● テキ屋だったH(その2)
Hさんが 仕切った、ある年の札幌のお祭りのときの事である。
仙台から来ていた 名のあるテキ屋の集団に所属していた人が、夜宮が始まるという日の昼間、持病の発作が生じて倒れた。
「焼きカマボコ」を売る夜店の設営や準備が終わった途端の事で そのまま祭りの会場から病院へと救急車で搬送されたのだ。
通常であれば 同業者や仲間達が手伝い、何事もなく営業を進めるのであるが 当時、その倒れた人は同業者たちとの間で揉め事が多く、誰も その急場を手伝おうとはしなかった。
彼の所属するテキ屋の集団は 全国に展開しており、急遽、駆けつける事が出来る人もおらず…
元々、手伝いのようについてきてたのは 私達、バイト少年と そんなに歳の変わらない若い衆のQさん一人だけ…
元々、そのテキ屋の集団と付き合いがあったHさんは
「じゃぁ こっちで、適当になんとかしてあげるよ」
と、そのテキ屋の集団の親方に話し、我々 バイト少年たちを呼び集めて
「オマエ達が交代で その夜店で蒲鉾を焼いて売ってくれないか?」と言う。
我々は そんな機会には滅多に遭遇できないと 喜んで その話に飛びついた。
そのため、我々は3日間 学校をサボり、夜店で売り子として 蒲鉾を焼いて売ったのである。
「焼きカマボコ」とは 仙台で有名な「笹かまぼこ」に 割り箸を串代わりに刺して、焼き鳥のように炭火で焼くのだが、時々、「秘伝のタレ」と称した 某食品会社の醤油を入れただけのカメに その蒲鉾を漬け、売れ残ると漬けては焼いて温め直して…を繰り返す、極めて簡単な作業である。
それを1本300で売っていたのだ。
不思議なんだけど、縁日の焼きソバやイカ焼きって 普段、口にするのと何にも変わらないのに 何故か美味く感じてしまい、焼けた醤油やソースの匂いを嗅ぐと 急に食べたくなる。
笹かまを焼いただけのモノ一枚に 当時の金銭価値で300円…というのはボッタクリである。
しかし、客は誰も それに文句を言わず、ニコニコと買っていき 歩きながら食べては
「美味しい」
なんて言ってたのだ。
また、祭り独特の駆け引き、というか、やり取りも面白く、
客「(1000円札を差し出し)三本頂戴」
店の親父「あ~ お客さんゴメン お釣りの百円玉が 今、無いんだ… で、モノは相談なんだけど もう一本入れてあげるから千円で買ってってくれない?」
客「え? いいの? 悪いね」
そんな やり取りが 始終生じる。
実はお釣りの百円玉なんて 客からは見えないところに何十枚も入った小箱があるのである。
客が「4本にしようかな… でも、千円しか持ってないしなぁ…」みたいな雰囲気を漂わせると それを敏感に察知して 先に述べたような やり取りを仕掛けるのである。
実際、焼きカマボコの原価なんて せいぜい1本あたり数十円で 百円で売っても決して赤字では無い。
ただね、そういうやり取りがあるからこそ 客は買い得感を覚えて満足して立ち去るし、祭りの雰囲気が明るいものとなるのである。
当時、夜店のテキ屋のオジさん達は ヤクザ同然。
でも、夜店で 客相手をしている時は 実に柔和で気さくで 会話も面白いオジさん達ばかりだった。
そんな人達に 商売の傍ら、
「オジさん なんでテキ屋になったの?」
と、無鉄砲な質問を投げかけたら
「好きなんだよねぇ… この縁日の雰囲気がさ」
多くのテキ屋のオジさん達が口を揃えてそう言った。
「お祭りだぁ…」と、はしゃいだ子供が 大人になった… そういう雰囲気がプンプンしていた。
日本国内、いろんなところを歩き回ると ひと口に「お祭り」と言っても、実際には様々な形態がある。
山車を引っ張るモノもあれば、踊りまくるモノもあるし、笛の音、鐘の音、三味線や太鼓の音… その土地の祭りならではの雰囲気には 音色も伴うものも多い。
しかし、どんなお祭りであろうとも 屋台は欠かせない風物詩の一つである。
我々、バイト少年達が3日間 売り子として振る舞った間、その監督兼責任者は 若い衆のQさんで、彼は 中学もロクに行かずにテキ屋となった男だったが、そんな彼から 商売の合間に
「博多のお祭りじゃさぁ…」とか、「諏訪湖の傍のお祭りでね…」と いろんなお祭りの話を聞いては その当時の少し前に流行った「ディスカバ-・ジャパン」とか「せまい日本、そんなに急いで何処へ行く?」なんて言葉の風潮と相俟ったものである。
Qさんは その時の発作により引退を決意した親方から跡を継ぎ、テキ屋の親方となって 今では それなりの親分となっている。
その後も、札幌の祭りには必ず 本人がやってきて カマボコや焼きソバを焼いている。
実のところ、札幌の縁日は 暴対法施行直後「縁日からヤクザを閉め出せ」という運動により、テキ屋の存在は大幅に減った時期がある。
しかし、その代わりに出店を行った 市民サ-クルやボランティアと称する集団が 実は新興宗教関連の集団だった…とか、売り上げを誤魔化す等の内部での問題が多発したり、なによりも
「お祭りの雰囲気が つまらないモノに変わった」
という市民の声もあったりで、現在は 表向きは「テキ屋じゃない」と言いながら 実は「テキ屋」な人達が出している夜店が少なくない。
こんなところにも お役所の「本音」と「タテマエ」が垣間見える。
最近は、芸能人やア-ティストの影響を受けて タトゥ(彫物)を入れている若者が珍しくない。
ふと、不思議に思うのは 暴対法施行直後に サウナやゴルフ場等で「入れ墨の方 お断り」という看板を入り口に掲げて 入店を断るケ-スが ある意味、常識化したのだが、今の若者の タトゥは そういった「入れ墨」に該当するのだろうか? という事である。
私は 入れ墨を入れている人を蔑視するつもりは無い。
そういう友人が少なくない…というのも 大きな理由だが、「入れ墨=ヤクザ」という考え方が そもそも嫌いなのである。
ある時、金融屋の友人等とゴルフに行った際、ラウンドを終えて 大浴場で湯船に浸かっていたら、その金融屋が こちらに背中を向けて頭を洗っていた人を見て
「おぉい ***さんじゃねぇか? 久しぶりだなぁ?」
と、声をかけた。
金融屋は その頭を洗っていた男の後ろ姿で知り合いと気づいたのでは無い。
その男の背中の入れ墨の図柄で 直ぐ判ったのだそうだ^^;
今でも覚えているが、綺麗な鯉の滝上りの図柄だった。
「入れ墨の方 お断り」という規則は タトゥをしている若者にも適用されているのか?」に ついては 別の機会にあらためて述べる事にして…
ひとつ、言いたい事は
「お祭りを楽しめるモノにする」
という事と
「楽しいお祭りだった…」
と言えるモノになるか否か?という部分にですら「本音」と「タテマエ」を駆使するのが 今の日本人の姿…という事。
「あの人は ヤクザだから 傍に行っちゃ駄目」
というオジサンが、笑顔で焼いている「焼きカマボコ」の屋台が あった方が 昔ながらの雰囲気や情緒溢れる「お祭り」だった…と なにも知らない人は言う。
世の中って 本当に難しい。
もうすぐ、札幌のお祭りである。 (と言っても まだ10日以上あるが…)
毎年恒例のゴルフに 親方となったQさんと行くのが 実に楽しみな今日、この頃である。


