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2005年08月06日

● 戦後60年スペシャル「ヒロシマ」


昨夜、TBS系で放送された 戦後60年スペシャル「ヒロシマ」を観た。




事前に、個人的に怖れていたほど 酷い内容では無かった。


ここで私が言う「酷い」とは TBSの報道や その象徴たる「筑紫哲也」の得意とする リベラルを装おいながら偏ったイデオロギ-に帰結させる「酷さ」という意味である。


正直な感想を そのまま言えば、筑紫も少しは丸くなったのかな? と思った。


まぁ、人間 誰しも老いれば 微妙に思考や性格が変わると言う。


そう思えば 心なしか 筑紫の顔も曲がった様な気がして、少しは考えも曲がったか…


そんな感じがした。


だが、やはり TBSの報道の根本は変わっていない。


「綾瀬はるか」という 素敵な女優を「客寄せパンダ」にし これからの日本を背負う彼女と同年代の若者に「戦争」や「原爆」等への認識を求めるという企図は 私がヲタを自認する「綾瀬はるか」を「客寄せパンダ」として扱うところに腹立たしさはあるが、企画意図は悪くは無い。


「綾瀬はるか」が祖母から体験談を聞いて 知らなかった事を知る、その様を見て 同じ様に知らなかった若者達が知るキッカケとなる… 

そういう企図は時節柄、非常に良いと思う反面、「綾瀬はるか」という女の子のプライベ-トな部分に 視聴者が土足で踏み込んでしまう危険性を考えると、それを見せてくれた「綾瀬はるか」自身や御家族、そして 辛い経験を話された祖母殿には 深く感謝し敬意を表するばかりだが、それだけに、TBSやホリプロ そして、筑紫 オマエ等は「綾瀬はるか」に それだけの事をさせた責任の重さを 今後も深く、ちゃんと踏まえておけよ…と 言っておきたい。


と言うのはね、「ヒロシマ」という番組は「綾瀬はるか」のPVでは無い。


当たり前の事だが、TBSや筑紫が「戦争」や「原爆」を語る番組なのである


しかし、私も ある意味 そうなんだけど「綾瀬はるか」が見たくて「ヒロシマ」という番組を見た者達がいる。


そして、今までは関心も興味も無く、知らずにいた事を 綾瀬はるかが知ったように そういう視聴者達も知る。


そこまでは 番組の企画意図として良しとしよう。


問題と指摘したいのは TBSの報道(筑紫も含めて)の相変わらずの偏向ぶりが どうしても付加されており、それをも含めて「知らなかった者が事実として知ってしまう」事の危険性なのだ。


現に、放送後 いろんなサイトを見て回ると


「綾瀬はるかの涙に感動しました」


という様なコメントが いろんなところに書かれている。


たしかに「綾瀬はるか」の泣くシ-ンは 私も 貰い泣きした。


しかも、そのコメントと併せて


「私も はるかちゃんと同じ様に 

 初めて いろんな事を知り、考えさせられました。

 そして はるかちゃんが言った様に 

 私も いろんな事を知って考えていかくなくてはと思いました」


という様なコメントの多さも目にする。


だからこそ、オッサン(ブタネコ)は 言っておきたい。


ただ見たり、聞いたりして「へぇ… そうなのか」と言うだけでは


「知って考えた事にはならないよ」と。


同時にね、新聞や雑誌やTV等 メディアの言ってる事が 全て正しいと思っちゃいけない…とも。


当然、この「ヒロシマ」という番組の内容も含めて 正しいか否か、それを 見極めるフィルタ-みたいなものを 自分の中に作らなくちゃ駄目だよ。


世の中「右と左」「ハト派とタカ派」なんて言い表される様に 対極する意見がある場合、両者を見比べ、聞き比べて 自分で判断するフィルタ-が必要なんだけど そのフィルタ-を ちゃんと持ってる人は 世の中、あまり多くは無いのです。


多くの人は フィルタ-を持っていないどころか、そういった話になると無関心になっちゃうのです。


そのフィルタ-を持つには 出来るだけ公平になった視線や 中立に沿った理性で 記事や書類や 番組や 話を聞き比べていかなくては駄目なのです。




さて、TBSや筑紫が偏向している事は 昨夜の放送でも変わってはいない。


それは 歴史に「たら」「れば」といった ”IF(もしも~)”を持ち込むのは 小説の世界ではアリでも 歴史検証の場では 大いに慎重に、かつ 公正中立に行わなければ危険である。


細かい点を指摘していけばキリが無いので 大きい部分だけを指摘しておきたい。


「あの時、原爆は止められた」


いきなりの このサブタイトルが偏向を如実に物語る。


当初はドイツに落とされるハズだった原爆が 日本に投下されるまでの流れを追った部分はいい、問題は ルーズベルトが急死して、トル-マンが大統領になり ヤルタ会談、ポツダム宣言…という流れの中に 日本側の極秘裏に行われた終戦工作をも取り上げたあたりから 事実なのか、制作者が想像(偏向?)で語っているのか分からない話が混じり出す。


ポツダム宣言の受諾を 国体護持=天皇の安全 と日本政府が迷い、悩む…というあたりから よからぬ帰結へと結びつけかねない映像が増えていくのだ。


つまり、国体護持に拘るあまり受諾が遅れたから 原爆投下に繋がった…という考え方


これは 確かにひとつの認識であり、少なからず 私もそういう認識ではある。


それだけに、


「もっと早く受諾していれば 原爆投下を回避できた」


と、現在でも 天皇に対して恨む人達や 責任を問う人達がいる。


しかし、実際には 広島、長崎に続いて 3発目の原爆が用意されており、天皇が受諾してくれたおかげで その3発目(全部で4発あったという話もある)を免れた…と感謝する人もいる。

(この部分は 放送では紹介されていない。)


そもそも 日本政府が原爆の存在を知っていたのか? もし、知っていたら?


「慌てて受諾した」かもしれないし、存在を信じないで史実通りになったかもしれない。


それが 歴史に禁句の「IF」である。


でも、よく放送を思い出して頂きたい。


再現映像と 関係者達のインタビュ-及び その内容は 視聴者に「戦争責任」という部分を 天皇へと向ける誘導と思える構成のものが多く、それ以外の部分には ほとんど触れていない。


そういう部分を 私は「偏り」と指摘するのだ。


戦争責任に関しては 天皇にだけあったのでは無い。


強いて言えば 明治からの「天皇制」による弊害が大きく現れてしまった結果と言う人もいる。


それは 私も否定しないし、充分に検証すべき点だと思う。


ゆえに、天皇に全く戦争責任が無かったとは言わない、昭和天皇御自身が それを認める発言を何度もされていた事からも明確である。


しかし、メディアは 特に筑紫や朝日新聞、毎日新聞などは その部分に昔から 執拗に拘るきらいがある

特に”天皇制”という部分にこだわり、遠回しに天皇の「個」に対して責任を問う手法を多く用いる。


「何か恨みでもあるのか?」


と聞いてみたくなるぐらいにだ。


「極東軍事裁判」通称:東京裁判における A級戦犯と呼ばれる人々の裁判も 基本的には「個」への追求なのだが、その時の裁判としてのあり方は けっして裁判として厳正に執り行われたものでは無かった事は今日、明らかになっている。


東条英機は生前「私は戦争犯罪人では無い、戦争責任者である」という主旨の発言をしている。


子供の屁理屈みたいな言葉と受け取られる事が多いのだが、「戦争責任者」としての罪は自覚していたのであろうと受け取れる言葉である。


戦争責任を問う…という事は 二度と戦争を起こさない為の検証としては 極めて重要な事と言えるが、最も重要な事は 個の責任の追求よりも 事実の確認なのである。


しかし、日本は戦後 その出来損ないの「極東軍事裁判」の結果のみ尊重するだけで検証という事には 一切と言っていいぐらい触れていない。


だから、釈然としない思いや ぶつけようの無い怒りまでが「個」へと向けられるし、いつの間にか 嘘やデタラメが「事実」として罷り通っていたり、真実が闇へと葬られ60年が過ぎたとも言えると思う。




原爆投下を行ったエノラ・ゲイの乗員のインタビュ-があった。


再現フィルムにも いろんな台詞が登場した


「この投下に関われる事を誇りと思え」


指揮官がブリ-フィングで その様な事を言う。


視聴者、特に被爆関係者が観ていたら はらわたが煮えくり返る場面だったと思う。


でも、実際は再現シ-ンに ほぼ近かったのだろうと 私は思う。


戦争中は 双方の国民の誰もが 友や知人、親戚縁者を失い、その復讐心に燃える者が少なくなかったからだ。


「歴史のあの瞬間、原爆は必要だった。我々は後悔していない」


つい最近、乗員達がインタビューに対して そう答えたと新聞で見たばかりである。


エノラ・ゲイの乗員達は 爆撃機の乗員だったのである。


積んだ爆弾を あらかじめ指示された場所に投下する いわば歯車の一つなのだ。


実際には、機械じゃないから感情もあるし、感想も述べる。


仮に彼等が


「原爆なんて トンでも無いモノを落とすのなんて嫌です」


そう抗ったならば… 最悪の場合、抗命罪で銃殺… それが当時の軍隊でもある。




原爆開発に関わり、投下の際に立ち会い、キノコ雲を撮影した科学者。


祈念館で 爆発直後のキノコ雲の映像を前に


「これは 私が趣味で撮った映像だ」


という意味の発言をするシ-ンを見て やはり、はらわたが煮えくり返る視聴者は多かったのだろう…とも想像する。


いわゆる フランケン・シュタインを産み出す博士に通じるマッド・サイエンテイストの姿に通じるものを 私も感じた。


被爆者との会話の後、「私は謝罪をする気は無い」とも言い、「リメンバ-・パ-ルハ-バ-という言葉がある」とも言い切る。


正直に かつ、率直に申し上げるが、私は このシ-ンを観ていて この科学者個人に対しては 腹は立たなかった。


むしろ、堂々と 広島の地で 被爆者やTVカメラを前に言い切る姿に 敵ながら天晴れとさえ思った。


そう、当時のアメリカ国民は考えていた… そのひとつの表れなのだ。


当時の日本人が「鬼畜米英」と呼んだのと まったく、なにも変わらない。


TV画面の中で そう発言したのが その科学者だからと言って、その科学者個人に怒りをぶつけたり、責めてはいけないと 私は思う。


普段、私は 中国や韓国という国を ボロクソにけなしている。

(同時に 日本という国もけなしているが…^^;)


しかし、中国人や韓国人の ”個”との付き合いは 一般的、日本人に比べて はるかに多いと自覚している。


その友人である中国人や韓国人に対しても 直接、会話が出来るぶん 文章とは比べられないぐらい激しくボロクソに言っている。


当然、彼等も言い返してくるし 私と同じ様に それぞれが、自分の国の事も平気でけなす。


その結果、喧嘩になった回数よりも 比べようもなく互いに「面白い奴」として友人になった回数の方が圧倒的に多いし、互いに互いの国の事が判り建設的であったとさえ言える。


そういった場合、中国人や韓国人の友人達は 口を揃えて


「君は その君自身の持っている歴史認識を どこで学んだの?」と聞く。


少なくとも 私は小・中・高の学校教育の中で 正しい戦前・戦後史を教わった事など全く無い。


強調して言っておく




全く無い!!!




変に歪められた認識の押しつけは クソ教師共から聞かされそうになった事はある。


私の歴史認識は 私が いろんな本を読み、いろんな祈念館など場所を巡り、いろんな人達の話を聞いて それらを斟酌し咀嚼した結果であって 自分の目と耳と肌で感じたものであるから、中国人だろうが、韓国人だろうが、アメリカやロシア人が相手でも 自信持って語る。


けどね、その中国人や韓国人の友人達に言わせると そうやって私みたいに言い返す日本人は極めて希で 大抵が


「ま、過去にはいろんな事があったかもしれないけど…」


とか、


「そういう話は また、別の機会に… と言う事で」


等と ヘラヘラ笑って誤魔化したり、話を変えるのが典型的日本人で 圧倒的多数なのだそうだ。


そりゃ、そうだろう。


語り合える材料が何も持ち合わせて無い。


教育も受けてなければ、知ろうとする関心も無く、そのくせ、「話し合えば解決する」と口先でしか言わない者ばかりなんだもん日本人って。


筑紫は番組の最後で いつもの様に綺麗事をまくしたてる。


その中で 被害者意識、加害者意識に触れ 中国や韓国との問題に触れた。


だから、あえて言っておきたい。


「広島」「長崎」「原爆」 これは戦後史を考える上で重要な部分ではある。


しかし、筑紫が最後に述べた綺麗事を考えるならば…


筑紫が 今、一番早急に検証するべきと主張すべきなのは 極東軍事裁判が どの様にして行われ、戦犯として裁かれた者が どのような罪状で どのような審理を経て どの様に判決を受けたのか? じゃないのか?


中国や韓国との歴史問題、靖国問題を知ろうとする時、一番避けて通れないのが「極東軍事裁判」だろう?


そこに手をつけようとしないのは「戦争責任」を再検証すれば 必ず、当時のマスコミに対する責任追及も求められる… だから、その部分は タブ-視して触れずにきたと 過去の識者達は口を揃えている。


筑紫に対して 言ってる事と やってる事の違いを猛省すべきと指摘したい点のひとつが それなのだ。


ただ、原爆投下直前の 広島の街並みの それが破壊される様のCG再現は どれだけ費用がかかろうとも 詳細に作って将来の為に遺すべきだと思うし、その作業にあたられている方々の熱意には敬意を表したい。


その映像を観た者ならば 核の発射ボタンを押そうとする時、間違いなく躊躇うよ。


それだって 充分に核に対する抑止力と言えるのだ。




最後に、非常に不謹慎な発言と誤解されるかもしれないと思いつつ述べたいのだが、


この番組の中で見せた「綾瀬はるか」の泣き顔は 彼女が とても素敵な女の子である事の証だと感じた。


女優としての演技とか打算とかが入り込む余地の無い、素直で真摯な泣き顔だった。


私は 綾瀬ヲタを自認するファンであるがゆえに、今後は演技の泣き顔だけで充分です、素の泣き顔なんか見たく無い…と懇願する。


素で そんな泣き顔にならないで欲しい、泣いてしまう様な事が 彼女に起きないで欲しいと切に願う次第でもある。


だから、今後は筑紫に対して いままでの事以外に


「てめぇ はるかちゃんを マジ泣きさせやがって…」と


新たな憎しみの炎が追加された事を ここに明記しておきたい。




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コメント

こんばんは^^
>「これは 私が趣味で撮った映像だ」

 と言う意味の発言をするシ-ンを見て やはり、はらわたが煮えくり返る視聴者は多かったのだろう…とも想像する。
私もその一人です。 ブログの記事にもしたし (^◇^;)
当時、そう思っていたのは理解出来ますが、被爆者の話や資料館を見学した上での発言だと思うとちょっと…
私自身、あまり戦争を理解していない所もあります。この機会に理解を深めようと思います。(^^ゞ

>「てめぇ はるかちゃんを マジ泣きさせやがって…」と
きゃはは(^◇^) あらたな憎しみの炎ですか ~(m-_-)m 

科学者と被爆者が対談した映像…
正直ほとんどの視聴者は違和感を感じたでしょう。
私もその一人です(^^;
ですが、対談終了時に被爆者の方とあの科学者が握手をしていたのが非常に印象的でした。

筑紫・綾瀬さんの事はあの番組を観ていてもさほど気にはなりませんでした…
正直あまり必要ない要素だったのではないかとさえ思います…(個人的にですが)

★ zekuw さん

TB失礼しました^^

『当時、そう思っていたのは理解出来ますが、被爆者の話や資料館を見学した上での発言だと思うとちょっと…』

私も記憶がおぼろげですが…^^;

被爆者と話す前で 資料館の見学の最中だった…と思います。
(違ったらゴメンナサイ)

ま、被爆者と話す前であろうが後であろうが
あの科学者の発言が変わるとは思えないですけどね^^;

でも、不思議と「こいつ 信念を持ってやがる」と
私は感じました。

余程、大事な人を 真珠湾で亡くしたのかな?とも。


★ Doc_schmid さん

『正直ほとんどの視聴者は違和感を感じたでしょう。』

そうでしょうね、アメリカ人に それも当時だけじゃなくて 今、言われれば余計にね^^


『握手をしていたのが非常に印象的』

興味深いなぁ…^^

実は、あの科学者のシ-ンで 唯一、私がカチンときたのが
その握手のシ-ンでした。

私には 科学者が社交辞令(あくまでも形式的な感情のこもらないもの)で
あたかも「ハイハイ お疲れさん」って感じでやってる様に見えたのです。
(ま、これは 私のヘソが曲がっている…という事で^^;)

『筑紫・綾瀬さんの事はあの番組を観ていてもさほど気にはなりませんでした…』

筑紫に関しては
「筑紫さんの言ってる事は素晴らしい」
とかんじている人には 昨夜の番組も
「筑紫さん 素晴らしい番組をありがとう」
となるのでしょう。

私は 綾瀬ヲタだから、画面に「綾瀬はるか」が
映っているだけで 注意がそこに集中するわけで
綾瀬ヲタじゃなければ 
「別にこの娘 いなくてもいいじゃん」
になっても 何も不思議じゃないです

仮に、夕べの番組が フジや日テレが制作で
キャスタ-が たとえば木村太郎で 女の子が
深田恭子とか 加藤あいとかだったら 私の
感想は 全然、違うものに成ってる可能性が
相当、高いですしね^^;

もっとも、もし そうだったならば 内容も
全然、違うでしょうけどね^^;

私は今、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んでます。
基本的に司馬遼太郎は好きです。
大体読んでます。読みやすいし。

ただ、彼の言ってる事もかなり偏りがあるんですよね。というか好き嫌いが激しいというか。
「坂の上の雲」にしても執拗に乃木軍司令部の無能さを述べているし、太平洋戦争を起こした昭和の軍隊にはあからさまな罵倒をしています。
戦国時代モノでは、彼が大阪出身というのも関係するんでしょうが、徹底した家康嫌いです。

今回の筑紫哲也の様なジャーナリズムと時代小説では本来同列では語れないかもしれません。仮にも「小説」ですから。
ただ、勿論時代に忠実な面もあるでしょう。
私は司馬遼太郎は好きですが、あそこまで家康嫌いだったり、乃木軍の無能振りを書いているのを見ると「ホンマかいな?」と思ってしまいます。
だから乃木軍にしても、他の文献も読んだ方が良いかなと思ってます。

今回のブタネコさんの記事を読んで、そんな事を思いました。

あ、ちなみに以前紹介されていた吉川栄治「三国志」と新田次郎「武田信玄、勝頼」は私も愛読書です。三国志の例のマンガは絶対吉川三国志を漫画化したものだと思ってます。

★ うごるあ さん

ウチの義弟の目がキラッと光る話 どもです^^

それは「坂の上の雲」で

『執拗に乃木軍司令部の無能さを述べているし、太平洋戦争を起こした昭和の軍隊にはあからさまな罵倒をしています。』

いつだったかなぁ… その辺で義弟と語り合った事が
ありまして、義弟曰く 乃木の幕僚は馬鹿ばっかりだったが、
乃木自身をボロクソに言うのは 納得出来ない…という
感じでした^^

私は 徹底的な「筑紫嫌い」ですから 当然、たとえば「筑紫大好き」
と言う方の意見も聞かれた方がいいです。
そのうえで「うごるあ流解釈」を成立させればいいわけで
もし、その時に「筑紫賛成」となったならば 大いに論戦しましょう^^


ブタネコさんへ
この番組は録画の設定ミスで見ていないので多くは語れませんが、予告で科学者に謝罪を求めるところが気になって一言言わせてもらいます。戦争に関して指導者以外の個人に謝罪を求めても意味無いと思います。(被爆者の心中は察して余りあります、私自信も広島出身で叔母を原爆病(今で言う白血病)でなくしています)、もしこれが逆の立場なら私はこれで戦争に勝てると喜んでワシントンでもニューヨークでも原爆を落としに行きます、国と国との戦いで個人の感情なんて入る余地がありません、それが戦争というものなのです、敗れれば国が滅びるのですから。
ですから戦争はやってはいけないのです。でもあの科学者’真珠湾を忘れるな’は余計だったね、’アメリカ人としてベストを尽くした’とだけ言えばまだ説得力はあっただろうにね。

★ タンク さん

>’真珠湾を忘れるな’は余計だったね、

私は この番組を録画していないので確認
出来ないのですが、科学者が この台詞を
言った後

「真珠湾で いろんな大事なモノを 沢山なくした…」

みたいな事を言った様に聞こえたんです。

それは英語だったし、テロップでは通訳文が
流れなかったと思います。

私は 一応、それなりのヒアリングは出来るので
科学者は「友人や知人、もしかしたら 親戚縁者を 真珠湾攻撃で失ったのかな?」
とすら 思ったほどです。

たまたま英語が堪能な義弟が 一緒に見てましたので 聞いたところ

「あの場面、科学者が そんな事言ってなかった?」

って聞いたら、「うん たしかに そんな事言ってた。 でも、訳文出なかったね…」

と言った後、「そうだよなぁ… その言葉あるのと 無いのとじゃ 微妙にニュアンスが変わるよな」
とも言ってました。

短いシ-ンだったので 自信はありませんが、
以上を申し上げたうえで…


たしかに「余計」と言えば「余計」ですよね。^^;

>「真珠湾で いろんな大事なモノを 沢山なくした…」

私は全然英語は堪能ではないですが(笑)、言っていたと思います。
他の部分でも、「沢山(戦争で)友人を失った(ウロ覚え)」のような事も言っていましたし。。。

私も科学者発言に全く腹は立ちませんでした。
「そりゃ、アッチはそう言うだろうよ」
。。と最初から思っていたからです(笑)。
「申し訳ありませんでした(遺憾に思います)」と言うのでないかと、勝手な希望的観測をする日本人と、考え方が違う米国人の対比が出ていたシーンとだけ解釈しています。

>私には 科学者が社交辞令(あくまでも形式的な感情のこもらないもの)で
>あたかも「ハイハイ お疲れさん」って感じでやってる様に見えたのです。

全く同感でした。

それと、勿論私も筑紫は大キライで、早く死んだ方が日本の為になるとまで思っています(^_^)(爆)。

>いつだったかなぁ… その辺で義弟と語り合った事が
ありまして、義弟曰く 乃木の幕僚は馬鹿ばっかりだったが、
乃木自身をボロクソに言うのは 納得出来ない…という
感じでした^^

ちょっと本題とずれた話を続けてしまいますが・・・

司馬遼太郎は乃木本人の事は悪く言って無いと思いますよ。
むしろ乃木自身の人間的魅力は彼(司馬)が好きな部類の魅力なので、軍才は全く無いが人柄は素晴しいという書き方です。
で、ボロクソに言っているのが乃木の幕僚、特に伊地知です。

勝手にトラバさせていただいちゃいました><;
記事にはあんまり時間かけられなかったんですが・・・orz
毎年この時期になると考えさせられる問題ですよね
何が良くて何が悪いのか・・・
一元的な見方しかできない日本人にはなりたくないです
もっと日本人の誇りを持ちたいですよねぇ・・・

★ ラヴァ さん

お久しぶりです^^

>他の部分でも、「沢山(戦争で)友人を失った(ウロ覚え)」のような事も言っていましたし。。。

ですよね? あぁ、良かった証人が現れた^^

>「申し訳ありませんでした(遺憾に思います)」と言うのでないかと、
>勝手な希望的観測をする日本人と、考え方が違う米国人の対比が
>出ていたシーンとだけ解釈しています。

うん、そう言われれば たしかにそう思えます。

あえて そういうショッキングな場面として演出的に編集された
のかなぁ… そんな気すらしてきました^^;

>勿論私も筑紫は大キライ

ここを拝読して 義弟は爆笑しております^^

尚、義弟より「よろしく~」との事です。

何が「よろしく」なのか 良く判りませんが^^

すいません。


★ うごるあ さん

義弟曰く 司馬は「坂の上の雲」ではなく『殉死』と
いう作品で 乃木をボロクソに書いているそうです。

「坂の上の雲」で 乃木に好意をしめしているのは「詩人」として
軍人として無能と書かれているはずだが、当時の指揮官像を
考えると 簡単に無能と決めつける事は出来ない。

それと 司馬は203高地を 第二次大戦時レベルの軍事学で
検証しているから 日露戦争時の軍事学で考えると 死者の数は
莫大ではあるけれど 司馬が言うほどの批判は出来ない。

しかしながら、伊地知という参謀長を初めとする幕僚達は 
頑迷すぎて応用力に欠けたの間違いなく、そこは批判されても
仕方の無いところで、乃木が責められる点があるとすれば
そんな幕僚達に任せっぱなしにした…という点だが、当時の
将官は 総じてそうだった事を思うと 同情の余地がある。

司馬は 第二次大戦時に 何かトラウマとなるような感情を
旧帝国陸軍と天皇に対して抱いており 旧陸軍が「天皇崇拝」
への色を濃くするキッカケとも言える事が 乃木の自決だった
事を重要視し、他の作品や 歴史読本へのエッセイ等で
しきりと旧帝国陸軍と天皇に対して批判する際、必ず引き合いに
出すのが 203高地と乃木の自決です…

と義弟が申しております。

(伝聞ですいません)


★ Wagner さん

ども^^ TBも どもです^^

>一元的な見方しかできない日本人にはなりたくないです

ブログ拝読しました。

全然、一元的な見方じゃ無いじゃないですか^^

ちと、感心(というと偉そうですが^^;)しました^^

>もっと日本人の誇りを持ちたいですよねぇ・・・

確かに同感です。

ただ、その前に 亭主の誇りを持ちたいんですけどね… 私は^^;

こういったドキュメント番組のいいとこわるいとこが如実にでそうな番組でしたね。まずいいところとは、あまりそういったことに関心のない人間が興味をもってみる。悪いとことは、これはとても重要なことだとおもうのですが、これが全てとおもってしまう。おもわせてしまうことだとおもうのです。とくになんの知識もなくみてしまうと、それが全て、正しいとおもってしまい、他の考えや意見は間違っていると頭にたたきこまれる。まぁTBSの狙いはそこなんでしょうけど、こういった問題は本当複雑でいろんな観点での意見、考えがあるとおもうのです。そういったことをふまえて、他人にこういわれたからこう、とかじゃなく自分の意見を真剣にもつことが重要だと、みていて思いました。

★ くま さん

『自分の意見を真剣にもつことが重要』

全く、その通りだと思います。

再びお邪魔します(^^
遅ればせながらTBさせてもらいました。

皆さんのコメントを興味深く読ませていただいきました。
今日も昼間・夜と原爆の特番が組まれていますので、出来るだけ多くの番組を観たいと思っています。

>「真珠湾で いろんな大事なモノを 沢山なくした…」
みたいな事を言った様に聞こえたんです。

言っておりましたね!字幕も出てたと思います。自分は英語出来ないですが記憶にあるので…
確か友人を亡くしたと言っておりました。

★ Doc schmid さん

TBどもです^^

バンド・オブ・ブラザ-スの ガルニアの台詞覚えてますか?

それと、マラーキー本人の台詞

その両方に通じる思いを感じたんですよ

>「真珠湾で いろんな大事なモノを 沢山なくした…」

という言葉と その前後に。

 

>司馬は「坂の上の雲」ではなく『殉死』と
いう作品で 乃木をボロクソに書いているそうです。

あ、そうなんですか。「殉死」は未読です
今度読んでみます

まあ、「坂の上の雲」での司馬の乃木批判は、
当時乃木は軍神としてあがめられたけど、
(人間的魅力は素晴しいものの)とても軍神と呼ばれるような軍才は持ってなかった、という事を言いたかったんじゃないかな、と思います。

>司馬は 第二次大戦時に 何かトラウマとなるような感情を
旧帝国陸軍と天皇に対して抱いており 

これは凄く感じますね

司馬小説の影響は小さくなく、
例えば世間での坂本竜馬像はほとんどが「竜馬がゆく」から来てると思うし、西郷隆盛像や斉藤道三像なども司馬小説の印象が大きいと思います。
ただ、あくまで彼のは「小説」なんですよね。
歴史学者が年表を作ったり、ジャーナリストが現在起こっている事件を伝えるのとは違い、主観がかなり入っています。
なのに、読んでるこっちはその歴史観を事実として受け取りがちです。私の親父なんか正に「司馬小説=本当の歴史」になってます。
三国志にしてもほとんどその知識はみんな、吉川三国志(=横山光輝のマンガ)ですが、
あれにしたって三国志演義という正史ではないものが元々です。

これらの事は今回のブタネコさんの記事にもつながると思うんですが、
こちらはあくまで「歴史”小説”」です。
しかし、”「知らなかった者が事実として知ってしまう」事の危険性”もはらんでいると思います。
その点、歴史小説に対する認識もブタネコさんに伺ってみたいものです。

★ うごるあ さん

「歴史小説に対する認識」

簡単にまとめて 記事更新しましたので どぞ^^

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