● 喫茶「職安」 序章
まぁ、今回は オッサンの思い出話だと思って読んでやって頂きたい。
1ヶ月ほど前の事なのだが、ある人の葬儀に学生時代からの数人の仲間と出席した。
その故人と知り合ったのは 私が高校生だった30年近く前の事。
私には 高校生の時、友人達と毎日の様に通った喫茶店があった。
もの凄い美人の姉妹2人で経営している喫茶店で 4人掛けのボックス席が4つと6人座れるカウンタ- けっして規模の大きな店では無かったが、いつも4・5人の客がおり、近所の馴染み達が集まってダラダラと暇を潰す… そんな昔の典型的な個人経営の喫茶店だった。
ただ、ひとつだけ 他の喫茶店と違うのは その喫茶店に 毎日の様に集って屯する客達は近所の人達では無く、中には車で30分以上離れた場所から通ってくる人達、しかも、みんな会社の経営者や 医者や弁護士や会計士として 羽振りの良い人達ばかりで、普通の客は…と言えば 高校生だった私達ぐらいのものだった。
その理由は簡単である。
喫茶店を経営する姉妹は 当時、札幌のススキノでも屈指の高級クラブで売れっ子ホステスだったのだが、姉が身体を壊したのを理由に引退し 貯えたお金で始めたのが その喫茶店、集う客は その高級クラブ時代の「お客さん達」だったのだ。
たまたま、同級生の一人が その喫茶店でアルバイトを始めたのがキッカケで 私達もその喫茶店に通い始めたのだが、私達が通い続けるだけの魅力が その喫茶店にはあったのだ。
それは その店に集う客達と仲良くなっていくに従い、いろんなアルバイトを斡旋して貰える…と言う事、それに 羽振りの良い人ばかりだったので たいてい、その時の飲食代を払って貰えて、つまり、タダで飲み食いできた上にバイトまで世話して貰える喫茶店だったのだ。
だから 我々、学生達は その喫茶店には ちゃんと名前があったけど、喫茶「職安」と勝手に呼ぶようになった。
たとえば ススキノで当時有名だった寿司屋の親方から「出前の配達専門のバイト」、運送屋の専務から「引っ越しの作業員」…と言う名の「夜逃げの手伝い」、深夜営業のレストランの社長から「夜間専門のボ-イ」、風変わりなモノでは 弁護士から「浮気調査の探偵役」、それと パチンコの機械を売っている会社の社長から「新台入れ替え時の取り付け工事の人夫」等々…
どれも、本当は高校生が出来るアルバイトでは無かったが、喫茶店に集う常連さん達は 我々を 最低でも当時の相場の時給の2~3倍で使ってくれたものだった。
「お金が欲しい」
というのも理由の一つだったけど、それ以上に、高校生を半人前ながらも大人扱いしてくれるのが嬉しく… 尚かつ、風変わりな経験が出来る様なバイトばかりだったのが もの凄く魅力だった。
その頃は 僕達は若すぎて気にもならなかったし、どうでも良い事だったのだが、今にして思えば その喫茶店に集う常連達は かつて高級クラブの客として その美人ママの気を惹こうとして争ったライバル達であるにも関わらず、ママがホステスを引退した後 和気藹々と喫茶店の常連仲間として 楽しげにつき合っていた。
これって、実は 普通に「よく見受けられる状況」では けっして無い。
けれども、今から30年程前の札幌の その「とある喫茶店」には 実際にあった出来事なのである。
当時、ゴルフと言うのは 今ほど、一般的なものでは無く、まだまだ金持ちの道楽…的な匂いが強かったのだが、その喫茶「職安」の常連達は 皆、ゴルフのプレイヤ-で シングルハンデの猛者ばかり、アマチュアの大会でも上位を争う人達だったから 10日に1度の割合でコンペを行っており、我々 学生は 当時、流行していた「VAN」や「JUN」というブランドの原色のトレ-ナ-の背中に プレイヤ-の名前と「キャディ」と大きく刺繍した特別製のモノを着させられ 常連客達のキャディとして コンペにつき合わされていた。
もう、お気づきとは思うけど 私が このブログ内で 時々、語る「易者の様な診断しか下さない2代目開業医」「もの凄く気の弱い弁護士」「腕力しか取り柄のない歯科医」「アキバ系研究員を束ねた某国立大学理工学部教授」「一級建築士の資格を持った詐欺師」などの友人達が この時、喫茶「職安」に出入りして タダ飯を喰らいバイトを貰っていた者達である。
当時から30年近く経った今、その時の常連さんの多くは 寿命や病気や事故などで他界し 今でも元気に暮らしてる人は一人もいない。
しかし、「類は友を呼ぶ」という諺があるように その時、常連として集っていた人達は実にバイタリテイに溢れた人達で 共通して「バカ」と言いたくなるほど 少年の様な心を持ったオッサン達だった。
今、我々が 一風変わったオッサンになってしまったのは ハッキリ言って 当時の常連さん達の影響がと やはり別記事に何度か登場した”亡き友”による影響がとても大きく 我々が、当時の常連さん達の世代に達した今だからこそ「あぁ… こんな感じだったのかなぁ?」と 想像できる事が沢山あり、勝手ながら理解出来ることも沢山ある。
そんな常連さん達には「人生」という意味で 学校の先生なんかとは比較でき無い程、いろんな事を教えて貰った事に深く感謝するわけだが、実は この時の葬儀で 喫茶「職安」の常連さんの全員が冥土に旅立った事になる。
故人の葬儀の後、「易者の様な診断しか下さない2代目開業医」「もの凄く気の弱い弁護士」「腕力しか取り柄のない歯科医」「アキバ系研究員を束ねた某国立大学理工学部教授」等と連れだって ファミレスに立ち寄り、飲み放題のコ-ヒ-を嫌になるぐらいおかわりしながら 思い出話をしているうちに ふと思ったのは、その頃のエピソ-ドを文章にして書き残しておくのも オッサン達(常連さん)への供養になるんじゃないかな…という事だ。
せっかく、ブログを始めたのだから ブログの中に そんなカテゴリ-があってもいいよなぁ… そう思ったのだ。
と言うわけで、今後、暇をみつけて 書き足していくつもりです。
宜しければ 楽しんでやって下さい。


