● 病院へ行こう
1990年公開 主演:真田広之、薬師丸ひろ子
20年程前、北海道の冬の雪道で それまでは定番化していたスパイクタイヤが条例で禁止となり、今の様にスタッドレスタイヤへと変更になった時、その条例施行の初日に 無謀な主婦の運転する車が滑って 信号待ちで停車していた私の車の側面に突っ込み、私は 頸部捻挫、背部、腰部挫傷、右肩脱臼により入院となった事がある。
たまたま、中学時代の友人の実家が そこそこの規模の整形外科もある個人病院で 子供の時から掛かり付けだった事もあり、そこに入院した。
入院当初は 心配げに付き添い、何度も自宅と病院を往復しては 入院の手続きや必要な物を取り仕切ってくれた嫁だったが、数日して 検査の結果も出て、「ただ寝てりゃいいだけ」と判ると 毎日だった見舞いが、いつしか数日おきと変わっていった。
そんなある日の事、その嫁が久々に現れたと思ったら 分厚い茶封筒を手にしており、
「アナタ 御願いだから21日以上 入院してね」と、私に言う。
私の身を案じて言ってくれる言葉は嬉しかったが、そんな事 言われなくても その時点で「全治には 最低1ヶ月」という診断が下っていたので それを言うと
「アナタの事だから 少しでも動けるようになったら無理して退院しちゃいそうだから…」
と、しつこく食い下がる。
その念の入れ様に
「変だなぁ?… 何故? 21日以上って日数限定なの?」
と思っていたら その夜、主治医であり、友人の父親である医師が苦笑いしながら病室に現れ
「オマエも その歳で 随分、保険に入ってんだなぁ…」と言う。
要するに 当時の傷害保険の一般的な規定では 入院保障給付は「21日以上入院した場合」となっていたのだ。
最近、TVのCMで「1日入院したら5000円の保障給付」なんて事を言うものもあるが、当時 私が加入していた保険だと 日額8000円~12000円、但し 21日未満の入院は保障しない…だったのだ。
しかも、私が自分で加入していた保険以外に 嫁は 密かに数本 私を被保険者として保険に加入しており、昼間 持っていた分厚い封筒は 全て、保険会社への入院保障給付の申請書で それには医師の診断書や所見が添付必要だった為 私に知らせず、直接 医者に掛け合って
「御願いですから 最低1ヶ月は入院にして下さい」
と、頼み込んで行ったと言うのだ。
その話を コソッと主治医であり、友人の父親である医師から聞いた私は その晩から原因不明(?)の目眩に襲われ 結果、2ヶ月弱の入院となったのだ。
私が入院していた病室は6人部屋だったが 6人とも交通事故の患者ばかりで 事故で入院するのは3度目というタクシ-の運転手氏を先生に 如何に相手側の加害者や保険会社に1円でも多くの保障を払わせるか…という講座が 日夜、病室内で繰り広げられ 患者の誰かを見舞いに来た 加害者や保険屋の担当者には 皆で息を合わせて「可哀相に 夕べも身体が痛くて眠れない…」って ボヤいてたよ その人 とか、「毎日 奥さんが遠くから見舞いに来てるらしいけど そういう交通費って なんとかしてやれないの?」等と 野次のような援護射撃を撃ちまくっていた。
さて、そんな私が「病院へ行こう」を観ていて この映画がコメディで 充分に笑える作品でありながら 一部、笑えない話があるのは言うまでも無い。
物語の中で「ベンガル」が怪演しているセコイ患者と その嫁の言ってる事、やってる事が 全てに身につまされる事だった。
しかしながら、私の入院で大金をせしめ…(あ、もとい!) いくばくかの保険金を手にした嫁は 横で 私と一緒に その映画を観ても顔色ひとつ変えもしない。
その時の保険金を元手に ひと財産を作った事すら、私は風の噂で聞いている。
けれども、未だに本人自身の口から その正確な額や状況を聞かされた事は無い。
娘よ 父は文字通り、「身体を張って」稼いだ事があるのだぞ…


