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2005年08月07日

● 火垂るの墓


この映画も 実に心に残る映画である。




毎年、今頃の季節になるとTVで再放映される。


それに関して 文句を言うつもりは全く無い。


毎年12月14日なると「忠臣蔵」を見るように 日本人の恒例行事の一つであって良い…と思う。


この「火垂るの墓」は 私の両親の世代には 特に自分達の記憶と重ね合わさって思い入れが深い作品の様で ただ、単に「可哀相…」と涙しながらTVを見てた私達、子供の横で 様々な記憶も蘇らせて滂沱の涙を流していた姿が記憶に残る。


たまたま、ブログのTB先を巡り 拝読していて


@卑弥呼』さんの


火垂るの墓


という記事を拝読し 思わず、ある記憶が蘇り目頭が熱くなった。


私の両親や妹、それに 嫁の両親、そして 私の妹と結婚した義弟の両親 それぞれが健在だった頃 よく、親同士で 鍋を囲んだり、旅行に行ったり それは とても仲良く付き合っていた。


まぁ、皆 自衛隊関係者で 自衛隊官舎で生活していた…という共通項があったから 尚更なのではあるけれど。


ある時の事、義弟の親父さんが 我が家に遊びに来ていて ジンギスカンを食べ、話も盛り上がっていたのだが… ふと、時計を見上げて


「お? こんな時間か、じゃ 俺、家で用事があるから帰る」


と 8時過ぎに帰宅した。


普段なら9時過ぎまでは 楽しむはずなのに その日は妙に早い。


嫁は まさか そんな時間に帰ると思ってなかったから 義弟の親父さんの好物であるスイカを出しそびれてしまった。


義弟の親父さんの家は 我が家から歩いて10分もかからないところだから 食卓の後片づけを終えた嫁が


「オジサンにスイカを届けて来るわ」


と言って その出しそびれたスイカを届けに行った。


そして、30分もせぬうちに戻ってきた嫁は どう、見ても泣き顔である。


「なんだ? 誰かに何かされたのか?」


気色ばむ私を 嫁は笑って


「違うの、そうじゃないの…」


泣きながら笑う。


そして、おもむろに居間のテレビをつけて チャンネルを合わせると 画面に映ったのは「火垂るの墓」だった。


義弟の親父さんは 太平洋戦争中、中学生で小学生の弟と二人 親戚中をたらい回しのように預けられた経験を持つ。


両親は幼い頃に亡くなり、男ばかりの4人兄弟の3番目 1番上と2番目の兄は兵隊として出征中だったから 4番目の弟と共に預けられたのだそうだ。


ところが、時代が時代だっただけに どこも生活は楽では無く、どこの親戚に行っても 辛い思い出しか無いそうで 後年になり、私達、子供に酔っぱらうと泣きながら


「オマエ達は 絶対に 子供にそんな切ない思いだけはさせるな」


と言って泣いていた。
(もの凄い泣き上戸だったんだ^^;)


で、その日 嫁がスイカを持って尋ねてみたら 居間で食い入るように「火垂るの墓」を見ながらグジャグジャに泣いていたそうで その姿を見て嫁は貰い泣きしながら帰ってきたのである。


後日、義弟の親父さんに


「どうして そんなに「火垂るの墓」を見るの?」


と尋ねると


「俺はさ 弟と二人で あの時代、

 歯を食いしばって生きたんだ

 親戚の連中、特に従兄弟や叔母さんに対して

 オマエ等覚えとけよ、俺が大人になったら

 絶対 オマエ等、見返してやるからな…ってさ、

 だから、「火垂るの墓」を見ると あの頃の事を思い出してさ、

 なんか気合いが入るんだよね

 クソ-ッ、まだまだ負けないぞ…ってさ」


毎年、この時期になると そうやって気合いを入れてる爺ぃがいるのだ。^^


それから数年後、


小学生の低学年に成長した ウチの娘と 妹が死んで以来、殆どの期間をウチで過ごしていた 妹の娘(私にとっては姪)が 二人で やはり、今ぐらいの時期に「火垂るの墓」を 二人で仲良くアイスを食べながら見ていた。


私も嫁も 何度も見た映画だから 物語は隅々まで知っている。


だから、真剣に座り続けて見るわけでも無く、何か雑用をしたり、誰かと電話で喋ったり… そんな感じで その時間を過ごしていたのだが、娘と姪は 食い入るように真剣に見ていた。


そして、見終わった後 何を思ったのか


娘が姪に


「@@ちゃん 今までゴメンネ、

 明日から 私の服やオモチャ 好きなだけ使っていいよ

 本当に 今までゴメンネ」


そう言ってる。


言われた姪は キョトンとして 良く意味が呑み込めて無さそうだ。


その様子を 私も嫁も やはりキョトンと眺めるしか出来なかった。


つまり、後で判った事なのだが 娘は子供心ながらに


ウチの嫁が ほんの少し娘より姪の身体が一回り小さかったので 


何も気にせず、娘の服を(殆どがお下がりとして^^;)着せていたのを 


「あれは 私のお気に入りの服」


と、不満に思っていたのだ。


でも、「火垂るの墓」を見ていて 主人公である兄妹が 叔母さんや従兄弟達から受ける意地悪を見ていて そんな気持ちを抱いていた事を反省したのだ。


だから、先に述べた「謝罪」になったらしいのだが…


姪は 虐められているなんて感覚が無かったので 何がなんだか 良く判らない。


でも「好きにしていいよ」と言われて 悪い気持ちにはならないから


「ウン、ありがとう」


そう言って、それまで以上に仲良くなり それは今日まで至るわけで、二人は姉妹同然なのである。


ところがだ、そんな様を見て 慌てたのが私達バカ夫婦。


親バカの塊である私は そんな娘の健気な姿に感動し


「娘よ なんて、気持ちの健やかな子に育ってくれたんだ…」


人目も憚らず、滂沱の涙を流す。


と、同時に 嫁に対して


「オマエ、姪に ちゃんと”新しい服”買ってやってるのか?」


と怒る始末。


嫁も嫁で


「あ~ 気がつかなかったわ…

 成長が早いから 娘のお古ばかり着せてたの

 本当にゴメンナサイ。

 あ~、今まで なんで気づかなかったんだろう…

 どうしよう…」


と、オロオロし涙ぐんでる。


翌日、デパートをハシゴして 山のように服を買って貰った娘と姪は そんな事も知らずに ただ、ニコニコと嬉しそうだったのだが…


その陰で 義弟や義弟の親父さん達に


「本当に気づかなくて申し訳無い」


と、夫婦揃って謝るバカ夫婦を前にして


義弟の親父さんは


「俺の子供の頃に 火垂るの墓みたいなのがあればなぁ…」


と、遠い目をしてるし


義弟は


「そんな大げさな…」


と、困惑しっぱなしだった。




数年前、大学生に成長した娘と姪が やはり居間で仲良く「火垂るの墓」を見て泣いてるのを見て


「昔さぁ…」


と、その時の話をすると 娘は


「へぇ~ そんな事あったんだ 覚えてないなぁ…

 でも、その頃から 良い娘だったんだね 私」


なんて言い。


その横で姪は


「じゃぁさ、あのワンピース貸りても文句言わないわよね

 良かった… 同窓会、何 着ていこうか迷ってたんだ…」


と 無邪気に会話をしている。


そんな様子を見て


「あぁ、良かった… 

 火垂るの墓に出てくる親戚の家みたい…って

 言われずに済みそうだ…」


と、ホッと胸をなで下ろす私。


その事を 嫁に告げたところ


「当たり前でしょ

 あれから… どれだけの愛情を

 私が あの娘達に注いだと思ってるの?」


と、自信満々に憤然として言う。


そんな嫁に対して 私は心の中で呟いた


俺への愛情は 何処に注がれたの?(ToT)



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コメント

TBありがとうございます(^^*

この作品は恒例行事の様に8月にやりますよね~
毎回観ては泣いているわけですが…
卑弥呼さんのコメントにも書いたのですが「はだしのゲン」もやったらいいのに、と思います。
最後の落ち…笑いました(^^;

★ Doc_schmid@道楽 さん

TB失礼してすいませんでした^^;

「はだしのゲン」懐かしいなぁ…

ちなみに、ラストは 泣くトコです(ToT)

ブタネコ氏ご夫婦が涙を流しながら姪っ子さんの服のことを話されたこと・・・
なんか、感動に似た感覚を持ちながら読ませていただきました;;
お約束といわんばかりのラスト一行に笑わせていただきましたw
いいご家族ですよねぇ^^

>俺への愛情は 何処に注がれたの?(ToT)

(´ヘ`;) う~ん・・・

「もずくのゴルゴンゾ-ラチーズ和え」とか・・・

「ラ-メンの甘酢あんかけ」とか・・・

「タマネギを薄切りしたものやレタスを細かく千切ったモノの上に 何やらマヨネ-ズで和えたもの」とか・・・

いっぱい愛情注がれてるじゃないですか♪ (o゜▽゜)oニパッ♪

ブタネコさん一家のあったさが
伝わってきました。微笑ましい。

でもホント、「火垂るの墓」を観ると
極限状態の中で、余裕なんかなくても
精神的にも物質的にも他人にも施せる
人間にならなきゃいけないな
って単純ながら思っちゃいます。

J.Pは、「火垂るの墓」のあの親戚のオバサン
が冷たすぎて泣けてきます…。(T-T)

★ Wagner さん

>ラスト一行に笑わせていただきましたw

おかしいなぁ… 貰い泣きするトコなんだけどなぁ…^^;


★ J.P さん

>極限状態の中で、余裕なんかなくても
>精神的にも物質的にも他人にも施せる
>人間にならなきゃいけないな

まったくです。

巧く言えないんですが「心のゆとり」みたいな
ものが必要なんじゃないでしょうか

>J.Pは、「火垂るの墓」のあの親戚のオバサン
>が冷たすぎて泣けてきます…。(T-T)

第三者的には同情の余地があると思うんですが
当事者はたまらないでしょうね…


★ taku さん

>いっぱい愛情注がれてるじゃないですか♪

余計な御世話です。^^

ところで、5話 まだ?

はじめまして。じゅんたろうと申します。「火垂るの墓」検索でこちらに来ました。記事読ませて頂きましたが、なんかほのぼのしてしましました。すごく暖かいご家族だと思います。もし節子や清太があのまま大人になっていたら、きっとブタネコさんのご家族のような家庭を築いていたのでしょうね。節子は本当に哀れでした。兄を最後まで信じ、4歳という幼さで死んでしまった節子。眠るように死んだのが、せめてもの救いだったと思います。
また遊びにきます。TBさせてもらいますね。ではまた!

あ~あ、また。・゚・(ノД`)ヽ(;Д; )モライナキシチャターヨ

ええ話ですね^^

娘と姪っ子さん、いつまでもずっと仲良くですね(・∀・)イイ!!

ブタネコさんへの愛情って(* ̄m ̄) ププッ

そんな素敵な姉妹以上の関係の、子供達に育ってくれて、それだけで幸せ者でしょw

戦災孤児かぁ~、今北鮮の大地では、まさにこういう状況の兄弟、姉妹多いんだろうな~。
「コッチェビ」と呼ばれる子供達ですね。

やっぱりいっつも犠牲者は女・子供なんだな~と想うと・・・
何も出来ないのが、切ないっす(´・ω・`)ショボーン

★ じゅんたろう さん

コメント & TB ありがとうございました。

『もし節子や清太があのまま大人になっていたら、』

私の義弟の家が そうなのかな… と^^;

ウチみたいなのは違うと思いますよ
ただのバカ夫婦ですから^^;

今後とも よろしく御願いします。


★ Wen さん

お~い Wenさん 泣くトコと違うよ

ラストで泣いてよ ラストでさ^^;

┐(´ー`)┌イヤイヤ、ラストは(゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャの所です。

そか…(ToT)

【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。