳が悪化し、筆を折った小説を 後年になって大幅に加筆修正を加えて 長編化する…という事を よく行った。
たとえば、
左【夜歩く】(旧版) 右【迷路荘の惨劇】(旧版)
この2作が そうで、大幅に加筆修正されて長編化となり 実に秀逸な作品へと変貌した。
そんな多くの表紙絵の中で 最も評価が高かったのが
【本陣殺人事件】(旧版)
この表紙絵である。
このたび、
『葉月亭』さんの
『備忘録 57 横溝正史 2:『本陣殺人事件』『黒猫亭事件』『車井戸はなぜ軋る』』
という記事の中で HAZUKIさんが
ところでこの表紙の女性、横溝正史並びに杉本画伯ファン諸兄姉のあいだでは鈴子というのが定説のようだが、私はてっきり花嫁の克子だと思っていた。
女性がかぶっている黒猫の顔が角隠しに見えてしょうがないからだ。黒い角隠し。雰囲気出ているではないか。
と述べられてるのに触れて 初めて
「あぁ、たしかに 克子に見る事も出来る…」
と 気がついた。
たしかに、猫の顔の部分が 角隠し… なるほどなぁ^^
いずれにせよ…、最近は 表紙と中味が全然関係無く、表紙は ただ単に綺麗なデザインだったりして、下手すると中味とミスマッチしており、その表紙を作った人は 絶対、その本を読んでいないな…というのが モロバレの物が多い^^
けど、杉本一文氏は 間違いなく その小説を熟読した上で その小説の表紙となるべく絵を描かれており、思うに 相当の横溝ファンであったろうとさえ その表紙絵から感じる事が出来る。
横溝正史氏の文体で用いられる「おどろおどろしい雰囲気」 それが、実に巧く表現された表紙絵だったのだ。
だからこそ、今の角川文庫の表紙絵は 実に嘆かわしいばかりである。
以下、HAZUKIさんの記事への返信です。
私は 初めて 横溝作品に触れて 1頁ずつ読み進めていく時、その文体から だんだん怖くなっていく雰囲気を存分に味わいました。
当時は 今の様に「ホラー」なるジャンルは まだ、明確では無く、海外では「ゾンビ」「エクソシスト」「オーメン」「13日の金曜日」等が現れだしてはいたけれど、国内作品では そういう雰囲気を味わえるものが数少なかっただけに それが とても新鮮でした。
思うに、それは 横溝氏の文章表現力の巧みさによるものであり、文章で描かれた情景描写によって 読者が無意識に脳内イメージを造り上げる事が出来たから… それが大きいのだ…と言う事は その後、いろんな作家の いろんな本を読んでいった中で気づいた事でありました。
で、市川監督による 石坂版金田一シリーズの映画は 実に原作の雰囲気を醸し出す事に成功した映画と言われる所以は 多くの読者がイメージしていた雰囲気を そのまま具現化してくれた事にあるわけだけども ここで、逆説的に理解出来る事は 多くの読者のイメージが バラバラだったのでは無く、ほとんど同じだった事、それは やはり、横溝氏の情景描写の精密さによる一致だった…という事の表れで これは実は凄い事なんですよね…
「読んだ人 それぞれでイメージって違うじゃない?」
って表現が普通の現代にあって そのイメージが ほぼ同じだった…という事なんです。
だからこそ、それほどの筆力を持っておられた横溝正史氏を 私は敬愛してやみません。^^
