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2005年04月29日

● N専務の話


喫茶「職安」の常連客の一人に Nという運送屋の専務がいた。




N氏は 元々、国内大手の運送会社で大型トレ-ラ-を運転していた人で その時の仲間数名と独立して、札幌市内での運送会社を旗揚げし 中堅規模の会社にまでした人物である。


「**(仮名:国内大手の運送会社)に居たときはさ

 いつも決まった路線を走るのよ、

 俺はいつも 東京の平和島から新潟のフェリ-・タ-ミナルまでの間を

 毎日、1往復してたんだ…

 トラックで走るのは大好きだったけどね、

 毎日 同じ景色の往復に飽きちゃってさ…

 いろんなところを走りたくなっちゃって… それが独立の理由かな」


ある時、N専務は そう語った。


当時は 今では定番会社となった「**引っ越しセンタ-」とか、「引っ越しの***」といった国内全部を網羅した運送会社ネットワ-クや 「クロネコ」「佐川」といった宅配便のネットワ-クが急速に広がり始めた時代で 運送業界は戦国時代の様な状況だった。


当時、N専務の会社は 北海道内の とある農作物を本州のお菓子工場に原料として輸送する事や、某酒造メ-カ-の製品の本州への輸送がメインで 片手間に大手運送会社の下請けとして 本州各地と道内を結ぶ物流をしていた。


だから基本的に 4t以上のトラックを使用しての長距離便専門の会社だったのだが、時々、「通常じゃない引っ越し」を「屯田兵の御隠居」から 内密に頼まれて行う事があり、そんな時には 短時間で一気に荷物をトラックに積み込まなくてはならないので 我々バイト少年達に お呼びがかかった。


その「通常じゃない引っ越し」とは 「夜逃げ」である。


後に、中村雅俊が主演で「夜逃げ屋本舗」なんて映画やTVドラマが放映されたが、現実は そんなカッコの良いモノでは無い。


今だから、ハッキリ言うが 時には「夜逃げ」という名の「集団強盗」と呼ばれてもおかしくない事の方が多かった。


「屯田兵の御隠居」は 不動産売買も行っていたが、金融業も行っていた。


たとえば、ある債務者Aがいたとする。


Aは「屯田兵の御隠居」からも金を借りているが 基本的に、そういう人物は銀行や信販会社などからも融資を受けている。


Aは手形の失敗や、取引先の倒産など なんらかの原因で資金繰りに息詰まったとする。


すると、銀行は 担保物件を差し押さえする。


バブル景気がはじけて 倒産事例が急増し、不良債権が当たり前みたいになっている今日、担保というのは多種多様となっているが、その当時は、店舗や経営者の自宅などの不動産…というが普通であった。


倒産、破産を免れない… そう悟ったAは 債権者の一人である「屯田兵の御隠居」に詫びも含めて相談する。


すると、「屯田兵の御隠居」は 数名の仲間を呼び 指示を出す。


その仲間の一人が 運送会社のN氏である。


N氏への指示は


「他の債権者に先んじて Aの住居の家財道具や

 店舗や倉庫にある在庫商品や什器備品をすべて持ち出し確保せよ」


である。


そして金目のモノを処分し 「屯田兵の御隠居」の貸した金銭を回収し、残った分はAに渡して 夜逃げした後の しばしの生活資金として渡すのである。


例えば、あるスナックが廃業しようとして 店内の什器備品を処分しようとすると その程度にもよるが 仮に、新装開店時に300万かけて揃えた品であっても 2束3文となり せいぜい30万から50万で売れれば良い方である。


しかし、そんな品でも 新たに「スナック始めようと思ってるんですが…」という人に その什器備品を「まとめて100万でどうだ?」と もちかけると「新規で買い揃えるよりも手頃な金額だ」と 喜んで買っていくオ-ナ-がいる。


これが ひとつの需要と供給のバランスである。


廃業処分…だと 足元みて叩かれ、「ゴミ同然」とまで言われる什器備品が 100万で売れる。


「屯田兵の御隠居」の許で動いていた人達は この目利きがもの凄く巧みであり、何よりも御隠居自身が資産家だったから 回収した品物を直ぐに処分せずとも 良い値が付くまで寝かしておくだけの充分な余裕があった。


この「夜逃げ」に伴う引っ越し作業の事を 仲間達は「真珠湾攻撃」と呼んでいた。


一気に奇襲をかけて アッと言う間に作業をして引き上げる…という意味でである。


太平洋戦争時 真珠湾攻撃に向かった南雲機動部隊に 連合艦隊司令部から打たれた有名な電文


「ニイタカヤマノボレ1208」
(真珠湾攻撃は12月8日(日本時間)に決定せり…という意味)


これと 同様に、我々バイト少年達に


「ニイタカヤマノボレ アシタノ20」
(明日の晩、夜逃げ手伝え 午後8時に「職安」集合ね…という意味)


という伝言が 時々、届いたのである


一晩、おおむね3時間の引っ越しに付き合っただけで ギャラ3万、焼き肉食べ放題付き…という条件だったから、高校生には破格の条件であり喜んで参加したものだ。


いい歳をかっ喰らった今だから 裏側も知り抜いた上で こんな話を語れるが、当時は 右も左も判らない高校生の小僧である。


物事とか、社会の仕組みとか 厳密に言えば 商法や民法などの法律すら まったく判っていなかった。


だから、最初の頃 N専務に


「いいか 午前2時迄に この店の中のモノを全部トラックで持ち出すぞ、

 品物を運ぶときは 絶対に傷をつけるな、それと物音を出来るだけ立てるな」


と、言われても何も疑問を持たずに 「ハイ」と明るく返事をしていた。


時々、作業中に ガ-ドマンとか 警官が現れて


「君達 こんな時間に何やってんの?」


と尋ねられた事も よくあった。


けれども、そんな時は やはり喫茶「職安」の常連客だった Oという弁護士が N専務と一緒に 我々の作業を監督してから、そのO弁護士が


「お話は 私の方から…」


と言って ガ-ドマンや警官を どこか別の場所に連れて行き、小一時間後には 何事も無かったかの如く平然と独りで戻ってきて N専務と談笑していた。


だから、我々 バイト少年達は 人様から後ろ指を刺されるような真似をしているとは塵ひとつ思っていなかったが…


いい歳をかっ喰らっい 裏側も知り抜いた上で今だから思うに 時には「窃盗」 時には「証拠隠滅」 時には「建造物破壊」等々の幇助として 犯罪に荷担したと問われても文句が言いにくいことをしていたと今だからこそ自覚する。^^;


大抵の場合、店舗や住居から積み込んだ荷物は 札幌の郊外にある「屯田兵の御隠居」が所有する倉庫に運んだのだが、ある時、私達バイト少年は 店舗では無く、住居の夜逃げ作業を行った後 荷物を積んだトラックの後をマイクロバスで追走し、札幌市内から とある北海道内の地方都市に行き、真夜中にも関わらず、そこの新居となると思われるアパ-トに荷物を運び込む…という まさに「引っ越し作業」を 行った事がある。


40代後半の夫婦と 中学生ぐらいの娘と小学生の息子の4人家族が同行した。


札幌から片道3時間以上離れた街に行き 我々はN専務の指示通り 黙々と、トラックから荷物を下ろしてアパ-トに運び込んだ。


全ての荷物を運び終え、近所の自動販売機から買ってきた缶コ-ラを飲みながら 我々、バイト少年達が一服していたら、その時の引っ越しをした家族の中の母親が チリ紙で包んだ おそらくいくばくかの紙幣を四つ折にしたモノを 我々のうちの一人に差し出し、


「ご面倒をかけてゴメンネ これ、気持ちだから みんなのジュ-ス代に…」


と言ったのだが、それを見て 普段は絶対と言っていいぐらいニコニコと温厚なN専務が


「オマエ達、それ受け取ったら絶対に駄目だ!!」


と 凄い剣幕でバイト少年達に怒鳴った。


我々は ただのガキである。


お金を差し出されて「どうぞ」と言われたら 喜んで受け取りたくなる。


N専務は 母親に


「コイツらには ちゃんとしてありますから、お気遣い無く、

 それよりも 今後、頑張って下さい。 その方が大事ですから…」


と言い、母親は 何度も申し訳なさそうに頭を下げていた。


作業を終えて、札幌に戻る車中で バイト少年のうちの一人が


「ねぇ?専務、さっきオバチャンが寄越そうとした お駄賃 なんで断ったの?」


と 無邪気に聞くと…


すると珍しく真面目な顔をしたN専務は


「あの人達はな 借金で首が回らなくて…

 下手すりゃ一家心中してもおかしくない人達なんだ。 


 そんな人達から たとえ、気持ちとは言え、金を貰ってだぞ

 その人達が本当に首でも吊った日には

 オマエ達、笑って その金で飲み食い出来るか? 

 俺や、隠居はよ、今晩の事だって 人助けでやってる事なんだ。 


 そりゃ、隠居にしてみれば 貸した金の回収って意味もあるから

 純粋に”人助け”とは言えないかもしれないけど、

 他の借金取りの手にかかってみろ、

 あの人達の手許には1円だって残してもらえないんだ。


 オマエ達は 純粋に”人助け”をしたんだ。

 そんなオマエ達が 助けた人からお金を貰ったら

 その時点で それは”人助け”とは言えなくなるだろ?」


その時は 判ったようで、よく判らなかった言葉だが、今にしてみれば 実に よく判る。


N専務には なんらかの「信念」があり、その時の言葉は 我々 バイト少年達を思って言ってくれた台詞だったのだ…と。


その後、その家族が どうなったかは知らない。


と言うよりも、後年になって N専務から


「あの頃、夜逃げさせた人達の事を 興味本位で気にするのは辞めろよ」


と言われたからである。


「バッタリ 何処かで出会った時に

 向こうから笑顔で”やぁ、あの時はどうも…”なんて言われて

 思い出したとしても 絶対にとぼけてしまえ。

 たいていは…

 ”夜逃げの事には触れないで下さい”っていうのが普通なんだから

  わざわざ悲しい思いを こちらからさせちゃ野暮ってもんだ」


とも、言われた。


N専務という人は 外見は風采の上がらない疲れ気味の中間管理職…という風体だったが、中味は 実に渋いオッサンだった。


この人からは その後も いろんな事を教わる事になるとは その頃は全く予想もしていなかった。



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