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2005年08月10日

● 「世界の中心で、愛をさけぶ」二人乗


このところ「世界の…」ネタを書いていない

(…って言ったって ほんの1週間チョットなのだが^^;)




セカチュー・ネタを書かないブタは ただのブタだ…


そういう厳しい御意見のメールを頂き ちょっと凹んだ。


何故なら 私はネコなのであって ブタではない。

(ここ、重要なトコ^^;)


せめて、


セカチュー・ネタを書かないネコは ただのネコだ…


そう言って欲しかった…(ToT)




ホントは takuさんが第5話書けば それの尻馬にでも乗ろうか…なんて考えていたんだが、今回 takuさんに借りが出来てしまったので あまり無下な事も言えず、5話に関しては 私なりに


ブタネコ的 第5話の考察


なんて記事も掲示しているので さて、どうしたものか…と思いつつ


以前、某国立大学理工学部のアキバ系研究員達との会話の中で そういえば、まだ記事にしていない話があった事を思い出したので 今回は それについて語ってみたいと思う。




当時、あまりにも「アジサイの丘」の考察が印象的だったので 記憶の隅に追いやられてしまったのだが…


TV版「世界の中心で、愛をさけぶ」において 自転車は とても重要なキー・アイテムである。


特に第3話ラストで 朔と祖父の「運転手」の約束、さらに


「私 太るよ! お爺ちゃんと同じくらいになって 後ろに乗るよ!」


という亜紀の台詞は 物語全体の後半で さらにファンを爆沈させる時限爆弾の様な台詞となる。


と、同時に 第2話から 亜紀が倒れる第5話までの間は 朔と亜紀が睦まじく過ごすシーンとして 亜紀と朔の自転車の二人乗り…は TV版「世界の中心で、愛をさけぶ」において 二人を語る上で欠かしてはならない光景でもある。




まずは、画像を見て欲しい。


世界の中心で、愛をさけぶ

第2話 亜紀「私の秘密 教えてあげよっか…」のシーンである。


このシーンが 映像上で初めて登場した二人乗りのシーンである。


第1話のラスト 堤防の告白で 亜紀と朔の交際は始まったわけだが、その交際は まだ初歩の初歩、亜紀は他のクラスメ-ト達や親などに隠れて…という意識が強く、交際といっても、まだまだ始まったばかりである。




そして、

世界の中心で、愛をさけぶ

第3話 散骨を終えて帰ってきたシーン


この後、朔は亜紀と別れ 1人で自転車を漕いで帰り


「ペダルが軽かった…」


というモノローグから セカチュー・ファンの涙腺を破壊する マリア様抱っこのシーンとなる。




で、次が

世界の中心で、愛をさけぶ

第4話 亜紀「朔ちゃん・・・なんかないの? やりたい事とか・・・?」のシーン


会話の内容から 朔と亜紀の仲が親密になっているのが窺える。


が、ここまできて 確かに会話の内容で 親密度を推し量る事は出来るのだが、それはあくまでも聴覚的な事である。




そこで、視覚的にはどうか?と見てみると…

【第2話】
世界の中心で、愛をさけぶ

【第3話】
世界の中心で、愛をさけぶ

【第4話】
世界の中心で、愛をさけぶ


と言ったシーンもあるから もう、それで充分だと思いがちなのだが…、




パッと見には一瞬なので判り難いけど、非常に細かい演出的配慮が この二人乗りのシーンには込められていると アキバ系研究員は指摘するのだ。




つまり…、


世界の中心で、愛をさけぶ


第2話の このシーンが最初だとすると 自転車の後ろに乗った亜紀を 良く見て頂きたい。


荷台に横座りして 朔の肩のあたりに掴まっているのが確認できるはずである。




で、第3話

世界の中心で、愛をさけぶ


この画像だと遠景で 若干、判り難いかもしれない。


なので、この直後のシーンを観ると


世界の中心で、愛をさけぶ


お判りだろうか? 亜紀は相変わらず横座りなんだけど、朔の腹の辺り(たぶん、ベルトのバックル)に手を回して掴まっている。




そして、第4話


世界の中心で、愛をさけぶ


判り難いかも知れないが 第2話と同じ様な乗り方に見えて…


世界の中心で、愛をさけぶ


実は 亜紀は横座りでは無くなっており、手も腰の当たりをシッカリ掴んでいるのである。


しかも…


世界の中心で、愛をさけぶ


こんな事まで自然と出来る様になっている。


考え過ぎと笑われるのは覚悟の上である。


「偶然、そうなったんじゃないの?…」


と、言われれば その通りとも思える。


しかし、こんなとこまでをも きっちり押さえていたんだ… 私にも そう思えてならないのだ。


仮に 偶然だとすると、第2話の乗り方は やってみると判るけど 後ろの人は実に不安定で恐いのである。


だから、通常 二人乗りしようとする場合は 何処かに しっかり掴まりたくなるのが心理なのだが、男女の二人乗りの場合、しかも相手を意識していると 下手すると 何処を掴んで良いかも判らないぐらい恥ずかしかったりするのである。


しかし、ある程度の関係になると 肩や腰に手を回す事に恥ずかしさは無くなり、むしろ何も言わずとも自然に掴まるようになる。


そして、長時間乗るには 横座りは非常に疲れるし、バランスの点でも不安定であるから第4話の様に乗るのが 実は もっとも安全であり、楽なのだが 後ろが女の子の場合 人目を憚るか否か?という状況がある。


ゆえに、こじつけ的に解釈すれば 4話の時点で 亜紀には完全に他への憚る意識が働いていない、完全に「朔と付き合っているんだ」という意識が固まっている証拠とも言える…と解釈できる。


単に二人乗りのシーンが欲しかったのだとすれば 極端な話、2話の時点で4話の様な乗り方をしててもいいはずである。


しかし、映像は 上に示したように、あたかも段階を踏んだように乗り方が変わっているのである。


だからこそ、


「こりゃ演出的配慮だと思うんですけど 実際、このそれぞれシーンって画面に映ってるの 1・2秒なんですよ だから、そんな瞬間映像まで気配りしてた…って事なんですよね?」


そうアキバ系研究員が言うわけだ^^


言われてみると たしかにそんな気がするから不思議だったが、堤氏なら やりかねないんだよね^^


いままでも いくつかの考察の中で「サブリミナル的手法」と指摘した部分がある。


それらを思うとき この「亜紀の自転車の乗り方」の回が進むに連れての変化も同様だと思うのだが いかがであろうか?

お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

>ホントは takuさんが第5話書けば それの尻馬にでも乗ろうか…なんて考えていたんだが


それで5話5話繰り返しいってたのかよ・・・(ToT)

こんにちは、ブタネコさん。

こうやって画像をて並べて見ると、自転車の乗り方で、2人の距離が縮まっていく演出がよくわかりますね。
ブタネコさんも仰るとおり、この作品において、自転車はなくてはならないアイテムですよね。

この作品をみてからは、二人乗りする学生カップルが増えたような気がしました。
というより、私が目で追うようになっていたのかもしれませんね。
男子の学生服姿(夏服限定)に弱いんです。チラッと見える白Tと焼けた腕に…
スミマセン、関係ない事でした。

★ taku さん

『それで5話5話繰り返しいってたのかよ・・・(ToT)』

違いますよ^^

神の御言葉に触れたいよ~ 

ただ、それだけです^^;


★ リンダ さん

最近の自転車は デザインを重視するあまり
二人乗りは危険なんですよね。

(二人乗りじたいが 危険なんですが^^;)

情緒もへったくれも無い 二人乗りを見ると
なんか… 上手く言えません^^;

はじめましてhiroと申します
現在、「きみの知らないところで世界は動く」ファンサイトhttp://www17.ocn.ne.jp/~kimino/を開いていらっしゃる管理人さんが、以前開設されていた「朔太郎とアキのいる風景」というサイト(現在閉鎖されています)で、抱擁と自転車の関係について考察されていました。
抱いてくれた祖父→自転車の約束→死→亜紀の抱擁→自転車の約束→死→小林明希の抱擁→・・・
ここで、管理人さんは、ドラマの中盤であるにも関わらず、「サクと自転車に乗るのは、小林明希&一樹で、2人乗りでないことで、死の未来を払拭する」旨のことを予想されていました(実際、そうなった訳ですが)。
第4話で谷田部先生の「あんたたちのことは、私が覚えているから」のシーンの最後に「もう一度、誰かを乗せて走りなさい」とあり、その後のシーンで小林明希がサクの自転車の荷台に腰掛けていたのも意味深でしたね。
ブタネコさんもおっしゃるように、「自転車」一つとっても、ここまでいろいろなことを表現される脚本・演出が、1年経った今も我々を離さない、この作品のすごいところなのでしょうね。

今回の考察、考えすぎでも何でもないと思いますよ。
その通りだと思います。
考えすぎだと思う人はもう一度観てみましょう。
このドラマは亜紀のうなずき方だけでも違うシーンにリンクしてしまうドラマです。

自転車二人乗り、良いですよね

あんな風に背中に顔を付けられたらサクじゃなくても「エヘラ顔」です。(あれ?「エヘラ顔」って最近どっかで聞いた気が・・・)

ただ、これ4話だとエヘラ顔なんだけど
7話でも二人乗りで亜紀がサクの背中に顔を付けてる場面があるじゃないですか。
その時の二人の顔もまた何とも言えないです。

あの時のように幸せ一杯の気持ちになれない、サクはペダルが軽くなった事が気になり、亜紀もこうして二人乗りしている事がとてつもなく大事な事になっていて、サクへの気持ちが思わずあの「背中にギュッ」になってしまっている。
映画派には悪いけど、あの情緒はスクーターでは出せない気がする。

ちなみに映画「がんばっていきまっしょい」でもワンシーンだけ二人乗りのシーンがありましたけど、あれも凄く好きです。あの手を握るとこなんか良かった。

★ hiro さん

コメントありがとうございます。

御教示頂きましたサイトさんは 近々、時間に余裕の
ある時に拝読したいと思います^^


★ うごるあ さん

7話の件は 7話の時に触れようと思ってました^^

スク-タ-の件は 再び、映画を語るときに触れようと思ってました。^^

今回は 4までの自転車に絞って語った次第ですのでいたらぬ点は
どうか御容赦願います^^;

hiroです
既に出ているような、出ていないような・・・なのですが、
第3話の「私太るよ~後ろに乗るよ」を挟んで
横座りからそうでなくなっています。
横座りでなくなったのは、二人の親密さなのは確かですが、
きっかけは、第3話のこのセリフかな?と思います。

サクにしてみれば、「亜紀の運転手なんだから、後ろに乗せてあたりまえ」
亜紀にしてみれば、「おじいちゃんは横座りなんかしなかったしょう」
ってことで、ある意味「口実」ができたのではないかと思います。
「おじいちゃんの代わりに」で親密さも引き継いだ・・・
そんな感じがします。

★ hiro さん

>「私太るよ~後ろに乗るよ」を挟んで
>横座りからそうでなくなっています。
>横座りでなくなったのは、二人の親密さなのは確かですが、
>きっかけは、第3話のこのセリフかな?と思います。


タイミング的に そうも受け止めれるけど、どうなんでしょうね?
私には否定までは出来ませんが、あまり、賛同する感じにも
なれません。^^;

それは

>「おじいちゃんは横座りなんかしなかったしょう」
>ってことで、ある意味「口実」ができたのではないかと思います。

けっして言葉尻を捉えるつもりではないのですが、
「口実」という感覚は ちと馴染めません^^;

まぁ、そうだったかもしれないし、なんとも言えませんです。^^;

「松本君」→「サク」と呼び名を変えるのにも「サクって呼んでもいい?」と確認する亜紀(この仕草がとっても可愛い(^_^;))なので、
横座りをしなくなる時にも、なんらかのやりとりがあったかな?って思ったんですけど・・・

「まぁ、いっか」(^^)(A.H風)

★ hiro さん

>「松本君」→「サク」と呼び名を変えるのにも「サクって呼んでもいい?」と確認する亜紀(この仕草がとっても可愛い


その部分は 同意なんですが…


それまでロクに話した事も無い相手とのやりとりなので そういう段取りは
必要でしょう^^

それと「横座りをしなくなる時」を関連づけるのは どうなのかなぁ?

【※注意!!】

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