● 「機動戦士ガンダム」に想う
私は 機動戦士ガンダムの放映をリアルタイムで観た者だ。
たまたま 本屋で物色していてみつけたマンガを 無意識で買ってしまった。
上記画像が その本の表紙である。
「トニ-たけざきのガンダム漫画」
機動戦士ガンダムのパロディである。
私は 本屋に行くと、元々 雑誌やネットで知って買おうと意図した本の他に 新刊コ-ナ-などで タイトルや作家などで選んで まとめ買いをする傾向がある。
そして、買ってきた本は書斎の机の上に積み上げ 無作為に暇を見つけては読んでいくのだが、たいてい 全部を読み切らないウチに また、まとめ買いをしてくるので 常に机の上には未読の本が 数冊は積まれている。
この「トニ-たけざきのガンダム漫画」は 記憶に間違いが無ければ 昨年の秋に買ったまま 未読で放置され、その存在すらも すっかり忘れ去られていた。
で、昨夜 偶然、机の上から発掘(?)されて読んだのだが…
結論から先に言うと 夜中、寝ている嫁や娘が訝しむほどの下卑た笑い
「ブヒャヒャヒャ…」
と、声を出して笑った。
非常に細かい部分を 巧く突いたマンガである。
こんなんだったら もっと早くに読むんだった。
さて、機動戦士ガンダムが TVで初放映されてから早いもので25年以上が過ぎる。
物語の完成度が高かった事と人気のおかげで 続編やサイドスト-リ-が 数多く制作されたのも衆知の事実であり、アニメだけでは無く、ノベライズも数多い。
私は 正直言って 本編や続編のZやZZよりも、「0080(ポケットの中の戦争)」や「0083(STARDUST MEMORY)」の方が好きだ… というぐらい 機動戦士ガンダムのシリ-ズは 一通り、目を通したつもりでいる。
そもそも、第1作の主人公 アムロ・レイがニュ-タイプと呼ばれる ある意味、超能力者の様な設定で、ガンダムという機体の性能と併せて もの凄く強い存在となる…点が 個人的に 時々、ついていけなく思う部分があり、続編のZ、ZZに進むに従って どんどん そのニュ-タイプが蔓延る世界になっていくのと同時に 作品から遠離っていった。
「0080」や「0083」が好きなのは そんなニュ-タイプ色が薄い…というのが大きな理由でもあるが、純粋に スト-リ-の展開がシンプルで楽しめる事が大きい。
最近、「機動戦士ガンダムSEED」「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」と言った作品が放映されているが 「機動戦士ガンダムSEED」は観たけれど 「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」は まったく観る気が失せたので観ていない。
「機動戦士ガンダムSEED」を観ていて思ったのは この物語の根本設定って 第一作の「機動戦士ガンダム」の物語を 微妙に表現を変えただけの そのままに感じたからであり、何故 そんな真似して「新しい」と称する作品を作ろうとするのか その意図が理解に苦しむのである。
せっかく、予算や労力を注ぎ込むなら もっと、斬新なサイドスト-リ-を展開しようという考えが無いのだろう?
特に、第一作「機動戦士ガンダム」の原作本を読むと興味深い。
ネタバレで恐縮だが、原作本では アムロとセイラさんは ヤッちゃうのである。
で、ベッドの中で アムロにセイラは
「兄さんを殺して」
と、囁くのである。
まぁ、当時としては そんな設定をそのまま子供向けのアニメにする事は難しかったとは思う。
「機動戦士ガンダムSEED」ではフレイとキラは あからさまにヤッちゃっているのを観て オジサン・ブタネコは「時代だなぁ…」と しみじみ呟く。
「機動戦士ガンダム」という冠はついていても 時代と共に全く違う作品なのだ…と言われれば それもそうだな…と思う。
だから、重箱の隅をつつくような議論をしたいとは思わない。
ただ、個人的な意見として「0080」や「0083」の様なサイドスト-リ-の制作を望みたい…とだけ 言いたいのである。
今の時代だからこそ表現が出来る…というのも踏まえた上で マ・クベやランバ・ラルや黒い3連星などが登場する1年戦争の開戦初期とか シ-マやガト-やデラ-ズが登場する1年戦争真っ只中の頃のスト-リ-などを アニメで観たいと思うのである。
富野さん バンダイさん 如何なものであろうか?
