● 雑感(6月21日)
久しぶりに「アキバ系研究員を束ねた某国立大学理工学部教授」の研究室に行って来た。
あいかわらず、見るからに「アキバ系」の研究員達がウヨウヨした部屋で、私の姿を見た途端、それまでは死んだ魚の様な目をしていた連中が 瞳をパッと輝かせて、
「ブタネコさん お久しぶりッス!!」
と、愛想良く、寄ってくる。
彼等が歓迎しているのは 私個人では無い。
私が いつも両手に提げて持っていく大量の差し入れと、しばしの間 教授公認で「オタク」話に盛り上がって楽しめるからである。
正直言って、元祖「オタク」な私であるから「オタク」話は嫌いじゃ無い。
しかし、私の世代の「オタク」と 今の「アキバ系」は 上手く説明できないのだが、何かが違う。
だから、正直言って 以前は 慕われても 心の中で どこか嫌悪するモノがあったのだ。
ところが、彼等がTV版「世界の中心で愛をさけぶ」に すっかり心を洗われて以来、何か憎めない好青年達に思えてならなくなった私がいる。
「世界の中心で愛をさけぶ」を観て以来、TVドラマや映画を 心から楽しめなくなった…と彼等は口を揃えて言う。
「以前だったら 絶対、感動して泣いたはずのドラマを観ても 素直に泣けないんです」
まるで、教会の懺悔室で 神父に懺悔する信者のように アキバ系研究員達は私に言う。
(私は 実際に教会の懺悔室など入った事が無い。 だから、これは あくまでも想像です)
私「ちなみに 泣けなかったドラマって何?」
と聞くと
研究員A「”あいくるしい”です。 綾瀬はるかが出てるから見てるんですけど、なんか泣けないッス…」
だと言う。
私「そりゃ 別に変じゃ無いよ 俺も泣けないモン」
と、私がキッパリと言うと「そうっすよね? ね?」と嬉しそうだ。
研究員B「一緒に見てる彼女は ボロボロ泣くんですけど 自分は、なんか腹が立ってくるんですよ」
そう言う研究員Bに
「腹が立つ? そりゃイカンなぁ どういう風に腹が立つ?」
と、聞くと
「なんか ガキが小生意気過ぎて鼻につくんすよ」
と言う。
心の中で
「オマエ達だって 俺に言わせりゃ”小生意気なガキ共”じゃねぇか…」
と、苦笑しつつ 紳士な私は 間違っても そんな事を口にせず、
「よく”罪を憎んで人を憎まず”って言うだろ? ”あいくるしい”の場合は ”野島を憎んで他は憎まず”なんだよ。 子供達だって言いたくて言った台詞じゃないの 脚本屋が そう書くから 言わなきゃならなかった台詞なんだよ…」
すると 研究員Bは「なるほど、そりゃそうッスね」と納得する。
昨年末までは 妙に暗く引き籠もりガチだった「アキバ系」研究員達も TV版「世界の中心で愛をさけぶ」で すっかり心を洗われて以来、外界との接触を積極的に取ろうと試みるようになり、その一つが 現在放映中のTVドラマなのだろう… まぁ、それはそれで いささか疑問も抱くけど 前に比べりゃはるかにマシと認めよう。
しかし、研究員Cが続けて言った言葉を 私は看過する事が出来なかった。
研究員C「自分 ”瑠璃の島”見てて 納得いかなくて仕方無かったッス」
その理由を聞くと
研究員C「産まれた子亀が海に帰っていくシ-ンがあったじゃないですか? あれって 本当は 微妙に時期が違うと思うんですよ… あの亀は おそらく~って種類の亀で だとすると産卵時期は…」
私は 彼の説明を遮り、研究員Cに問うた。
「オマエは いったい、どこを見てたんだ?」
研究員C「ですから、亀の産卵時期が…」
私「アホか? オマエは… 亀が何時、卵を産んで その卵がいつ孵化するか…なんてのは どうでも良い事なの、あのシ-ンで重要な事は 産まれたばかりの子亀がヨタヨタしながら たった一匹で海に帰っていく… その姿から 親に捨てられた瑠璃に 子亀だって 独りで頑張っていくんだから オマエもガンバレ…ってメッセ-ジを瑠璃が受け取るんだよ」
研究員C「しかしですねぇ… 実際の産卵時期は…」
研究員Cには 私の言葉が届かない。
私「なぁ? オマエはセカチュ-見て泣いたか?」
研究員C「はい もう、ボロボロに泣いたッス」
私「じゃぁ聞くけどな、夢島で倒れた亜紀を サクとスケが船で連れ帰った時、港で救急車がスピン・タ-ン決めたシ-ンを どう思う?」
研究員C「確かにスピン・タ-ンする救急車なんか あり得ませんから、変って言えば変ですけど、別に目くじら立てる問題じゃ…」
私「オマエが 亀の産卵時期に拘るのも同じじゃ無いか?」
研究員C「・・・・」
私「重要な事は その表面上の事象だけの検証に拘るのでは無く、内面的に なにを どう伝えたいかの問題じゃないのか? それを、そんな上っ面ばかりに拘るのは研究者として如何なモノかと思うぞ」
研究員C「そうですね、自分 間違ってました」
私「お? いやに素直じゃねぇか?」
研究員C「いや 本当に、言われて初めて気づきました。 間違ってました…」
と、納得したのだが、それを聞いていた研究員Dが
研究員D「ブタネコさんは”あいくるしい”見てるんすか?」
と、話を切りだした。
私「うん、一応ね…」
研究員D「何話目か忘れちゃったんですけど 母親が死んで、天文台の天体望遠鏡をのぞいていた みちると幌の前で 天体望遠鏡からビ-ムみたいな光りが出て それを”バトンを受け継いだ”みたいな意味にしたじゃないですか… 自分、あそこの意味が 良く判らないんですけど…」
それに対して 私の応えは
「いいんだよ そんなに深く考えなくても…、どうせ野島は 深く考えて書いた脚本じゃ無ぇんだから… 見る側が そんなに噛み砕く必要なんか無いし、噛めば噛むほど不味くなるだけなんだよ」
すると、研究員Cが
研究員C「ブタネコさん たった今、”その表面上の事象だけの検証に拘るのでは無く、内面的に なにを どう伝えたいかの問題じゃないのか?”って言ったばかりじゃ無いですか? それって矛盾しませんか?」
それに対して 私の応え
「根本的に それが研究対象だったら内面的な問題も考えるさ… しかしね、俺にとって”野島作品”は まったく研究の対象じゃ無いの。 だから、そんなものに貴重な時間を費やすわけにはいかないの。 あれは「綾瀬はるか」の女優としての成長を確認するためのプロモ-ション・ビデオ(PV)であって ドラマなんかじゃ無いの 俺の中ではね」
すると研究員Dが
「それは はるかちゃんのファンとして 間違ってませんか?」
と どこかで聞いた(読んだ)様な事を言う。
それに対して 私の応え
「(研究員Dに対して)君こそ 味噌とクソを一緒にしちゃ駄目だよ…。
出演作全体への評価と ”綾瀬はるかが出演した”って事は基本的に別問題だからね。
綾瀬はるかが出演していたから見続けただけの事であって、見続けた=とても良い作品 という訳じゃ無い。
天下の吉永小百合だって 出演作全てが 良い作品だったか?と問えば 中には何本も駄作はある。
しかし、駄作と評価されたからって それが、吉永小百合にとって なんらかのデメリットになったかい? むしろ、芸の肥やしになったんじゃないか?とさえ言われた駄作も 随分あるぞ?」
研究員Dは 納得したのか しなかったのか、よく判らない表情をしていたが、それなりに理解はしてくれた様である。
「それにしてもよぉ… 見たか? 新しいポカリのCM…」
そう私が言った途端、その場にいた研究員達が皆、相貌を崩し
「いやぁ… あれは癒されますよねぇ…」
「なんか アレ見たとき 涙ぐんじゃいました」
「いいCMですよねぇ…」
世の中には 2時間もあれば読み終える原作を 約10時間分のTVドラマに膨らませたおかげで 生涯忘れられない名作となった物語がある。
そんな名作に並ぼうと思ったか否かは不明だが、ほぼ同時に 同じ様な制作意図でスタ-トして 全く相反する評価となった 二つの作品がある。
そして、たった15秒や30秒で 下手なドラマなんかよりも 遥かに感動をもたらすCMがある。
その評価の違いって何かを なにげに考えた時、昔、なにかのTV番組か雑誌のインタビュ-で目(耳)にした ある漫才師の言葉を思い出す。
「その場限りで お客を大笑いさせるのは簡単な事。
しかし、楽しかった…と 記憶に残るぐらい笑わせるのは簡単に出来る事じゃない。
その為には 漫才師自身が 心から笑った話じゃないと 記憶になんか残らない。
漫才師の中には そんな”記憶に残る笑い”を得ようとして 計算して話を創る奴がいるけれど 目の肥えたお客は そういうのにもの凄く敏感で 計算が緻密になればなるほど鼻につき その漫才師は アッと言う間に没落する…」
たしか、そんな話だったと思う。
この言葉は 多くの含蓄があると感じ、いつも私の記憶の隅にある。
そして、勝手ながら判りすく理解するために
「いつも 素直に真摯に振る舞え」
という意味なんだと思う様にしている。


