● あいくるしい 第10話
あいくるしい 第10話を観た。
今回は 先週の第9話に関して記した時に うごるあさんから頂戴したコメントに御希望が寄せられた事もあり、最終回も近いのと 今回の第10話の中に もしかしたら見逃されたり誤解されてしまう部分を感じたので 真面目に語ってみる事にしたい。
ただ、以下を読み進めるにあたって 冒頭においてお断りしておきたいのは 私は、これまで何度も述べたが「野島伸司」が大嫌いであり、私は頑固で偏屈な性格であるから、この「あいくるしい」に関しては 意見の異なる方にとって屈折した物言いに感じられる恐れが大であると自覚する。
その事について議論する気は無い。
それは、野島如きに貴重な時間を費やしたくない… ただ、それだけの理由である。
ま、偏屈なオッサンが好き勝手に語ったモノ…と 生温く放置して頂ければ幸いである。
さて、今回の第10話では 亡き母のソックリさんである園子が 真柴家の家族会議に現れ、暴言を吐き 家族達の亡き母 復活の妄想を打ち砕く。
園子が真柴家の家族達に話す内容、話す態度、なにもかもが 顔は亡き母にソックリでも 全然、別人なのだ…と理解させ 幻想の破壊は 園子への怒りと変わる。
ところが、実は これは園子の演技で 豪に頼まれた…事でもあり、それを引き受けた園子も 実は良い人だった… というオチである。
申し訳無いが、今までの「あいくるしい」における いろんな設定が薄っぺらだったのと同様、そういう展開は 園子が悪女ぶれば悪女ぶるほど 透けてしまって、園子がタバコに火をつけたあたりで もう既に興醒めしていた私がいた。
私は 原田美枝子という女優が好きである。
女優としての演技力も素晴らしい…と思っている。
しかし、その原田美枝子をもってしても この薄っぺらさをカバ-する事は出来なかった。
単純に 深く考えもせず、これまでの物語の過程もおざなりで このシ-ンだけを見れば、園子の行動に感動する視聴者も少なくないかもしれない。
しかし、作品全体への評価を そんな局所的なものだけで決めるわけにはいかない。
野島の手法は 全体に対しての設定なんか 時々、度外視して その局所的に評価を得ようとする事が多い。
だから、野島嫌いの人々には そういう手法を「あざとい」と感じられてしまう所以であり、局所的に 良いシ-ンの様に見せるためには 障害者や弱者をアイテムとして利用する。
黙って眺めていたら 今夜の その真柴家の家族会議から 園子が自分のアパ-トまで帰宅する途すがらの豪との会話に
「良い話じゃないか…」
と誤解をさせられそうになる。
下手すると このままいけば、
「本当は 園子さんは とても素敵な人だったんだ…」
「よぉし 新しいママになってもらおうか…」
そんな展開に持っていかれそうな悪寒さえする。
だから、私は 今回、あえて”まとも”なコメントを述べて釘を刺しておきたいのだ。
まず、もし、「園子さんは素敵な人だった…」という流れで 私の妄想通りに話が流れるのだとしたら 今度こそ、亡き母に言った
「1万人に1人」
は、なんだったんだ? と、問わずにいられない。
「実は 5千人に1人だったんです。(1万分の2と言う事で^^;)」
なんて くだらないオチでは無いだろう?
そして、「綾瀬はるか」ヲタの1人として「みちる」を傷つけたまま…という流れを容赦する訳にはいかない。
園子が悪女を演じたのは 亡き母への未練や、その死から抜けきれていない真柴家の家族には 良い意味でカンフル剤になった感はある。
しかし、そのためとは言え、ボロクソに言われた「みちる」は あまりにも可哀相すぎて同情を禁じ得ない。
おそらく「みちる」は とても素敵な女の子だから、めげずに そんな園子に対しても赦し むしろ好意的にすら思うのかもしれない。
しかし、そんな設定を 野島や制作者が描いているのだとしたら その安易さに 今のうちから
「ふざけんなよ」
と、言っておく。
母を亡くし、ふざけた馬鹿息子にもフラレ、健気に生きようとしている娘を どうして傷つける事を許せようか…
たしかに、そういう流れの筋立てから言えば 人は そんな「みちる」を「あいくるしい」と思うかもしれないけど、天下の野島先生は そこまでしなきゃ「あいくるしい」を表現できないのかい? そう、私は問いつめたい。
これは、みちるが「綾瀬はるか」だから言うのでは無い。
みちる役が 酒井法子や広末涼子だったとしても 同じ様に思うよ 私は。
あなたも、もう一度「家族」を考えてみませんか?
そして、人と人との「絆」を取り戻してみませんか?
そのための表現が 今夜の第10話の家族会議のシ-ンだったのだとしたら、天下の野島先生も墜ちたもんだと蔑むよ。
このシ-ンは 本当にムカっ腹が立ち通しだったんだ。
それは 原田美枝子の悪女ぶりによるものでは無い。
悪女ぶりを表現するために 園子がみちるへ投げつける台詞の内容にである。
一般的には
「そんな酷い事を言わなくてもいいじゃないか…」
と、園子に感じるのであろうけど、私は 違う。
「野島、テメェ また そんな陳腐な表現方法で 安易に視聴者を騙そうとしてんのか?」
と、腹が立ったのである。
ただね、このシ-ンの中で 唯一、個人的に感心したものもあった。
それは「みちる」の悔し泣きの姿である。
現実的に言えば、「綾瀬はるか」の「悔し泣きするみちる」という設定の演技に 私は感心した。
その部分にだけは 本当に同情し、
「もし、許されるなら オジサンが敵討ちしてやっからな…」
と、こみ上げる想いを私に抱かせるほど 感心した。
収穫は それだけだ。
最後に ひとつだけ記しておきたい。
「小栗旬」よ なにかと 色々と大変そうだけど、私は 役者としての君が嫌いじゃない。
「ごくせん」「ロボコン」「救命病棟24時」…
面白そうな役者だなぁ…と注目してました。
今回の「あいくるしい」のキャスティングは そんな君にとって どうだったのだろう?
それを思うと 勝手ながら同情します。
特に 写真週刊誌の一件以降、役柄の設定を変更されたんじゃないか?とさえ 想像して同情してます。
何故なら、過去の野島作品には そういうキャスティング、役柄設定だった役者が数多いからです。
それは、もしかしたら 偶然(?)の産物かもしれませんが 冷静に見つめ直すと、その数の多さは 偶然ではなく必然と思えるほどだからです。
であるがゆえに、私みたいな偏屈な者には 野島は「あざとい」と映るのです。
めげずに頑張って下さい。
次回作を期待してます。


