● ファン心理
友情とか、愛情とか、ファン心理とか、少しばかり考える事がある。
昔、私が子供だったり、多感な学生時代 学園ドラマというジャンルのTVドラマがヒットしていた。
古くは夏木陽介や竜雷太、森田健作、石橋正司、村野武則、中村雅俊、山下真司…
『あの夕陽に向かって走ろう』
『涙は心の汗だ』
等のキャッチコピ-まで流行したものだ。
ラグビ-やサッカ-、それに剣道等のスポ-ツ活動の交流も交えて 友情とは? 仲間とは?というテ-マをベ-スにした構成のドラマである。
最近、この手の番組が観られないのは 少々、残念に思っているのだが、実は この番組を観て育ち、大きく影響を受けた世代の者の中には 少しばかり、毒され過ぎたのか弊害となっている事がある。
それは、例えば「仲間」の連帯感を大切にする… それは、とても立派な事なのだが、ともすると「仲間は絶対に信じるもの」「仲間をかばうのが友情の証」という部分を 若干、狭く解釈しすぎている者がいる…という事が 時に、弊害となる事がある。
つまり、先に挙げた物語の中に 典型的なひとつのパタ-ンがある。
仲間の内の一人が 何らかの犯罪(万引き、窃盗、暴行)や裏切りの嫌疑を 誰かから向けられた時、仲間達は その疑われた者を理由の如何に問わず、かばい、護ろうとする。
あたかも、それが「友情」なんだ… そういう表面の部分だけしか そういったドラマから学んでいない視聴者が 世の中には少なからずいる…という事である。
「仲間なんだから 信じて護るのが当たり前」
それは、当然の事であり、立派な事である。
しかしね、例えば、実は その疑われていた者が 実際に疑われている罪を犯していたとしたら「仲間」としては どうするの?
同時に、実際、犯人では無かったにしても 第三者的に、かつ、一時的にせよ疑われても仕方が無いような行動、言動などを その者がしていたならば「仲間」とは どうするものなの?
特に その二つの部分に関しての解釈が抜けている人がおり、そういう人は ただ、
「仲間なんだから、信じて護り、かばう」
としか言わない。
それに関して あくまでも個人的意見だが、
「仲間なんだから、信じて護り、かばう…」
だけでは無く、
「仲間なんだから 時には苦言も呈し、率直な意見で注意もし合う」
という部分を欠かしてはいけない…と考えるのだ。
なんでもかんでも 庇って、護ることは簡単である。
しかし、仲間にも 多少の否がある場合は 仲間内で注意するなり、指導するなり…という事をし合うのも 私は仲間にとって重要な事だと思う。
ただ護り、庇うだけでは 否は改善されないし、時には それが甘えとなって悪い方向へと発展する事は 実際に、よくある事なのだ。
仮に、仲間が実際に窃盗を働いたとする。
被害者や警察から疑いの目を向けられた時、仲間を仲間として庇ったり、助けたりする事は 法律的には認められない行為ではあるが、「仲間」として 時には許される行為だと私は思う。
けれども、私は その仲間が 実際に犯人だったのだとすれば、注意もするし、おそらく説教するだろう。
警察に出頭させるとか、被害者に詫びに…なんて事は 仲間である以上、説教した上で本人の判断に任せるし、その判断によっては それ以降、「仲間」ではなくなる可能性もあるけれど、間違っても 警察などに密告したりはしない。
そういう私の考え方は もしかしたら特殊な限られた考え方なのかもしれない…とも、思う。
と言うのは、時々
「仲間であるが故に…」と思い、直言すると
「仲間に対する優しさが欠ける…」と、非難される事があるからだ。
で、そんな時、「仲間に対する優しさ」とは何ぞや?と尋ねると
「仲間なんだから、ただ信じて護ればいいんだ」と言う。
私は 率直に言って そんなのは「仲間」のフリをした ただの真似事に過ぎないと思う。
だから、それが その人達の考えなのだとしたら、私は そんな上辺だけの「仲間」なんていらないし、私の頭の中の辞書の「仲間」の定義には該当しない以上、その人達は ただの友人であって「仲間」とは思わない。
これは、友人間に対してだけでは無く、親子とか、好きなタレントやスポ-ツ選手等に対するファン心理にも似た様な事が言えると思う。
まず、親が子を護るのは当たり前である。
外部に対しては その姿勢で間違いでは無いと思う。
しかし、子供への躾…という点を考えると、外部に対して どんなに頑なに子供を庇い、護ったとしても それとは別に、子供に対しては 叱るべき所は叱り、きちんと話して教える事が必要であり、そう言う部分をおざなりにすると いつしか子供は思考が歪んだり、極端な甘えっ子になってしまったりする。
しかし、最近の親は 子供を叱る事をしない。
もしくは、叱ったとしても 叱り方や叱る内容を取り違えているケ-スが多い。
図書館やファミレスで ギャァギャァ騒ぎまわる子供をほっぽらかしにして、自分は読書や友人とのお喋りに熱中している母親などは その典型的な例であり、そのくせ、他人に同様の事をされると ガミガミ文句を言う… そんな親の姿を見て育つ子供が心配である。
そして、もうひとつ、例えば貴方が 特定の俳優や、スポ-ツ選手のファンだったとする。
その相手を観ているだけで 幸せな気分になれる。
そんな存在が 誰にも一人や二人いたって良い。
例えば、私は このブログで 今まで述べた事を御一読頂いた方々は御承知の通り、「綾瀬はるか」「石原さとみ」「長澤まさみ」といった若手の女優さん達から 最近、目を離す事が出来ない。
だから、彼女達が出演する番組と聞けば バラエティであろうが、CMであろうが 最悪は録画してでも観ようと努力する。
実を言うと、彼女達に抱く好感とは全く真逆に
「コイツだけは絶対にTVで観たくない」
と、あえて名前は挙げないが、かねてより私が個人的に思っている俳優やタレントも何人かいる。
さて、「絶対に見逃したくない」女優と 「絶対、観たくないタレント」が共演したドラマが放送されたとしたら 観るか否か? と、言われれば 私は観る。
嫌な者を我慢しても 目が離せない彼女達を観逃すわけにはいかないからである。
で、ここからが本題なのだが、
「彼女達が出演した番組は 全て、良い番組」
と思うか否か? と、問われれば それは話が別である。
どんなに彼女達が良い演技をしたり、素敵な笑顔を振りまいても 番組全体の評価は全体の総合評価で下されるべきであると考えるからだ。
「彼女達が出演する」から「観る」
けれども、番組内での 彼女達個々の評価と 番組全体の総合評価は別物だ…という事だ。
もしかしたら、
「真のファンであるならば、出演=良い作品 と、受け止めるべきだ」
という考えの方も多いのかもしれない。
それはそれで ひとつの考え方として尊重したいと思うが、大変申し訳無いけれども、私は その考え方に従う事は出来ない。
それは、先に述べた「仲間」や「親子」への考えの方と 微妙にではあるが共通しリンクするのだが、私は 真のファンと称するのであれば 時には苦言を呈する事も必要と考える。
特に、彼女達は まだまだ、今後、もっと大きく成長する可能性があると信ずるからだ。
それを、なんでもかんでも「良い」「素敵」「最高」と褒め続けるのは 場合によっては「褒め殺し」になりかねない。
尤も、今、現在、彼女対に対して呈す苦言を私は持っていないし、無理矢理 アラ探しをして非難する気なんかサラサラ無い。
しいて申し上げるならば 彼女達個人へ…では無く、所属する事務所に対して
「もっと仕事を選んでは如何か?」
と、申し上げたいとは思うけど。
で、余談だが…
「あいくるしい」というドラマへの評価と「綾瀬はるか」という女優さんの評価に関して言及しておくと、何度も このブログ内の いくつかの記事で述べた通り「綾瀬はるか」が出ているから観ているのであって、そうじゃなければ最初から 私は観ていない。
また、TV版「世界の中心で愛をさけぶ」への作品評価を 比較の材料として部分的に述べた事は認めるが、それは「良作ではこうなる…」という参考的記述であって 根本的に非なるものである事を理解した上であり、「あいくるしい」製作段階において 少しでもTV版「世界の中心で愛をさけぶ」の様な素晴らしい作品に近づいてくれればいいな…と期待はしたが、無理だと言う事も理解していたつもりである。
その理由は、観る前から 現在抱く感想に 少なくとも近いモノになると確信していたからで それが、私が「野島嫌い」を公言する理由であり、その内容に関しては 既に、このブログ内の いくつかの記事に、それも「あいくるしい」が、野島脚本で制作されると発表された段階から述べた事でもある。
しつこいようだが、私は「綾瀬はるか」のファンを自認する。
その上で「あいくるしい」での彼女の存在や演技は 大いに認め、高く評価をする。
しかし、「あいくるしい」の良い点、評価できる点は そこだけ、後は 申し訳無いけど評価等論外である。
そんな作品に出たからといって、「綾瀬はるか」の評価が下がるとは思わないし、かえって「あいくるしい」が かろうじて崩壊を免れているのは「綾瀬はるか」の存在だと言い切っても良いとさえ思うぐらい「綾瀬はるか」を高く評価しているつもりである。
もし、
「『綾瀬はるか』の真のファンであるならば『あいくるしい』を良い作品と認めよ…』
みたいな事を言う方がおられるのだとすれば、その御意見は ひとつの考え方として承るが、理解する事は出来ないし、了解する事など絶対に出来ない。
個別に受け止めるべき所を すべてをゴチャ混ぜにして、黒いモノを白と言ったり、白いモノを黒と言う考え方は 第三者からは灰色にしか見えないのは自明の理であり、そこまでせずとも「綾瀬はるか」の評価は変わらないからである。
それよりも、あえて一言 お許し願うならば、なんでもかんでも褒めてばかりいるファンの存在が いつか、廻りまわって「綾瀬はるか」御自身への悪い影響になりはしないかとさえ懸念する次第である…とも申し上げたい。
