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2005年04月10日

● 朝日新聞って どこの国の新聞?


「国益」という言葉がある。

簡単に言えば「国家の利益や財産」の事である。




最近、日本でも 新聞等マスコミや TVの討論番組など見ていると 割と頻繁に使用され始めた言葉である。


しかし、日本人が その言葉から受け止めるイメ-ジと 諸外国のそれぞれの国民の抱くイメ-ジは全然違う事に この際だから気づいた方が良いと思う。


何故か?と言うと 日本では「国益」という物を義務教育も含めて 全く、と言って良いほど教育していないし、国民に認知・認識させていない。


例えば、今、問題になっている「竹島」も知っている人は知っている…というレベルであって 国民の大多数が知っていた問題では無い。


最近でこそ、教科書に載せる載せない、載せるにしても その記述が…と騒がれているが、少なくとも私の時代のの教科書には載っていなかったし、仮に載ってたのだとしても


「この辺は試験に出るところじゃ無いから、興味のある人は時間のある時に読んどくように…」


って感じで 3年の冬休み目前ぐらいに言われたかな…程度である。


ところがね、日本以外の他国では この「国益」に関する認識を与える教育は かなり、熱心に義務教育期間に充分に時間をかけて行われている。


「納税の義務」


これは国家が国家として存続していくために必要な国家予算の源だから 納税の義務を怠る者に対しては厳しい処罰が与えられる。


これも ひとつの国益である。


ゆえに、脱税者に対する批判、処罰は 日本では考えられない程、厳しい。


「いやぁ、税金 誤魔化してたのがバレちゃってさ」


ともすれば日本では笑い話のネタで済んでしまうケ-スが多いが、他国では 戦時中の日本じゃないけど「非国民」的扱いで蔑まれる…まである。


国家の利益や財産…という概念には領土や領海というのは当然、含まれる。


だから、国境線の取り決めは すこぶる厳しく、厳密に行い、どんなに友好関係の隣国であっても互いの国境線警備・監視は厳しい。


戦後の問題が未解決…という事で 北方四島などの大きな問題も含めて 我が国の領土領海の線引きは 実は曖昧な部分が多い。


日本は島国だから 地べた続きの国境…という認識が無いのも その原因の元だが、それにしても だらしが無さすぎる。


あえて、何処と国名を挙げないが ある原油を産出する国がある。


原油は 現在の世界において重要な資源である。


原油価格が変動すれば 瞬間的と言って良いほど いろんな物価等に影響が出る。


しかし、その原油も埋蔵量には限界があり、やがては底をつく。


現状のままの採掘が続けば… 諸説は色々あるが、無尽蔵では無い事だけは確かだから やがては尽きる時が来る。


そこで、ある原油を産出する国は


「自国内の原油を採掘する量を限りなく減らし、当面は他国からの輸入で 殆どを賄いましょう」


という決定をする。


これは、「万が一、世界中の原油が採掘され尽くしたとしても 自国内にまだ埋蔵量があれば それが財産となる」という「国益」に基づいた考え方である。


これは 人類は皆兄弟、世界はひとつ…なんて考えとは相反する、その国だけのエゴに見える。


けど、おそらく そう文句を言うのは日本人くらいのもので 国際観では「当たり前」と考えられる。


それが 我が国と諸外国とでの国民における「国益」の認知度、考え方の違いである。


朝日新聞の若宮啓文という論説主幹は


「風考計」』という社説・コラムの中で2005年3月27日に

例えば竹島を日韓の共同管理にできればいいが、韓国が応じるとは思えない。ならば、いっそのこと島を譲ってしまったら、と夢想する。

 見返りに韓国はこの英断をたたえ、島を「友情島」と呼ぶ。周辺の漁業権を将来にわたって日本に認めることを約束、ほかの領土問題では日本を全面的に支持する。FTA交渉も一気にまとめ、日韓連携に弾みをつける――。

と述べている。


竹島を韓国領土と認めるかわりに 今後、他の諸問題解決に向けて韓国の全面協力を得て日韓連携に弾みをつける…というプランなのだろう。


個人的には面白いアイデアだなぁ…と一瞬思ったが、落ち着いてよく考えれば 天下の朝日新聞の論説主幹が こんなアホかと情けない。


聞けば この若宮氏 韓国に留学の経験もあるそうだが、そこで何を見て 何を聞いて 何を学んできたのだろうか?


まず、そもそも「共同管理」って何事ですか?


領土、領海に そもそもグレ-・ゾ-ン等は無く、白か黒かのいずれかなのです。


互いの主張が重なって 竹島の様な一見、グレ-・ゾ-ンの様に映る地でも 国益を考えれば「日本領土」を毅然と主張しない限り 話し合いは始まらない。


国論が一致していなければ 一貫した外交は難しいのだ。


にも関わらず、大手新聞社と言われている(私は認めないが)朝日新聞の社説が 最初から「取引」を持ちかけてどうするんだ?


朝日新聞では どういう歴史認識をしてるのか? まずは、そこをハッキリさせるべきである。


だいたい、我が国が 若宮プランをどう思うか?について 揶揄した記述が見られるが、そもそも韓国側が乗ると思っているところに不見識さが甚だしい。


彼等は基本的に「竹島」が自国領だと主張して警備隊まで配置しているのである。


そんな連中に「譲る」と言って ありがたがると思うかい?


「余計な御世話だ」で終わりだよ。


それだけ、彼等の反日教育、(韓国としての)歴史認識、国益意識は徹底されているんだ。


昔、東西冷戦が真っ盛りの頃(今でもあまり変わってはいないが) 北方4島周辺でのソ連の国境警備はエゴの固まりに近かった。


日本漁船の拿捕、船員の抑留が頻繁におき 中には確かに日本人のミスや領海侵犯もあったが、多くは一方的にソ連側の主張による領海侵犯、操業違反としての拿捕、抑留だった。


そういった事から北海道では、ソ連という国に対して不信感や嫌悪感は非常に強かったものだが、個々のソ連人が悪い奴ばかりか?と言えば そんな事は決して無く、個々は愉快で面白い奴が多かった。


個々だと愉快なのに、何故、国家となると不愉快になるのか? それはソ連人の「国益」の認識なのである。


個人としては どうでもいい問題でも「国益」を考えた場合に頑固になる… これが日本人は判ってない。


天下の「朝日新聞」ですら、「国益」というものを全く度外視した社説を平気で載せている様な有様では 徹底した反日教育を行っている中国や韓国相手に 理想論ばかりを語る事すら意味が無い事に気づけない。


どうせなら あくまでも、たとえば…だが、


「竹島が韓国という事に我が国は 今後一切、文句を言わない。 その変わり、今後、一切の戦後賠償だの歴史認識だの 過去のことでとやかく言うんじゃ無ぇ!!と約束させろ」
(あくまでも、百歩どころか、千歩以上譲った上での話としてである。)

みたいな論調の社説は書けないものかね?


「戦後処理が終わっていない…」というのが天下の朝日新聞の口癖なんだから、こういう時こそ 戦後処理の解決策的プランを語るべきで 妄想ばかりを語るんじゃないよ…と言いたい。


【注:上記文中には 竹島問題に関し、個人的に無責任で申し上げている表現が含まれております。 特に、漁業問題等で深刻な状況となっている島根県の関係者の方に対しては あまりにも不謹慎と受け止められる可能性があることを自覚しております。 私としては、そういった方々を無視したり、揶揄する気は全く無く、只々 朝日新聞に対する不満を申し上げたいだけの事と御理解頂けますと幸いです。】




『日本の近代史』関連の記事

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コメント

ブタネコさん早速重大な話題きましたね。
私もおおかた賛同します。
でも国益という問題では私はもう少し強硬派です。
もちろん合理的な理由あっての強行派であり、外国人ならすべてこんな感じでしょう。だから、見方によっては私以外の日本人が「無駄にハト派」なだけといえるかも。
では、どんな風な強硬論をもっているか、それは以下のようになります。


ブタネコさん>
「竹島が韓国という事に我が国は 今後一切、文句を言わない。 その変わり、今後、一切の戦後賠償だの歴史認識だの 過去のことでとやかく言うんじゃ無ぇ!!と約束させろ」
(あくまでも、百歩どころか、千歩以上譲った上での話としてである。)
みたいな論調の社説は書けないものかね?

「竹島をあげる」代わりにもらえるものが、
韓国側が「歴史認識と賠償問題をチャラに」してくれる
であるとしたら、竹島がもったいないですよ。

歴史認識も賠償問題もまったく譲る必要がないものであるゆえ、交換条件としては竹島はあまりにもったいない。

日本の歴史認識をどうしようと日本の自由だし、戦後賠償も国家間で済んでいるはずなのでね。国家対個人では済んではいないわけですが、賠償するのは韓国側の責任になっているはず。
いまさら韓国や中国の世論が騒いでいるからって、日本でわけもなくニュースになること自体が変では?

また、日本人全員が百歩ゆずって、竹島を無償で韓国に献上することにした場合ですが、
韓国は「ごね得」の味をしめるだけでしょう。
間違っても「友好島」にはならないし、次は「対馬の番」になるだけなのです。


正直言って 私の個人的考えは

「とっとと自衛隊を派遣して 竹島に不法滞在している韓国人を退去させろ」です。

これを「戦争する気ですか?」という人がいるかも知れないけど、自国の領土内の話だから 戦争とは言わない。

本来なら、警察の仕事なのだが、不法滞在者が小火器で武装している事を考えれば 自衛隊を出すべき…と思うのです。

「竹島が韓国という事に我が国は 今後一切、文句を言わない。 その変わり、今後、一切の戦後賠償だの歴史認識だの 過去のことでとやかく言うんじゃ無ぇ!!と約束させろ」

と申し上げたのは あくまでも朝日新聞の妄想に対しての話で、現実的に 日本政府が そんな事を言い出した時は フザケんなと ブログで書くと思います^^;

まったくその通りですね。
戦後韓国の申請に対し、GHQが竹島は韓国の領土ではないと回答したことや、韓国領だったことが歴史上ないことなどから、韓国の主張に正統性はまったくないので、
武装した不法滞在者を国外退去させるためには、威嚇射撃もアリでしょうね。

こんにちは。こういうテーマのものには反応するつもりはなかったのですが、あえて異論を唱えることも必要かと思い、書き込ませていただきます。
まず、私は20代前半で、小中高と日本で普通の公立高校に通い、身内に自衛隊関係者はいません。そういうバックボーンの人間の考え方として受け止めていただけると幸いです。
ちなみに朝日新聞を読んでいますが彼らを擁護するつもりは毛頭ありません。

ええと、それで何から書けばいいのか迷うところなのですが・・・、まず朝日新聞の記事にあるような外交取引が非現実的であることには同意します。外交というものはお互いが権利を主張し合うところから始まるもので、そこに東洋的な譲り合いが入り込む余地はありません。現在の国際ルールが西洋主導のものである以上それは仕方のないことです。アメリカで交通事故を起こしたら決して自分から謝るなというのと同じですね。
ですが、それを踏まえた上でも僕の考えは「周辺海域の漁業権を確保した上で竹島は返還しても構わない」というものです。その漁業権さえ、今現在その海域で仕事をされている方達が引退するまでの50年間ほどの保障で十分です。
こういう言い方をする時点でブタネコさんには認めていただけないでしょうが、「あんな小さな島のために隣国との関係が悪化するなんてアホらしい」としか思えません。
もちろんもし竹島を簡単に譲ってしまえば次はまた違うものを要求されるという考え方もわかりますし、実際にはするべきではありませんが、それでも上でお二方が仰っているような強硬手段に出るほどの理由はあの島にはないと思います。強いて上げれば国家のメンツというやつでしょうが、僕はそういう「国家の威信」とかいうのが大嫌いな人種ですので、実質的な利益にならないという1点のみにおいて手放してしまって構わないと思っています。

また、今回の竹島問題に関しては、ここまでの反日運動を引き起こした原因というものについてもっと考えるべきだと思います。
竹島が領土問題になったのは昨日今日の話ではなく、それが急速に反日運動につながった原因は言わずもがな「島根県の制定した竹島の日」と「政治家の靖国神社参拝」です。そしてこの2つの事項に共通するのは「政治家が勝手にやったこと」という点。
島根県議会が竹島の日を制定したのは竹島問題を強調するためだったそうですが、実際に島根県に住む一般の人達がそれを望んでいたでしょうか?僕にはそうは思えません。おそらくは島根県に住む多くの人は「竹島?それどこにあるの?」という程度の認識しか持っていないでしょう。
それこそが問題だと言われるかもしれませんが、この場合に問題なのは一部の漁業関係者と「メンツ」にこだわる政治家という島根県の中でもごく少数の人間が作り出した「竹島の日」が、韓国の人々からは「日本人の総意」として捉えられてしまっていることです。
今はまだ日本人の多くが冷静な目で事態を見守っていますが、この状態が続けば近いうちに「なんでこんなに非難されなきゃいけないの?竹島の日も教科書も政治家が勝手にやったことなのに」という感情がでてくるでしょう。そうなればお互いの間の溝は深まるばかりで双方にとって何の利益にもならない。
せっかく韓流ブームで日本人の多くが韓国に対して好意的な感情を持ち始めたのに、それが一部の人間の先走った行為によって早くもお釣りを使い果たし、マイナスに戻ろうとしている。僕はその事にこそ深い憤りを感じてなりません。

本当は「国益」と「愛国心」に関しても書きたかったのですが、あまりにも長くなってしまって自分の集中力も無くなってきたので、それはまた今度書かせていただくことにします。長文すみませんでした^^;

>僕の考えは「周辺海域の漁業権を確保した上で竹島は返還しても構わない」というものです。その漁業権さえ、今現在その海域で仕事をされている方達が引退するまでの50年間ほどの保障で十分です。こういう言い方をする時点でブタネコさんには認めていただけないでしょうが、


いえいえ、私は否定しませんよ^^; 意見は意見ですから。

私が否定するのは「朝日新聞」だからであって 一般人の意見とは違うからです。
(ここ大事なんで強調させてください)

私の記事の記述がいたらない…のが 根本的に問題点とは思いますが、


>「あんな小さな島のために隣国との関係が悪化するなんてアホらしい」としか思えません。

隣国との関係が 時には悪化しても主張すべき事はしなければ駄目…というのが 私の根本的考え方なんで もしかしたら この意見交換は平行線のままで終わりそうな予感がします。


このブログは基本的に討論をする為に設けたわけではなく、私が私の持論を 他の方がどう思うのか?を確かめたい場…というのが 一つの目的でもあります。

この場合でも 時に、今回の様に異論(?)を頂戴して初めて持論が検証できるわけだし、もし ふぇいさんが真摯な方じゃ無かったならば 泥沼のような論争に至る可能性もあります(そうじゃないと願ってますが^^;)

他者の意見を聞く…というのは 一歩間違ったら 上記の様な泥沼になりかねない…という危険覚悟に行わなければならず、しかしながら それによって進展や 相互理解を得る為には 避けて通ってはならない場合が多いとは思いませんか?

そう考えておりますので『「あんな小さな島のために隣国との関係が悪化するなんてアホらしい」としか思えません。』という御意見の部分には 全く賛成できません。

これは『国家のメンツ』だけの問題じゃないからです。


>また、今回の竹島問題に関しては、ここまでの反日運動を引き起こした原因というものについてもっと考えるべきだと思います。

全く、その通りだと思います。


しかし、以下の部分…

>竹島が領土問題になったのは昨日今日の話ではなく、それが急速に反日運動につながった原因は言わずもがな「島根県の制定した竹島の日」と「政治家の靖国神社参拝」です。そしてこの2つの事項に共通するのは「政治家が勝手にやったこと」という点。

という結論付けに関しての「靖国問題」に関しては テ-マが大きすぎるのと 今回の論点とは混合して語りたくないので私見を述べるのは避けます。

「島根県の制定した竹島の日」がキッカケになった…という点に関しては 賛同します。


>島根県議会が竹島の日を制定したのは竹島問題を強調するためだったそうですが、実際に島根県に住む一般の人達がそれを望んでいたでしょうか?僕にはそうは思えません。

ふぇいさんが そう思わなくても、そう思っている島根県民がいたら どうします?
(実際に 政治屋ではなく、一般人の人に結構そう思ってる人がいますよ^^;)

>おそらくは島根県に住む多くの人は「竹島?それどこにあるの?」という程度の認識しか持っていないでしょう。

この文意から 申し訳ないけど ふぇいさんは 島根県民じゃ無いと推察して以下を述べます。
(もし 島根県民なのだとしたら 即刻、訂正したいと思います)

要は、島根県民じゃ無い者が 想像ばかりで物事を語っちゃいけない…という事です。
(私も北海道民なので 触れられる身では無いと自覚しています)

「竹島の日を制定」が 限りなく県民の極少数の意見だったとしても、現在の議会制では 議決されれば立派に県民の意思…となるわけで、その為の選挙であり、議員だ…というのが根本です。

私は 現在、自分の知る限り立派な政治家…と呼べる人物は限りなく少なく、殆どが 政治家ではなく政治屋というダニみたいなもんだと嫌悪していますので そのシステムにも大きな疑問を感じてはいますが…
(あくまでも個人的見解です)

しかし、現行の議会制度が続く限り、そして それお尊重しなきゃいけない限り、島根県民じゃ無い者が 勝手に

「一部の漁業関係者と「メンツ」にこだわる政治家という島根県の中でもごく少数の人間が作り出した「竹島の日」」

という風に決めつけて 物事を判断し語るのはマズイです。

県議会の決定の責任は 県議を選挙で選出した選挙民が負わなければいけないからでもあります。


ですから、

>韓国の人々からは「日本人の総意」として捉えられてしまっていることです。

そりゃそうですね、日本政府は県議会の議決に対して なんのリアクションもしておりませんし、それは「竹島」が日本領土という認識の上での判断なのでしょうからね。


>この状態が続けば近いうちに「なんでこんなに非難されなきゃいけないの?竹島の日も教科書も政治家が勝手にやったことなのに」という感情がでてくるでしょう。

「竹島の日も教科書も政治家が勝手にやったことなのに」

その意見には賛成しません。

もし、仮に そうだったとしても、その政治家を政治家にしてしまったのは国民なのです。

どんなに ロクでもない人物であっても 国民が選挙で当選させてしまったら政治家なのですから、政治家が勝手に…と責任転嫁しちゃイケマセン。

韓国民から見れば「日本人が選んだ日本人の議員による結果だろ?」と言われるだけですから。


で、冒頭の「朝日新聞の意見だったから」 私が文句を言いたい…の補足ですが、


本来、マスコミの報道とは 思想や宗教などの影響を受けず あくまでも正確な事実の羅列が原則なのです。

それが公平中立の根本原則であり、そういう記事から読者それぞれが 意見や考えを独自に持つ、その為の材料提供に徹する事が肝心なのです。

たとえば「軍国主義一辺倒」に傾いた記事は 読者をミスリ-ドしてしまう… その結果が第二次大戦だ… みたいな論調を朝日や毎日は よく社説の中で掲げます。

その事については 私も認めますし、時代背景の事とは言え、朝日が最も軍国主義だった新聞というトラウマが 今日に影響してるんだろうなぁ…とも推察します。

けれども、彼等は その意識が強すぎるために なんでもかんでも「右傾化」と決めつけ「反軍国主義」に傾いた記事が多く見受けられます。

仮に「軍国主義」が大間違いな思想だったとしても 「反軍国主義」に傾き過ぎなのは やはり間違いです。

何故なら、「中立公正」から逸脱しているからです。


私が朝日新聞を目の敵にしているのは 朝日の記事全部、(坊主憎けりゃ袈裟まで憎い)というわけじゃありません。 きちんと「公立中正」であれば ありがたく拝読します。

しかし、過去 頻繁に 朝日や毎日は その「公立中正」から逸脱し、社会的に誤報と判断されても 頑なに認めず、自分だけが正しい…と主張し続けてきた経緯があります。

それが私の考える問題なのです。


良い意味でも 悪い意味でも 新聞などマスコミが思想偏向してはいけないのです。

そういう意味で、一番問題視すべきは 論説委員や論説主幹の 日頃の言動であり、社説なのです。

だから、今回は その社説に あえて文句を申し上げた次第でして「国益」に触れたのは その為であり、「愛国心」なんてものは 今回の論旨の中には入ってません。 


もし、お触れになるのであれば どうかその点は 御留意願いたく存じます。


ふぇいさんはじめまして。長くなりますが、強行論者の言い分をお聞きくださいませ。

ふぇいさん>
外交というものはお互いが権利を主張し合うところから始まるもので、そこに東洋的な譲り合いが入り込む余地はありません。現在の国際ルールが西洋主導のものである以上それは仕方のないことです。アメリカで交通事故を起こしたら決して自分から謝るなというのと同じですね。

「譲り合い」は日本独自の価値観であって、朝鮮の価値観とは違うと思われます。
朝鮮半島は昔から中国やモンゴルに領土を奪われたり占領されたりを繰り返していたところです。
シルクロードを使った東西貿易で潤った軍資金十分の超大国に隣接し、侵略の危機にさらされ続けていたのです。
苦肉の策として、時には大和朝廷に援軍を求めたり、日本帝国に併合をもとめたり、鎖国したりしながら、強大な圧力の中で民族性や国益を保持しようと必死に努力してきたのです。
決して安穏と譲ってもらって国土を維持していたわけではありません。

そういう国だからこそ、国益拡大にも積極的なのであり、それは奪われた国益の回復手段であるわけなのです。
決して思想や制度的に西洋に侵されているからではありません。
価値観の違う相手に対し、「譲りあえばよい」なんていうのは、平穏に国土を保ってきた日本の、「日本思想」の押し付けでしかありません。
それが、「日本も~を譲ったのだから、韓国も譲ってくれなきゃおかしい」となれば相手の文化を無視した怠慢外交以外の何者でもありません。

>ふぇいさん
「あんな小さな島のために隣国との関係が悪化するなんてアホらしい」としか思えません。

おっしゃるとおり竹島がもとで本当に関係が悪化することはまずないでしょう。
韓国現政権も韓国国内の支持率が下がってきたため、反日キャンペーンを行って不満をそらそうとしているだけのようです。
つまり、竹島を返還しない限り本格的に外交政策を反日主義に転換する、というつもりはないようです。
竹島は、ヘタするともらえそうだからごねているだけなので、わざわざあげるほうがアホらしいことです。もしもあげたところで当然だと威張られるだけでしょう。

国民の財産(竹島を含む)を守ろうとせず、外国に切り売りする政治家のことを、ふつう売国奴とよびます。

「漁業権を現在の漁師の引退までで韓国に譲渡」というのは漁師の後継者の存在を無視していますよ。漁業権は国民の財産です。


ふぇいさん>
せっかく韓流ブームで日本人の多くが韓国に対して好意的な感情を持ち始めたのに、それが一部の人間の先走った行為によって早くもお釣りを使い果たし、マイナスに戻ろうとしている。僕はその事にこそ深い憤りを感じてなりません。

韓流ブームは日本で起きていることで、韓国で日本ブームがおきているわけではありません。韓国国内で日本に好意的なのは利益の上がっている観光産業や貿易関係者だけともいわれています。
若者にはサッカーや音楽などがきっかけで好意的な人たちも増えてきてはいるようですが。一部のマニアックなムーブメントに過ぎないでしょう。
つまり韓国の反日感情は総じて相変わらずというところ。
「竹島や靖国参拝がもとで良くなりかけた感情が悪く…」なんてほど甘くありませんよ。

日本の政治の問題として、韓国人の日本への感情を好意的に変えていく努力はあまり真剣に払われてきませんでした。
ただこびへつらうような謝罪の言葉を繰り返すばかり。
挙句の果てに、まるで愛人に手切れ金をわたすように、竹島を献上して口封じするようなら本当に怠慢としか言いようがありません。

朝日新聞が、竹島を献上し、靖国神社参拝をやめさえすれば日韓友好が実現するというような、飛躍した社説を本気で書いたのには正直驚きです。
せいぜい「宗男ハウス」が韓国にもひとつできる程度でしょう。

私には、そんなやり方は、外交問題がめんどくさくて蓋をしたいがために、韓国の目に付く活動を控えているだけの、本当の友人とはいえない日本の消極的な態度にしか見えません。
そんなことでは永久に韓国人の心を打つことはできないでしょう。

>Jailさん
ご意見ありがとうございます。
本来ならひとつひとつ返答させていただくべきところですが、すでにブタネコさんに対しての文章を完成させてしまっていることと、その文章に現在の自分の精力を注ぎ込んだことから、この後アップするその文をもって返答に代えさせていただきます。どうかご了承くださいませ。

ご返答ありがとうございます。

はじめに、僕には自分が真摯な人間であるかどうかはわかりませんが、議論というものが「自分の意見を相手に押し付ける」行為ではないということは自覚しているつもりですし、異なる意見を聞くことで自分の考えがより洗練されていくという感覚もわかるつもりでいます。

ただ、昨日はつい熱くなって書き込んでしまいましたが、一晩たって考えてみると、僕のような若輩がブタネコさんのような熟練した大人の方に意見を述べるのは無謀な行為だったのではないかと少し後悔しております(苦笑) しかしながらせっかくの機会ですので、とりあえず自分が納得できる程度のことは書かせていただきたいなと思います。どうかお付き合いくださいませ。

また文章内で疑問系で書いてある箇所もありますが、ブタネコさんが不要と思えば返答はしていただかなくて結構です。ここが討論の場ではないことは僕も承知していますので。

なお、本文の論旨から外れる「靖国問題」「議会制民主主義の欠点」「愛国心」等についてはあえて深く触れないように注意いたします。

まずは本文の論旨についてなのですが、どうやら少し読み違いをしていたようですね。
最初の印象では「日本人は国益に対する意識が薄い、だから韓国につけこまれるんだ。もっと国益というものを意識して毅然とした態度で諸外国に臨むべきだ」というような事を仰りたいのかと読み取ったのですが、どうやらブタネコさんの真意はマスコミの公平性の方にあったようですね。

>本来、マスコミの報道とは 思想や宗教などの影響を受けず あくまでも正確な事実の羅列が原則なのです。
それが公平中立の根本原則であり、そういう記事から読者それぞれが 意見や考えを独自に持つ、その為の材料提供に徹する事が肝心なのです。

正論だと思います。もちろん同意します。ただこれは理想論のようにも感じます。

現実問題として何をもって公平中立かという事を人間が判断するのは不可能です。
なにか明確な指数があって、それが49以下なら「反軍国主義」51以上なら「軍国主義」というように分けられるのならいいのですが、そういうわけにもいきません。

マスコミが常に公平中立な立場でなければならないとするならば、すべての新聞から社説やコラムを取り除き、ただ事実のみをしかも情報の優先順位を付けることなく提供し続けなければなりません。ニュース番組に評論家が同席するなんていうのはもっての外という事になります。

もちろんこれが極論であることは自覚していますが、マスコミの公平性を追求すれば最終的にはそうなってしまうのではないでしょうか。

そしてそれが不可能な事である以上、公平中立な軸線というものがどこにあるのかは、結局はそれぞれの個人が判断するしかないもので、そういった曖昧なものを同じ人間が運営するマスコミに要求するのは酷なことだと思うわけです。

それでじゃあどうすべきかという話になるわけですが、僕はむしろもっと各マスコミが個性を持つべきだと考えています。というよりも、今の日本のマスコミの画一的な報道は危険です。新聞はまだしもテレビのニュース番組などは全く同じニュースをほとんど同じような論調で伝えています。夕方6時過ぎにチャンネルを変えれば同じ映像が流れてるなんていうのはよくあることですよね。

その画一的な論調が常に公平中立であればいいのですが、上で述べたようにそれは不可能です。
今のままの状態では、マスコミ共通の論調がいずれかの方向にまとめて傾いてしまった時、あたかも傾いたそれこそが公平中立であるかのように錯覚されてしまう。

つまりものすごく情報操作をされやすい状態にあるのではないかと危惧するわけです。

そうなることを避ける為には、常日頃から対極するふたつの意見に耳を傾け、自己判断と自己責任で自らの考えを構築していくという作業に慣れておく必要があるのではないかと思うのです。

そしてその為には、理想はともかく現実としてマスコミに求められるのは、公平中立を目指しての画一的な報道ではなく、より多様な意見を視聴者・読者に提供することではないかと思います。

(補足:自分の考えはこうですが、実際に右派・左派に明確に分かれているはずのアメリカのマスコミが、同時多発テロからイラク戦争への流れの中で揃って同じような論調を展開したことに個人的に失望しましたし、自分の考えるようなマスコミのあり方もまた理想論であるような気もしています。非常に残念なことではありますが・・・)

つまり、こういう言い方をするとブタネコさんが不快に思われるのは覚悟の上であえて書きますが、「朝日新聞の論調が反軍国主義に傾いているのではなく、ブタネコさん自身の思い描く公平中立の軸線の方こそが逆に軍国主義側に傾いている可能性もあるのではないですか」ということです。

次に国益に関しても少しだけ書かせてください。

>簡単に言えば「国家の利益や財産」の事である。

ということですが、国家の利益や財産がそれほど重要なものでしょうか。

いきなり極論を述べてしまった気もしますが、僕は国というのはそこに暮らす人々が幸福になる為の一種の道具であり、役に立たなければ捨ててしまっていいものだと考えています。必要でなければ無くなってしまってもいい、いわば無国論者であると言えるかもしれません。

この時点でブタネコさんと相容れない事は半ば確実なわけですが、まあそういう考え方の人間もいるという風に読み流してください。

つまり、国家の利益とやらがその国の住人の実質的な利益につながらないのであれば、そんなものは全く無意味なものであり、その為に住人の生活に犠牲を強いるのは馬鹿げていると思うのです。

そしてその1点において竹島の帰属が私たち個人の利益につながりますか?ということを問いたいです。むしろ韓国との関係が悪化して失うものの方がはるかに多い。

間違っても
>「とっとと自衛隊を派遣して 竹島に不法滞在している韓国人を退去させろ」
このようなことをすべきではありません(この一文は勢い余って書かれたものだとは思いますが・・・)
こんな事をすればその先がどうなるかは容易に想像のつくことです。

>隣国との関係が 時には悪化しても主張すべき事はしなければ駄目…というのが 私の根本的考え方

この竹島に関しては「主張すべき事」と言えるのでしょうか? 領土問題というのはいついかなる時でも強硬な態度をとるべきものなのでしょうか? 僕にはそれだけの理由は見つけられませんでした。

>「納税の義務」
これは国家が国家として存続していくために必要な国家予算の源だから 納税の義務を怠る者に対しては厳しい処罰が与えられる。
これも ひとつの国益である。

これは個人的に新鮮な考え方だなぁと思ったのですが、実際には国益という言葉が納税の義務を指して使われることはありませんよね。その点で「日本人が国益という言葉から感じるイメージ」はあながち間違ってはいないと思います。

また、僕は「脱税者が非国民扱いされる国」よりも「脱税を笑い話にできる国」の方に住みたいと心から思います。その国の住人が税金を納めるのは「国益」の為でなく、自分に対する社会保障等の見返りのためと、納めなければ警察に捕まるという脅迫観念からで十分だと思います。お国のために納税する必要性も理由もどこにもないのです。私たちは国のために働いているわけではありませんから。

>これは 人類は皆兄弟、世界はひとつ…なんて考えとは相反する、その国だけのエゴに見える。
けど、おそらく そう文句を言うのは日本人くらいのもので 国際観では「当たり前」と考えられる。

僕はそういう文句の言える日本人を誇りに思います。そして国際観での常識こそが正しいとする根拠はどこにもないと考えます。(揚げ足とりみたいで申し訳ないですが・・・)

>個人としては どうでもいい問題でも「国益」を考えた場合に頑固になる… これが日本人は判ってない。

まさしくこれこそが「起きなくてもいい戦争」が起きる最たる原因だとはお考えになりませんか?

「個人としてどうでもいい問題」ならばごく当たり前にスルーすべきと思うのは僕が軟弱だからでしょうか?

>天下の「朝日新聞」ですら、「国益」というものを全く度外視した社説を平気で載せている様な有様では 徹底した反日教育を行っている中国や韓国相手に 理想論ばかりを語る事すら意味が無い事に気づけない。

だからといって日本も反中・反韓教育をすべきという風にはまさかお考えにはならないと思いますが、相手が冷静さを失っている時ほどこちらは冷静にならなければいけないでしょう。売られたケンカは買うというのではそこらへんの中学生のヤンキーとなんら変わりないです。

僕は日本には百年でも二百年でも理想論を説き続ける国であってほしいと願っています。不可能であることも百も承知ですが。

国益に関連して最後にもうひとつだけ

>これは『国家のメンツ』だけの問題じゃないからです。

この部分について簡単にで結構ですので説明していただけませんか? 僕が最も知りたいのがこの部分だからです。僕には「それ以外」の問題というものがまるで考えつきませんでした。
今回の竹島のような「実質的利益の伴わない」領土問題は僕には子供のケンカにしか見えないのですが、そこにはもっと深い意味での必然性があるのでしょうか? もしあるのなら是非知りたいのです。
もちろんこの問題を掘り下げるととんでもなく長い議論になるのは見えているのでごく簡単にで結構です(それが一番難しいかもしれませんが・・)。またその返答に対してこちらから再質問することは決してしません。もしよろしければぜひご意見を聞かせてください。

最後に竹島について書かせていただきます。

ついさきほどまでこの問題に関する資料が欲しいと思い、ネットで色々と探したのですが、結局島根県の人々が竹島問題をどう思っているかという点について信頼性のある資料を見つけることができませんでした。ですのでまたしても推論が主体になってしまう事をお許しください。

まず、
>>島根県議会が竹島の日を制定したのは竹島問題を強調するためだったそうですが、実際に島根県に住む一般の人達がそれを望んでいたでしょうか?僕にはそうは思えません。
>ふぇいさんが そう思わなくても、そう思っている島根県民がいたら どうします?
>(実際に 政治屋ではなく、一般人の人に結構そう思ってる人がいますよ^^;)

ここでブタネコさんの仰る一般人の人というのは島根県民の方でしょうか?
ちなみに僕は仰るとおり島根県民ではなく大阪府民ですが、僕の知り合いの島根県民は「知らない間に余計なことを決められた」と怒っておりました。(彼は「選挙?いつあったの?」というような人間ですので文句を言う資格がないことは僕も本人も自覚しております(苦笑))

この場合に問題なのは、「竹島の日」を望んでいた島根県民がいたかどうかではなく、どちらが多数派であったかということだと思います。

先日僕が見たテレビ番組の街頭調査では、竹島の正確な位置を指せる人は全体の30%程度でした。この調査の信頼性は置いておいても、ブタネコさん自身が

>例えば、今、問題になっている「竹島」も知っている人は知っている…というレベルであって 国民の大多数が知っていた問題では無い。

と書かれています。上の調査自体はおそらく東京等で行ったものでしょうが、この比率が島根県だけ飛びぬけて良くなるのでしょうか? そこまで独自性のある教育を施せる制度が日本に存在するでしょうか? どちらも僕は考えられないと思います。

以上の点から僕は「おそらくは島根県に住む多くの人は「竹島?それどこにあるの?」という程度の認識しか持っていないでしょう」という書き方をしたのですが、もしこれが事実ではないとすれば全くの僕の事実誤認です。その場合はここから下の文章は何の意味ももたなくなります。

ですがもし上の数値と大差ない状況が現実であるとするならば、「竹島の日」が島根県民全体の総意であるというのは「建前はともかくとして」実際問題として認められないと思います。

であるならば、議会での議決が韓国側に「建前としての総意」と受け取られていながら、実際の島根県民の方は「竹島の日に同意などしていない」という状況になり、双方の間に認識のズレができます。

僕が言いたかったのはこの認識のズレが問題だということで、この状況で韓国側がどんなに抗議運動をしたところで島根県民からすれば「なんでこんなに批判されなきゃいけないの?」という気持ちになり、反感を募らせる結果にしかなりません。

そして政府に対する支持率が50%に満たない現状では、この島根県民というのはそのまま日本国民とも置き換えられると思うのです。それらから僕は「一部の人間の先走った行為が・・・」という言い方をしたわけです。

ブタネコさんの仰る「県議会の決定は県民が責任を負うべき」「国民が選挙で当選させてしまったら政治家」というのは確かに正論ではあるのですが、僕がここで問題にしたいのは理屈ではなくて「両国民の感情のズレ」なので、理論や法的根拠がどうであるかは重要ではないのです。

とまあ、こういう書き方をした「かった」のですが、今回の件で色々と調べるうちに「もしかしたら自分の考え方は少数派なのかもしれない」という大きな疑問にブチ当たりました(苦笑)

僕の中では今なお日本人の多くは平和を願い、自己反省とそこからくる慎ましさのようなものを湛え、「ナショナリズムの希薄さ」という世界でも珍しい「長所」を持った集団であると思い込んでいたのですが、どうやらそんなのは僕の思い違いだったのかもしれません。

これは決してブタネコさんを指しての事ではなく、ネット上にある竹島関連の情報の多くが過激で非建設的なものばかりだったからです。そのことに少し失望感を感じながら、この文章を書いている次第なのです。

いつのまにか憲法9条も変更することが既定路線のように言われ、この国は僕の理想とかけ離れていくばかりです。自分の考えが理想主義に偏りすぎている事は自覚していますが、この国は醜い現実に溺れて同じ過ちを繰り返すよりも、理想を追求して滅びていくべきだというのはまたしても極論でしょうか。

いや、こういう事を書いている時点で僕も「個人の利益よりも国家のメンツを重視する」類の人間なのかもしれません。

最後に余計な事を書いてしまいました。終わりの何行かについてはできればつっこまないでください(苦笑) 長くてしかも読みづらい文章になってしまって申し訳ありません。この意見がブタネコさんになんらかでも刺激を与えることができれば幸いです。

それでは失礼いたします。

ふぇいさん こんばんは

どこまで、ふぇいさんのコメントを理解出来たか ちょっと心配なんですが、述べさせて頂きます。

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>(略)しかしながらせっかくの機会ですので、とりあえず自分が納得できる程度のことは書かせていただきたいなと思います。どうかお付き合いくださいませ。
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いえいえ、大変参考になり、ありがたく感じております。 どうかお気になさらず…

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>(略)最初の印象では「日本人は国益に対する意識が薄い、だから韓国につけこまれるんだ。もっと国益というものを意識して毅然とした態度で諸外国に臨むべきだ」というような事を仰りたいのかと読み取ったのですが、どうやらブタネコさんの真意はマスコミの公平性の方にあったようですね。
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「国益」について触れたのは 日本人の国際感と諸外国の国際感の違いを表現するための一つの例として…のつもりでした。 

同様に自国の歴史認識も然りで、韓国人が教育で覚える「韓国の歴史」と 日本人が覚えている「韓国の歴史認識」が違っている事に 今回、ようやく気がついたかの如き、報道をするマスコミ。

でも、私の知る限り 20数年前から その点は いろんな人が指摘をしていたにも関わらず、指摘をしていた人々を「再軍国主義への危険思想」と決めつけて批判してきたのは朝日新聞だった…という事実。

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>(略)正論だと思います。もちろん同意します。ただこれは理想論のようにも感じます。
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そこを理想論…とされると 意見交換の意味はなくなってしまいます。

とかくマスコミは 何か規制を受けようとすると「報道の自由」を持ち出し、制限すべきでは無い…と主張します。

「報道の自由」を確保する事は 私も大変、大事だと考えますが その為には「マスコミの報道の公平中立」が 信頼関係として成立していなくてはならず、いつの間にか「言論の自由」と「報道の自由」を混同してしまっている現状で 視聴者が「理想論」とシラケた事を言っていては良くないと思いますよ。

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>マスコミが常に公平中立な立場でなければならないとするならば、すべての新聞から社説やコラムを取り除き、ただ事実のみをしかも情報の優先順位を付けることなく提供し続けなければなりません。ニュース番組に評論家が同席するなんていうのはもっての外という事になります。
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社説やコラムを取り除いたり、評論家を排除する必要はありません。

私が「偏っている」という根拠は「~という意見がある」「それに対して ~という反論がある」 意見が対立しているのに、双方の意見を公平に提示するのでは無く、片方に大きくウェイトを置く姿勢を問題と申し上げているのです。

私が別の記事で「筑紫哲也」や「久米宏」を「クソ野郎」と呼んだのは まさに、その典型的な例で ニュ-スを読んだ後に ちょこちょこと付け足す感想の様な言葉、「それが面白い」と言って番組を見る視聴者が多くいる事も知ってますが、私は その部分に公共性の高い場で 視聴者をミスリ-ドさせる危険を感じており、個人的に「違うだろ」という内容の方が多いから「クソ野郎」と述べております。

ふぇいさんの御指摘を拝読してますと 目や耳に飛び込んでくる「ニュ-ス」と言う名の情報に対して どこまでが「事実」で どこからが「コメント」なのか咀嚼しておられるのか?と疑問を強く思います。 

表現は悪いですが、垂れ流された情報を そのまま鵜呑みにしておられるような感がします。

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>(略)そういった曖昧なものを同じ人間が運営するマスコミに要求するのは酷なことだと思うわけです。
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「酷」では無く、「義務」です。 寛容すぎると思います

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>それでじゃあどうすべきかという話になるわけですが、僕はむしろもっと各マスコミが個性を持つべきだと考えています。というよりも、今の日本のマスコミの画一的な報道は危険です。新聞はまだしもテレビのニュース番組などは全く同じニュースをほとんど同じような論調で伝えています。夕方6時過ぎにチャンネルを変えれば同じ映像が流れてるなんていうのはよくあることですよね。その画一的な論調が常に公平中立であればいいのですが、上で述べたようにそれは不可能です。
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実は 私、この部分には大いに賛成なんです。 いっそ、ちゃんとそう言う風に色分けを鮮明にしてやってくれた方が良いと思っています。

「私どもは 常に公平中立な報道を心がけており…」と言いながら偏った報道をする事を思えば「ウチのニュ-スはマルクス・レ-ニン主義に基づき…」とやってくれた方が 余程、正しい姿勢だし判りやすいと思いますよ。

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>今のままの状態では、マスコミ共通の論調がいずれかの方向にまとめて傾いてしまった時、あたかも傾いたそれこそが公平中立であるかのように錯覚されてしまう。
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ここが ふぇいさんと私の論旨の根本の認識の違いだと思います。

ふぇいさんは将来的に そうなったら…マズイと思われている様ですが、私の主張は 既に そうなっちゃってるからマズイ… というものじゃないですか?

だから、

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>つまりものすごく情報操作をされやすい状態にあるのではないかと危惧するわけです。
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この部分について 私は「情報操作するんじゃ無ぇよ」と申し上げているのです。

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>そうなることを避ける為には、常日頃から対極するふたつの意見に耳を傾け、自己判断と自己責任で自らの考えを構築していくという作業に慣れておく必要があるのではないかと思うのです。
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そうです、同感です。 でも、よく見て下さい、新聞の報道の記事は 対極した意見の片方だけを伝え、片方をおざなりにしている事が多いのです。(特に 朝日はね)

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>つまり、こういう言い方をするとブタネコさんが不快に思われるのは覚悟の上であえて書きますが、「朝日新聞の論調が反軍国主義に傾いているのではなく、ブタネコさん自身の思い描く公平中立の軸線の方こそが逆に軍国主義側に傾いている可能性もあるのではないですか」ということです。
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う~ん その御指摘は 不快に思いませんし、むしろ正解だと思います。

私としては「軍国主義」は大間違いだと思ってますが、基本的な考え方が右寄りだ…とは よく言われるますからね。

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>次に国益に関しても少しだけ書かせてください。

(以下 略)
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端的に申し上げて、まさに、「無国論者」の御意見だと思います。

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>「とっとと自衛隊を派遣して 竹島に不法滞在している韓国人を退去させろ」
このようなことをすべきではありません(この一文は勢い余って書かれたものだとは思いますが・・・)
こんな事をすればその先がどうなるかは容易に想像のつくことです。
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勢い余って書いたものじゃありません。

認識の違いの問題です。

秀吉の様に「朝鮮半島に出兵しろ」と言ってるのでは無く、「自国内を保全しろ」なのです。

「こんな事をすればその先がどうなるかは容易に想像のつくことです。」

それが「戦争」を言ってるのだとすれば それこそ「間違った平和主義者の妄想です」

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>この竹島に関しては「主張すべき事」と言えるのでしょうか? 領土問題というのはいついかなる時でも強硬な態度をとるべきものなのでしょうか? 僕にはそれだけの理由は見つけられませんでした。
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例えば「九州に中国の警察官と称する輩が大挙上陸した」とか「北海道に ロシアの内務省部隊が 大挙して上陸した」という様な例を持ち出したら おそらく、ふぇいさんは「あり得ない極論」と言われるのじゃないでしょうか?

私が「諸外国の国際感」を冒頭で持ち出したのは まさにこの部分の為でして、「諸外国の国際感」においては この竹島に韓国の警察部隊と称する輩が占拠している行動こそ 立派な侵略行為 つまり、「戦争行為」と解釈する…という事を気づかれた方がいいです。

これは、ふぇいさん個人が…という意味で申し上げるつもりはありません。

多くの日本人が… という意味で申し上げますが、個人と個人の付き合いには 国や人種の違いなど無く、親しくもなれるし、仲良くもなれます。

それは あくまでも個と個だからです。

国と国になった場合は 日本人には理解出来難い「国益」に関する概念が 諸外国人に働き、個の時とは大きく違う意見や態度になる…という事を 私は申し上げております。

これが、不思議と日本人には理解出来ない事になってしまっている現状だからです。

「喧嘩になったら どうするの?」

「面倒臭いことは ほっときゃいいじゃん」

「他人が勝手に やってるだけでしょ?」

「俺は 俺の為に働いているんで 他人の為じゃ無い」

ふぇいさんの御指摘を拝読していると そういう個の考え方に至ってしまいます。

極論的に言えば 個の考え方としては そういうのもアリなのかもしれませんが… 

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>これは『国家のメンツ』だけの問題じゃないからです。

この部分について簡単にで結構ですので説明していただけませんか?
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個の論理・思考に対して 国の論理や思考を説くのは 議論が平行線どころか、意味がありません。

上記までの記述で返答になる事を期待したいと思います。


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>最後に竹島について書かせていただきます。

>この場合に問題なのは、「竹島の日」を望んでいた島根県民がいたかどうかではなく、どちらが多数派であったかということだと思います。
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多数派かどうかは問題じゃありません。

どういう議決がなされたか? が、重要な点です。

その議決の過程に違法性が無い限り、数の問題じゃありません。

私が「例えば、今、問題になっている「竹島」も知っている人は知っている…というレベルであって 国民の大多数が知っていた問題では無い。」と述べたのは 歴史認識の上で…という意味であって「県民の どれだけの数が?」の様な意味ではありません。

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>ですがもし上の数値と大差ない状況が現実であるとするならば、「竹島の日」が島根県民全体の総意であるというのは「建前はともかくとして」実際問題として認められないと思います。
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気持ちは察しますが、ふぇいさんが認める・認めないではなく「議決が成立」というプロセスを無視するわけにはいかないよ…という事が重要な点なのです。

意に沿わぬ議決がなされたからと言っても その議決をなしたのは県民が選んだ県議なのですから 本当に県民の総意が違うのであれば、騒動の責任は 誰にあるのでしょうか?

事ある毎に国民は「今の政治家は…」と文句を言いますが、じゃ「そんなヤツを選挙で政治家にしてしまったのは 誰?」という点の反省が欠けていると 私は思います。

にも関わらず、「納税の義務」ですら

『その国の住人が税金を納めるのは「国益」の為でなく、自分に対する社会保障等の見返りのためと、納めなければ警察に捕まるという脅迫観念からで十分だと思います。お国のために納税する必要性も理由もどこにもないのです。私たちは国のために働いているわけではありませんから。』

と言われてるような不見識さが 実は一般的だったりもしている現状で 義務を果たさず権利ばかりを求める姿に映るのです。

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>僕の中では今なお日本人の多くは平和を願い、自己反省とそこからくる慎ましさのようなものを湛え、「ナショナリズムの希薄さ」という世界でも珍しい「長所」を持った集団であると思い込んでいたのですが、どうやらそんなのは僕の思い違いだったのかもしれません。
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いや、決して思い違いでは無いと思いますよ。

問題なのは 他国と我が国の違いも含めて、「最低限の歴史認識」と「国際感の違い」を日本人の多くが まったく理解していないのに『平和を願い、自己反省とそこからくる慎ましさのようなものを湛え、「ナショナリズムの希薄さ」という世界でも珍しい「長所」を持った』と思っちゃっている点ではないでしょうか?

ゆえに私は その部分をおざなりにして記事を構成する「朝日新聞」に対して批判を述べ続けるのです。


ふぇいさんへ。
また横槍をいれるようですみません。

ふぇいさん>
朝日新聞の論調が反軍国主義に傾いているのではなく、ブタネコさん自身の思い描く公平中立の軸線の方こそが逆に軍国主義側に傾いている可能性もあるのではないですか>

あなたのように、誰かに軍国主義者のレッテルを張りたがる人をよくお見かけします。
しかし、多くの場合その指摘は大間違いで、勿論ぶたねこさんもちがいますよ。ご本人は自分が軍国主義的であると思ってらっしゃるかもしれませんが。

・軍国主義とは、政治家による軍隊統制の行われない危険な状態であり、軍隊が逆に政治を動かしているやばい政治制度のことです。
まさかブタネコさんが、「シビリアンコントロールを解除しろ」とお考えでないのは間違いないので。

ですから、ふぇいさんはそこまではおっしゃってませんが「軍国主義者めが。お前の意見を聞く価値はない」となっては、飛躍した批判になるわけですが、こういう言い方に言いくるめられてしまう方々が昔は多かった模様で、自衛隊関係者はいつも泣かされてきたのです。

ご自身を「平和主義者」と思っている方の中にに、よくそんな方がいるので横槍を入れさせていただきました。

せいぜい「軍拡主義者め」くらいに…
あ、冗談ですブタネコ様。

ブタネコさん、Jailさん、わざわざのご返答ありがとうございます。

予想通りとはいえ意見が合わない点も多々あるようですが、そこは一個人の意見として引き出しにしまっておいていただけたらなと思います。

ただ、少なくとも僕は自分の書きたかったことは書けたので、これで終わりにしようとは思っていたのですが、この件の本来の議題である「マスコミの公平性」という部分についてまだ伝えきれていない部分がありましたので、その点だけに限ってもう少しだけ書かせてください。もししつこいと思われるようでしたらこのまま流していただいて結構です。

それと本題に入る前にひとつだけ、これは特にJailさんに申し上げておきたいのですが、僕はブタネコさんを軍国主義者とは思っていません。あの一節はブタネコさんが朝日新聞に対して反軍国主義という表現を使われたので、その対比として軍国主義という言葉を使っただけであり、あくまでも可能性を示しただけのつもりです。表現が不適切であったのならお詫びさせていただきます。

それにもし仮にブタネコさんが右寄りの思想をお持ちだとしても、右寄りだからというだけで非難するのは思想の自由に反する行為であり、世間はともかく僕自身はそんなことをするつもりは毛頭ないという点だけはどうかご承知おきくださいませ。ブタネコさんもこの部分にはご理解いただけているものと思っています。


ということで、ここからが本題です。

まず最初にこの点から述べたいのですが、

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>とかくマスコミは 何か規制を受けようとすると「報道の自由」を持ち出し、制限すべきでは無い…と主張します。
-------------------------

「報道の自由」に関しては僕も言いたいことがたくさんあります。特に「報道の自由」を盾にして個人のプライバシーに遠慮なく踏み込むような輩にはいい加減にしろと言いたいです。「おまえらがそうする理由は報道の自由の為じゃなく視聴率や発行部数のためだろ!?」と感じることはいくらでもあります。この点においては僕とブタネコさんの間に大きな違いはないと思います。

ただ、僕は少なくとも今回の朝日新聞の社説は「報道の自由」の範疇に収まる程度のものだと思うのですが、ブタネコさんの感覚では違うのでしょうか(決して公平中立であったとは思っていません。傾いている事は事実です)
もしかすると、傾くという事自体が報道の自由から逸脱しているとお考えなのかもしれませんが、その点に関しては僕がそう考えない理由を後述させていただきます。

また、これまでの朝日新聞の報道については詳しく知らないので何とも言えないのですが、今回の論旨と過去の朝日新聞の過ちを結びつける必要性はないと僕は思います(朝日が誤報が多いというのは事実として知っていますけどね)

その上で少し前後しますが

-------------------------
>そこを理想論…とされると 意見交換の意味はなくなってしまいます。
-------------------------

これに関しては僕の書き方が悪かったです。
「正論だと思います。もちろん同意します。ただこれは不可能なことのようにも感じます」という風に訂正させてください。要するに僕が言いたかったのは「思想や宗教などの影響を受けず あくまでも正確な事実の羅列」というのは不可能ではないかという事なのです。

これはブタネコさんが書かれている中に

-------------------------
社説やコラムを取り除いたり、評論家を排除する必要はありません。

私が「偏っている」という根拠は「~という意見がある」「それに対して ~という反論がある」 意見が対立しているのに、双方の意見を公平に提示するのでは無く、片方に大きくウェイトを置く姿勢を問題と申し上げているのです。
-------------------------

という部分がありますが、「双方の意見を公平に提示する」という時点ですでに「あくまでも正確な事実の羅列」ではないということは言えないでしょうか。

この辺りは言葉のアヤという感じもするので、あまり揚げ足とりはしたくはないのですが、僕が(理想論から転じて)不可能だとする意味はわかっていただけるかと思います。

これを踏まえていただいた上で

-------------------------
>私が「偏っている」という根拠は(略)

>私が別の記事で「筑紫哲也」や「久米宏」を「クソ野郎」と呼んだのは まさに、その典型的な例で ニュ-スを読んだ後に ちょこちょこと付け足す感想の様な言葉、「それが面白い」と言って番組を見る視聴者が多くいる事も知ってますが、私は その部分に公共性の高い場で 視聴者をミスリ-ドさせる危険を感じており、個人的に「違うだろ」という内容の方が多いから「クソ野郎」と述べております。
-------------------------

という記述について、僕は激しく同意しますよ。

つまり筑紫哲也や久米宏の「ちょこちょこと付け足す感想の様な言葉」が「視聴者をミスリードさせる危険」を有する以上、彼らの様な評論家(久米は評論家でさえありませんが)を同席させている時点でその報道はすでに「思想や宗教などの影響を受けず あくまでも正確な事実の羅列」ではないということを言いたいのです(何度も同じ文を引用して申し訳ないです)

彼らの言葉はあくまで「事実の上に乗っかる個人的見解」にすぎません。しかしながら、それが視聴者から強いては世論をミスリードする危険があるというのは、僕の考えにも合致しますしブタネコさんご自身が認めるところです。

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>ふぇいさんの御指摘を拝読してますと 目や耳に飛び込んでくる「ニュ-ス」と言う名の情報に対して どこまでが「事実」で どこからが「コメント」なのか咀嚼しておられるのか?と疑問を強く思います。 
>表現は悪いですが、垂れ流された情報を そのまま鵜呑みにしておられるような感がします。
-------------------------

この点について「自分は鵜呑みになどしていない」と主張することは本来の論旨と関係ないので控えますが、とどのつまりブタネコさんが仰りたいのは

「例え評論家どもがどんなに身勝手な意見を述べようとも、そのどこまでが「事実」で どこからが「コメント」なのかを咀嚼して客観的に判断できればミスリードなどされるはずがない」

ということだと思うのですが間違いないでしょうか。
そうであるならば、これは僕の考えと少しも異なる所はありません。

ですが、そもそも「報道は常に公正中立でなければならない」のは何故でしょう?

それはブタネコさん自身が仰るように、世論というものが「常にミスリードされる危険性を秘めたもの」だからだと僕は考えています。

逆説的な言い方をすれば、世の中の多数の人間が「極端に偏った報道」をも冷静に咀嚼し、客観的な事実のみを取り出せる能力と識見を有しているならば、マスコミが公平中立である必要性などどこにもないということにはなりませんか。

そして残念ながら、ブタネコさんのように「事実」と「コメント」を聞き分ける能力を持った人間は決して多数派と呼べるほど存在しません。この点についてはブタネコさん自身が「視聴者をミスリードさせる危険」を感じていることからも認めていただけると思います。

これらから、僕は世の中の多くの人間は「情報を鵜呑みにする」ものだと考えていて、また前後してしかも同じ文章の引用で申し訳ないですが、

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>「~という意見がある」「それに対して ~という反論がある」 意見が対立しているのに、双方の意見を公平に提示するのでは無く、片方に大きくウェイトを置く姿勢を問題と申し上げているのです。
-------------------------

という中にある「双方の意見を公平に提示する」という事をもし仮にマスコミが実現させたとしても、それが「本当に公平かどうか」を視聴者が判断することは難しいと考えるわけです(もちろんできる人もいるでしょうが、できない人の方が圧倒的に多いだろうということです)

例えば、相反するふたつの思想(ここでは便宜上仮に「赤」と「青」とします)が存在したとして、ある報道が「赤」を支持する論説を展開し、その相対的意見として「青」を併記したとしましょう。

この場合「赤」と「青」が真の意味での「公平中立の軸線」から同じ角度だけそれぞれ傾いたものであるならば、視聴者はそれらの真ん中をとることで「公平中立」を知ることができます。
ブタネコさんが双方を提示すべきというのはこの点からですよね。

ですが、もしこの報道を主導する人間に何らかの意図があり、故意に「赤」論の角度を深く、逆に「青」論の角度を浅くして報道していたとしたら、視聴者はその真ん中の「公平中立から赤側に傾いた軸線」を「公平中立」と思い込んでしまうのではないでしょうか。

そしてそれを見抜く目を視聴者が持っていない限り、「マスコミに公平中立を要求する」ことは「酷」どころか「非現実的」であり、「危険」だと思うわけです(「酷」は「非現実的」と修正させてください)

以上のような考え方から、僕は「マスコミに公平中立を要求する」のではなく、「個性を持った複数のマスコミを見比べることで視聴者の判断能力を養うべき」だと考えたのです。

ですので、

-------------------------
>でも、よく見て下さい、新聞の報道の記事は 対極した意見の片方だけを伝え、片方をおざなりにしている事が多いのです。
-------------------------

というのは僕の文中の「常日頃から対極するふたつの意見に耳を傾け」という部分や「より多様な意見を視聴者・読者に提供する」という部分を受けてのことだと思いますが、もうおわかりのように僕はひとつの媒体に常に複数の論説を掲載すべきとは考えておらず、立場の明確な異なる媒体の報道を見比べて判断する方がよりベターなのではないかと思うのです。

この点に関してはブタネコさんに賛成していただけたようで、とても嬉しく思います。

そしてその「マスコミの個性」という観点から、朝日新聞には机上の空論である「公平中立」など破棄した上でいっそ「左側」を任せてしまい、「右側」は別の媒体が担当してしまえばいいと思うわけで、これが冒頭の、朝日新聞の社説が傾いていることへの容認になるわけです(無論、今の一般意識の中で「公平中立」と称して傾いた意見を述べるのは詐欺以外のなにものでもありません。その部分を認める気はさらさらないです)

しかしながら、前回も述べたように、そういうシステムであるはずのアメリカの現状を見ると、それも夢物語であるかもしれません。

このシステムが意味を持つ為には、例え99%の人が「赤」を支持したとしても、「青」の立場の媒体は断固として自分たちの主張を続けなければなりません。そうでなければ「比較」ができなくなるからです。しかし現在のマスコミが一種のビジネスである以上、少数の側にスポンサーがつくはずもなく、少数は少数であるゆえにますます劣勢になるという矛盾を抱えてしまう。そうなってはこのシステムをとる意味など無いわけです。

本当ならばここで、どちらの欠点も補える新しい案を提示すべきところですが、残念ながら僕にはそれが思いつきません。結局両方を否定しただけで終わってしまう。こんな意見は建設的とはとても言えませんね。申し訳ないです。

最後にいくつかの部分で補足を。

-------------------------
>ふぇいさんは将来的に そうなったら…マズイと思われている様ですが、私の主張は 既に そうなっちゃってるからマズイ… というものじゃないですか?
>この部分について 私は「情報操作するんじゃ無ぇよ」と申し上げているのです。
-------------------------

という部分に関しては、これは僕とブタネコさんの「許容範囲」の問題であり、個人の思想のそれも程度の問題ですから言っても詮無いことですし、この点に関してブタネコさんから「寛容すぎる」と言われてしまえば返す言葉はありませんが、少なくとも同じ向きを向いた上での違いであり、「根本の認識の違い」とまではいかないと思いますよ。

また、これは完全に予断ですが、僕はいわゆる評論家という連中を毛嫌いしてまして、彼らのことを「クズ」と呼んでますので、その辺はブタネコさんと同じ側の人間だと思います(笑)

またしても長く読みづらい(カギカッコ多すぎw)文章になってしまいましたが、もし最後まで読んでいただけたなら本当にありがとうございます。今回自分の考えを文章にしたことで色々と整理できたと思います。文中非常に偉そうな記述もありますが、どうかご容赦ください。

それでは失礼いたします。


ふぇいさんの 御返答、大変興味深く拝読しました。

今回も また、私に取りましては 大変有意義な意見交換が出来、深く感謝します。


ふぇいさんと 私の考えを比較した場合の いくつかの相違点は 確かに簡単に答を出せる問題では無く、下手をすると あげあし取りや、水掛け論や、不毛な平行線論議になりやすいものですが、その点にかんして ふぇいさんが真摯な方である…事が 私にとっては最大の喜びでもあります。


以下に述べるのは 意見交換を延々と続けたい…というのではなく、暇なときに ちょっと考えてみてね…という意味合いで受け止めて頂ければ幸い、あくまでも 私の個人的な言い訳というか補足なので ふぇいさんに限らず、この記事やコメントを見て 興味を抱いた方に どうせ興味を抱いたのであれば 考えてみて頂きたい事でもありますので御容赦願い 記述したいと思います。


今回の「朝日新聞って どこの国の新聞?」という この記事の内容は読んで判るとおり「竹島」に関する朝日の社説への 私の文句です。

朝日新聞に対して 私が偏見を持ったかの如く文句を言う、それも今回 韓国がらみだから余計に…と言う点については 理由があるからです。


それは そもそも今回「竹島」に関連して韓国が、それに便乗する形で「中国」も「教科書問題」を持ち出しましたが、この「教科書問題」とは そもそも「朝日新聞の誤報」から始まっている…という事実を知ってましたか?と 問いたいのです。

その「誤報」の概要については たまたま本日(4月14日) 私がこのブログ内に掲示した『坂本多加雄』というタイトルの記事の終わりに引用してありますので御参照下さい。

で、この「誤報」 日本国民は何人が知ってるでしょうか? と言うのは この件に関して朝日は 謝罪も訂正も一切してません。 今風に言えば スル- つまり無視です。

でも、「誤報」だった事は いろんな人達が認めた事であり、それによって「教科書問題」は複雑化し、現在の「新しい歴史教科書をつくる会」に至り、そして今回 韓国や中国から「歴史をねじまげた教科書」として ヤリ玉に上がっているのは 「新しい歴史教科書をつくる会」の関係者が協力して作成した扶桑社の教科書です。

私は その扶桑社の教科書を まだちゃんと見ていないので「偏向か否か?」については論ずる事が出来ません。

ただ、ハッキリと言いたい事は 今日の教科書問題の発端を「誤報」で作ってしまった朝日新聞はきちんと 非を認めるなり、なんらかの責任を取れ!と言う点で 謝罪なり訂正記事の掲載が責務だと考えます。

誰しも間違う時はあります。

マスコミだって 間違ってしまう事が生じるのは、根本が人のやる事だから仕方の無い事と寛容に対応する事も必要でしょう。

でもね、日頃「我々は公正中立だ」と言い切り、たとえばNHKが 制作費流用等の報道内で虚偽を言った…といった件で 裁判に持ち込んで「訂正・謝罪記事」を要求する 天下の朝日新聞が 自分の「誤報」 それも外交問題にまで発展した誤報の責任に 一切、スル-で

『韓国に譲ってしまったら、と夢想する』

とか、

『扶桑社の歴史・公民教科書に対し 朝日新聞が社説で不採択を呼びかける』

なんて社説を掲載する真似は ただ 公正中立な新聞社の報道では無く、無責任に言い放しのアジ・ビラでしか無いという事です。

私がコメントの中で
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>「~という意見がある」「それに対して ~という反論がある」 意見が対立しているのに、双方の意見を公平に提示するのでは無く、片方に大きくウェイトを置く姿勢を問題と申し上げているのです。
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申し上げたのは この場合、

・扶桑社の歴史・公民教科書には ~という記述がある。

・それに対して 韓国や中国は ~と文句を言っている。

この 2つの~を ちゃんと示せ と申し上げたいだけです。

そして、その2つの~のどっちが「正しい」とか「説得力があると感じる」かを まずは読者の判断に委ねるのがスジだろ?… という事です。

その 2つの~をきちんと示さず、一方的に「朝日新聞が社説で不採択を呼びかける」のは 偏向記事か否かを判断できる以前の問題で 朝日新聞が持論を読者に押しつけているのと 何ら変わらない。

極論すれば、ミスリ-ドであり、「洗脳」か? という意見になり得るんじゃないの?

という事です。


基本的に「竹島」の問題についても 日本側が日本領土と主張する根拠は何でしょう?

それに対して 韓国側の根拠は何でしょう?

その部分を 読者に知らせず、「~と夢想する」社説は 如何なものか? と問いたかったわけです。

他の新聞社やTV局には触れず、「朝日新聞」にだけ 私が的を絞ったのは 先に述べた「誤報」からの一連の流れです。

私は その点を多くの方が知ってる事だろう…と考えて「朝日新聞って どこの国の新聞?」という記事の中で 多くを触れませんでしたが、今回の意見交換により 

「やっぱ、知らない人の方が圧倒的に多いんだな…」

と、理解する事が出来ました。

ゆえに「朝日新聞」への文句は 今後も 機会をみつけて言い続けていきたいと思っております。

新聞報道は、
公正中立であるべきか、
論調に個性があるほうがいいか、
お二人の意見はそこで割れてるようですね。

ただ、朝日新聞はそれ以前の問題を抱えているようで…。見識不足と取材不足のダブルパンチが痛いところです。誤報の訂正も真剣にやらない。
こんな新聞がシェアNO.1の日本はどうなってしまうのか、心配でなりません。

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議論とずれますが、ちょっと前のご発言にいまさら突っ込みを入れさせてください。

ふぇいさん>
この竹島に関しては「主張すべき事」と言えるのでしょうか? 領土問題というのはいついかなる時でも強硬な態度をとるべきものなのでしょうか? 僕にはそれだけの理由は見つけられませんでした。>

さて、(事情を知らない)あなたに竹島の価値が見つけられないから、そこを外国に切り売りしてもよいか、
もっと真剣にお考えください。

たとえば、ありえないけどJailが有力な政治家になったとして、ある国との外交問題で行き詰まりを感じました。
そこで、Jailが、ふぇいさんの故郷をその国に割譲してしまったら、あなたは納得できます?
Jailにはあなたの故郷の価値がわかりませんからね。
かわりに、経済価値同等の家土地などを受け取れればそれで満足ですか?
そのことで、多少関係国との融和がはかれたとして、有権者に満足のいく政治といえますか?

竹島は国民の財産であると同時に、関係者にとっては心のよりどころだったり、思い出のある場かもしれません。
たとえば、あなたは、いまだに火山性ガスの出ている三宅島に帰島したがる方々を馬鹿にできますか?
彼らの帰郷への熱い想いを無視できるのですか?
竹島だって少ないかもしれないが昔から日本の人が関与してきた島です。
韓国領だった歴史はありません。

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朝日の社説に竹島関係者への気配りはまったく感じられませんね。
しかし、私は朝日に新聞屋をやめろとまでは思いませんよ。いくら記事が低レベルであろうと、言論の自由は保障されるべきだと思いますよ。
あまり規制を強化しては、日本より民主化の遅れた国々みたいになってしまいかねない。

わたしはむしろ、読み手にもっと「選択の自由」を活用してほしいと思っています。
新聞を購読している人たちに、ブタネコさんのコラムを通じて、ちょっとでも新聞報道に色眼鏡を使ってくれたらと思います。
読者が新聞を鍛えなければ朝日のようなところはいつまでたってもレベルアップしないでしょう。

これを読んでいる皆さん、
当たり前のように小・中・高校と使ってきた社会科の教科書や、親が読んでいるからと疑問も感じずに購読してきた朝日新聞。
これらによって自分はどんな影響をうけたのか考えたことありますか?

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