● 横溝正史
嬉しいなぁ… 久しぶりに横溝正史の話が出きる人と巡り会えた。
1981年の年末 横溝正史は他界した。
ショックだったなぁ…
「野生時代」という雑誌に
「少なくとも あと1冊、長編を書く おそらく、それが金田一耕助最後の事件となるだろう…」
そんな事を「悪霊島」を書き上げた時に エッセイで述べていたのを読み 私は それを読むのが もの凄く楽しみだったからだ。
昨年末、近鉄バッファロ-ズが 親会社の無責任とも思える球団解散劇を眺めていて 真っ先に思い浮かんだのが横溝正史の事
横溝正史は 自他共に認める 近鉄の大ファンだったから どれだけ嘆いたであろうかを考えていた。
たまたま、違う話題で興味を惹かれたリンク先を辿り、ブログを拝読していて
「え?」
と、我が目を疑った。
「横溝正史? ホントに?」
もう、ここ10年以上 このブログ内に個人的に書き殴って以来、「横溝正史」について誰かと語り合った事が無い。
けどね、私は「貴方の好きな作家は誰ですか?」と 誰かに聞かれたら 迷わず、
横溝正史
と、声を大にして叫びます。
それほど大好きなのだ。
で、上記ブログの記事を拝読して さらに嬉しくなったのは
「この人、中島河太郎まで知ってる… こりゃ本物だ」
そう思った。
いわゆる「探偵小説」という物のファンでない限り「中島河太郎」という名を知ってる人は 今では数少ないと思う。
けど、江戸川乱歩、黒岩涙香、坂口安吾、小栗虫太郎… そういった「探偵小説」の作家達と切っても切れない位置にいたのが「中島河太郎」という人物である。
おそらく、「推理小説評論家」として 後にも先も最高峰の人だったと思う。
エラリ-・クイ-ンや、エドガ-・アラン・ポ-といった 海外の作品にも精通していて そういう時代の翻訳本のあと書きや解説を なにげにみると 中島河太郎の文である事が実に多い。
「江戸川乱歩賞」という 推理小説における「直木賞」「芥川賞」に匹敵する賞の審査員を長く努め 候補作に対する寸評は 他の審査員とは比べようも無いほど
「この人は 心底、推理小説が大好きなんだなぁ…」
と思わせる 丁寧で、かつ、愛情溢れる文章だった。
「え? 横溝正史? あぁ、知ってるよ 面白いよねぇ…」
簡単に そう口にする人はいたけれど その多くが
「中島河太郎? 誰それ?」
と言う。
この際だから ハッキリ言うが 中島河太郎を知らずして「横溝正史」や「江戸川乱歩」のファンと語って欲しくない… 私は そう言い切りたい。
それだけに今回 上記ブログの中に「中島河太郎」の名を目にして 貪るように「探偵小説」を読んでいた頃を思い出した。
横溝正史の どの作品だった覚えていないが、中島河太郎のあとがきの中で
「戦後間もなく 横溝に海外の誰の作品を読みたいか?と尋ねたら ディクスン・カ-とクロフツと答えた…」
という一文があったのを覚えている。
何故なら、その言葉に影響されて 私はカ-やクロフツを読み漁ったからだ。
そして、その後
「横溝の「蝶々殺人事件」という作品は クロフツの「樽」という作品への挑戦だ」
という言葉につられて クロフツの「樽」を読み 本当に面白くて唸った。
このクロフツの「樽」という作品は 最近じゃ西村京太郎がバカの一つ覚えのように かつ、ネタ枯れが見え見えなのに続けている「時刻表トリック」を 世界で初めて推理小説に持ち込んだ作品…と言われている。
それに対抗して出筆したとされる「蝶々殺人事件」も とても面白い作品である。
まぁ、個人的に惜しむらくは「金田一」シリ-ズでは無かった…という点だが、そんなのはどうでもいい。
面白い物で よく歴史は繰り返す…と言うが 横溝正史のブ-ムというのも 何年か周期で過去起こっている。
最初は 1947年 次が 1954年前後で 映画も数本制作され 片岡千恵蔵や岡穣二が金田一役を演じているが 私の生まれる前の話なんで割愛する。
1961年に「悪魔の手毬唄」が映画化されているが なんと この時の金田一耕助役を高倉健が演じていたのはビックリだ。
そして、最大のブ-ムとなった1970年代半ばの 口火を切ったのは 当時、アングラ映画と呼ばれた ATGが1975年に制作した「本陣殺人事件」で この時の金田一耕助役は中尾彬が演じている。
この中尾版「本陣殺人事件」は なかなか、面白い仕上がりで 今でも充分に視聴に耐える作品だが、残念なのは ここまでの横溝作品の映画は 全て金田一耕助が洋風な出で立ちで原作の雰囲気を少しも醸し出していない点である。
そして
「作品名」 「公開年」 「監督」 「金田一役」 「横溝本人出演」
犬神家の一族 (1976/日) 市川崑 石坂浩二 旅館の親爺の役
悪魔の手毬唄 (1977/日) 市川崑 石坂浩二
八つ墓村 (1977/日) 野村芳太郎 渥美清
獄門島 (1977/日) 市川崑 石坂浩二
女王蜂 (1977/日) 市川崑 石坂浩二
金田一耕助の冒険 (1979/日) 大林宣彦 古谷一行 横溝正史の役
病院坂の首縊りの家 (1979/日) 市川崑 石坂浩二 推理作家の役
悪魔が来りて笛を吹く (1979/日) 斎藤光正 西田敏行 雑炊屋の親爺の役
悪霊島 (1981/日) 篠田正浩 鹿賀丈史
八つ墓村 (1996/日) 市川崑 豊川悦司
という風に映画化されていく。
(注:「金田一耕助の冒険」はパロディ映画で 正確には横溝作品とは言えない)
この1976年に公開された「犬神家の一族」が 角川春樹が角川書店の社長として仕掛けた「読んでから観るか、観てから読むか」というキャッチコピ-のもと、映画・原作・サントラの三位一体戦略の先駆けであるのだが、この作品で金田一耕助を演じた石坂浩二が 初めて原作通りの金田一耕助の風体を映像で表し、以後、「八つ墓村」の渥美清以外すべての金田一耕助が そのスタイルとなる。
この「犬神家の一族」は 原作を殆ど忠実に映像化したと言って良い。
横溝正史の原作に特有の「おどろおどろしく耽美な世界」を実に巧く表現しており、一世を風靡した。
横溝正史の原作は 基本的に最後の数十頁になるまで 犯人は判らない。
金田一耕助が一同を前に 順番に謎を解いていき、犯人が明かされる。
これは横溝正史自身がサ-ビス精神旺盛な作家で 読者に対して、その「大団円」と呼べるラストまでに 読者が独自に謎解きを楽しませる為の情報を全て文章の中に埋めてある。
だから、読者は 最後の「大団円」を紐解く前に
「コイツが犯人だ 動機は~で トリックは~」
と推理する事を楽しめる。
これこそが「推理小説」ではなく「探偵小説」と呼ばれる所以なのであるが、その後「大団円」で 金田一耕助が語る顛末には もの凄い説得力があり、事件の動機を思う時、そこはかとなく切なさが漂いさえする。
読者に そこまで感じさせる事が出来る文章力、私は そんな作家を他に知らない。
もし、「横溝正史」を未読なら「本陣殺人事件」から読む事をお奨めする。
戦時中、国の政策により 横溝正史は推理小説を書く事を禁じられており、その当時、書いていたのは あまり知られていないが「人形佐七捕物帖」という時代劇である。
(これは 最近までTVドラマとして放映されていた)
戦後、誰にも気兼ねなく推理小説が書ける… そんな喜びに満ちた最初の作品が「本陣殺人事件」なのであり、「金田一耕助」シリ-ズの第1作でもあるのだ。
私が 本を読む時に 脳内イメ-ジというか、他人から見りゃ”妄想”なのであろうけど、文章から得た情報により、情景が浮かぶ 登場人物達が いずれかの役者さんを勝手に割り振って物語は進んでいく。
映像化されていない小説を読む時は その脳内妄想のキャスティングは 私が自分で勝手に行うが 実際に映像化された場合は その役者さんがハマっていればハマっているほど小説は面白い作品へと補完される。
高倉健、中尾彬…
「風采が上がらず、セルの袴をはいて、頭はくちゃくちゃに形のくずれたソフト…」
おそろしくヒーロー像からかけ離れている この金田一耕助の姿を そのまま画面に表した石坂浩二版金田一は秀逸だった。
願わくば 幻となってしまった「金田一耕助最後の事件」を 老いながらも眼光だけは鋭い 石坂版金田一で映像化されたものを見たかった。
余談だが…
昔、我が娘が中学生の時 夏休みの宿題で 何でも良いから本を読み、原稿用紙10枚以上の感想文を書きなさい…という課題を与えられた事がある。
当時、娘はマンガは読んでも 小説を読む習慣が無かったから 何を読もうか 散々に迷った。
幸い、我が家は 私も嫁も自慢じゃ無いが読書好きである。
で、娘は 両親に
「一冊ずつお奨めの本は何か挙げて」
と言った。
それに対して 私は迷わず「横溝正史の”獄門島”」と答え
嫁は「アガサクリスティの ”そして誰もいなくなった”」と答えた
今思えば、夫婦揃って 中学生の夏の読書感想文の本に 推理小説を挙げるバカ夫婦だったわけだ^^;。
娘は その双方を読み、どちらも「面白かった…」と言い 夫婦に気を使ったのか「甲乙つけられなかったから…」と その双方の感想文を書いて 夏休み明けに提出した。
すると、担任であり 国語の教科担任でもあった教師が
「オマエなぁ 普通、感想文の課題本って言ったら 何も言わなくても文学作品選ぶぞ? こんなクダラナイ本選んで どうすんだ?」
そう言い、再提出を命じたそうだ。
それを 親子三人の夕餉の席で 娘から聞き、私の顔色が変わった。
娘は「お父さんとママの お奨めを読んで 本当に面白いと思って書いたんだけどなぁ…」
と、ケロッとしていたが
「仕方ないから 前に読んだ”路傍の石”を思い出しながら書くわ…」
と言って 食後のお茶も早々に切り上げ、自室へと消えた。
すると 嫁が言った。
嫁「アナタ、明日(娘の)中学校に行こうと思ってるでしょ?」
私はドキッとした。
まさに、その通りだった。
その教師の首根っこを絞め 敬愛する横溝先生を”クダラナくない”と訂正させようと思ったのだ。
嫁は それを見越して「待った」をかけようとしたのだろう…
と言うのも、春先に 家庭訪問にやってきた その担任に冒頭で
「先生、アンタ 日教組の組合員か?」
と尋ね
「えぇ…」と担任が答えると
(大抵の教師は 皆、組合員なのだが^^;)
「組合活動に熱心な組合員か?」
と、さらに聞き
「まぁ、一応…」という担任の答えを聞いた瞬間
「テメェみたいな 大馬鹿野郎に ウチの娘の担任を名乗る資格なんざ認めない!!」
(まぁ、それが無茶苦茶だと自分でも判っているのだが…)
と、怒鳴りつけた事があり、嫁に こっぴどく怒られた経緯があるからだ。
ところが、
嫁「そう、遠慮しなくていいわよ」
(アッサリ、猛犬の首輪を外す嫁^^;)
予想外の台詞に驚いて 嫁を見ると、いつのまにか嫁の表情も変わっており、目には 紛れもなく怒りの青白い炎がゆらめいていた。
嫁「あの担任 いつか絞めてやろうと思ってたのよ」
どうやら 積み重なった憤懣があるらしい。
翌日、私は中学校に行き 教師を締め上げた。
娘の 感想文再提出は 何事も無かったかの如く撤回された。
半月後、中学校の校長から 一通の手紙が届き そこには 図書館の蔵書への寄付に対する礼が書かれていたが 私には身に覚えが無かった。
私は その手紙を嫁に見せて
「なんだろね? これ?」
と聞いたところ…
私が担任を締め上げた数日後 中学ではPTAの役員会があり、役員だった嫁は 何食わぬ顔で出席して担任と顔を合わせた。
その席で どういう会話がなされたのかは正確には判らないが、想像するに 嫁は担任に
「また、フザケタ真似をしたら いつでも亭主を乗り込ませるぞ」
という脅しをかけたと思われる。
その上で、したたかな嫁は「蔵書を寄付」という名目で 学校の図書館にアガサ・クリスティと横溝正史の全集版を寄付し ”クダラナイ本”ではなく、”PTA推薦の良本”として認知させたのだ。
「ポアロやミス・マ-プルを クダラナイなんて言わせないわ」
涼しい顔で そう言ってコ-ヒ-を飲んでいたのを思い出した。


