● ブタネコ的 17年の考察(1)
TV版「世界の中心で愛をさけぶ」を DVDで少なくとも2回観ろ… と、これまで 何度も このブログ内のいくつかの記事で述べてきた。
既に「セカチュ-症候群」を患っている方には その理由を説明せずとも 充分に身を以て その理由が身に染みているに違い無い。
しかし、
「DVDのレンタル代って 結構、バカにならないんですよねぇ…」
とか、
「緒形直人のヨレヨレぶりがねぇ… 今ひとつ理解出来なくて…」
なんて事を のたまう輩がいる事に 個人的には憐れみというか哀しさが増すばかりである。
今回は、何故 2回観る事を薦めるのか、あえて その理由のひとつを語ってみたい。
TV版「世界の中心で愛をさけぶ」第4話冒頭とラストで 宮浦に戻った17年後のサクは谷田部先生と再会する。

その後、二人は高校のグランドの片隅で並んで腰を下ろし会話する。
谷田部「広瀬は?」
サク「なんですか急に?」
谷田部「まだ一緒なんでしょ? グランドを見せてやりなさいよ…」

サクはポケットから 亜紀の遺灰が入った瓶を出す。

「 中 略 」

サク「ずっと一人で やっていこうと思ってたんです。
毎日忙しくしてれば人生なんてあっという間だって…
で、気づいたら17年で…」

谷田部「もう?」

サク「まだ…、まだなんです。
死ぬまでに あと何回17年あるんだろうって…
ありもしない現実に期待して…
夢から覚めると泣いていて…
あと何万回、僕はこんな朝を迎えるんだろうって…
もう無理だと思ったんです。」

谷田部「12秒91だったね。
廣瀬のベスト・タイム…
ストップウォッチそのまま返すんだもん…。
忘れなさい松本
あんたたちのことは 私が覚えてるから
安心して忘れなさい
もう一度、誰かを乗せて走りなさい」

このシ-ンは 何度、観ても 私の涙腺が決壊するシ-ンである。
しかし、正直に言うが 最初に このシ-ンを観た時は 良いシ-ンだなぁ…とホロッとしたが、大泣き…という訳では無かった。
しかし、二度目からは駄目だ。
この場面になると もうボロボロに泣いてしまう。
それは何故か?
それは、このシ-ンこそが 朔太郎の17年間の辛さが如実に現れるシ-ンだからである。
そして、二度目以降だからこそ その辛さの重みが違って感じるのだ。
これには 今だから理解出来る、演出者と脚本の伏線の罠のせいである。
第11話、亜紀の死後 谷田部とサクが会話するシ-ンが それである。

谷田部「ちゃんと送ってあげられた? 廣瀬…」

サク「これが亜紀になったと思うと出来なくて…
これが亜紀だと思うと出来なくて…
でも、ずっと持ってようかなって…」

谷田部「忘れないように? 廣瀬といた事を…」

サク「亜紀が死んだ事を…」

サク「先生、俺 医者になろうかなって…」
谷田部「えっ?」

サク「やっぱり、無理ですかね…」

谷田部「人を救う仕事でもあるけど、看取る場所でもあるのよ?」

サク「俺、結局、亜紀に何もできなかった気がするんです…」
この第11話と 先に述べた第4話は 映像の放映順と 時系列が逆である。
亜紀の死後、間もなくのサクが 第11話のシ-ンであり、17年後のサクが 第4話なのである。
その点を よく留意して見直してみて頂きたい。
第11話(亜紀の死後、間もなくのサク)は サクは亜紀の遺灰の入った小瓶を
「亜紀が死んだ事を…」
忘れないために持ち続けると言う。
そして、
「俺、結局、亜紀に何もできなかった気がするんです…」
という理由で医者を目指すと言う。
その後、サクは医者となり17年が経過して 第4話のシ-ンとなる。
サク「ずっと一人で やっていこうと思ってたんです。
毎日忙しくしてれば人生なんてあっという間だって…
で、気づいたら17年で…」

谷田部「もう?」

サク「まだ…、まだなんです。
死ぬまでに あと何回17年あるんだろうって…
ありもしない現実に期待して…
夢から覚めると泣いていて…
あと何万回、僕はこんな朝を迎えるんだろうって…
もう無理だと思ったんです。」
御理解頂けたであろうか?
17年間、「亜紀が死んだ事を…」認める事が出来ず、「亜紀に何もできなかった…」と悔やみ続ける姿 そのものなのである。
11話のシ-ンを観る前の 第4話と 観た後の 第4話では 映像から伝わる実感がまるで違うのだ。
そして、もうひとつ ここで あえて指摘するために 先に挙げた 第4話と第11話のシ-ンの画像を見比べて頂きたい。

『第4話』(17年後)

『第11話』(17年前)
ほぼ同じ グランドの片隅で 17年の前と後、双方とも年齢的に相貌は変わっているが、あえて似たような配置とカット割りでシ-ンが構成されている。
そこに演出的な そして脚本的な 罠の様な伏線を感じるのである。
ただ、罠…と言ったが、私は この手法を心の底から歓迎すると同時に、こういう丁寧な画像作りをする制作者の魂を賞賛したいと思う。
こういう細やかな配慮が 同じ40数分の他のドラマには無い 深い感動を得る事が出来た大きな要因だと思うのである。
しかも、この二つのシ-ンに込められた罠は ここだけでは終わらない。
最終的には 物語全体の終盤に、17年後の サクと亜紀父が交わす会話にも影響を与えるのである。

(アキ父)「よく頑張ったな… サク、
生死を扱う仕事は辛かっただろう
もう充分だ、ありがとう」

おそらく、この亜紀父の一言で サクの心は17年間の呪縛から解放される。
その開放感の大きさは 17年の重みを どれだけ重く感じているかで大きく変わる。
2回目に 第4話の17年後のサクの姿に 辛さの重みが増した分、2回目に観る この第11話の亜紀父の台詞は 何倍にも増して胸に迫るのである。
なんとなく…なんだけど、これは 演出家が堤幸彦だったからこそ 成し得た技だと私は思う。
堤幸彦という演出家は 視聴者にとって 誠にありがたいサ-ビス精神旺盛な演出家で、彼が手がけた作品の多くは 何度も見直せば 見直すだけ味のある伏線を ふんだんに散りばめる演出家なのである。
特に近年は「トリック」を観れば判るように、放映終了後 DVD化される事さえも視野に入れた様な映像構成をする。
だから、このTV版「世界の中心で愛をさけぶ」も ただ、TVの放映をリアルタイムで観た…だけ というのは非常にもったいない話であり、局の都合でカット編集した再放送を観ても意味が無いのである。


