● JR西日本の事故に思った事
5月1日は「メ-デ-」である。
日本では「メ-デ-」とは「労働者の日」と認識している人が多い。
これは 1880年代にアメリカで「労働時間を1日8時間に統一せよ」という運動が盛んになり、ゼネストを行った…というのが起源であり 1890年に 5月1日をアメリカの労働者と連帯し世界中の労働者が一斉に労働者の国際的連帯行動の日として「メーデー」を定義した…と 昔の教科書で学んだ記憶がある。
しかし、最近になって 永いこと英国勤務で暮らしていたが、理由あって帰国した友人から聞いたところによると「メ-デ-」という言葉じたいの語源は もっと古く 古代ローマの女神フローラを祀った儀式の日という説もあれば、ケルト人達によるベルテンの祭りが起源だという説もあり、いずれにしても 昔のヨ-ロッパでは メ-デ-とは 春の訪れを祝う祭りの日と言う意味で「May Day」 つまり、「5月の日」と言う事で「春の祭典」というのが本当なんだそうだ。
さて、私は毎年 この時期にメ-デ-の集会で「~と語られた」という内容の記事を新聞で見る度に かねがね疑問を抱いている事がある。
昨今は 私が学生だった昔ほど 組合活動…というものが盛んでは無い、と耳にする。
私は 基本的に「組合活動」が「悪」とは間違っても思っていない。
「労働者の正当な権利を確保する」為の組織及び行動…というのは 基本的な部分に同意するし尊重もする。
しかし、全体という意味では無く、多くの「組合活動」と称する活動の局所的な部分に
「なんだ? それ?」
と、疑問を抱く活動が多く それらについては同意もしないし、むしろ醜悪な物と受け止めている。
例えば、某大手自動車会社の労働組合書記長という人物と会った事がある。
で、会った時に その姿を見て腰が抜ける程 驚いた。
でっぷりと太り、にも関わらず 特注のアルマ-ニのス-ツを着て、腕にはパティック・フリップの数百万の時計をはめ、運転手付のベンツで移動していたのだ。
だから、会って数分もせずに 単刀直入に聞いてみた
「その時計やス-ツや車は どうやって手に入れたんですか?」と。
本当は 他の人達も一緒に食事をする予定だったのだが、その質問が 余程、お気に召さなかったらしく、10分で書記長氏は席を立って帰って行かれた。
ちなみに、その日の会合で話し合われる内容は その自動車会社の従業員が大量リストラされるに伴い、自動車会社の組合が 再就職先として我々に受け入れ先となって欲しい…という話の場になるはずだった。
にも関わらず、理由も明確にせずに書記長氏は立ち去り、当然 我々はその後、転職者を受け入れなかった。
本当は200名前後なら受け入れても良い… 当初、我々は そう考えていたにも関わらずである。
「賃金を上げろ」
「少しでも多くの賞与を寄越せ」
これは 労働者が雇用者に対し常に思い抱く考えである事は否定出来ない。
春闘が花盛りだった頃は「~労連は ~%アップを勝ち取った」とか「~労連は妥協した」という記事が飛び交い、「~労連は 交渉が決裂に至り、時限ストに突入した~」なんて事も多く、そのストライキのおかげで バスや電車が運休し おかげで学校が休みになって嬉しかった…なんて記憶もある。
歳を重ねて 労使交渉の場を目の当たりに見る機会を得た時に 現実の場面を初めて見た私には 思いっきりショックだった。
たとえば、ある労使交渉では 組合員が廊下に大勢座り込んでいる中、壁一枚挟んだ会議室の中では 組合幹部と会社の幹部がニコニコ談笑しながらお茶を飲み
組合幹部「簡単に 外に出ちゃうわけには行かないんですよ、組合員の手前 ギリギリまで粘ったフリしないとね」
会社幹部「我々もさ 上(役員)から怒られるからね 互いにギリギリまで…って事で」
そんな会話をしていたのである。
たとえば、
「我々は 独自に~円のコストダウン化のプランを考えた。 ついては そのプランでダウン出来たコストの半分を 夏期賞与で従業員に還元して欲しい」
とか、
「一律 ~%の賃金ダウンをのむ代わりに、リストラ予定の人員数をせめて半分にして欲しい…」
なんて提案が 組合側から出る事なんて皆無に近いんだね。
ただ、「寄越せ~」「嫌だ~」「反対~」ばかりで 建設的意見の応酬なんて場面が無いのである。
で、ある私鉄労連の幹部と話した時の事だが まぁ話の端々で既に喧嘩腰だったこともあるのだが、もの凄く 不愉快に感じた事は その幹部の話は全部、組合員の要求ばかりで その要求を考えるにあたって会社の経営状態や 今後の営業に対する将来的なビジョンや そして何よりも私鉄という 半公共交通としての安全管理という部分や、顧客の利便性、イメ-ジなどを全く考えていなかった事である。
で、つい先日の JR福知山線の事故に関し…
「世論はJR西日本の体質に大きな疑問を抱いている」
という報道姿勢をマスコミが取っており、その中でひとつのエピソ-ドとして 「いじめ」の様な懲罰を行う会社の姿勢…を問題視している。
それも確かに問題と思うけど 私は そんな報道の中でTV画面に登場したJR西日本労組の幹部という人物のコメントに「え?」と疑問を抱く。
たとえば その「懲罰」は かなり以前から社内で行われていた…と組合幹部は証言する。
私は その事を さも他人事のようにインタビュ-で応える組合幹部に最大の疑問を抱く
「だったら なんで、もっと以前に大きく問題として提言しなかったんだ?」と。
そういう事をするのが 本来の組合活動なんじゃないのか?と。
一般世論に同調して「JR西日本という会社はオカシイ」 そう語る組合幹部対し 私は問いたい
「オマエもJR西日本の人間だろ?」と。
世論と一緒になって会社批判するだけじゃなく、会社と一緒になって反省もしろ!と言いたいのだ。
「JR西日本という会社はオカシイ」という言葉の中には「JR西日本の社員」「JR西日本の組合員」も含まれているんだぞ…という事が その幹部が自覚出来て無い事が
一番オカシイ
と、言っておきたい。


