● 雑感(7月16日)
電車男の「第2話」を 居間のソファに寝転がって観ていた。
何故か、その時は 珍しく嫁が一緒に観ていた。
電車男が ちゃねら-の意見を聞いて 美容院に行き、服を買い揃える… そのシ-ンを観ていて
「あら、なかなか良いセンスな お店選びするのね この子」
なんて言っている。
そんな嫁の横顔を見ながら、私は 昔のある出来事を思い出した。
昔、そう 今から20年ちょい前の事。
私と嫁は 買い物をするために二人で 東京の渋谷、原宿を歩き回っていた。
その当時、既に娘は産まれていたが まだ、ヨチヨチで 嫁の両親が
「面倒を見ていてやるから、その間に たまには二人で出かけておいで…」
たしか、そんな好意に恵まれたのである。
嫁は 久しぶりに子育てから解放されて伸び伸びしていた。
私も、そこそこ稼ぎが良く、特に ちょっと予想外の臨時収入もあったので
「ここはひとつ 思いっきり 嫁の羽根を伸ばさせてやろう…」
そう思っていた。
嫁は かねてより、暇をみつけてはアンアンやノンノなど ファッション雑誌を読み漁り、いつかは行こうと考えていた様で 渋谷から原宿まで 服やアクセサリ-の店を覗いてまわり、私は荷物持ち、兼、財布持ち… という役割で 嫁の後を文句も言わずついてまわった。
2時間近く、炎天下の中を歩き回り、原宿の 訳の判らないような裏通りを歩いていた時の事。
露店の様な店で ソフトクリ-ムを買い、嫁と私は二人で食べながら歩いていたのだが、私の食べ方が悪かったのか ソフトクリ-ムがタラッとポロシャツの胸にこぼれてしまった。
薄い水色のポロシャツに 明らかにチョコと判るシミをつけた格好… それは、いかにも無様である。
洗うにしても場所が場所だし、そのままで歩くのも気恥ずかしい。
すると嫁が
「サマ-・ベストを買って そのポロシャツの上に着れば 誤魔化せるわよ」
そう言い、すぐ目に付いた 小洒落た服屋に飛び込んだ。
店内は コンクリ-トの壁を黒いペンキで塗りました…といった 呆気ないほど簡素な壁に 寄せ集めの木で作った様な棚が 並び、店の間取りは15・6畳ほどのスペ-スで 客は私と嫁以外いない。
というか、店員の姿も見えなかった。
嫁は お構いなしに店内を見回していたが やがて、レ-ス混じりのフレアなスカ-トを手に取ると 私のベストなんか忘れた様に
「ちょっと試着してみるわ」
と、簡易なビニ-ルロッカ-みたいな試着コ-ナ-へと飛び込んでしまった。
その間、手持ちぶさたの私は 当初の目的である「適当なベスト」は無いかと 見回していたら… 数枚のベストが無造作に置かれた棚を発見したので そこの一枚を手に取って
「こんなんで 充分かな?」
なんて思った瞬間だった。
不意に、背後から声がした。
「彼? 何をしているの?」
振り返ってみたが 人の気配は無い。
「気のせいかな…」
と、あらためて 手に取ったベストを あらためて品定めしようと思った途端
「彼? ベストを探しているの?」
再び、しかも今度は さっきよりもハッキリと か細い女の声が背後から聞こえた。
すると 真っ黒なワンピ-スを着て 気だるそうに雑誌を膝に載せて椅子に座った女性が そこに居た。
真っ黒な壁にもたれかかり、真っ黒なワンピ-スに キッチリと真ん中分けした胸まであるロングのストレ-トヘア- まるで 宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」に出てくるカオナシと 有名な絵画である「ムンクの叫び」の絵の人物を足して2で割った様な女性だったから 壁と同化してしまって気づかなかったのだ。
その女が あらためて気だるそうに 膝に載せた雑誌を椅子に置いて立ち上がると さらに気だるそうに
「ベストを探しているの? 彼?」
と、私に言う。
どう見ても 私と同年代。
けれども、まるで生気の無い物腰で さも年下に向かうような見下した態度だった。
当時は まだ「リング」という映画は無い。
そう 貞子が真っ黒なワンピ-スを着ている… そう言った方が 今の若者には判りやすいだろう^^;
私は つい、1オクタ-ブ上ずった声で
「えぇ サ・サマ-・ベストを…」
すると、真っ黒な女は呆気なく言った。
「ウチのベスト 彼には似合わないと思う」
それを聞いて
「へ?」
と、目が点になった私。
「彼、肩幅があるじゃない? ウチのベストは ボ-イッシュがタ-ゲットで マッチョ向けじゃないから 彼のスタイルだと ウチのベストに負けちゃうよ」
私には その女が 何を言ってるのか 判らなかった。
「君、ここの店員さん?」
と、聞くと
女は 面倒臭そうな仕草で
「えぇ、4時迄 店長なの、4時になったら 4時からの店長が来るわ…、でも、彼女は私よりもキツイから たぶん… そうね、やっぱり そのベストは彼には似合わない…って言うと思う」
と言う。
なんとなく、正気を取り戻しつつあった私は
「君、店員なのに 客が買う気を失う様な事 言っちゃうの?」
すると女は
「だって、私は 自分のセンスにプライドあるから… 自分に嘘はつけないわ」
今でもハッキリ覚えているけど その時、私が手に取っていたベストは なんの変哲もない サマ-・ベストで けっして奇抜なデザイン等の物では無い。
しかし、その店長と名乗る女は その店の品は私に似合わない…と言い、おそらく売ってくれそうに無い。
そんな経験は産まれて初めての事だった。
「フザケタ事言ってんじゃないぞ こら!!」
思わず、そう言いそうになった。
が、爆笑する女の笑い声で 言えなかった。
笑っていたのは嫁だった。
試着室から出てくると 嫁は試着していたスカ-トを その店長に示し、
「これ いくら?」
と言う。
店長は無表情のまま
「そのスカ-トは3万4千円。 とても貴方にマッチしたはずよ」
と言ったのだが… それに対して嫁は
「駄目ね 3万4千円じゃ 私には安すぎるわ… もう、ガッカリ…」
そして、私に
「こんな安物の店なら入るんじゃ無かったわ アナタ出ましょ」
そう言って スタスタと店から出て行き、私も 慌てて その後を追った。
店を出て しばらく早足で歩いた後、いきなり振り向いた嫁は
「あ~、初めて見た あれがハウスマヌカンなのね…」
と 言った。
「雑誌では知ってたけど 生のマヌカン 初めて見たわ… もう、ビックリ」
当時、小洒落たブティックに ハウスマヌカンと呼ばれる店員が現れ始めた時期だった。
ハウスマヌカンとは 判りやすく言えば ただの店員なのだが、おそろしく小生意気で 自分の店の商品にはプライドを持ってると言い張り、客に対して「お似合いですよ」とか「お安くしますよ」等と媚びる事を絶対にしない…と、されていたのだそうだ。
服屋の店員に
「お客さん その服、アンタに似合わない」
そう言われた私は いい面の皮だった。
嫁は そのやり取りを試着室の中から盗み聞いて楽しんでいたのだ。
「それにしても 高いスカ-トね あれで3万4千円は無いわ」
平然と そんな事すら言う。
「だって オマエ、安すぎて駄目だ…って言ってたじゃん」
私が そう言うと
「だって そうでも言わないと悔しいじゃない?」
そういう嫁を
「コイツは凄い女だなぁ…」
ホントに そう思った。
20数年経った今。
つい先日、見慣れないスカ-トを身につけて外出しようとする嫁に
「お? 初めて見るな そのスカ-ト」
そう言ったら、嬉しそうな顔をして
「そう? 安かったのよ コレ。 グッチなんだけど 8万でいいって言うから買っちゃった」
ホントに (違う意味で)凄い女になってしまっていた。(ToT)
あの時の ハウスマヌカン 今、どうしてるのかなぁ?…
出来れば、茨城か群馬あたりの ジャスコやダイエ-の 婦人服売り場のパ-ト店員のオバチャンになっててくれてるのを期待する。
見せてやりたい 今の ウチの嫁を。
そして、一言 言ってやりたい。
「オマエのおかげで ウチの嫁、こんなになっちゃったぞ」って。


