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2005年08月25日

● ブタネコ的 「葛生」の考察


TV版「世界の中心で、愛をさけぶ」第2話で サク祖父は 昔の恋人の骨を盗む協力をサクに求める。




葛生

その理由について、その場ではサクに語られなかったが、


葛生

葛生

葛生

という一連のシーンにより 意味が有る事が判る。


それは 後日、写真館にサクと遊びに来たアキに語られる。


葛生

「あの世で一緒になろうと誓った人だ」


葛生

「俺が死んだら、あの人の骨と一緒に混ぜて撒いて…、撒いて欲しいんだ…」


葛生

「そうすれば、あの世で あの人と一緒になれるかもしれないと思って…」




さて、突然ではあるが 第2話の終わり、第3話の冒頭で…

葛生

サク祖父は死ぬ。


葛生

その葬儀に際して アキはサク祖父の言葉を思い出す。


葛生

「あの世で あの人と一緒になれるかもしれないと思って…」




アキは たまたま手に入れた(預かった?) 

葛生

サトさんの写真を眺めていて…


葛生

その裏に書かれた文字に気づく。




それをノートに書き写し

葛生

谷田部のもとに行き、


葛生

谷田部に見せる。


葛生

アキ「これ、何の歌か教えて欲しいですけど…」


葛生

「葛生だね、」


葛生

「どういう歌なんですか?」


葛生

「好きな人を亡くしてしまった人の歌だよ」


葛生

「夏の長き日、冬の長き夜

 君は ここで眠っている。

 百歳の後、私も いずれは君のもとで眠ろう…

 安らかに その日を待ちたまえ…」


葛生




その谷田部の話を聞いたアキは


葛生

サクの家を訪ね


葛生


サクに 写真の裏を見せる。




そして、散骨へと至るのだが…


葛生

葛生


祖父と祖父の恋人の遺灰を サクとアキは百瀬駅で撒いた。


では、何故、祖父と祖父の恋人の遺灰を百瀬駅で撒いたのか?


それは

葛生

写真の裏にある 漢詩と書かれた「百瀬駅にて」という一行が決め手になったと思われるのは 視聴者の多くが理解している事と思う。




さて、ここからが 今回の本文である。


第2話に こういうシ-ンがある


葛生

夜中、ベッドの上で一冊の本を音読するサク祖父


葛生

「夏の日… 冬の夜…」


このシ-ンを手がかりに 少し調べてみた。


この時、サク祖父が手にしている本は

葛生

『詩経』 白川静:著 中公新書:刊 ISBN4-12-10220-2


そう、「葛生」とは 中国の古代詩集「詩経」に納められた一編だったのだ。


で、

葛生

映像内で 開いたページのアップがあるが、


葛生

このままである事から 上記の本である事が確認できる。


で、この本の「葛生」の解説を読み、気になった事が生じたので 友人である「アキバ系研究員を束ねた某国立大学理工学部教授」に頼み、その大学の漢詩に詳しい教授に「葛生」に関して私が思った疑問を尋ねて貰った。


以下に述べる事は その結果から、ブタネコ的に解釈した事を根本として述べ 純粋に漢詩を研究もしくは愛好されている方とは趣や解釈が異なる事が含まれる事を どうかお許し頂きたい。


サク祖父は サク父やサクや サクの妹に文学者の名前をつけるほど、文学好きの人物とされている。


だから、「葛生」=「詩経(漢詩)」ときた時点で 多くの視聴者は この裏書きをサク祖父が書いたんじゃないのか?と考えているんじゃなかろうか?


ところがね、調べて最初に「え?」と思った事は「葛生」とは 


「女性が 戦いで没した愛する亭主(恋人?)への想いを表した詩である…」


と 多くの解説書では述べられている事なのである。


その為、実際に 第二次大戦に限らず、第一次や日露戦争などで 出征する兵士へ妻や恋人が この写真の裏書きの様に 手紙などに引用するケースが 結構、見受けられた…という事実もある。


その場合の解釈として重要な事は「同穴の願い」という考え方を知っておく必要がある。


「同穴の願い」とは、判りやすく言えば


「死して後も、同じ墓に入って未来永劫、仲良くしようね」


という考え方であり、極例を言えば


「たとえ、遠く離れた地で 時を同じくせずに、死んだとしても 墓の中で 再び一緒になれば 良いじゃん」


という考えにも繋がる。


ゆえに、戦地へと赴く兵士に


「万が一の時は いずれ、墓の中で会おうね」


という意味に引用される…という事である。


結局、サク祖父は 百瀬駅において サトと別れ戦地へと向かい、そこから 二人の運命は大きく変わる。


サク祖父がサトを想う様に サトもサク祖父を思っているならば「同穴の願い」として当て嵌まると考えて良いと思うのだが、ここで 重要な事は


「誰が 誰に この写真の裏書きを書いたのか?」


という点である。


直接的に解釈すれば「葛生」は 女性から男性への想いを送る詩である…とされているから、サトからサク祖父へのメッセ-ジと解釈すべきと思われるのだが、問題なのは 状況は 詩とは逆で サトは既に死に、サク祖父は生きている…という点である。


しかし、これも「同穴の願い」を根底に考えれば、


「アナタと同じ墓に入って アナタと未来永劫、過ごしたい」


と、望んでいる…と解釈出来る。


ただし、おそらくは 松本家の墓には 既にサク祖母が眠っているであろうし、サトも基本的には嫁いだ先の墓に既に入っているから そこで同穴の願いとはいかない^^;


だからこそ、「百瀬駅にて」という 裏書きの言葉が もうひとつの重要な点となる。


現代は あまりにも交通機関や 車やバイクなどの移動手段なども発達し、手軽になってしまっているので、若者には感覚的に失われている、薄らいでいる様だが、古来、港、駅、空港などは 「別れの場」であると同時に「待ち合わせの場」でもあり、「出迎えの場」でもある…と言う事。


写真の裏書きには書かれていないが、上述した「葛生」の全文を見て欲しい。


その中で


「予美亡此」

(”私の大切な人は ここに眠っている。”ブタネコ的解釈^^;)


という言葉が三回用いられている。


最初の想定としては サク祖父は戦地で戦死、サトは病死 それぞれが そう思っていた。


だから死して後、魂になった後は 彷徨う事無く、二人が最後に離ればなれになった 


「この百瀬駅で(待ち合わせて)逢いましょう…」


そういう想いが込められていると考えて良いのでは無かろうか?


つまり、


「もしもサトのサク祖父への想いが変わっていなければ 死して後、サトは百瀬駅で サク祖父が魂となって現れるのを待っていた…」


とも考えられる…という事である。


ちなみに、写真の裏書きに書かれなかった

葛生

この「葛生」の 冒頭部ではあるが、そこも よく見ると 


「雑草や雑木が生い茂った墓に 私の大切な人は眠っている。」


という意味が述べられており、それも実は


葛生

廃駅となった「百瀬駅」


と、通じている部分があるのである。




まぁ、ここまで掘り下げずとも 「百瀬駅で良いじゃん」と 現代の若者感覚では 簡単に帰結するのだろうと思うけど、昭和初期の時代背景を考える時 こういう事も 時には考える上で重要なんだよ…という事と 何がキッカケで「漢文」に目覚める若者が現れるかも判らないので^^; 老婆心で述べてみた。


ちなみに、この「葛生」と対になるような漢詩が いくつかある。


”対になる”と言う意味は 「葛生」が 女性が男性を想う詩であることに対し 男性が女性を想う…という詩の事である


もし、暇な時間が有れば 大きめな本屋で「詩経」に関する本を覗いてみると良い。




いずれにせよ、墓からサトの骨を盗む際の


葛生

墓から取り出したサトの遺灰を…


葛生

握りしめ…


葛生

声を聞こうとするか、さもなくば、温もりを感じようとするのかの如き サク祖父。


この一連シーンで サク祖父が 如何にサトを想っていたのかが偲ばれる。

第三話の サクの幼年期 自転車に乗る練習をするシーンと合わせて さすが、仲代達也と唸るばかりだ。

お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

hiroです
「同穴の願い」というのは、原作に書いていましたね。

第3話で亜紀がサクに言ったように、サトさんの写真は、サトさん→サク祖父、サク祖父の写真は、サク祖父→サトさんでしょうから、「葛生」はサトさんが書いたものでしょう。
恐らく、サトさんの写真には、サク祖父もなにかしら書いていたのでしょうね。

私は、この「百瀬」という名前が、「百歳」の「百」と、「逢瀬」の「瀬」を合わせたもののような感じがして、好きです。

そんなところからも
>「この百瀬駅で(待ち合わせて)逢いましょう…」
に同意です。

すみません、感覚的で、ちっとも科学的ではありませんが(^_^;)

★ hiro さん

素早いコメント どもです^^

>サク祖父→サトさんでしょうから、「葛生」はサトさんが書いたものでしょう。

では なんで? 裏書きの名前の所

「松本謙太郎」の所に 「殿」とか「様」って ついていなのでしょう?

だから、「殿」とか「様」が付かないのは サトが書いたの
では無く、サク祖父の自筆だ…という 意見が アキバ系
研究員から寄せられていたりしたんです。^^;

なので、簡単に「サトさんが書いたものでしょう」とは 
私は言えずにおりました。^^;


>サトさんの写真には、サク祖父もなにかしら書いていたのでしょうね。

たぶん、「ふゆう(虫のカゲロウの事)」
(漢字が簡単に呼び出せません^^;
 「浮游」この二文字を 両方とも 
 サンズイを「虫」にした字なんです)

というタイトルの詩じゃないか?と 今回、詩経の
解説文献を いくつか読んで感じました。^^


ちなみに原作は 捨てました。

今後、原作に触れる記事を書く予定は無いので 
個人的に持ってる価値の無いモノと判断しましたので…^^

なので、記憶を頼りに記事を書いております関係上 
その部分の原作に記載があるか否かは記憶にあり
ませんでした^^;
(すいません)

hiroです
>では なんで? 裏書きの名前の所
>「松本謙太郎」の所に 「殿」とか「様」って ついていなのでしょう?

おおーっ!確かに~!?(キャプを確認)
となると??
サク祖父が書いたとすれば、
詩は、サトさんに対するサク祖父自身の思いを書いたものか、
サトさんが読んだものをサク祖父が書いたものか・・・

恋人にもらった写真に詩を書くのはわかりますが、名前を書くものでしょうか?
戦地に向かうので、無くならないように名前を入れたのでしょうかね。

サクの写真の裏に書いたものと筆跡を比較してみるのですが、なんとなく違うかな~って感じで
(比較できるのが、何年何月何日くらいですが)
ただ、サトさんの写真の場合、手に持って、或いは揺れる汽車内で書いたのであれば、
机の上で書いたであろうサクの写真と違っていても然るべきなので、なんとも言えません(^_^;)

サトさんが書いたのだけれど、「~謙太郎」でいっぱいになって「様」が書けなかった・・・
っていうのは、ないですよね(^_^;)

というわけで、「振り出しに戻る」σ(^◇^;)です。

★ hiro さん

そう、なので、今まで その点には触れないできたのです。^^;

でもね、今回 個人的に確認してみたら 詩の内容は 女性から男性
という内容なので 男のサク祖父自身が書くのは ちと符合しない…
と言う事になり、文章は やはりサトさんなのだろう…と ようやく
言い切れるかな…と思った次第。^^;

で、名前は サク祖父が自らの所持品として記入。

日付は 「5月吉日」と読めるので 「吉日」と書くのは 基本的に
貰った者では無く、贈る側なのでサトさんかと。

但し、日付については二十日を旧表記で書いた様にも見えるという説もあり、
その場合は どちらかというと 写真を貰った日としてサク祖父の記入の可能性が大^^;


問題は「百瀬駅にて」という一文なんだけど…

それについても、サク祖父自身が 「百瀬駅で貰った…」という意味で書いた
可能性が高いのでは? というのが 現時点での私の想像です。^^


【※注意!!】

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