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2005年08月30日

● 朝日、毎日、今度は読売か^^;


本日の夕方、嫁の買い物に付き合って車で移動している時に ラジオのニュースが「巨人の清原が 今期限りで自由契約になりそうだ…」というニュースを告げた。




それを聞いていて つくづく私は思った。


「野球に対する興味や魅力は これで失せた」と。


良い機会だと思うので 持論を述べてみたいのだが…


私は 子供の頃、野球少年だった。


小学校の放課後は 学校や公園のグランド、時には 空き地で友人達と野球に興じ、高学年になると少年チームに入るなど 野球が楽しくて仕方が無かった。


野球が楽しい… その考えは 高校で野球部に入り、真剣に甲子園を目指す他校の選手達や 高野連と関わりが増えるにつけ、私の中での「楽しい」という考え方とは大きく違う 野球との関わり方がある事を知る。


私は基本的に 勝ち負けに拘る考え方は好きじゃない。


「スポーツは 勝ってナンボ」


そういう考え方が有る事を知っているが、私の考えは「勝ち負け」という結果ではなく、日頃の練習や そのスポーツを通じて人と知り合えたり、プレイする事を楽しむ事が 一番重要だと考える。


たとえば、高校野球は 夏の大会4000校前後の学校が参加し、トーナメント方式だから 優勝校以外は 全て負けるのである。


もっともらしい言い方をすれば その「負け」にこそ いろんな青春があり、思い出があり、学ぶべきものがある。


ところがね、どうしても「勝ってナンボ」しか考えられない人は 結果に満足できないと どんどん見境が無くなってしまう。


選手を育てる…とか、将来性を考える…とか、そういった長期的な視野が無くなり、とにかく強い選手を集める…とか 勝利優先で その過程なんか どうだって良い…みたいな風潮になり、数年後には力をつけて…ではなく 来年こそ、今年こそ… と、とにかく早く結果を得ようと焦りすぎる。


先日の駒大苫小牧の暴力事件に関して 未だに色々と取り沙汰されているが、その報道の内容や いち道産子として漏れ伝わってくる話などを耳にしていると どうも、物事を見たり聞いたりする判断基準が どこかで大きくずれている事に疑問を持たざるを得ない。


たとえば、私が 高校生の頃は 私の母校の様に弱小高でも 先輩や監督からビンタ張られるなんてのは当たり前、我々みたいな弱小公立校に 強豪と言われる私立校が負けた場合は その学校の選手達は 試合後、グランド横の木陰などに正座させられ竹刀で殴られていた光景を何度も見ている。


どこまでが良しで どこまでが悪なのか? どこまでが体罰で、どこまでが教育・指導なのか? その判断基準が曖昧な中で なんでもかんでも「暴力だ」と言うべきなのか否かを考えさせられる。


マスコミの報道には現れないが、殴られた「被害者」と呼ばれる選手に関し、他の選手達が「アイツは殴られて当然だ」と言っている声が聞こえてくる。


それが事実なのか否かは私には判断できないが、言える事は 仮に指導者が 簡単に選手を殴る人物だとしたら、特定の一人の子だけを殴る…なんてケースは少ない。


もし、部員が10人いれば 少なくとも7人や8人は 同じ様に殴られているはずである。


想像で語って申し訳無いが、おそらく今回のケースも 指導者が殴った事を認めている以上、その被害者である子供以外にも 殴られた子供がいるはずである。


では、その子達は 何故、「体罰を受けました」と申し出ないのだろう?


学校という権力に抗えないからか? もしかしたら、そうかもしれない。


けど、これだけ騒ぎになっているにも関わらず、二人目、三人目の被害者として申し出る子がいないのは何故?


私は その辺に問題の本質が現れていると思う。


根本的に「他人を殴る」事が 問答無用で「暴力」であり、「体罰」だ…と考える人には 学校側と被害者側で噛み合わない「殴った回数」なんてのは どうでも良いことで、許すべからざる行為だ…という事になるのであろう。


私は 回数の問題でも無く、時には「殴る」事もアリだと考える者なので であるがゆえに、「体罰」と取るか、「暴力」と取るかの違いは 指導者と選手の間に「信頼関係」みたいなものがあるか?とか、変な言い方で恐縮だが 殴る上で「愛」があったのか? とか、そう言う部分に興味を持つ。


つまり、今回の被害者以外で殴られた選手達は それぞれが自分達なりに「殴られても仕方が無かった」と認めている可能性がある…ということである。


しかしながら、一人だけ、その様には「納得出来なかった」子供がいて、父親に対して愚痴を言ったところ その父親が拡大解釈したのか、勘違いしたのか 問題を複雑化させたのではないのか?と映るのだ。


総じて、今回の父親の語っている事や行動は 被害者とされている子供の為になっているのか? 私は そこが理解出来ず、その父親に対して説得力を感じない。


だからと言って、学校側の言い分を認めるつもりも無く、その対応にも 大きな違和感を感じている。


「殴った回数」など どうでも良い事じゃないかな?


それよりも重要な事は 指導者は その子を 何故殴ったのか? じゃないのか?


と、同時に「高野連に対する報告」をまとめるためだけに必死になっている姿しか感じなかった事が 理解出来ない。


優勝旗を返還する・しない…という問題は別として 今回の件に関する高野連の対応も如何なものかと思う。


大会直前に 出場辞退した「明徳義塾」は 来春の選抜選考対象の秋季高知大会への出場を差し止めだそうだが、駒大苫小牧は出場を認められた


その処分の違いを「明徳義塾」は「選手間の問題」とし「駒大苫小牧」は「指導者の問題」として区別した。


でもね、高野連やマスコミが 当初、問題視して騒いだのは「高野連に対して報告しなかった(報告が遅れた)」とか「モミ消し行為がおこなわれた」等 違う部分で騒ぎ、その件に関しては きちんと調べ対応を取ったのか? 否である。


私は あくまでも個人的意見だが、明徳義塾も 問題に関わった選手の出場は停止させるべきだが、事件と関わりの無い選手には 出場の機会を与えるべきだと思っている。


そうじゃ無ければ、選手や指導者の問題では無く、学校の問題として問うべきで その辺の高野連の対応の曖昧さが相変わらずなのには辟易する。


が、よく考えれば 高野連と言っても 春の選抜は毎日新聞、夏の大会は朝日新聞が主催…というのが高校野球である事を思えば どちらも糞新聞である以上、運営者側が正しいとは言えない事の裏付けに思えて仕方が無い。




さて、話が大きくそれてしまったので 本筋に戻す。


清原が自由契約… 今後、いろんな動きがあるだろうから 果たして、本当に その通りになるのかは不明だが、「清原」「自由契約」で Google等で検索すれば 今日一日で いろんな新聞社が報道している事が判る以上、どこか1社の憶測記事では無いのだろうと窺える。


思えば、ドラフトでの裏切りとも思える事件以降 清原は巨人に振り回され続けたと言って過言では無いだろう。


V9と呼ばれた頃は 確かに「巨人、大鵬、玉子焼き」とよばれるぐらい根強く人気があった。


しかし、江川問題や長嶋解任、そして桑田・清原のドラフト問題… FA権を獲得した有力選手を 悉く引き込み、飼い殺しにし、オールスターの様な戦力を持ちながら結果を出せず… 


そんな様の どこに魅力を感じればいいのかね?


でね、あえて 言ってみたいのは もう、ナベツネなんて共産党野郎に好き勝手をさせるな…という事である。


プロ野球(巨人の元?オーナー)、相撲(横綱審議委員)、Jリーグ(読売…) どれもこれも ナベツネの絡んだものはロクな結果になってない。


ファンあってのモノであると同時に、選手あってのモノでもある。


雇用者側で 雇用者側の理論ばかりを言い続ける その姿勢が、共産党員としてのナベツネの思考なのか?

【注】現在のナベツネ氏が共産党員なのかは不明です。 しかし、わりと最近まで 長い期間、共産党員であった事は確認済です。


共産党の考え方は 支配者階級にまわると、そこまで強権的な支配者主義になるのか?


読売グループの頂点に立って かつてのレーニンやスターリンと 同じ雰囲気を感じるのは 共産主義の為なのか? そう感じて仕方が無い。


もしも、プロ野球が 夢を売る商売であるのだとすれば、プロとしての非常さも必要だが、プロとしての温情も必要な事では無かろうか?


そういう部分に ファンは心を動かされ、応援にも熱が帯びるのではなかろうか?


子供が カードゲームのレアカードを欲しがるように FAで選手を貪りながら、飼い殺されたかのごとく伸び悩み、訳の判らない外人を 取っ替え引っ替え連れてきては放り出し…

V9の頃を思い出しなよ、外人無用の純血主義で 選手も、その殆どが他からのトレ-ドじゃなくて ドラフトや2軍から這い上がった自ら育てた選手達では無かったか?


若手を本気で伸ばすと言うのなら 数年間は低迷する覚悟で きちんとした長期展望と腹の括り方をしなよ。


かつて 長嶋が最初に監督になった時期、V9のしわ寄せで選手層が薄くなり、新浦、小林、西本、と言った若手を負けても使い続け その結果、優勝できなかった…という責任を追及されて解任されたけど その時、使い続けた若手の活躍で 藤田は優勝できたという前例があった。


と、同時に 目先の勝負に拘ったおかげで 多くのファンが巨人から離れ、読売新聞の売り上げにも影響が出た時 初めて事の重大さに気づいたのかと思ったけど、その収拾の不味さにより 長嶋を取り戻そうとして王を見捨てる事になる。


本質的に、プロ・スポーツは人材の育成が重要である。


人材を育てる…という事は ただ、口先だけで育てられる程 簡単なモノでは無い。


生意気な事を言えば まさに「心・技・体」なのである。


けどね、どうも このところのスポーツ界には 特に連盟とか審議委員会とかオーナーとかには「心」が欠けたものばかりのようで そんなのに 全く魅力を感じる事が出来ないのだ。




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コメント

選手育成と勝たなければ首というジレンマがあるのが巨人の監督ですね。原が長期政権でやっていればここまでおちることはなかったんでしょうが、自分の気に食わん人間は平気で首を切る、ナベツネのやり方はもう今の巨人では通用しなくなってますね。こんだけ人気がおちちゃうと。干されるのも時間の問題かと
あと今、巨人の時期監督に星野があがっていますが、なぜに阪神とか巨人のファンだけにきくんでしょ?あげく阪神ファンは星野さんは阪神のものだとかぬかしやがって・・・星野は中日で選手としてすごし、中日の星野のはずなのに・・・今の阪神ファンって星野が元中日って知らん人もいるんだろうな。と、愚痴をいってしまう、隠れ中日ファンですw

私は 長嶋や王が現役だった頃、星野が先発する中日戦は
ワクワクしながら見てました。

星野もプロ入りの時に巨人と経緯があったから 余計に燃えていたし
何よりも「打てるモンなら打ってみろ」という気迫は凄まじかった。

当時は巨人ファンだったけど、負けても 敵ながら天晴れ、勝てば
2勝分ぐらいの価値ある喜びが得られたものです^^

その頃のプロ野球は 本当に面白かった…

すいません・・さすがに長嶋の現役時代はうまれてませんw
今のプロ野球でこのピッチャーとバッターの勝負はみていておもしろいっていう対決はなくなりましたね。むしろパ・リーグのほうがそういった対決は多いのではないかなと、最近おもってしまいます。
セ・リーグはいままでたいした努力もせず、巨人におんぶにだっこで巨人戦の放映権さえあれば黒字になるとたかをくくってた結果、今のプロ野球があるのでしょう。
もう全国規模の人気を誇ると球団はなくなってくるでしょうから、これからは地域密着型になってくるのでしょうね。福岡ソフトバンクなんか本当さきをみこした戦略がはまったってかんじですね。
ぶたねこさんも日本ハムを応援して北海道を盛り上げましょうw
自分は札幌在住ですが、ねっからの中日ファンですがw

★ くま さん

>日本ハムを応援して北海道を盛り上げましょうw

嫌です^^

プロ野球すべてに興味が失せてしまいましたから^^


ちなみに、コンサドーレも応援してません。

経営母体となっている連中に 昔から良く知るろくでなしが数人おりますので^^

長嶋監督解任のときは、ものすごい数の読売契約解除がでてたらしいですね。おそらくプロ野球はもとより、スポーツ選手、芸能人でもここまでの影響力のある人物はこれ以降でてこないでしょうね。
うちの父親も長嶋巨人馬鹿でしたが、よく王のホームラン記録は長嶋あってのものだと、あつく長嶋を語るときがあります。
願わくば、巨人の人気取りのためにまた監督をやるようなことはないで欲しいと思います。

★ くま さん

>ものすごい数の読売契約解除がでてたらしいですね。

出ました^^;

>王のホームラン記録は長嶋あってのものだと、あつく長嶋を語るときがあります。

その気持ち 良く判ります。^^

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