● いま、会いにゆきます TV版
2005年7月~9月期にTBS系で放送された「いま、会いにゆきます」について語った記事を一本にまとめました。
● いま、会いにゆきます 第1話 (2005年7月4日 記)
こんな事を書いていると ブタネコって奴は なんて気の多い奴なんだろう…と このブログを読んでいる方々には思われる事だろう…。
しかし、そんな事はどうでもいい。
好きなものは好きだと言う… それが私なのだから。
で、何が言いたいかというと
竹内結子が好きです。
容姿、声、仕草… 全てが好きです。
という事なわけで…。
「黄泉がえり」「天国の本屋」「いま、会いにゆきます」
私は この3本の映画を「竹内結子の幽霊3部作」と勝手に呼んでいる。
厳密に言えば 幽霊とは違うと抗議の声もあがるだろうが、私が勝手にそう呼んでいるだけなので どうかお許し頂きたい。
この3本の映画は どれも秀逸である。
なんとも言えない情感が漂う。
まだ未見の方々のために内容のネタバレには触れないでおく。
しかし、どの作品も 鑑賞後、
「この役は竹内結子以外 あり得なかったなぁ…」
そう思えるほど 彼女は それぞれの役にハマっている。
まぁ、中でも とりわけ圧巻なのは「いま、会いにゆきます」のラスト ひまわり畑のシ-ンを多くの方々は指すのであろうが、それはそれで 私は否定しないが、私が最も推したいのは「天国の本屋」での ピアノを演奏し終わったシ-ンである。
もう、飛んで行って抱き締めたくなるぐらい 愛くるしい。
それだけに 先頃、放映されていた「不機嫌なジ-ン」というドラマには 当初、期待するものが大きかったのだが、結局 竹内結子を生かし切れぬまま(生きている役だから駄目だったのか?^^;) 訳の判らないうちに終了してしまったのは 返す返すも口惜しい。
さて、そんな竹内祐子が映画で演じた役を ミムラがTV版で演じる。
実を言うと 私はミムラも嫌いじゃない。
多くの人はフジ系の「めだか」を指すが 私は「ビギナ-」で見せた彼女の演技に心惹かれるものを感じている。
だから、TV版「いま、会いにゆきます」を ワクワクと恐る恐ると半々の気持ちで観ていた。
で、思ったのは ミムラの演技も悪くない。
けど、正直に言えば、ちと役柄の設定と 彼女の年齢に違和感を感じたのだが、これは彼女のせいでは無いから、決して批判するつもりは無い。
だいいち、設定年齢も21~29と 幅があるわけだし。^^;
嫌味な言い方に聞こえるとは思うけど、なんとなくTBSに「世界の中心で愛をさけぶ」の二匹目のどじょうを「いま、会いにゆきます」で狙っている様な気がしてならない。
TV版「世界の中心で愛をさけぶ」の成功の一つには 原作には無かった、主人公達の学生時代の友人達との関わり…という点があると思う。
TV版「いま、会いにゆきます」にも そういう膨らまし方をするぞ…と思わせる設定や前フリを 第1話の中で感じた。
それに対して私は なんか心の隅に「あざとさ」を感じつつも、最近、妙に自分の学生時代のノスタルジ-に心地良く浸る機会が多く、それでいて そんな時間がとても好ましく感じて居る矢先であるから 是非、好意的に受け止めたいと思っている。
● いま、会いにゆきます 第2話 (2005年7月11日 記)
予想以上にスロ-な展開に さらに、とまどっているブタネコです。^^
今回、見ていて思った事は 澪の母親が 巧達の中学の時の教師だった…という設定と 先週の第1話で 既に判っていた事だが、万里子が 澪の親友だった…という TV版独自の設定に関して 気のせいか、ちょっと やりすぎ感を抱いた事。
今後のスト-リ-が どう展開していくかは判らないけど、その設定が 吉と出るか凶となるか、なんとなく凶になりそうな 嫌な予感が増したからだ。
佑司役の子役は なかなか、良い子役だとは思うけど、やっぱり TV版では違う子役を使うべきだったんじゃないか?とも 思った。
折角、巧みも澪も代わり、年齢設定や 環境設定もTV版オリジナルとして変わったのに、子役が同じだと どうしても比較して見てしまいがちになり、そんな自分が鬱陶しいからだ。
ただ、あくまでも個人的な希望として 巧と澪の学生時代のエピソ-ドという部分に 新たなノスタルジィを感じさせてくれさえすれば それだけでもありがたい…というのが 現時点での私の願いである。
● いま、会いにゆきます 第3話 (2005年7月17日 記)
3話目で こんな疑問を持つのは時期尚早かと思いつつ…
TV版「いま、会いにゆきます」は いったい何がテ-マなんだろう?
という疑問を 口に出さざるを得ない。
このブログを読みに来て下さる常連さんの中には 過去ログによると「映画」「原作」を見てない(読んでいない)という方が 案外、多い。
だから、極力 内容に関するネタバレ表現は止める。
そうすると 今度は 私が何を言いたいか… それを巧く言い表す自信が無くなる…
ジレンマである^^;
『死んだはずの嫁が 再び、夫と子供の前に姿を現す。』
それによって まき起こるいろんなエピソ-ドから 何かを視聴者(読者)に感じさせる。
作者側が 何を感じさせようとするか、視聴者(読者)側が 何を感じるか…
そこが面白いところであり、作品の評価を決める大きな材料だと 私は思う。
そういう観点で見たとき、今週のエピソ-ドには その意味が全く判らない。
率直に言ってしまえば どうでもいい話で1話ぶん 使いやがったなぁ…というのが率直な感想である。
こんな感想を抱く回が あと1度、乃至、2度あったら 申し訳無いが、わざわざTV版を制作する意味は無かったね…と 言う他無い。
気楽に、気長に見ようと思っていたが それにも限度がある^^
ところで、数日前に 娘が
と言う本を貸してくれた。
これは「世界の中心で愛をさけぶ」でいうところの「指先の花」に相当する本なのであろう。
映画版を見た者としては それも竹内結子ファンとしては なかなか興味深く 雰囲気もあって良い本だった。
もしかしたら、こういう本を読んでしまったのも 今回の辛口に繋がる原因かとは思う。
● いま、会いにゆきます 第4話 (2005年7月24日 記)
少しづつ 学生の頃のエピソ-ドが出てきたのは 個人的に嬉しい。
「いま、会いにゆきます」の熱狂的なファンの方に言わせれば 私の楽しみ方など 本質から違う楽しみ方…とか、「セカチュ-症候群」に冒された偏った見方…と批判を頂戴するのだろうなぁ…とは思う。
しかし、今の私は すっかり、こんな奴なんで こればかりは仕方が無い。
(諦めてください^^;)
で、今夜の第4話で見ていて思った事は TV版として映画や原作に無い部分を膨らませ より大きな感動や 更なる感動に繋げようとするのは良しとして…
その場合、ごく当たり前のことは、その膨らました部分により、一歩間違えると 疑問に思わずに済んでいた事が どんどん疑問に思えるような… そんな墓穴を掘る事に繋がらなければいいなぁ…と 老婆心みたいなものを感じる。
端的に言えば、
「何故、この6週間だけ 復活した澪は 澪の両親とか、旧知の人と会わないのだろう?」
TV版を観ていて 回を重ねる毎に その思いが どんどん、強くなってくる。
映画版でも 正直に言って これは疑問に思った事なのだが、映画版では 映画版なりに私を納得させてくれるシ-ンや設定があった。
しかし、TVでは 三田佳子演ずる母親や 岡本綾が演ずる澪の親友という存在を絡めての物語展開が多いだけに 何故、彼女達と澪が会わないのか その点への疑問が強まってしまうのだ。
まぁ、今後の展開の中に そこへの答えが現れるだろうと思っているが、その点がスベったらTV版全体が崩壊するようで なんだかハラハラしてきたのだ。
ひとつだけ触れておくと、巧の病気は特殊なものである。
それにより 映画版では他の人達との接触…が無い部分の理由を 視聴者側として勝手に解釈して納得する事が出来た。
というのも 映画版や原作の巧みは 病気により、人混みや 自分のテリトリ-から遠くに離れる事が出来ず、乗り物に乗ることも厳しかったからだ。
しかし、TV版では 移動図書館の司書(?)として 映画版や原作での 病気から来る縛りが かなり緩くなっている様に映る。
だからこそ、気にせずに済んでいたはずの事が どんどん気になっていくのである。
さて、今夜観ていて もう一つ思った事。
「岡本綾」は この前まで フジ系で放映されていた「エンジン」の役どころより 今回の方が 年相応というか 雰囲気というか とても良い。
元々、嫌いじゃない女優さんだけに 時折、ふと見せる笑顔が素敵だなぁ…と感じる。
それと、その「岡本綾」の学生時代の設定を演ずる「志保」 この娘は 先日まで放映されていた「あいくるしい」で小学校の6年生(?)を演じており、実際には 年齢通りの設定なのだが ドラマのキャラ設定がおかしかったのか、とてもひねくれたガキだったけど、今夜 2度ほど それも短いシ-ンでの登場で 中学3年生という設定だったけど、こちらは違和感無く観る事が出来た。
まぁ、ドラマが変わり、設定も変われば 同じ役者でも全く違う姿になる…というのは 当たり前と言えば 当たり前の事なのではあるけれども、前が前だっただけに
「良かったなぁ…」
とホッとした様な気になるのは ある意味、大きな御世話ではあると思う。
● いま、会いにゆきます 第5話 (2005年8月1日 記)
先週の第4話を見終わった後に
「何故、この6週間だけ 復活した澪は 澪の両親とか、旧知の人と会わないのだろう?」
と言う疑問を 私は投げた。
まさか、制作者が それを見たから…というわけでは無く、とっくの昔に撮影されたいたであろう事も判ってはいるが、
「あれが君の実家です」
と、巧が澪に言うシ-ンを見て
「ほほぅ~」と思った。
まぁ、そのまま 実家に突入~にはならず、そうしたくない理由も澪の台詞にあったけど そんなのは 今となっては どうでもいい。
(無責任ですいません^^;)
今日、ふと思ったんだけど…
私は 制服フェチなんだな。
そして、中学生とか高校生の 甘くせつないラブスト-リ-・フェチなのだ。
巧と澪の中学生時代の回想シ-ンの方に 本編よりも見入ってしまっている。
もうね、ミムラとか成宮なんか どうでもいいから、回想シ-ンだけの構成にしてくれ… そんな無茶苦茶な思いで一杯になっている。
「黒川智花」良いなぁ…
おっと、また お気に入りリストが厚くなってしまう。^^;
この回想シ-ンの続きが見たくて 間違いなく来週も見るんだろうなぁ…
従って、今週の本編に関する感想は 無い。
● いま、会いにゆきます 第6話 (2005年8月7日 記)
やはり、回想シ-ンが良い。
黒川智花が とても良い。
はにかんだ表情が とても良い…
ポケットに
「御邪魔します…」
と、手を入れる。
良いなぁ… 青春だなぁ…
「君の隣は居心地が良かったです」
こんな言葉 思いつかなかったなぁ…
そんな事を ホワ~ンと思い浮かべながらTVを見ていたら 現実に引き戻す嫁の声
「ちょっと こっちきて 私の横に座って」
いいんですか? 君の隣に行っても?
私は 嫁の隣に 借りて来た猫の様に チョコンと座った。
そんな私に 嫁はさらに言う
「何してるの? 肩を揉んでよ、か・た・を」
おもむろに命ぜられるまま 肩を揉む私。
「ねぇ? まさみちゃん(マッサ-ジ・チェア)じゃ駄目なの?」
と、聞くと
「80%までは満足するんだけど やっぱり、仕上げは機械じゃ駄目なのよね」
私は 仕上げですか? > ママン
君の隣にいると 居心地がいいのは 君だけですか? > 嫁
TVは回想シ-ンから 現代へと戻る。
私は 幻想から現実へと引き戻される。
皮肉な話である。(ToT)
医者が役所と掛け合った…という話の所で 不覚にも目頭が熱くなった。
と、同時に 役所とか銀行とか そんな連中相手に喧嘩する時が 一番燃えるんだよねぇ…と思う私だった。
久しぶりに 何処かの役所に喧嘩をふっかけようかな…
欲求不満なのかもしれないな… > 俺
● いま、会いにゆきます 第7話 (2005年8月21日 記)
いま、会いにゆきます 第4話の感想で…
「何故、この6週間だけ 復活した澪は 澪の両親とか、旧知の人と会わないのだろう?」
と、疑問を述べた。
けっして「世界の中心で愛をさけぶ」のTV版と比較するつもりは無いのだが、ちょうど、手頃な例として 申し上げてみたいのは…
こう申し上げても なんでもかんでも「世界の…」と比べて語り出す輩が多いのは「セカチュ-症候群」の症例として仕方が無いとは思うけど 症状を自覚なされておられる方は 少々、冷静になる事を願うばかりだ^^
(ま、他人の事は言えないが…)
原作に無い世界観を TVドラマという10時間以上の世界を構成する中に持ち込もうとするのは けっして、批判をする気は無い。
それにより、尚一層の感動を得られる事は ごく希にではあるけれど「世界の中心で愛をさけぶ」の様に成功例があるので 他の制作者が、挑戦なのか模倣なのかは判らないが挑むのは構わない。
で、この「いま、会いにゆきます」も 原作では 親子3人の他 数名しか登場人物はおらず、巧の両親や 澪の両親は ほとんど登場しない。
だから、TV版で 特に澪の母親や親友を登場させるのは ある意味、原作や映画では触れられなかったサイドストーリー的なものを味わえるのだろう… それが、功を奏せば より一層の感動を得られるのだろう… つい、そう期待してしまう。
今夜で回も7話目となり 来週以降は終盤と言って良い。
この現時点でも 結局、
「何故、この6週間だけ 復活した澪は 澪の両親とか、旧知の人と会わないのだろう?」
この部分に関しての今までは ただ、いたずらに引き伸ばされた、はぐらかされ続けてきた… そんな感が強い。
今夜の終わりに 澪と親友:万里子(岡本綾)が 玄関先で顔を合わせて終わったところを見ると 来週こそ、ようやく その辺に何かを得られるのかと期待が弾む。
しかし、これまでダラダラと引き伸ばされてきた部分 特に 澪の母親(三田佳子)には 個人的にイライラ感まで募り 正直言って、今の時点では 私は不快感の方が強いので 頼むから なんとかしてくれ…と願うばかりだ。
それにしても…
けっして ミムラが駄目と批判するつもりは全く無いが、映画版の竹内結子と中村獅童というキャスティングは絶妙だったんだなぁ…と思う。
しいて、文句を言えば 成宮君が若すぎるというか なんかが少し違う様に感じてならない。
おそらく、病気による精神的ひ弱さを醸そうという演出意図なんだろうとは思うけど、上手く言えないんだが、何かが 少しズレていて そのズレが気持ち悪いのだ^^
その点、中村獅童の巧は 見事と言う他無い。
メソメソした部分や 自分に自信が持てない部分や そんなもの全てが
「あぁ、病気のせいなんだな」
と、ストレートに受け止める事が出来たからだ。
そして、それを ある雨の日 突然、記憶が無い状態で現れ、少しづつ愛していく澪を演じた竹内結子の自然さも 見事という他無い。
竹内結子と中村獅童 両者の演技力の為せる技とも思うけど、ストーリーの構成や演出をする人の技量の差も 大きく感じてしまうのだ。
これから 8話以降の あと3話乃至4話の中で どれだけ納得させて貰えるか 楽しみで仕方がないので 今回は 真面目に苦言めいた事を述べる次第だ。
● いま、会いにゆきます 第8話 (2005年8月28日 記)
先週のラスト、澪と親友:万里子が鉢合わせした。
さぁ、いよいよ 私の欲求不満は解消される… そんな期待に胸を膨らませて臨んだ今夜の第8話…
解消されず、
むしろ増幅されました(ToT)
なんかね… 他の部分は充分に 良い線いってるのに その部分だけが おもいっきり説得力が無いんだよなぁ…
挙げ句の果てには 澪の母親に巧がビンタ張られてるし^^;
残念だね ここさえ、上手くまとめてくれてれば… そんな感でいっぱいだ。
で、今週は 自室で独りで腰を据えて見たせいか はじめて気づき疑問に思う点がいくつか 新たに生じた。
疑問(その1)
画面に登場した電話が ダイヤル式のアナログ… このTV版の時代設定は いつ頃なの?
なんで、そんな前の設定なの?
疑問(その2)
この医者は 巧の話を100%信じているのだろうか?
今までは 病気の巧が想い描いた妄想を 医者らしく受け止めているのかな?とも思えたので あえて疑問に思わずにきたが、今回、澪と万里子が鉢合わせした…と言う事で 巧の話は幻想では無い…と思ったのなら 少なくとも澪を見に行かないかな?
だって、死んだはずの人間が存在している… 医者として、「へぇ… そうなんだ」で済ませられる話なのだろうか?
で、澪が死に至った病の時の主治医って 今回、登場している女医では無かったのかな? ま、これは どうでも良い事なのだが…
映画版では あえて巧の妄想を優しく受け止める医者…という姿にもとれたから 全く、疑問に思わなかったが、今夜 初めてTV版には疑問となった。
まぁ、ファンタジーな世界に現実的な疑問を持ち込むのは野暮なのかもしれないと思いつつ…
回想シーンを もっと長めにしてくれれば こんな疑問を抱かずに済むのに…とも 言いつつ
あくまでも個人的意見だが 三田佳子の母親役はミス・キャストだな…と思った事だけは記しておきたい。
それは 三田の台詞回しや演技が なんか、舞台劇の演技のようで シックリこないからである。
妙に ヒステリックな感じばかりを受けてしまい 画面を通して姿を見るだけでイライラしてしまうのだ。
● いま、会いにゆきます 第9話 (2005年9月4日 記)
今週の第9話は 良かった… ミムラの演技が。
脚本や演出については もう、ブツブツ言うのは止めようと思う。
けど、一つだけ どうしても言っておきたい事がある。
それは、放送終了時の 次回の予告編の事。
予告編で 肝心なシーンを見せ過ぎ、ネタバレし過ぎです。
これは「いま、会いにゆきます」に限った事では無いのだが、意味もなく、シーンを張り合わせて 意味深なシーンにしたり、次週では無く 次々週の映像を入れる予告編も 最近、目に付くが もうね、そういうのは止めて欲しい。
予告編という物が 本来、何の為にあるのかを 今一度、よく考えてみて欲しい。
特に、昨今は 番宣番組も多く、最終回の当日の昼間などに
「さて、今夜 最終回を迎える~は」
と、下手すれば 最終回の中味が丸々判ってしまうようなネタバレを平気で行う。
「いま、会いにゆきます」の様な場合だと 既に映画や原作で内容を知っている人は確かに多いから、「今更、ネタバレって話でも無いだろう…」という考えも もしかしたら、成立するのかもしれないが、だとすれば「来週は 一体、どういう物語になるんでしょう? 楽しみですねぇ…」なんて 白々しいコメントを 番宣番組の二流アナウンサ-に言わせるんじゃない。
さて、今日の本題「ミムラの演技」だが…
年齢設定的な問題があるとは言え、よく頑張ったと声援を送りたいと思った。
さすがに 今夜の回では喋り方が母親っぽくなっており、自然だった。
どうやら、ここから先は、突拍子も無いTV版ならではのエピソードは盛り込まれず、映画版や原作と ほぼ同じストーリーの展開のようなので 次回(最終回)のラスト30分ぐらいは 最大の山場であろうし、今夜の様な調子なら 来週は充分泣かせて貰えそうで期待したい。
今は素直に ただ、そう思うばかりである。
● いま、会いにゆきます 最終話 (2005年9月19日 記)
最終回という事もあって なかなか良い仕上げ方をして頂いた。
ほどよく、ジーンとしつつ 怖れていたラストの失望も無く。
全体的に 決して、悪い作品とは思わなかったが、部分的に粗さが目立ったのは残念だった。
個人的な感想を言えば 回想シーンの澪を演じた黒川智花が 最も良かった。
が、あまりにも良すぎたので 巧の少年時代を演じた男の子の下手さが目立ってしまったのは 玉にキズ^^
特に 今夜の最終回は 今昔の澪の見せ場であっただけに このカテゴリー内で何度もボヤいた事だが、もっと回想シーンが見たかった…と思えるぐらい 黒川智花が見たかった。
もちろん 主演のミムラも悪くなかったし、終わってみれば 生瀬勝久あたりも 案外、良い味を出していた。
さて、これだけ 褒めてしまうと、多少 文句を言ってもお許し頂けるであろう…と 先にお詫びして…^^;
・折角、澪の両親点という設定を盛り込んだわりには 結局、三田佳子の母親はいらなかったんじゃなかろうか? 父親は もっと、いらなかったね^^;
・折角、マリコという澪の親友の設定盛り込んだのに 絡ませ方が足りなかったんじゃなかろうか?
・女医の設定も けっして悪くは無かったが、若干半端だったが故に 最終話で帳尻合わせみたいな会話を巧とさせたのは いただけなかった^^;
・やっぱ子役は 映画とは違う子を使って欲しかった^^; 特に、澪と巧の年齢設定を原作や映画より下げてるのに 子供の見た目は逆に大きすぎ、見た目のわりには台詞や仕草が 部分的に妙に子供っぽく、いろんな点でバランスが悪かったように思える。
で、最期に ひとつだけ 映画との比較で触れておきたい点がある。
それは、澪の事故に遭う描写は 映画よりも こちらのTVの方が説得力があった様に感じたのだが、そのぶん ひまわり畑での澪の言う
「大丈夫だから」
という台詞、何が大丈夫なのか? その決め台詞への伏線が足らず、説得力が甘かった。
「いま、会いにゆきます」
それと、この
「大丈夫だから」
この二つの台詞さえ ビシッと決めてくれれば 他の小言なんか どうでも良い… そう思っていただけに 心残りのような残念感があった。
さて、今クールは 早いもので、あと「電車男」の最終回を残すのみとなったわけだが… 次クールについては 今のところ、「これ」と明確に惹き付けられている作品が 今のところ無いのが とても気がかりだ^^;
