● 選挙に思う。
その殆どは 民営化反対の方々からのもので 頂戴した以上、一応 拝読はしたけれど、わざわざメ-ルで意見を寄越す 妙な熱心さに辟易し、申し訳無いけど 御返事は出していない。
面白いモノで 政治と宗教に関しては 誰かが何かを言うと「いや、俺は…」とか、「私は~と思う…」と喋りたくなる人が多いのだが、面白いもので そういう人の多くは 持論を展開するばかりで 他者の意見に耳を貸そうとしなかったり、本人は 立派な事を言ってるつもりのようでも それぞれの勉強不足とでも言うべき 情報の不足が露呈してしまっている事に気づいていない。
にも関わらず 論議が一度始まってしまうと熱くなってしまい 自制心が効かなくなってしまう輩が多いから 建設的な意見の交換にはならず、やがては意地の張り合いとなる。
私は意見交換のレベルなら いくらでも時間が許せれば 自分の勉強のためにも応じるが、最初から他人の意見を耳にするつもりが無い…という文章を送られると その内容の如何に関わらずスルーする。
で、民営化反対の方々は いろんな学者の書物や評論 それに、経済論等々で「民営化しちゃ駄目なんだ」という御意見をお寄せ下さったが、私は 別に経済学的にどうこう…という部分まで考えを広げていないし 今の政治屋連中やマスコミ連中が そういった事をちゃんと踏まえて賛成・反対を述べているとも思えない。
ましてや、学問は大事だが 学者が立派に政治を行えるか?と言えば 竹中や境屋太一を見て判る通り、学者の理論と政治屋の屁理屈は 利害と言う部分でねじ曲がるのが現実であろう。
それにね、先日の『郵政民営化、賛成です』という記事の中で述べた事は あくまでも「郵政解散」と呼ばれた衆議院解散に纏わる 私の考えであり、私の「郵政民営化賛成」という考えの全てでは決して無い。
だから、例えば
『小泉よ 個人的に今まで好きにはなれなかったけど、頑なに意地を張り通す その姿勢、今回 それがもの凄く好きだよ。』
と、その記事の中で述べたが、だからと言って 今、現在 私が小泉のシンパか?と 問われれば「否」と応えるよ。
小泉の全てを認めている訳では無いし、今回 8月15日の「靖国参拝」をしなかった姿勢には 個人的に失望も感じている。
タイミング的に 今の様な状況で15日に公式参拝をしていたら 左巻きの連中や、幻想平和主義者達が騒ぎ出して選挙じたいがグチャグチャになるんだろうなぁ…と思うから、行かなかった事も判らなくは無い。
しかし、あくまでも 私の個人論では こう言うときこそ キッチリ行って欲しかった。
反対票を入れた元・自民党議員に対して「刺客」と呼ばれる対抗候補を送り込む手法に関しても 100%賛同する気は無い。
あえて対立候補を立てるため…という理由は理解出来るが、元々、その選挙区に住んだ事も無い人物を送り込む手法は その人物が いかに有能な人材であっても 如何なものか?と感じるからだ。
昔、特に田中角栄の時代、衆院議員は その地域の代表として地域の声を国会に伝えると同時に 地域の発展のためにパイプ役となる…みたいな事を謳い、それが故に地方の、特に建設関連の企業は 公共工事の受注量を増やす為にも政治との関わりは深くなり、現在の「談合」や「贈収賄」等の悪慣例に繋がったとも言える。
何事にも 良い面が有れば 悪い面もある。
しかしながら、私は個人論として やはり、国会議員は 地場の出身者であるべきだと思う。
日本全国、それぞれの地域が公平に扱われるためには 各地のエキスパートが存在するべきだと考えるからだ。
ただ、「刺客」と呼ばれる「対立候補」を立てる…点に関しては そんな小泉自民党執行部のやり方よりも 泣き言ばかりを言い募る 野田聖子や亀井静香や綿貫などに対する嫌悪感が はるかに強い。
身体を張って反対票を投じたのだから 今更、「刺客」を送られた事にブツブツ言ったり、綿々と女々しい事を言わずに 堂々と持論をぶつけて闘えば良い。
今更、「自民党を愛してる」とか「長きに渡って 自民党に貢献した事を無下にされた」等と泣き言を言うのはおかしい。
党の方針に反し、「郵政法案反対」という持論を貫いて投票した以上 その投票の決断の時点で本来なら「辞表覚悟」で望むべきなのであり、「言論の弾圧」だとか「自由の尊重」だとかを持ち出して「反対票は入れたけど 自民党員のママでヨロシク」なんて思ってる事じたいが 己の覚悟の甘さを猛省せよと言いたい。
でね、何故 私が「民営化賛成」なのか?という考えは 経済学的にどうこうとか、景気対策として どうこう等と とかく論議の対象となる郵貯や簡保のお金についての問題では無い。
なによりも 最大の理由は 郵政は組合活動を盛んに行ってきた連中だから…というのが 第1の理由。
たしかに、公務員(以下、準公務員も含めて公務員と述べる)も労働者ではある。
従って 組合活動も労働者の権利で有ると 私も認識しております。
しかしね、公務員の組合活動というモノは一般における民間企業の労働組合の活動とは 一線を画すべきにも関わらず、郵政関連の組合は昔から電機労連や自動車労連と協調して活動してきた経緯がある。
最近は どこの組合も不景気等で企業じたいの業績が芳しくないから活動も あまり活発では無いが、そのぶん彼等は 組合系の議員の応援活動に忙しい。
その上で 郵政の場合は「族議員」を利用して互いの利権を守ろうとする。
ある意味、暴論ではあるけれど 警察・消防・自衛隊・海上保安庁は 共済組合という互助組織は持っているが、郵政のような組合活動などはしていないし それぞれ法律等で
「政治的に関与せず」
として、公務員として中立公正を求められている。
それが私は当たり前だ…と思っているのだが、過去の国鉄や電電公社 そして郵政、地方自治体では 市営交通局とか、市町村役場の職員なども 時には「団結」なんて赤い鉢巻きを締めているし 教職員組合もそうだ。
労働者としての権利確保のための組合活動なら まだ、理解の余地は充分あるが、政治的活動や思想的活動を盛んに行う公務員系の組合など 言語道断である…というのが 私の持論なのだ。
その上で、郵政などは 他の公共機関と異質なのは 実質的に「営利活動」を行っている…という点にある。
郵便配達や小包配送などは赤字だ…という。
たしかに、過疎地では充分に費用対効果は見合わないのであろう。
しかし、宅配業者は その隙間をきちんと企業努力で埋めている。
確かに特定郵便局が必要されて拡大した当時は 今の様な宅配業者の存在や コンビニエンス・ストアなどの存在や流通ネット・ワ-クの存在も無かった。
けれども、今は 100%では無いながらも 補い得る民間企業やネットワークがあり、それがゆえに 過疎地の特定郵便局が赤字なんだ…という部分もある。
また、民間企業で現状100%補えないのは 旧・郵政省管轄の許認可による理由も大きい。
数年前から 少しづつ緩和されているかの様に映っているが、実際は 郵便局保護のための規制としか思えないような制限が課され 民間企業としては 緩和範囲では何のメリットも得られない状態で金縛りにされているものばかりである。
その上で、最近の郵政の族議員や 今回、反対票を投じた議員共は決まって
・民営化になると郵便局が無くなる…
・過疎地域が被害を被る…
・お爺ちゃんやお婆ちゃんが困る…
と、口を揃えて言う。
しかし、考えてみて欲しいのは 荒井や綿貫や亀井が 郵政問題とは別に 過疎化対策や、老齢者福祉に関して どんな立派な意見や行動を行ってきたのか? 郵政民営化に反対の為の理由として 上に挙げたような理由を述べているだけで 郵政に関係なければ、違う話をしてきたんじゃないのか?…という点。
つまり、今だけ 理由付けとして持ち出しているだけで 喉元過ぎれば熱さ忘れる…みたいな真似を散々やってきておいて 今更、何 御立派なお題目にしてるんだ?と、問いたい。
私は 個人的に過疎地域で特定郵便局の局長をしている(していた人物)を数人知っている。
元々、戦後間もなくから 今日のような情報や流通ネットワ-クが構築されるまでの間に 特定郵便局の果たした効果は大きい。
同時に その頃を特定郵便局の局員として働いて来られた方々の志も高かった。
しかし、現在の 特定郵便局は その多くが親子間での世襲で引き継がれながらも、その「志」までは引き継がれていないところが多く 公務員としての自覚も無く、かと言って民間企業のような理念も見られず、まさに「親方日の丸」を地でいくような体たらくに陥っている。
古くは ビール工場や 製紙工場など、明治維新の後、官営工場と呼ばれて 国費で建設され近代国家への礎となったモノは沢山あったが、その多くは 時代と共に民営化されて今日に至る。
最近では 電電公社や国鉄が そうだった。
その両者が 何故、民営化されたのか? その理由は色々とあるけれど、組織としての「合理化」が 一番の理由である。
ただ、「合理化」というと 人員の大量解雇とか、支社や事業部の閉鎖…という事ばかりをイメージする人が多いけど、本来の「合理化」とは「無駄を無くす」という事で 本来で有れば もっと、人員や予算を増やすべき所に 増やすための予算や人材を確保する事も「合理化」なのである。
にも関わらず、両者の組合は 政治的な事、思想的な事ばかりに夢中になっていたから、大局を見失い 自社の企業としてのビジョンや責任や存在意義について考えず、ただ闇雲に「労働者の権利確保」を お題目に世論の理解を得られない主義主張をしていたに過ぎない。
残念ながら過日のJR西日本の脱線事故や NTT社員による個人情報の漏洩など その悪癖はいまだに払拭されていないのは 民営化前の体質が如何に醜悪だったかを物語る。
それらを見ていて 今、郵政を旧態依然のまま存続させる事が正しい事なのか? と、私は疑問に思うのだ。
あえて 今こそ民営化にし、体質改善させる事こそ急務だと思う。
重ねて言うが、私は 郵貯の莫大な財源や、簡保についてどうこうという一般で議論されている事、特に経済論的な事に関しては 私の賛成・反対の判断材料には含めていない。
それは あくまでも学術論であって 両者の言い分も 実際に、どこまで その通りになるか私には判らないし、意見を言えるほどの知識を持っていると自信を持てないからでもある。
ただ、経験的な部分で 言える事は、郵便貯金は脱税の温床である…と言う事。
一般的に 他人名義の銀行口座を持って そこに現金を隠しておく…という手口がある。
しかし、これは国税局等に目を付けられ 各銀行に対して財務省から要請という名の圧力をかけられれば 財務状況を簡単に調べる事が出来る。
ところが、郵貯に関しては 財務省管轄では無く、昔は郵政省、今なら総務省(郵政公社)の管轄として 時には省庁の縄張り争いのような壁によりブラック・ボックスと化している部分がある。
私が過去に知る 脱税を積極的に行っていた人達や、債権整理を行った際に発見した「隠し預金」や 計画倒産を行った者が悪用した口座などの多くは郵貯の口座なのである。
これは 一般的な銀行口座と 郵貯の口座が「似て非なるモノ」だからこそ 悪用できる手口なのであり、以前に比べ そういった手口が多いことから 最近はだいぶ緩和された感はあるけれども、債権整理・倒産整理などで口座凍結を図ろうとしても 銀行口座は簡単に素早く行えるのに対して 郵貯の口座はタイムラグが生じたり、手続きが違ったりなどで どうしても悪用出来やすいのである。
あえて名前を挙げないが、それなりに資産を持って 真面目に税申告をしようとせず、世に言う「裏金」として 悪質な金融や不動産業を行う者、利権を利用して貪ろうとする者達にとって そういう口座の存在は 非常に貴重なモノになっているのが現実なのである。
従って 300兆とも言われる財源だとか、国債の引受先…だとか いろんな事を言われている 既にあるお金の動かし方…について 私は どうこう言いたいのでは無く、盛んに悪用されているシステムの破壊を求めたいのである。
しかも、そのシステムを悪用している輩の中には 有力議員の後援会者や議員の親族の関連企業などが多いのが許せないのである。
こういう問題を 何故、マスコミは叩こうとしないのか? 実は 私は かねがね不満に思ってきた。
が、実は これにもカラクリがある。
マスコミ、特に放送局は電波法に基づいた許認可事業で その管轄は総合通信基盤局(旧:電波監理局)である。
戦後、電波の一般開放により、1949年6月1日に電気通信省が発足。その外庁の「電波庁」の出先機関として各電波管理局が設置され、1950年6月1日電波三法施行により電波監理委員会配下として、各電波監理局に改称。その後、電波監理委員会が郵政省へ統合されたことで、郵政省の地方支分部局となった。
その後、電電公社の民営化により、電電公社が独占していた有線通信事業が郵政省の許認可事業となった。そこで1985年4月1日の郵政省組織令(昭和59年政令第183号)及び郵政省組織規程(昭和59年郵政省令第26号)の一部改正で有線通信事業の監理業務が加わり、電波監理局から電気通信監理局に名称が変更された。
2001年1月6日に郵政省の電気通信分野及び総務庁及び自治省と組織統合され総務省となったことから、これに合わせて旧本局を総合通信基盤局、各地方局についても名称を総合通信局と改称した。
『ウィキペディア日本語版』より抜粋
如何にマスコミと言えども 手を出しづらい分野である事が判る^^;
しかしねぇ… そんな郵政民営化「賛成・反対」という問題の陰に隠れて ちまちまと屁理屈並べる共産党や社民党も 本当にいい加減にして欲しいし、何よりも フザケルナと言いたいのは 鈴木宗男と辻元清美の二人である。
よくもまぁ、立候補するものだと その面の皮の厚さには辟易するばかりだが、それに関して 一言だけ、記しておきたい。
松山千春よ そんな一生懸命に鈴木宗男の応援するなら、何故 おまえは新党「大地」で立候補しないのかね? そういうところが 私には本当に判らんよ。
と言うわけで 私が何を言いたいかというと、今回は みんなで ちゃんと投票しようよ…という事である。
以前、ある選挙の時に 開票後、議席を減らした党の幹事長が
「敗因は何だと思われますか?」
という記者の質問に
「(全国的に天気が雨で 遊びに遠出しなかった投票者が多くて)投票率が 予想より高かった事ですね」
と、真顔で応えた事がある。
こんな大馬鹿野郎を国会議員にしてしまい、その連中が滅茶苦茶な政治(?)を行う事に どんなに後から文句を言っても そんな輩を一度でも議員にしてしまった責任は 投票者にある…という事を理解しようね…という事である。
ただ、投票するには 誰に入れればいいか 最低限の予備知識が必要になる。
しかし、その予備知識を得ようとしても 選挙の直前では候補者は「良い事」しか言わないから それを判断材料にするのは とても危険な事。
だから、ほんのちょっとでいいから 日頃から、政治に耳を傾ける習慣が必要だよ…という事と 政治を語るには 独りで勝手に熱くなるのでは無く、いろんな意見を耳にして自分で咀嚼し、冷静さを保つ姿勢が必要ですよ…という事である。
